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(やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(5)株主資本コスト、正確な算出は困難 小樽商科大学准教授 手島直樹 - その前にROEが株主資本コストとかハードルレートと比較できない理由を説明します!

経営管理会計トピック とことんROE
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■ 常識を疑え!「ハードルレート」の本質的な意味とは?

経営管理会計トピック

日本経済新聞 朝刊で2016/10/14~10/25、全8回連載で、「ROE重視と企業価値創造」について小樽商科大学手島直樹准教授による解説記事が掲載されました。2014年8月に公表された「伊藤レポート」の衝撃から、株主還元100%を宣言する会社が登場する等、ROEが経営者や一般投資家を巻き込んで激しい論争や株式市場での思惑を生み出し、ROEに対する興味関心はまだ衰えることがないようです。筆者は、もう少し落ち着いた論調で(実は内心では冷ややかに)ROEについて、手島准教授の文章を解説しながらコメントを付していきたいと思います。

2016/10/20付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(5)株主資本コスト、正確な算出は困難 小樽商科大学准教授 手島直樹

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「自己資本利益率(ROE)には最低限上回らなければならないハードルがあります。それが株主資本コストです。負債で調達した資金にコストがかかるように、株主から調達した資金にも当然コストがかかります。しかし、株主資本コストは、負債の支払金利のように損益計算書にコストとして計上されません。そのため、企業の意識は低かったのですが、ガバナンス改革の進行とともに状況は変わりつつあります。」

残念ながら、コーポレートファイナンスの基礎の入り口段階で、上記の説明には大きな間違いがあります。それは、「株主資本コスト」とは、ROEがそれを上回らなければならないハードルレートである、という解釈そのものです。この時の「株主資本コスト」とは、自己資本というB/Sに計上されている株主からの出資額の簿価ベースの評価金額がどれだけの利回りでリターンを得ているかの、いわゆる金融商品の運用利回り(=利益率)に例えられ、計量単位は「%」示される年利(単利)と解釈できます。

ここで、簡単な例で説明します。

あなたは、リッチな投資家で、既に、魅力的な金融商品Aを保有しています。その金融商品Aは、年利10%で、1000万円分投資しているので、年末に手元に帰ってくるリターンは、100万円です。この時、新たに、出入りの証券マンから、500万円分の金融商品Bを紹介されました。その金融用商品は、年利12%でした。いずれも、デフォルト(支払い停止)になるリスクはゼロと考えます。あなたには、ここで2つの選択肢が与えられます。

(選択肢1)
そのまま金融商品A:1000万円を保有し続ける

(選択肢2)
保有している金融商品Aの半分を売却して、金融商品Bに乗り換える

賢明なあなたなら、おそらく選択肢2を選ぶことでしょう。この選択肢2を選ぶ際に、金融商品Bへの乗り換えという投資案件を評価する際に、既に保有している金融商品Aの利回りである10%を参考に、金融商品Bの有利さ、金融商品としての魅力度を比較して評価したはずです。この時の、参照した金融商品Aの利回りが「ハードルレート」の正体です。

 

■ 常識を疑え!「株主資本コスト」の本質的な意味とは?

「株主資本コストとは、株主が期待する株価上昇率と配当利回りの合計、つまり株式投資からの期待リターンです。これが企業に対して株主が要求するリターンであり、企業が越えなければならないハードル、つまりコストとなるのです。」

現在の複式簿記の仕組み上、自己資本に課せられた資本コストは、P/Lにも他の財務諸表にも計上されることはありません。そもそも、それは制度会計ルールの守備範囲外となっています。あくまで、とある元手を使って資金運用して、そのリターンがいくらだったか、あたかも金融商品を選ぶ際の利回り(リターン、回収率、利益率)評価、すなわち、金融商品の魅力度評価としての値で自己資本を評価する際に使用するのが「株主資本コスト」概念なのです。

つまり、あなたが、とある企業の株主となる選択肢が目の前にあったとして、その他の金融商品であなたの金融資産を運用した際に最も利回りが高いものが、あなたにとって、その企業に出資するかどうかの判断に使用する「ハードルレート」となり、その「ハードルレート」と比較されるのが「株主資本コスト」なのです。「コスト」という名称は、投資家(株主)目線の用語ではなく、出資を受ける際の経営者側目線で、株主に対して支払うべき対価を指して、「コスト」と表現しているだけです。こういう言葉の選択だけで、こうしたコーポレートファイナンスが誤解されがちなのは、金融専門家の説明不足だと思うのですが、、、(^^;)

 

■ 常識を疑え!小賢しい「株主資本コスト」の計算方法の本質的意味とは?

