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■ 東レの炭素繊維に関する戦略点検

経営管理会計トピック
ビックな受注のニュースが報じられました。「東レは17日、米ボーイングから航空機向け炭素繊維複合材を1兆円分受注すると正式発表した。」これまでの、炭素繊維ビジネスの成功の要因をざっと確認してみたいと思います。

2014/11/18付 |日本経済新聞|朝刊
(ビジネスTODAY)炭素繊維、東レ上昇気流 ボーイングと1兆円契約発表 米の生産量、日本上回る

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

炭素繊維の、商業生産開始から約40年かけて、東レはここまで到達してきました。その息の長い試みが途中で途絶えなかったことが賞賛に値します。

■ 先行投資としてのR&Dを怠らない

まず、ここまでの成功の大きな要因は、日米繊維摩擦が発端の繊維不況を乗り越えて、継続的に新製品・新技術向けの先行投資としての研究開発を怠らなかったことが挙げられます。一言で、「継続的な先行投資の実施」といいますが、利益が出ない(即、株主目線からは配当が出ない)と、真っ先に削られがちなのが、設備投資と研究開発費用(R&Dコスト)。株主の圧力に負けて、並の経営者なら、目の前の利益計上のため、研究開発費用の削減してしまいがちです。また、普通の(短期的なリターン狙いの)株主の場合は、「雲を掴むような新素材に対する研究開発費として、お金をどぶに捨てるくらいなら、配当せよ」と要求しがちです。
筆者も、事業会社に勤務していた際、株主総会での想定問答集(Q&A集)の準備や議事録の作成に従事したことがあります。その頃は、2000年代初頭の、「株主重視」という看板でもって、いかにも欧米流といた経営が流行っていた頃でした。よくファンド系の株主からの質問で、「売上高R&D比率が7%ということは、無駄な研究開発を一切合切やめてしまえば、7%分、売上高営業利益率が上昇する。なぜ無駄な投資をするのか。今やっている開発投資の将来の収益増の確実性を証明してくれないと、納得できない(セリフ内の数字は仮)」と、何度か、脅されたものです。
そこで、東レの売上高営業利益率と売上高R&D(研究開発)費用比率を10年並べてみました。
経営管理会計トピック_東レ_R&D推移_数表 
経営管理会計トピック_東レ_R&D推移_グラフ 
こうして10年の推移を眺めていると、対売上高比で、一貫して3%のR&D投資を毎期怠らない東レ経営陣の覚悟の程が見受けられます。FY08~09など、従前の利益率を出そうと思ったら、一時的にでもR&Dを縮小して、と考えがちですが、投資額を減額するどころか、対売上高比率で語ると、この10年で一番高くなっています。
さらに、2014年2月17日に公表された、3ヵ年中計において、3年間で総額1800億円のR&D(研究開発)費用をかけることが宣言されています。まあ、有言実行で、こうして果実をえているのだから、このR&D投資も株主から信認を得られて当然でしょう。

■ 戦略はひとつの要素だけでない

とある経営学者(トレーシーとウィアセーマ)がその著書『ナンバーワン企業の法則(95年)』のなかで、企業が採り得るべき戦略として、

① 製品リーダーシップ (Product Leadership)
② 業務の卓越性 (Operational Excellence)
③ 顧客との親密さ (Customer Intimacy)

のいずれかを選択しなければならない、とおっしゃっていました。
経営コンサルタントの悲しい性で、こうした分類が出てくると、どうしてもある企業や事業をこの3類型に押し込めたくなります。それが経営分析だと信じていた時代が筆者にもありました。
では、東レの炭素繊維事業をこれら3つの視点で見てみましょう。
やはり、新技術・新素材ということで、「①製品リーダーシップ」ということは外せないでしょう。これで成功するためには、他社が追い付けない新製品投入スピードを維持する、他社が提供できない圧倒的な(ある種市場を破壊してしまうような)差別化された商品(製品・サービス)を提供することになります。
でもそれだけでしょうか?
「②業務の卓越性」としては、低コストや短納期等が競争優位要件になるのですが、今回、ボーイング向けの炭素繊維複合材の供給は、既存の米アラバマ州の工場(年産能力約5千トン)に加えて、米サウスカロライナ州に新工場(年産能力約8千トン)を17年にも一部稼働する予定になっています。新聞記事にも、「需要の多い地域で生産を拡大する(日覚社長)」とあり、納期はOK。コスト的にも、シェールガス・オイルの活用により、米国に工場立地させることは有利に働きます。
なにより、東レは遠大な事業構想(外部から後講釈で見ればですけど)をもっていました。筆者の手元には、当時の新聞の切り抜きがあります。

