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製造業が川下企業に価格転嫁するための条件とは?(1)新日鉄住金の原料炭の事例より

業績管理会計(入門)
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■ 新日鉄住金が原料炭の価格交渉を廃止する意味とは?

BtoB企業、BtoC企業を問わず、仕入価格が高騰した場合、その分を供給先(川下)へ価格転嫁できるかどうか、企業業績を左右する非常に大きな問題に違いありません。結論から言ってしまうと、希少な財貨・サービスを提供している企業ならば、提供財の希少性だけで、取引市場における価格交渉は自社有利に運ぶことができます。また、寡占状態になれば、圧倒的取引量から、価格交渉権自体を自社の“自家薬籠中の物”とすることができるでしょう。

2017/6/12付 |日本経済新聞|夕刊 新日鉄住金、原料炭の価格交渉を廃止 市況連動に移行

「新日鉄住金は製鉄原料の原料炭について、資源メジャーとの価格交渉制度を廃止する。これまで交渉で決めていた調達価格を、2017年4~6月期の調達分から国際相場への連動に段階的に切り替える。もう一つの主要原料、鉄鉱石も10年から市況連動に切り替わっている。鉄鋼メーカーは原料の市況動向に合わせて鋼材価格を機動的に変える方針で、鋼材を調達する自動車や電機メーカーが調達方法を見直す可能性がある。」

(下記は同記事添付の「原料炭価格が市況連動になれば自動車メーカーなどにも影響が出てきそうだ」を引用)

20170612_原料炭価格が市況連動になれば自動車メーカーなどにも影響が出てきそうだ_日本経済新聞夕刊

新日鉄住金が鉄鉱石に続き、原料炭でも相対交渉からスポット取引(随時契約)に移行を決めたのは、世界の粗鋼生産の5割を占める中国の製鉄所がスポット契約で原料炭を買い付けるため、元々価格交渉力強化を目的として寡占化が進んでいた資源メジャーに代表される売り手が新日鉄住金との個別相対交渉での値付けを渋り始めたことが背景になります。

(下記は同記事添付の「原料炭の対日価格は昨年から急騰」を引用)

20170612_原料炭の対日価格は昨年から急騰_日本経済新聞夕刊

「安定調達を最優先する日本の高炉各社は価格を固定する長期契約に固執してきたが、要求は通りにくくなった。新日鉄住金などは原料コストを確定できないため17年度の業績予想を開示できない状況に陥っており、値決め手法の見直しで急激な価格変動に対応する。」

こうした商習慣の変更目的は、原料炭買付け市場におけるプレゼンスが低下したことにより、プライスメイカーからプライステイカーになる決断をしたうえで、その価格変動分は、随時川下の顧客へ価格転嫁する方針に転換することを示しています。その意味において、鋼材の売り手企業と買い手企業の双方に販売および調達戦略の変更を強いることになります。

● 売り手企業(新日鉄住金など)
・提供する鋼板の高機能性や安定供給(価格面)での訴求力が小さくなり、中長期的にマージン力が低下する恐れがある

原料の購入価格が上がったから、製品の卸価格がそのまま上がります、と顧客に主張することは、自社内での付加価値(性能だったり機能だったり)に対する提供価値(対価としてどれだけのお金を払ってもらえるか)の説明能力が相対的に小さくなるリスクをはらんでいるのです。

● 買い手企業(トヨタ自動車など)
・鋼材市場における需給変動より、原料価格の影響が調達価格に与える影響が大きくなるため、市場の読みを強化する作戦から、原料価格の変動から来るリスク回避策を強化する作戦を練る必要がある

鋼材市場からの調達価格がより変動幅が大きくなることが予想されるため、安定調達=自社工場の安定操業のためには、デリバティブ(金融派生商品)を活用した価格変動リスクの回避(ヘッジ)など、調達価格をできるだけ管理下に置く工夫を強いられます。

■ 新日鉄住金の原料炭取引を市況市場に委ねることの意味とは?

資源メジャーとの取引がどのように変容するか、翌日の朝刊でも再度取り上げられていましたので、そちらも参照することにします。

2017/6/13付 |日本経済新聞|朝刊 原料炭、「川下」へコスト転嫁焦点 新日鉄住金、価格交渉を廃止 日本の影響力低下

「これまで英アングロ・アメリカンなど資源メジャーと相対交渉で決めていた調達価格を、2017年4~6月期の調達分からスポット(随時契約)市況連動に切り替える。英石油情報会社S&Pグローバル・プラッツが算出するスポット価格など3つの指標を値決めに使う見込み。大半の資源メジャーと基本合意に達したという。」

(下記は同記事添付の「原料炭は大手の寡占が進む(ブラジル大手ヴァ―レの鉱山)=同社提供」を引用)

20170613_原料炭は大手の寡占が進む(ブラジル大手ヴァ―レの鉱山)=同社提供_日本経済新聞朝刊

原料炭でシェアを誇る豪英BHBビリトンは先行して、2010年前後に相対での契約交渉からスポット価格での取引に限定しており、鉄鉱石は2010年に市況連動での調達に既に切り替わっています。生産量を急伸させている中国やインドの製鉄所が大半をスポット契約で調達している中、主要産地であるオーストラリアなどの資源メジャーも日本企業が求める長期契約交渉に難色を示すようになりました。

