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ホンダ、自社株買いの賞味期限 成長戦略カギ 次世代車巡るシナリオ 急務 - 自社株買いは本当に持続的に株価を上げる効果があるのか?

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 自社株買いの株価上昇に対する賞味期限のお話

経営管理会計トピック

一般的に、自社株買いは株価上昇のシグナルとして捉えられ、実際に株価はいったんは上昇することが知られています。最近は、その株価底上げ効果に賞味期限がある、ということが声高に叫ばれています。どこまで本当なのでしょうか? 簡単な財務モデルで説明してみたいと思います。

2018/5/9付 |日本経済新聞|朝刊 ホンダ、自社株買いの賞味期限 成長戦略カギ 次世代車巡るシナリオ 急務

「ホンダが株式市場との距離を縮めようとしている。4月末に事前の市場予想を2割も下回る大幅営業減益を発表したが、株価は小幅下落にとどまった。「ホンダ・ショック」を和らげたのは、同時に発表した約700億円の自社株買いだ。ただ業績悪化に歯止めがかからなければ、株価の下支え効果は長く続かない。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は同記事添付の「ホンダの連結業績」を引用)

20180509_ホンダの連結業績_日本経済新聞朝刊

記事によりますと、従来、ホンダは株主還元に消極的な企業という印象を持たれている中、7年ぶりの自社株買いを発表した2017年11月以降、2年連続での自社株買いを実施。純利益がほぼ半減する中で、利益に占める配当と自社株買いの比率である総還元性向は約46%と高水準となりました。

つまり、2年連続減益発表となったため、現金配当に加え自社株買いを含めた株主還元強化により、株価維持(底上げ)を図ったという構図になります。そして記事は、業績回復の道筋が見えないと、この株価は維持できないと断じています。概ね、その論旨は正しいのですが、どうしてそうなるのか、会計的なロジックへの踏み込みが無かったので、改めて本ブログで解説を試みてみようとするものです。

⇒「日電産、自社株買い150万株超す 株安局面で積極化
⇒「(十字路)米国経済は万全か - 自社株買いは本当に株価を押し上げるのか?
⇒「(一目均衡)自社株買いの功罪 編集委員 北沢千秋

 

■ 自社株買いが株価上昇をもたらすとの通説になっている会計ロジックとは?

とても簡単なケースに仕立てたので、自社株買いがもたらすB/Sの変化を順を追ってみていきましょう。

経営管理会計トピック_自社株買いによるBSの変化 PBR

まず、PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)が常に1倍という仮定を置きます。これは、株式市場における時価総額と帳簿上の純資産額が1:1で同額という意味です。

この仮定が意味するところは、自社株買いは、株主からお預かりしたお金(出資金、資本金など)をそのまま同額をお返しすると同時に、それを株式市場における時価取引で行うことを意味しています。単純に200円で出資してもらっておいて、200円をお返しするという意味です。

つまり、この前提条件で自社株買いが行われても、出資した分をそのままお返ししたのだから、それでもホンダの株主であり続ける人達(自社株買いに応じなかった投資家)が保有する株価が上昇する合理的な意味はありません。

経営管理会計トピック_自社株買いによるBSの変化 ROE

さらに、この時、その他の財務指標との関係を見てきましょう。P/Lにおける当期純利益は自社株買いの前後で200円のまま動かないとします。そうすると、自社株買いのおかげで、ROE算出の分母である純資産が600円から400円に減額されます。ROEは割り算なので、分母が小さくなったら商であるROEは、33%から50%へ増加します。

つまり、従来、実しやかに言われている自社株買いの株主還元効果とは、このROE上昇に伴う一株当たり利益(EPS)が上昇することで、当期純利益額に連動した配当性向が一定とした場合に、株主の手に届く配当金総額が増加することが予想されることを意味するのです。1株当たりのインカムゲインの増加が予想されるため、配当利回り上昇による株価上昇で適正価格にサヤ寄せされる、というものなのです。

■ そうは問屋は卸さない! 自社株買いの賞味期限の正体とは?

株主が得られる株式投資からの経済的リターンは、インカムゲインだけでなく、キャピタルゲインも存在しています。ではキャピタルゲインをもたらす株価上昇の大きな要因とは一体何でしょうか?

