■ 経過勘定とは期間損益とキャッシュフローのギャップを埋めるもの
広義の発生主義(実現主義を含む)に基づき期間損益を計算する場合、実際の現金の動きをいったん無視して、費用と収益の額を先に決定します。それが損益をいわゆる「期間損益」足らしめているのですが、ここで、損益と現金収支のギャップを再確認してみましょう。
ここでいっているギャップとは、現金が入ってきたのに収益とカウントしない、現金が出ていったのに費用としてカウントしない、現金がまだ入ってきてないのに収益をカウントする、現金がまだ出て行っていないのに費用をカウントする、という4つの状態を示しています。
『企業会計原則』の全体構成は下図の通りです。
そして『損益計算書原則』の構成を下図に図示します。
すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。ただし、未実現収益は、原則として、当期の損益計算に計上してはならない。 前払費用及び前受収益は、これを当期の損益計算から除去し、未払費用及び未収収益は、当期の損益計算に計上しなければならない。(注5)
企業会計原則(原文)
上の条文は、ただの一節だけで、「発生主義の原則」「実現主義の原則」「取引価額(収支額・収入額)の原則」に続き、「経過勘定の処理方針」まで含んでいる会計原則における大物の一人です。
条文に登場する順番どおりに記載すると、
(1) 前払費用
(2) 前受収益
(3) 未払費用
(4) 未収収益
の4つとなります。
■ 「企業会計原則 注解」から補足説明を引いて考えてみる
「企業会計原則」の条文には、時折、「注解」による(注)が付いていまして、この複雑な4つの経過勘定には、それぞれにつき、丁寧に説明書きが付されています。
ここで、あなたは、賃貸アパートの借主(店子:たなこ)であり、大家さんに毎月家賃の支払いを手払いしなければならないケースを考えます。ちなみに、筆者が上京して大学生になった時、二階に住む大家さんに毎月手払いで家賃を納めていました。そういうシーンを思い浮かべてみてください。^^)
(損益計算書原則一のAの二項)
(1) 前払費用
前払費用は、一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、いまだ提供されていない役務に対し支払われた対価をいう。従って、このような役務に対する対価は、時間の経過とともに次期以降の費用となるものであるから、これを当期の損益計算から除去するとともに貸借対照表の資産の部に計上しなければならない。また、前払費用は、かかる役務提供契約以外の契約等による前払金とは区別しなければならない。
企業会計原則 注解(原文)
借主であるあなたは9月20日に、10月分の家賃を6万円、現金手渡しで大家さんに届けました。9月30日に、あなたが家計簿をつけているとして、この6万円は、9月分の費用となるでしょうか? もちろん、家計簿をつける人の心情としては、現金の出入り(収支)が気になるからこそ家計簿をつけている、と考えるのが一般常識だと思います。
それで、この6万円は、9/20の現金支出として家計簿に記録します。これは現金の出入り(収支)としては正しい作法です。ですが、発生主義に基づく会計の世界では、その6万円の支払いは、来月の10月1日から10月31日の間、部屋を借りて住むという「住空間提供サービス」への対価として支払うものです。それゆえ、9/20の時点、もしくは月次決算日としての9/30の時点でも、まだその「住空間提供サービス」の便益を享受していない、というふうに会計は考えます。
現金は支出しているのに、対価としてのサービスをまだ受けていない場合は、費用もまだ発生していないと考えます。そこで支払った分を「前払費用」と呼び、B/Sの方に借方(資産)計上します。P/Lに残したままにすると、期間損益計算上、費用としてカウントされてしまいますからね。
前受収益は、一定の契約に従い、継続して役務の提供を行う場合、いまだ提供していない役務に対し支払を受けた対価をいう。従って、このような役務に対する対価は、時間の経過とともに次期以降の収益となるものであるから、これを当期の損益計算から除去するとともに貸借対照表の負債の部に計上しなければならない。また、前受収益は、かかる役務提供契約以外の契約等による前受金とは区別しなければならない。
「前払費用」と同じ9/20の状態を、今度は大家さんの立場で見てみましょう。
現金は受け取っている(収入があった)のに、対価としてのサービスをまだ提供していない場合は、収益もまだ発生していないと考えます。そこで受け取った分を「前受収益」と呼び、B/Sの方に貸方(負債)計上します。P/Lに残したままにすると、期間損益計算上、収益としてカウントされてしまいますからね。
未払費用は、一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、すでに提供された役務に対して、いまだその対価の支払が終らないものをいう。従って、このような役務に対する対価は、時間の経過に伴いすでに当期の費用として発生しているものであるから、これを当期の損益計算に計上するとともに貸借対照表の負債の部に計上しなければならない。また、未払費用は、かかる役務提供契約以外の契約等による未払金とは区別しなければならない。
借主であるあなたは9月20日に、アルバイトを風邪で休んでしまい、手元には食費しか残っていません。そこで、大家さんに10月分の家賃支払いを10月末まで延ばしてもらうことにしました。家賃滞納しているのに、住まわしてもらうことは、人の心情としては、心苦しく思うのが一般常識だと考えてみます。
その心苦しさを、会計の世界では、10/1から提供されるサービスから便益を受けているとみなし、対価として支払うべき費用が発生していると考えます。そこで支払うべき分を「未払費用」と呼び、B/Sの方に貸方(負債)計上します。P/Lには、反対科目として、通常の「支払家賃」が費用として計上されることになります。
