製造業が川下企業に価格転嫁するための条件とは?(2)交易条件理論と固定費管理から値付けを考える

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■ 新日鉄住金が原料炭をスポット取引に切り替えるのはなぜ?

値付けのための意思決定に資する情報提供は、管理会計の主要目的のひとつになります。前回は、新日鉄住金の原料炭をスポット取引(随時契約)に切り替えることで、川下産業(自動車メーカー等)に対する販売価格への購入原価変動分の価格転嫁を実現するとともに、マージン確保を狙いとする動きなのだと説明しました。

⇒「製造業が川下企業に価格転嫁するための条件とは?(1)新日鉄住金の原料炭の事例より

前回の論点をもう一度おさらいします。

(1)川上の価格変動を容易に川下に価格転嫁するということは、プライステイカーになることを意味し、価格コントロール権を失うリスクが高い
(2)自社内で性能・機能に対する付加価値を付けて差別化を図った部分に、顧客が代金支払い意欲を失うリスクが高い(提供製品のコモディティ化を引き起こす)
(3)上記2つの購入代金と社内付加価値分を切り分けて顧客に代金を請求するためには、提供製品の原価構成を打ち明ける必要がある

これらはどれも、中長期的には、スポット取引に移行することで、高マージンを維持しようとする思惑に逆行する効果しか生まないのではないかと危惧する所であります。

■ 交易条件理論から、取引価格設定とマージン管理の方法を探る

国際経済学(貿易理論)において、「交易条件(terms of trade)」とは、商品の交換比率のことです。貿易利益の指標として用いられる輸出商品と輸入商品の交換比率とも言えます。具体的には輸出物価指数と輸入物価指数の比で表現し、一国の貿易利益(貿易による実質所得の上昇)を示す指標として用います。

輸入したものの価格が100円で、輸出したものの価格が200円だった場合、
200円÷100円=2.0 となり、2倍の付加価値を国内で生み出したことになり、その分貿易により国富が増えたと解釈します。つまり、損益分岐点は「1.0」となります。

こうした数量の変化や所得変化を考えない一番シンプルなモデルを「商品交易条件」といいます。その値が1.0を超えていれば、輸入価格の変動を輸出価格に価格転嫁すること成功しており、さらに一定のマージンを乗せることにも成功していることになります。

「所得交易条件」というものもあります。これは、輸出入物価の変動だけでなく、輸出入数量の変化まで捉えることによって、貿易からの一国の所得の増減を分析しようとするものです。

所得交易条件 = 商品交易条件 × 輸出数量指数
= 貿易(取引)される商品の売買単価差 × 輸出数量増減

さらに、これを1単位の輸入品から1単位の輸出品を生み出す生産性の向上(交換効率の上昇)を切り出す分析手法も存在します。

生産要素交易条件 = 商品交易条件 × 生産性指数
= 貿易(取引)される商品の売買単価差 × 投入資源単位当たり産出量の増減

例えば、従来は、10個の輸入品から1個の輸出品しか生産できなかったものが、2個生産できるようになったとしたら、生産性指数は「2.0」といった具合です。

これらは、国際貿易理論による算定式ですが、計算対象を一国の貿易から、一企業の財務分析にそのまま応用することができます。

交易条件(損益)= 販売価格と仕入原価の差異 + 販売数量の増減 + 生産性向上

筆者は学際的に、あらゆる学問を管理会計に取り込むことに積極的であります。こうしたマクロ貿易理論でも企業財務分析に援用できるものがあったら、どんどん取り込んでいます。

■ (参考)実際の交易条件指数を見てみよう!

残念なことに、日銀が毎月発表していた交易条件指数は公表停止となっています。

2010/10/7付 |日本経済新聞|電子版 日銀、交易条件指数の公表取りやめ 「実態反映せず」

日銀が公表していた数字の概要は、「製造業のコスト構造を示すもので、製品価格にあたる「産出物価指数」を、原材料コストにあたる「投入物価指数」で割って計算」したものでいた。BBレシオにしろ、交易条件指数にしろ、製造原価明細にしろ、これまで経営・経済分析に有用なものがどんどん当局の都合で削られていくのを目の当たりにすると、一抹の寂しさとやるせなさを感じざるを得ません。

ということで、ネットを漁って見つかるものは、私的機関が継続的に算出しているものか、当局の古いデータに限定されているのが現状です。

投入・産出物価の状況と製造業の収益について – 経済産業省 (PDF)より

20170625_交易条件指数の推移_経済産業省

上図の年限は、平成であることに留意してください。(^^;)

リーマンショック直前、7年連続で交易条件が悪化していることが分かると思います。このころは、小泉政権の元、息の長い好景気だったはずですが、同時に失われた15年(20年?)の真っ最中で、主要輸出産業だった電機メーカーが軒並み欧米IT企業やアジアのEMS企業との市場競争力を失い、貿易収支の赤字が定着化していった時期と重なります。

以下に、同資料から、主要業種における交易条件グラフも転載させて頂きます。

20170625_交易条件指数の前年同月比寄与度_鉄鋼_経済産業省

20170625_交易条件指数の前年同月比寄与度_化学製品_経済産業省

20170625_交易条件指数の前年同月比寄与度_電気機械_経済産業省

20170625_交易条件指数の前年同月比寄与度_輸送機械_経済産業省

こうしてみると、素材産業に比べて、加工産業の価格転嫁が思わしくなく、交易条件の悪化がより鮮明になっていると見受けられます。業種によってその違いがなぜ生じるのか、それを商品形態と管理会計(原価構成分析)を絡めて次章で明らかにしたいと思います。

■ 製造業より流通業、素材産業より加工産業の価格移転が難しい理由とは?