「このように定義は単純ですが、問題は算出方法です。なぜなら、ある投資先に株主が要求する期待リターンは主観的であり、解は一つではないからです。そこで様々な前提を設定することによりCAPM(資本資産価格モデル)が考案され、株主資本コストの算出プロセスが標準化されています。このモデルは次のように3つのパラメーターから構成されます。

 株主資本コスト=リスクフリーレート(長期国債利回りなど)+ベータ×市場リスクプレミアム

上記にあるように、投資家であるあなたが、上述の金融商品Aを既に所有していれば、あなたのハードルレートは、10%ですし、もし金融商品Bを所有していたら、あなたのハードルレートは、12%となり、ハードルレートの値そのものは、それぞれの投資家が形成する投資ポートフォリオ次第となります。

「特に重要なのがベータであり、投資先の株価の変動とTOPIXなどの市場指数の変動の連動性を示す指標です。市場指数の変動率を基準とし、投資先の株価変動率が市場指数の変動率と同水準であればベータは1、株価変動率の方が高(低)ければ1以上(下)となります。他の2つのパラメーターには全銘柄に共通した数値を利用することが一般的であるため、ベータが株主資本コストの主な決定要因となります。」

これはCAPMモデルの構成要素を説明した言説ですが、簡単に言うとリターンとリスクのトレードオフのことを株式市場における全体の値動きと投資対象銘柄の値動きのバラツキにかこつけて言っているにすぎません。

また簡単な例を出します。

20%の利回りが期待できる株式Aは、値動きが上下100%の荒いバラツキになる事も予想されています。一方で、利回りが5%しか期待できない株式Bは、値動きがほとんどない安定した株価を維持する銘柄であるとします。この場合、バラツキの小さいことをリスクが小さいと表現します。

株式A:ハイリターン(20%の利回り)で、ハイリスク(±100%の値動き)
株式B:ローリターン(5%の利回り)で、ローリスク(±0%の値動き)

まあ、株式Aと株式Bのどっちがいいかは好みですが、投資家それぞれが持つハードルレートのバラツキをひとつの数字で表現しようとするCAPMやベータ値の計算。小賢しいようですが、投資家一人一人がきちんと選択の意思と判断基準を持てばいいもので、一律の投資を受ける企業からみた指標なんて、投資家には何の意味も持たない、と筆者は考えています。

 

■ 常識を疑え!「ROE」が達成すべきハードルレート算出の間違い

「しかし、ベータには問題もあります。食品や医薬品など市況の影響を受けにくい企業ではベータが著しく低くなり、算出された株主資本コストに確信が持てないケースも少なくありません。株主資本コストを上回るROEを生み出すのは企業の義務であることは確かですが、株主資本コストの正確な算出が困難であることがファイナンス理論と現実のギャップなのです。」

んーっ、残念! ベータ値の算出方法が問題なのではなくて、そもそもROEのハードルレートとしての、株主資本コストの位置づけが間違っているのです。

経営管理会計トピック_資本コスト算出のベース金額2

上図の3つを見比べてください。あなたが投資家ならば、投資対象の企業は、金融商品と同じです。100万円を投資して、10%のリターン(配当金+値上がり)ならば、そのまま10%というハードルレートや金融商品としての株式の利回りは意味を持ちます。しかし、あなたの出資した100万円はあくまで、株式市場で値が付いた時価。帳簿上では、PBR=2.0ならば、自己資本は50万円です。先程の10%のリターンは分母が100万円だから。50万円だったら、リターン額不変なら、リターン率は20%に上昇します。

つまり、ROEの計算式として分母は帳簿上の価額、すなわち簿価ベース。そうして計算されたROEは、株主が株式市場で購入した株式の時価とはかけ離れた値になっている可能性の方が高い。それゆえ、ROEのハードルレートが株式資本コストで、それは株主の期待に対応した利回りである、という説明は、利回り計算の分母を取り間違えたダメダメ理論なのです!

さらに、その当該企業のリターンは、誰の目から見たものか、というのも気になるところです。あくまで、株主が自身の出資リターンを求めるなら、時価総額がリターン計算の分母に相応しいと言えます。また、各企業を金融商品になぞらえて、収益性(リターン率)評価をする場合には、その企業が金融市場(債券市場+株式市場)から外部調達した資金全体に対するリターンを計算する必要があります。その場合には、上図最右の全ての外部調達資金を時価評価したものを分母するのが正解です。

以上の説明により、ROEは、上図の最左の帳簿上の自己評価に過ぎない利益率(リターン率)ということになります。これでは、声高にROEが上回るべきハードルレートが「株主資本コスト」である、という説明は、「株主資本コスト」をいかにさも難解なCAPMなどではじいたとしても、ハードルレート計算の分子分母を取り間違った謝ったガイドラインであり、何%という値をはじかれても、筆者は、はぁー・・・(*´Д`)=з となってしまうのであります。

本稿の結論:
ROEは、分子分母とも、簿価ベースで計算されるもの。決して、企業外部の投資家がその企業をあたかも金融商品のように利回りだけで評価する際のハードルレート(採算評価用の利回り)と比べられる代物では決してない!

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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