2013/9/27付 |日本経済新聞|朝刊
東レ、米炭素繊維大手を買収 700億円、世界シェア3割に

当時、炭素繊維で世界第3位の米ゾルテック(ミズーリ州)を、600億~700億円で買収するという記事がありました。まあ、こっちは車向けで、今回は航空機向けなので、ちょっと領域が違いますが。この記事を見た時、へぇ~、これからは炭素繊維かなぁと思ったことが思い出されました。
最後に、「③顧客との親密さ」の観点ですが、今回、東レは、ボーイング社との事実上独占供給契約になっています。また、次世代航空機の部品・素材を共同開発していく契約締結も同時に公表しています。これは、東レの得意技で、皆さんもよくご存知のことと思いますが、東レは、ユニクロと「ヒートテックR」の共同開発も行っています。
当然、顧客のニーズを掴むには、顧客のそのまた顧客の本当の声を聴かなければなりませんし、「ヒートテックR」の場合は、ユニクロがどういう風に、秋冬用防寒衣料を売りたいか、新素材の機能や受発注のリードタイムと発注単位、デザインなど、素材メーカの枠を超えて、理解するには、この共同開発というのはとっても有効な手段になるのですね。
まあ、優秀な経営者、卓越した業績の会社というものは、得てして複眼的な視点を併せ持てる者のようです。決して、筆者のような小物には全てを測り知ることはできません。。。
以上、東レの炭素繊維ビジネスについてのコメントでした。皆さんの事業分析のご参考になれば幸いです。