筆者は苦手なものが多いのですが、その中でも英語は抜群に苦手中の苦手となっています。

The desk is made of wood.
(その机は、木でできている)

Wine is made from grapes.
(ワインは、ぶどうから作られている)

どうすれば、「of」と「from」という前置詞を適切に使い分けられるのでしょうか? どちらも「~から作られている」のではないのか???

英文法の教科書には、

何でできているか見た目で分かるもの(材料)の場合にはof、
形が変わり何から作られているか見た目で分からないもの(原料)の場合にはfrom
を用います。

とあります。この「of」と「from」が素材産業と加工組立産業の大きな違いとなります。

リンゴが不作で値段が急騰したという報道を聞いた後、スーパーに行って、店頭に並ぶリンゴに付けられた値札を見て、その金額に納得はしやすいかもしれませんが、同時にリンゴジュースやアップルパイの値札に記載されている値段が上がっていることには抵抗感があるかもしれません。

つまり消費者として、リンゴそのままを仕入れて販売されている場合、流通業(スーパーや青果店)には価格転嫁をやさしい目で見守ることができますが、絞って瓶詰したリンゴジュースまで値上げをされては、すわっ便乗値上げかと相対的に厳しい目で見るのではないでしょうか?

さらに、加工度が高いアップルパイに至っては、素材としてのリンゴの購入代金だけではなく、パン職人の腕や、お店のブランド、それまでの試行錯誤(製造業的にはR&D活動という)にかけた手間暇に付加価値を感じて、(家庭で作るより)相対的に高い代金を支払っているのではないでしょうか。素材のひとつであるリンゴの価格が高騰するだけで、お気に入りのアップルパイの値段がそのまま高くなりましたと言ったら、納得感のある買い物にはならず、買い控えとなるかもしれません。

経営者は、自社品について顧客からの認知価値と、費用発生形態を知り尽くしていなければならない

つまり、顧客が支払ってもいいとする「顧客認識価値」と、提供側(企業側)が支払って欲しいと思う「提供付加価値」の間に認識齟齬が、加工品の方がより大きくなるということです。

それは、決して、流通業の付加価値が無いと断言しているわけではありません。流通業の付加価値は、

① 商品目利き力のあるバイヤーが消費者の知らない掘り出し物の商品を探索してくる
② 生産者から集荷し、店頭までの流通・運搬の手間暇をかけている
③ 陳列棚にお客様が満足する商品選びの豊富な選択肢を与える品揃えの豊富さの維持

などにあります。しかし、残念ながら、流通業のP/Lを眺めてみれば、一部の不動産ディペロッパー事業を除けば、その原価構成の大半は仕入れコストになっているはずです。

業績管理会計(入門編)_産業形態と固定費の関係

それに比して、製造業の方は、より長期的なR&D活動やブランド形成への先行投資が直接の原価を構成することなく、販管費としてP/Lに計上されています。さらに、製造設備への初期投資は減価償却費として、複数年にわたり分割して原価算入されていきます。製品との一対一での関係づけ、その製品が売れる会計期間との一致すら、製造業のP/Lは無視して、期間費用としてしかそれらのコストを認識することはできません。

こういう原価発生の状態にあるにもかかわらず、高機能製品であるハイテンの原料価格高騰だけを理由に、都度納入価格を変動させることを、自動車メーカーが良しとするのでしょうか? 私が自動車メーカーの調達担当ならば、「納入品の原価構成表を見せてください。その上で仕入れ価格の上昇分だけ負担いたします」と意地悪な返しをするかもしれません。

原価構成表を見せるなんて、製造業にとって企業活動を丸裸にされるようなもんです。それを良しとする経営者はいないでしょう。また、期間を超えた販管費(先行投資)、納入される製品と物的対応をしない期間原価を簡単に原価構成表に載せることも困難が伴います。

付加価値品を提供しているという自負のある経営者ほど、価格転嫁は難しいことを承知していると思いますし、判で押したように簡明な原価明細を作成することは困難であることを知っているはずだと思います。

(参考)
⇒「(読み解き現代消費)「応援買い」 売り手との関係性重視 - 新しいカスタマー・インティマシーの訴求方法とは
⇒「(やさしい経済学)顧客価値重視のイノベーション (1)消費財も生産財も「機能的価値」+「意味的価値」=「統合的価値」を顧客は買うのだ!
⇒「日立、営業2万人増員 コンサル重視へ転換 AIなど駆使、課題解決(後編)- ハードウェアを持ったままでコンサルティングサービスが可能か?

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

業績管理会計(入門編)_製造業が川下企業に価格転嫁するための条件とは?(2)交易条件理論と固定費管理から値付けを考える

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