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■ 「初期費用」支払い義務の明確化

経営管理会計トピック
東京高裁が、「初期費用」という名の開発費の支払い義務が防衛省にあると認定しました。なんと、民法の中でも大原則中の大原則「信義誠実の原則」違反としたことには驚きです。
民法第1条2項:
「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」

2015/1/30|日本経済新聞|朝刊
国に351億円賠償命令 ヘリ調達中止、富士重が逆転勝訴 東京高裁

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「防衛省が戦闘ヘリコプターの発注をキャンセルしたため初期投資費用が回収できなくなったとして、富士重工業が国に351億円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は29日、「国は初期費用を払うと信頼させ、信義則上の義務に反した」として全額の支払いを命じた。請求を棄却した一審・東京地裁判決を取り消し、国の逆転敗訴とした。」
こうした裁判上での争いについて、「随意契約」「予定価格」「競争入札」といった国や地方公共団体との「契約」における暗黙の了解や建前など、いろいろ裏事情がついて回るのですが、それをこのブログでいうわけにはいかないので、あくまで、管理会計の範疇で、値決めや見積り方法について、一般論としてお話したいと思います。

■ 富士重工業の見積りの考え方を再現

戦闘ヘリ「AH―64D(通称アパッチ・ロングボウ)」の開発・製造の依頼が、「特命随契に伴う公募」「一般競争入札」や「企画競争」、形態はどうでも、富士重工業でも受けたいと思ったときに、営業担当者は、社内で下記のような見積りをするはずです。
経営管理トピック_アパッチ採算_見積り
・初期開発コストとして、1000だけ先行費用としての支出(キャッシュアウト)を甘受せざるを得ない
・ただし、向こう5年間で総額2500の売上高、製造コストを差し引いた限界利益:1500でこの先行費用は回収可能と判断。むしろ、総額で500の利益が出ることを確認した
このグラフと表は、ほぼキャッシュフローと一致します。1年目に大きなキャッシュアウトがありますが、2年目以降のキャッシュインで回収していき、5年目以降に現金収支が黒字に転換すると判断するのです。

■ 防衛省への提出予算を再現

こうして、このアパッチの受託生産が、採算ベースに乗ると判断した富士重は、初期開発コストを、「ライセンス料」として、毎年の製造原価に上乗せした予算表を防衛省に提出します。
経営管理トピック_アパッチ採算_損益予算
ここで認識の齟齬(本当はお互い了解済みなのですが、、、おっとここが触れてはいけない部分でした)が発生する火種が用意されました。
正式な予算表として、富士重は、毎年の原価を「400」と防衛省に提出します。防衛省としては、ここで、「400」の内訳として、製造変動費が「200」、ライセンス料が「200」との報告を受けていたとしても、それは毎年の売上高「500」に対応するコストだと認識します。
そして、防衛省も装備予算枠が縮小になったことを理由に、4年目(納品開始3年目)で、アパッチの発注を停止します。
その状態が、下記のようになります。
経営管理トピック_アパッチ採算_損益実績
分かりやすいように、5年目と6年目のライセンス料はそのまま、そのタイミングでコストと認識するままにしてあります。
4年目までのところで、富士重は「300」の利益が出たんだから、これで発注停止しても、黒字でビジネス終われるよね、と防衛省の担当者が発言したとします。
しかし、賢明な読者の方ならわかると思いますが、5年目と6年目で回収予定だった開発費(ライセンス料として)が合計で「400」分が未回収のまま残り、4年目までの累計利益「300」と差引すると、「- 100」の赤字になります。
今回の裁判で、富士重が防衛省に支払いを求めたのは、「351億円」ですが、これは上記の例ですと、この「400」に相当する分です。

