歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。

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■ あなたは何回歴史を繰り返すのでしょうか?

かの、カール・マルクスの言葉に次のようなものがあります。

歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。

この種の言葉は各時代で様々な偉人たちが口にしているので、何もマルクスが初出というわけでもないようです。それらの解説書を読む限り、人間は愚かで、似たような状況に陥ると、同じ行動に出てしまうということを暗に皮肉ったものになります。

これを経済史でもとらえて、バブルは30年周期で起きるという学説もあるくらいです。なぜ、30年周期かというと、人が独り立ちをして自分で家計を担うようになるのに、世代が交代するのに30年かかるからという理由によります。これは、一度バブルを経験した人は、異常な物価上昇(金融商品などの投機の対象の価格上昇)を「バブル」と考え、用心深くなり手を出さない。よって、物価(価格)上昇が次の物価(価格)上昇を生む状態がなかなか起こりにくいが、いったん、バブルを経験していない人が生計主となり、お金を持ち始めると、若い時に痛い目にあっていないため、バブルをバブルと見抜くことができずに、投機に走ってしまう、という理屈によるものです。

マクロ的な視点で言えば、戦争や好景気不景気の波など、同じようなことを人類はこれまで繰り返してきました。一人の人間の短い人生においても、何度も同じようなしくじりを繰り返すひとはたしかに存在するようです。私もその中の人で、もっと周囲の人間に思いやりをもって接したいと日々考えているのですが、どうしても、もっと落ち着いた言動ができずに困っています。

もうこうなると、悲劇でも喜劇でもいいから、同じ過ちは二度と繰り返したくはありません。そのために何に留意すべきか、自分でも分析できているのですが、さっぱり改善の兆しが見えてきません。これは何を意味しているのでしょうか?

まだ輪廻から解脱できていないようです。

善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。

歎異抄からの一節です。この語は誤解が多いのですが、私なりの解釈をするならば、悪人の方が、もっと自分の人生を改善しようとより苦しんだり悩んだりするものだ。本来的に、衆生(普通の人たち)はみんな、仏の視点によれば「善悪」の判断すらできない根源的な「悪人」であるのだから、自分の悩みを改善しようともがき苦しんでいるうちは、みんな悪人であり、阿弥陀仏のお救いによってのみ救済されるのだ、と考えます。自分が善行を施して往生を遂げよう(自力作善)というのは「本願ぼこり」として、これも「阿弥陀仏の本願力」を疑う心のひとつとされるのです。

大いに悩み、大いに苦しもう。

真の信仰心さえ持っていれば、人はみな救われるのです。

(と、いけていない自分にちょっとした言い訳をしているわけです。この言い訳をさせてくれる浄土真宗の教えもまんざらでもありませんでしょ。もっと気楽に生きようよ!)

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小林 友昭
小林 友昭
現役の経営コンサルタントです。経営管理の仕組み構築や経営戦略の立案、BIシステムを中心としたIT導入まで手掛けております。
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