未収収益は、一定の契約に従い、継続して役務の提供を行う場合、すでに提供した役務に対して、いまだ、その対価の支払を受けていないものをいう。従って、このような役務に対する対価は時間の経過に伴いすでに当期の収益として発生しているものであるから、これを当期の損益計算に計上するとともに貸借対照表の資産の部に計上しなければならない。また、未収収益は、かかる役務提供契約以外の契約等による未収金とは区別しなければならない。
「未払費用」と同じ10/1の状態を、今度は大家さんの立場で見てみましょう。
現金は受け取っていない(収入がない)のに、対価としてのサービスを提供してしまっている場合は、収益の方は既に発生していると考えます。そこで提供しているサービス対価分を「未収収益」と呼び、B/Sの方に借方(資産)計上します。P/Lには、反対科目として、通常の「家賃収入」が収益として計上されることになります。
■ 「経過勘定」が持つ意味とは
「経過勘定」が会計学的に味わい深い、と筆者が感じるのは、主に次の3点によるものです。
① 「発生主義(費用収益対応の原則)」のゲートキーパー
② 「見越し」と「繰延べ」の意味
③ 「〇〇費用」「〇〇収益」と「〇〇金」の違い
①「発生主義(費用収益対応の原則)」のゲートキーパー
「経過勘定」は、期間損益計算を「発生主義の原則」を愚直に守るために、不可避的に発生するものです。提供サービスの授受がある期間に、その対価としての「費用」と「収益」があがったとみなすからです。これを特に、「費用収益対応の原則」と呼びます。
もし、費用収益の認識基準が、実際の現金の授受に根拠を持つものと考えた場合、それは「現金主義」を採用しているということになります。会計の歴史上、先に現金主義の時代があったと解説されることがあります。「損益法」とか「財産法」、「静態論」とか「動態論」のお話になりますので、ご興味のある方は、下記関連記事をご参照ください。
関連記事 企業会計の基本的構造を理解する(2)動態論的貸借対照表とは? 収支計算と期間損益計算のズレを補正する損益計算書の連結環関連記事 企業会計の基本的構造を理解する(3)静態論 vs 動態論、財産法 vs 損益法、棚卸法 vs 誘導法。その相違と関連性をあなたは理解できるか?
②「見越し」と「繰延べ」の意味
「見越し」とは、目先に惑わされることなく、遠い将来にまできちんと目配せをして経営をすることにつながると考えています。現金の収支の動きでは捉えられない経済的価値の増減をキチンと会計帳簿に載せる行為です。
「繰延べ」とは、いったん「費用」や「収益」が帳簿に計上されたとしても、内容を吟味して、今期の費用収益として計上すべき資格があるのか経済的活動の本質をキチンと検証する行為です。
減価償却費は、現金が先に支出されて費用計上が後から来るものです。また、引当金は、将来に備えて今期のうちに費用として先に計上するものです。どちらも、最終的には経営者のビジネスのリスク・リターンの見通しの精度に基づくものです。あくまで会計基準は、適切に経営者が業績評価・業績管理を実行できるように、良質の価値判断基準を授けてくれているものと考えています。
ですので、巷に溢れている粉飾決算・不適切会計の類は、すべて、この「見越し」「繰延べ」という会計行為の業務品質の問題と表現することができると考えています。
③「〇〇費用」「〇〇収益」と「〇〇金」の違い
さて、「前払費用」と「前払金」、「前受収益」と「前受金」、「未払費用」と「未払金」、「未収収益」と「未収金」の用語の使い分けにも実は深い意味があります。
時間の経過とともに、経済的価値が増減する場合、「〇〇費用」「〇〇収益」の用語を使います。例えば、家賃や保険料は、日数ベースでいくらかを決めるので、「前払家賃」「未収家賃」や「未払保険料」というのも、この「〇〇費用」「〇〇収益」のグループとして扱います。
一方で、モノやサービスの販売行為、例えば商品の受け渡しや、備品の購入については、時間軸で考えないのが通常なので、その場合は、「〇〇金」と呼ぶことが慣習になっており、それが「注解」で明文化されています。例えば、「備品前払金」「(商品代金の)前渡金」という呼び方をします。期間損益計算上は同じ機能を果たしますので、こちらは、簿記の資格試験とか、実務で言い間違えて恥をかくとか、そういう次元では問題にはなります。
■ (おまけ)素朴な疑問 – いつ経過勘定は消えてなくなるのか?
とはいえ、「経過勘定」のお話をする際に、
鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん
という格言は耳を傾けるに値する言葉です。会計実務では、厳密に経過勘定を取り扱っても、結果として大して問題にはならないケースがあります。その場合、会計の世界には、「重要性の原則」という伝家の宝刀があります。
関連記事 企業会計原則(11)重要性の原則 - 会計処理と財務諸表での表示を簡便化するための伝家の宝刀!そもそも、経過勘定を発生させないという選択肢も場合によってはアリです。
また、いったん、会計帳簿に計上された費用収益を意思をもって、「前払費用」「前受収益」とした場合は、該当する経済事象が現れれば、その時点で直ぐに反対仕訳が起こされて消えていきます。
一方で、現金の授受がないのにも関わらず、経営の意思をもって「未払費用」「未収収益」とした金額については、本気を出して現金決済しない限り(厳密には債権債務の相殺で消えるケースもありますが)、理屈的には永遠にB/Sに経過勘定が残り続けます。
現金の裏付けがない費用収益はやがて、会計監査を受ける中で、または銀行取引をしている中で、損失として自分で落とすか、事実上の倒産状態になって取引相手方が損失を被ることになります。^^;)
—– ラルフ・ワルド・エマーソン
関連記事 企業会計原則(13)発生主義の原則
参考記事 「企業会計原則」(原文のまま読めます)
参考記事 「企業会計原則 注解」(原文のまま読めます)
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