■ 製造コストの明細を了解しているか否かの問題ではない

判決文の詳細を知る立場にないので、管理会計の一般知でもの申しているのですが、防衛省が「製造原価明細書(予算)」の内訳として、材料費や労務費、ライセンス料という個別詳細を知っていようがいまいが、年度ベースでは累計利益が黒字段階で発注を止めました、毎年、ライセンス料は払っていたのだから、問題ないでしょ、発注停止後のライセンス料を払う義務はないよ、というのは、あまりに会計知が無い発言です。
初期の先行開発コストは、「固定費」として、発生済みコストであるため、制度会計上、富士重が先行開発コストを、発生時に全額費用計上していようが、無形固定資産として計上して、毎期、売り上げ計上と共に、償却処理していようが、トータルの採算は、途中で発注停止の憂き目にあえば、赤字になるのは当然です。
富士重としては、話が違う、ということになるのは当然です。
ちなみに、上記の例では、ケースを簡略化するため、先行費用はすべて、「開発費」、製造コストはすべて材料費や他製品にいつでも振り分けられる労務費などの「変動費」扱いとしています。
しかし、現実の世界では、先行費用には、専用ラインを構築するための、設備投資も含まれますし、特殊なヘリを生産するための専用機械の発注費も含まれます。
また、製造コストには、特殊な加工ができる工員(他の民需品の製造の役には立たない)に支払う給料は、アパッチ製造が停止されたら、中空に浮いてしまう労務費です。よそでは回収できません。材料費だって、ヘリ専用の部材を既に発注してしまっていたら、転用できないため、全て残った分は、棚卸評価損として、B/Sから消えてしまいます。
しかも、総生産台数が先に分かっている場合は、生産に必要な部材の要求量もあらかじめ分かっているので、先行してまとめ発注しておいて、品質の確保と生産平準化によるコスト低減を目論んでいるはずです。
(専門家の方々、当然、リペアパーツとしてヘリ稼働中の確保分、含めての話ですよ)
管理会計知があれば、こういう横車は論破できるし、そもそも裁判沙汰にならないように、契約形態を工夫した方が良いのですが、、、
そうでしたね、防衛予算の都合で、ライセンス料は納品時に分割して支払うことになっていたのでしたね。ライセンス料という名目を防衛省の担当者が知っていたかどうかは別問題として。
同業の方、プラントや重厚長大もののメーカーの方、ソフトハウスにお勤めの方、これと同じ話はあなたの近くにきっと潜んでいるはずです。お気をつけください。

