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(サッカー人として)三浦知良 人間性を高めること 2017年4月14日 日本経済新聞朝刊より

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■ 会社が提供する新人研修の好機を得た新人へ

コンサルタントのつぶやき

「プロの“新人”として学び始めたころ、待っていても何も教えてくれないのがブラジルの現場だった。
日本なら、18歳のルーキーが試合に出られなければコーチが手を差し伸べる。居残り練習もしてくれる。僕にそんな助けはこない。自分で何かを起こさなければ、すべてが進まない。だからベンチを外れた日は、自分で講演へ行って8キロ走をした。不満や不安をぶつける先も、自分で探して。
僕の体をみてくれるマッサージの専門家も「ああしろ、こうしろと師匠が教えてくれたのは、修行の3年間で10分ほどかな」という。そばで見て、まね、盗んだと。言葉より、行動から僕らは学び取っていく。」

私は、コンサルタントとしてプロジェクト現場も受け持っていますが、新人・若手教育の担当者でもあります。座学でトレーニングを受け持つこともあるし、実際の現場でOJTの受け入れも行います。座学の効用を全く否定するつもりはありませんが、仕事のコツや進め方の勘所は現場でしか身につかないという信念を持っています。それゆえ、自身が担当する座学の機会も、決してただ受動的に何かの情報を耳や目でインプットしてそれで終わり、とはならないように工夫しています。

自分から自分自身のスキルセットをどうしたいか、能動的に考えると、集合形式の90分の座学であっても、臨み方が自然と異なってきます。講師が伝える説明内容の知識を得ることは当然のこと、コンサルタントとして必要なプレゼンテーションのノウハウ、心構えを講師の一挙手一投足から盗もうと、全身を目に耳にして情報を渇望します。そして、想像力逞しく、自身が実践する場合のことを頭の中でシミュレートしながら、目の前で行われている講義をパラレルストーリーとして受信するのです。4月に入り、就職や正式配属された新人・若手にはそういう心構えで、これからはじまる新人研修に臨んで頂きたいと思います。

会社制度でわざわざ、先輩コンサルタントが自身のスキルと経験値を伝授しようというのですよ。それも自分の身銭をいくらも切らずに。こんな好機を逃す愚かな人はいないことを願うばかりです。

 

■ プロとそうじゃない人の境界線を考える

「飛び抜けて優秀な人が集まるのがプロの世界。どこで差がついていくのか、日本代表をみても察しは付く。必ずしもすごい俊足や肉体の持ち主じゃない人が代表の主将や軸になる。人間的に成長したときに、サッカーでも成長しているんだよね、これは。人の痛みが分かる、あいさつ、片付け、日常の心がけ。抜け出したければ、自分の人間性を高めることだ。
僕も自問する日があるよ。「なぜ自分はダメなのか」。精神的なもろさがあるから。嫌なことがあると愚痴を言っているよな。「であれば、我慢し、違う形で発散して集中できれば、サッカーも上向くのでは?」
ある練習試合、新人GKがミスをして負けた。「何だよ。勝てたよな」と僕はぼやく。ところがDFは「勝たせてやりたかったです。僕のプレーが乱れなければ」と嘆く。人のせいにしていたなと学ばされます。」

誰にも再現できない特別な専門スキルを持っているからプロなんじゃない。責任感とか自覚とか、とにかく精神論で気を引き締めて、常に張りつめた緊張感を持っているからプロなんじゃない。仕事をしていて、周囲の人に思いやりを持てる人がプロなんだと思います。自分より周りの人のことを優先する勇気。少なくとも、私は自分の都合よりクライアントの要求を実現することを優先しています。「クライアント・ファースト」。決して会社の標語として口に出しているわけではなく、心の底からそう自分に言い聞かせて毎日仕事をしています。

コンサルタントは決して先生稼業などではないのです。無形人的サービスを提供するサービスマンなのです。上から目線で、「絵に描いた餅」的な理想論をぶって、有難がってもらい、お金をもらう時代はもう過去のものです。どれだけクライアントのビジネスに実際に貢献できるか。クライアントのカウンターパート、プロジェクトメンバー、関わり合うパートナー企業のメンバー。皆が目標を一にして、全員が己の最大限の力を発揮できるように、常に目配せし、その中で自分の最適な配役や立ち居振る舞いを瞬時に選択する能力。特別で誰も知らないことを知っているから、誰でもできないスピードでその作業が完遂できるからプロなんじゃありません。目標を達成できるように、自他共に、最大限の持てる力を発揮できる状況を作り出し、プロセスではなく結果として目標を達成させてしまう力技を同時に発揮できる人です。

これは、たった一人で仕事を仕上げる職人的な仕事をする人にも言えることです。たった一人で作業をする孤独な職人でも、お客様は必ず存在します。出入りの業者は必ず存在します。人でなくても、自分が使う道具、自分が手掛けている作品。自分が作業に没頭している仕事場。自分以外の何物にも敬意と思やりを持って仕事をする人。そんな人がプロなのだと思います。新人はそういうプロの背中を見て、自分とプロの違いを体感して、その違いを埋めるべく、短期・中長期の自分育成プランを是非練ってください。

 

■ 「気づき」をいつ感じ取ることができるのか?

「気づきを人生でいつ、感じられるかなんだろう。でも選手はたいてい、気がつくのは遅い。「俺は天才肌だからさ」と練習に熱を上げなかったある人は、引退後に姿勢が正反対になった。自分のようになってほしくないからと。「練習でこんなに走ってどうするの」と文句を言っていたのに、監督になると「サッカーは走らないとダメだ」と尻をたたく知人もいるけどね。
監督でも選手の心のまま、というのはラモス瑠偉さんとマラドーナくらいでしょうか。若くしてあまりに分かりすぎるのも気持ち悪いけど。人間、成長するには時間が必要です。
(元日本代表、横浜FC)

揚げ足取りかもしれないけれど、永遠に「これで分かった。気づいた!」という瞬間はやってこないと思います。私が好きな池上彰氏の「これで分かった●●●!」という本を読んでも、読み進めていくうちに、知らないこと、分からないことがたくさん出てくる。こればかりは切りがない。よく、若手コンサルから、「管理会計のこともうほとんど知って(分かって)いるんじゃないですか?」と褒め言葉(?)を掛けて頂きますが、とんでもないことです。四半世紀以上、管理会計をやっていますが、この分野で知りたいこと、分からないこと、年年歳歳、現在進行形でどんどん雪だるま式に増え続けています。

中年の英語学の大学教授が恩師の元を訪れ、「先生、私も最近英語が何たるものか、大分わかってきました」と嬉しそうに近況を報告したとき、相手の老師は、「そうですか、それは大変うらやましいことですね。私はまだ英語学が何たるものか、分からずにほとほと困っています。」気恥ずかしさで背中を丸めて恩師の家を後にした大学教授の独白は、未だに鮮明に私の耳に残っています。

でもね、その時々で「気づき」は得られているものです。人生が終わるまで、何もわからない、何も知らない、というのはさびしいじゃありませんか。知恵や経験に対して、謙虚になることも大事ですが、それと同等で、今自分ができるベストを尽くすことも大事。毎日毎日が今日の自分の最終日。人生最後か、今日最後かの違い。今日の仕事はあなたの人生史上、最高のあなたがやり遂げた最高の仕事なのです!

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