ガンジー(15)幸福とは、考えること、言うこと、することが調和している状態である。

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■ 言行一致と調和がとれた心理状態について

Happiness is when what you think, what you say, and what you do are in harmony.

幸福とは、考えること、言うこと、することが調和している状態である。

(インドの弁護士、宗教家、政治指導者 / 1869~1948)
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人はなぜ、言うことと行うことにずれが生じるのでしょうか?

それは、

言うは易し、行うは難し

という一言で済ませられるものでしょうか?

「言行一致」を他人に求める際には留意すべきことが2つあります。

ひとつは、目標と現状にはずれが必ずと言っていいほど生じているものであること。
ふたつには、他人への批評と自己評価には必ずずれが生じる可能性があるということ。

ひとつめについて。
「明日から、毎朝10kmジョギングをするぞ!」と宣言するには目標を口にしただけです。実際には、三日坊主で終わるかもしれません。4日目以降は、すやすやとベッドの中で惰眠を貪る。。。

人は、これを言行不一致と責めるかもしれません。「有言実行」というありがたい言葉と、「率先垂範」というこれまたありがたい道徳感もこの世には存在するのですが、初志貫徹できる人間ばかりではありません。目標を立てても、それを実践・実行・達成するのは大変な困難が付きまといます。結果だけを見て、言行不一致と批判される世の中になってしまうと、誰もアグレッシブに挑戦や、冒険をしようとは思わなくなります。リスクを冒すからこそリターンも生じます。よって、高い目標を立てて、これを達成できなくてもある程度許される寛容な社会を形成した方が、程よいチャレンジを生み出し、社会のちょっとずついい方向に向かわせる何かエネルギーが発生することを期待したいと思うのです。

言行不一致、目標未達、結構じゃありませんか。挑戦を温かい目で見守る、寛容な社会を形成する一助となるように私自身は行動したいと常々考えています。

ふたつめについて。
他人に対する批評と自己に対する評価は、得てして、ダブルスタンダードになりやすい。他人なら1分の待ち合わせの遅れでも許せないけれど、自分が遅れる分には1時間程度なら許してほしいという甘えがあっても不思議ではありません。他人に厳しく、自分には甘く。それのどこが悪いのでしょうか?

これは逆作業が働く状態を想像してみてください。同僚が品質不良を10%出すのは許すけれど、自分が品質不良を出すことを1%も許さず、自分を厳しく律する人も必ず世の中には存在します。この人の基準で不良率1%しか許されない組織だとしたら、それは大層息苦しいものになるでしょう。

つまり、文字通りの「言行一致」や「有言実行」は、やせ我慢だったり、自己満足だったり、相手への自分の価値観の押し付けだったり、誰かがどこかでうれしくない状態を生みがちな不寛容社会の代表的な状態ともいえます。

多少の遊びがあって、相手のミスや失敗や目標未達も笑って次に持ち越せる。そういう個々の余裕が程よくあった方が皆が楽に安心して生活できるはずです。それが、考えること、口に出すこと、行動に起こすこと、すべてにおいて調和がとれている状態だといえます。

ガンジーはとても皆が受け入れやすく生きやすい社会の在り方をとてもシンプルだけど鋭く言い当てていると思いますがいかがでしょうか?

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小林 友昭
小林 友昭
現役の経営コンサルタントです。経営管理の仕組み構築や経営戦略の立案、BIシステムを中心としたIT導入まで手掛けております。
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