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小林 友昭会計で経営を読む■ 「初期費用」支払い義務の明確化 東京高裁が、「初期費用」という名の開発費の支払い義務が防衛省にあると認定しました。なんと、民法の中でも大原則中の大原則「信義誠実の原則」違反としたことには驚きです。 民法第1条2項: 「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」 2015/1/30|日本経済新聞|朝刊 国に351億円賠償命令 ヘリ調達中止、富士重が逆転勝訴 東京高裁(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「防衛省が戦闘ヘリコプターの発注をキャンセルしたため初期投資費用が回収できなくなったとして、富士重工業が国に351億円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は29日、「国は初期費用を払うと信頼させ、信義則上の義務に反した」として全額の支払いを命じた。請求を棄却した一審・東京地裁判決を取り消し、国の逆転敗訴とした。」 こうした裁判上での争いについて、「随意契約」「予定価格」「競争入札」といった国や地方公共団体との「契約」における暗黙の了解や建前など、いろいろ裏事情がついて回るのですが、それをこのブログでいうわけにはいかないので、あくまで、管理会計の範疇で、値決めや見積り方法について、一般論としてお話したいと思います。 ■ 富士重工業の見積りの考え方を再現戦闘ヘリ「AH―64D(通称アパッチ・ロングボウ)」の開発・製造の依頼が、「特命随契に伴う公募」「一般競争入札」や「企画競争」、形態はどうでも、富士重工業でも受けたいと思ったときに、営業担当者は、社内で下記のような見積りをするはずです。 ・初期開発コストとして、1000だけ先行費用としての支出(キャッシュアウト)を甘受せざるを得ない ・ただし、向こう5年間で総額2500の売上高、製造コストを差し引いた限界利益:1500でこの先行費用は回収可能と判断。むしろ、総額で500の利益が出ることを確認した このグラフと表は、ほぼキャッシュフローと一致します。1年目に大きなキャッシュアウトがありますが、2年目以降のキャッシュインで回収していき、5年目以降に現金収支が黒字に転換すると判断するのです。 ■ 防衛省への提出予算を再現こうして、このアパッチの受託生産が、採算ベースに乗ると判断した富士重は、初期開発コストを、「ライセンス料」として、毎年の製造原価に上乗せした予算表を防衛省に提出します。 ここで認識の齟齬(本当はお互い了解済みなのですが、、、おっとここが触れてはいけない部分でした)が発生する火種が用意されました。 正式な予算表として、富士重は、毎年の原価を「400」と防衛省に提出します。防衛省としては、ここで、「400」の内訳として、製造変動費が「200」、ライセンス料が「200」との報告を受けていたとしても、それは毎年の売上高「500」に対応するコストだと認識します。 そして、防衛省も装備予算枠が縮小になったことを理由に、4年目(納品開始3年目)で、アパッチの発注を停止します。 その状態が、下記のようになります。 分かりやすいように、5年目と6年目のライセンス料はそのまま、そのタイミングでコストと認識するままにしてあります。 4年目までのところで、富士重は「300」の利益が出たんだから、これで発注停止しても、黒字でビジネス終われるよね、と防衛省の担当者が発言したとします。 しかし、賢明な読者の方ならわかると思いますが、5年目と6年目で回収予定だった開発費(ライセンス料として)が合計で「400」分が未回収のまま残り、4年目までの累計利益「300」と差引すると、「- 100」の赤字になります。 今回の裁判で、富士重が防衛省に支払いを求めたのは、「351億円」ですが、これは上記の例ですと、この「400」に相当する分です。 ■ 製造コストの明細を了解しているか否かの問題ではない判決文の詳細を知る立場にないので、管理会計の一般知でもの申しているのですが、防衛省が「製造原価明細書(予算)」の内訳として、材料費や労務費、ライセンス料という個別詳細を知っていようがいまいが、年度ベースでは累計利益が黒字段階で発注を止めました、毎年、ライセンス料は払っていたのだから、問題ないでしょ、発注停止後のライセンス料を払う義務はないよ、というのは、あまりに会計知が無い発言です。 初期の先行開発コストは、「固定費」として、発生済みコストであるため、制度会計上、富士重が先行開発コストを、発生時に全額費用計上していようが、無形固定資産として計上して、毎期、売り上げ計上と共に、償却処理していようが、トータルの採算は、途中で発注停止の憂き目にあえば、赤字になるのは当然です。 富士重としては、話が違う、ということになるのは当然です。 ちなみに、上記の例では、ケースを簡略化するため、先行費用はすべて、「開発費」、製造コストはすべて材料費や他製品にいつでも振り分けられる労務費などの「変動費」扱いとしています。 しかし、現実の世界では、先行費用には、専用ラインを構築するための、設備投資も含まれますし、特殊なヘリを生産するための専用機械の発注費も含まれます。 また、製造コストには、特殊な加工ができる工員(他の民需品の製造の役には立たない)に支払う給料は、アパッチ製造が停止されたら、中空に浮いてしまう労務費です。よそでは回収できません。材料費だって、ヘリ専用の部材を既に発注してしまっていたら、転用できないため、全て残った分は、棚卸評価損として、B/Sから消えてしまいます。 しかも、総生産台数が先に分かっている場合は、生産に必要な部材の要求量もあらかじめ分かっているので、先行してまとめ発注しておいて、品質の確保と生産平準化によるコスト低減を目論んでいるはずです。 (専門家の方々、当然、リペアパーツとしてヘリ稼働中の確保分、含めての話ですよ) 管理会計知があれば、こういう横車は論破できるし、そもそも裁判沙汰にならないように、契約形態を工夫した方が良いのですが、、、 そうでしたね、防衛予算の都合で、ライセンス料は納品時に分割して支払うことになっていたのでしたね。ライセンス料という名目を防衛省の担当者が知っていたかどうかは別問題として。 同業の方、プラントや重厚長大もののメーカーの方、ソフトハウスにお勤めの方、これと同じ話はあなたの近くにきっと潜んでいるはずです。お気をつけください。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します