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小林 友昭会計で経営を読む■ 東レの炭素繊維に関する戦略点検 ビックな受注のニュースが報じられました。「東レは17日、米ボーイングから航空機向け炭素繊維複合材を1兆円分受注すると正式発表した。」これまでの、炭素繊維ビジネスの成功の要因をざっと確認してみたいと思います。 2014/11/18付 |日本経済新聞|朝刊 (ビジネスTODAY)炭素繊維、東レ上昇気流 ボーイングと1兆円契約発表 米の生産量、日本上回る(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 炭素繊維の、商業生産開始から約40年かけて、東レはここまで到達してきました。その息の長い試みが途中で途絶えなかったことが賞賛に値します。 ■ 先行投資としてのR&Dを怠らないまず、ここまでの成功の大きな要因は、日米繊維摩擦が発端の繊維不況を乗り越えて、継続的に新製品・新技術向けの先行投資としての研究開発を怠らなかったことが挙げられます。一言で、「継続的な先行投資の実施」といいますが、利益が出ない(即、株主目線からは配当が出ない)と、真っ先に削られがちなのが、設備投資と研究開発費用(R&Dコスト)。株主の圧力に負けて、並の経営者なら、目の前の利益計上のため、研究開発費用の削減してしまいがちです。また、普通の(短期的なリターン狙いの)株主の場合は、「雲を掴むような新素材に対する研究開発費として、お金をどぶに捨てるくらいなら、配当せよ」と要求しがちです。 筆者も、事業会社に勤務していた際、株主総会での想定問答集(Q&A集)の準備や議事録の作成に従事したことがあります。その頃は、2000年代初頭の、「株主重視」という看板でもって、いかにも欧米流といた経営が流行っていた頃でした。よくファンド系の株主からの質問で、「売上高R&D比率が7%ということは、無駄な研究開発を一切合切やめてしまえば、7%分、売上高営業利益率が上昇する。なぜ無駄な投資をするのか。今やっている開発投資の将来の収益増の確実性を証明してくれないと、納得できない(セリフ内の数字は仮)」と、何度か、脅されたものです。 そこで、東レの売上高営業利益率と売上高R&D(研究開発)費用比率を10年並べてみました。     こうして10年の推移を眺めていると、対売上高比で、一貫して3%のR&D投資を毎期怠らない東レ経営陣の覚悟の程が見受けられます。FY08~09など、従前の利益率を出そうと思ったら、一時的にでもR&Dを縮小して、と考えがちですが、投資額を減額するどころか、対売上高比率で語ると、この10年で一番高くなっています。 さらに、2014年2月17日に公表された、3ヵ年中計において、3年間で総額1800億円のR&D(研究開発)費用をかけることが宣言されています。まあ、有言実行で、こうして果実をえているのだから、このR&D投資も株主から信認を得られて当然でしょう。 ■ 戦略はひとつの要素だけでないとある経営学者(トレーシーとウィアセーマ)がその著書『ナンバーワン企業の法則(95年)』のなかで、企業が採り得るべき戦略として、 ① 製品リーダーシップ (Product Leadership) ② 業務の卓越性 (Operational Excellence) ③ 顧客との親密さ (Customer Intimacy) のいずれかを選択しなければならない、とおっしゃっていました。 経営コンサルタントの悲しい性で、こうした分類が出てくると、どうしてもある企業や事業をこの3類型に押し込めたくなります。それが経営分析だと信じていた時代が筆者にもありました。 では、東レの炭素繊維事業をこれら3つの視点で見てみましょう。 やはり、新技術・新素材ということで、「①製品リーダーシップ」ということは外せないでしょう。これで成功するためには、他社が追い付けない新製品投入スピードを維持する、他社が提供できない圧倒的な(ある種市場を破壊してしまうような)差別化された商品(製品・サービス)を提供することになります。 でもそれだけでしょうか? 「②業務の卓越性」としては、低コストや短納期等が競争優位要件になるのですが、今回、ボーイング向けの炭素繊維複合材の供給は、既存の米アラバマ州の工場(年産能力約5千トン)に加えて、米サウスカロライナ州に新工場(年産能力約8千トン)を17年にも一部稼働する予定になっています。新聞記事にも、「需要の多い地域で生産を拡大する(日覚社長)」とあり、納期はOK。コスト的にも、シェールガス・オイルの活用により、米国に工場立地させることは有利に働きます。 なにより、東レは遠大な事業構想(外部から後講釈で見ればですけど)をもっていました。筆者の手元には、当時の新聞の切り抜きがあります。 2013/9/27付 |日本経済新聞|朝刊 東レ、米炭素繊維大手を買収 700億円、世界シェア3割に 当時、炭素繊維で世界第3位の米ゾルテック(ミズーリ州)を、600億~700億円で買収するという記事がありました。まあ、こっちは車向けで、今回は航空機向けなので、ちょっと領域が違いますが。この記事を見た時、へぇ~、これからは炭素繊維かなぁと思ったことが思い出されました。 最後に、「③顧客との親密さ」の観点ですが、今回、東レは、ボーイング社との事実上独占供給契約になっています。また、次世代航空機の部品・素材を共同開発していく契約締結も同時に公表しています。これは、東レの得意技で、皆さんもよくご存知のことと思いますが、東レは、ユニクロと「ヒートテックR」の共同開発も行っています。 当然、顧客のニーズを掴むには、顧客のそのまた顧客の本当の声を聴かなければなりませんし、「ヒートテックR」の場合は、ユニクロがどういう風に、秋冬用防寒衣料を売りたいか、新素材の機能や受発注のリードタイムと発注単位、デザインなど、素材メーカの枠を超えて、理解するには、この共同開発というのはとっても有効な手段になるのですね。 まあ、優秀な経営者、卓越した業績の会社というものは、得てして複眼的な視点を併せ持てる者のようです。決して、筆者のような小物には全てを測り知ることはできません。。。 以上、東レの炭素繊維ビジネスについてのコメントでした。皆さんの事業分析のご参考になれば幸いです。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します