2018/5/9付 |日本経済新聞|夕刊 (やりくり一家のマネーダイニング)指標で株価を分析しよう 移動平均・PERを活用

(下記は同記事添付の「日経平均はおむね予想PERの13~17倍で推移」を引用)

20180509_日経平均はおむね予想PERの13~17倍で推移_日本経済新聞夕刊

キャピタルゲインは株式売却益で、売却益が出るということは、株価が上昇していること指します。その株価推移と近似の動きを示す指標が株価上昇の有力な要因のひとつであるともいえます。それが、上記のPER(Price Earnings Ratio:株価収益率)です。

PER = 時価総額 ÷ 純利益
PER = 株価 ÷ 一株当たり利益(EPS)

つまり、中長期的には、株主還元率よりPER、煎じ詰めれば「利益額」が「時価総額」や「株価」動向に強く働いていることが分かります。そして、話が自社株買いや株主還元の影響を全く考慮せずに株価が形成されているのなら簡単なのですが、そうとも言い切れない部分があるので、余計話はややこしい!(^^;)

 

■ 自社株買いは利益額の上昇はもたらさないが、利益率の変化はもたらす

株式には、債券や預貯金など、リスクとリターンで価値が決まる金融商品の一形態という側面もあります。すなわち、利回りの面から、期待収益率にサヤ寄せされるように価値が決まるメカニズムが働きます。これを、ROEという指標で代替して考えることにします。

自社株買い前のROEは33%で、自社株買いをすることで、ROEが50%に高まるとします。当期純利益の額には影響しないので、分母が小さくなったことによる利益率の上昇です。これは、自社株買いに応じなかった既存株主にとっては、自社株買いがROE:50%をもたらす新規投資だった、ともいえるのです。つまり、自社株買いにより、ROEがトータルで17%改善させる投資に匹敵する事業投資だったと解するのです。

ここにはさらにレバレッジが効く要素が付加されます。PBR:1倍というのは、時価総額と純資産額が同額であることを意味します。現況、PBRが1倍割れしており、当期純利益がプラスの値である場合、自社株買いは足元のROE以上の利回り商品を購入したのと同じ効果を企業にもたらします。

つまり、上記の+17%の投資利回りはPBR:1倍を前提としており、割安で株価が奉仕されてPBRが1倍を割っている時、17%以上の利回りを達成することができるお得物件が自社株買いということになるのです。

 

■ 自社株買いが経営者にとって有利な投資案件に見えてしまう理由とは?

自社株買いの株価上昇への効果発現は、超短期的には株主還元強化がもてはやされて市場での需給状況から実現します。しかし、中長期的にはそれ自体では利益を増やすことは無いので、やがて賞味期限が到来し、元の株価レンジに回帰してしまうのです。それでも、経営者は自社株買いを有効な株価維持・株価上昇策として積極採用するのはどうしてでしょうか?

経営管理会計トピック_事業再投資によるROEの変化

上記チャートの左部をご覧ください。現在のROE:33%の中で、余資200円を利回り10%の新規事業へ投下したとします。結果として、ROEは37%へ4ポイントは改善します。自社株買いを実施した時と同じROE:50%を達成するには、余資200円の期待利回りが50%である必要があります。
(これらの数字、%はたまたま分子分母の金額が上記説例だからです)

何が言いたいかというと、単なる株主還元強化により、目先のお得感で株主を引き付ける目的以外に、経営者が既存ROEをより高める新規事業投資機会を見つけることの難易度というかハードルの高さも相当のものがある、ということに着目すべきなのです。

そこで、冒頭の記事からホンダの状況にコメントが付されている箇所を抜粋します。

「19年3月期の研究開発支出は前期比8%増の7900億円まで増やす。売上高に占める比率は5%とライバルに比べて高い。」

「成長投資の種まきにどのくらいのお金を投じ、どんな商品で回収するのか。評価を得た株主還元とのバランスをとりながら、中長期の四輪車の利益成長シナリオを提示することが、年初来高値を1割以上下回り、PBR(株価純資産倍率)1倍割れが続く株価が再浮上するカギとなる。」

成長投資にお金を使うと、どうしても足下の利益率(ROE等)が下振れしがちになります。経営者としては、市場関係者に対して、分かりやすく成長投資に資金を振り分けることの正当性を丁寧に説明する必要があります。

その昔、自社株買いが解禁された頃、「アナウンスメント効果」が声高に叫ばれました。これは、経営者が社外の成長投資の機会発見より、自社の株価が安値で放置されている場合、自社株買いした方がROE向上の即効性がある資本政策であるという旨を企業内外に示すことで、実としてROEが高まり、虚(将来利益成長の宣伝効果)として、投資家たちも経営者の心眼を信じて追随買いをする、という説でした。

現在のゼロ金利の経済情勢とPER上昇の中で、自社株の割安放置に注目したアナウンスメント効果は薄れてきているように見受けられます。コーポレートガバナンス・コードの整備など、投資家との対話力が企業経営者にますます求められるようになりました。割安放置、株主還元強化以外の、自社株買いの理由付けを市場は求めていると思いますが、如何でしょうか?

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

コメント

  1. TK より:

    経営者も内弁慶だと、ちょっとね。外に成長投資のタネを積極的に探しに行かないと。その行動を株主に説明できないなら、そんな企業は上場している資格はないし、そんな人に株主目線からも経営は任せられませんよ!