(下記は同記事添付の「世界の粗鋼生産は中国が主力に」を引用)

20170613_世界の粗鋼生産は中国が主力に_日本経済新聞朝刊

「日本の鉄鋼大手は原料炭価格が16年夏以降に大きく上昇したことで収益が急速に悪化した。新日鉄住金は顧客への価格転嫁が遅れ、17年3月期の単独営業損益は4期ぶりに赤字に転落した。JFEスチールも単独赤字だったもようだ。新日鉄住金は「このままでは継続的な設備投資ができない」(栄敏治副社長)と危機感を強めていた。」

という事情による決断ということですが、このことは、調達価格の決定権も市場に委ねることになり、そのまま川下企業への提供価格に転嫁させることで、十分な設備投資の原資を確保しようというのですが、ここには3つの落とし穴があることを見逃してはいけません。

(1)市況市場は、変動しやすく、安定価格での調達が難しくなる
「スポット市場ではトレーダーの思惑的な取引も多い。透明性が高い半面、相場が一方向に振られやすいとの指摘もある。日本の鉄鋼大手はデリバティブ(金融派生商品)を活用した価格変動リスクの回避など、原料の調達戦略の見直しが急務となる。」

(2)価格転嫁しやすい商材は、コモディティ商品の性格を持ってしまう
他社ではなく、自社の製品を選んで購入してもらう場合、
① 低コストで訴求する
② 他社には無い性能・機能で訴求する
③ 顧客の要望をより多くより早く取り込んだ商品提供をすることで訴求する
の3つの戦略があります。

調達価格連動で自社製品の売価を決めることは、もはや顧客に対して訴求できることと言えば、①の低価格戦略、即ち価格競争力でしか勝負できないことを意味します。

(下記は同記事添付の「価格交渉の変更が鉄鋼メーカーの収益を左右する」を引用)

20170613_価格交渉の変更が鉄鋼メーカーの収益を左右する_日本経済新聞朝刊

上図が示す通り、上手に調達価格を川下企業に価格転嫁できるかどうか、川下企業が何を求めて自社製品を買い求めているのか、その思惑を読み取らないと、取引(価格)交渉はうまくいきません。日本の鉄鋼業は、高張力鋼・ハイテンと呼ばれる合金成分の添加、組織の制御などを行って、一般構造用鋼材よりも強度を向上させた鋼材を自動車メーカーに収めてきました。その機能性を自動車メーカーは買っているのであって、石炭と鉄鉱石でただ産出された粗鋼を購入しているわけではありません。日本の素材メーカーは他社の追随を許さない高機能性素材の開発によって国際市場で競争してきました。それと今回の値決め方法の転換に奇妙なちぐはぐさを感じざるを得ません。

(3)高機能・高性能で差別化を図る製品の原価構成は他社に明らかにすることは難しい

同記事では、次のようにこの変更に対してコメントも寄せられています。

「新日鉄住金は建築向け鋼材の価格を長期固定から1カ月ごとに見直すよう検討している。大口取引先である自動車大手と鉄鋼大手は現在、半期ごとに鋼材価格を決めている。原料価格が市況連動になれば「透明性が高まり製品に転嫁しやすくなる」(国内大手証券アナリスト)環境は整う。」

「韓国ポスコは資源の値上がりを素早く価格転嫁し、収益面で日本勢を引き離す。交渉力が高まれば収益改善につながる。」

他社と同じように価格転嫁を機動的に実践して価格交渉で後れを取らないとする戦略は、既に自社製品のコモディティ製品扱いしていることと同義になります。

「日本の自動車メーカーは鋼材の価格安定を求めており、機動的な価格転嫁に対して抵抗感が強い。人手不足による人件費アップもあり、鋼板の値上がりは避けたいのが本音だ。ある大手自動車メーカー幹部は「短期的な値決めへの移行はないと思う」とけん制する。」

川下にある企業も、安定操業のための安定供給を求めます。今回の新日鉄住金の戦略転換は、価格交渉を捨て、安定調達を重視することで、川下企業への理解を求めようとしていると見えます。単価変動は許容し、量としての調達の安定を取る。“二兎追う者一兎も追えず”の心境であるのでしょう。

「だが、従来の鋼材値決め方式では、振れ幅の大きい市況に連動する原料価格の変動を鉄鋼メーカーが吸収できなくなる懸念は高まる。川下に対して値決め期間や根拠などを実態に即した方式に改められなければ、鉄鋼メーカーの成長力は回復できない。」

ここまで来ると、マクロ経済学における貿易理論から「交易条件理論」を借用して、管理会計学から原価管理理論を活用して、新日鉄住金の今回の価格転嫁がうまくいくかについて、さらなる説明が必要なようです。紙面の都合でそれは後編までご紹介することにいたしましょう。

⇒「製造業が川下企業に価格転嫁するための条件とは?(2)交易条件理論と固定費管理から値付けを考える

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

業績管理会計(入門編)_製造業が川下企業に価格転嫁するための条件とは?(1)新日鉄住金の原料炭の事例より

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