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(一目均衡)緩和競争に揺れる東証 証券部 川上穣 (前編)「種類株式」を上場することの意味と影響について

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 公的年金等の機関投資家がインデックスファンドを好むことから起きた批判とは?

経営管理会計トピック

非難を受けたのは無議決権株式を上場させ、創業者支配を温存したまま株式市場から資金調達を果たしたいわゆるIT系ベンチャー企業。こうした「種類株式」そのものが悪者なのか、それとも、とある立場にある人のポジショントークに過ぎないのか? エクイティファイナンスについて、発行企業、証券取引所、機関投資家、投信ファンド、税務当局それぞれの立場で異なる見解。簡単ですが、筆者なりに論点を整理させて頂きたいと思います。

2017/5/9付 |日本経済新聞|朝刊 (一目均衡)緩和競争に揺れる東証 証券部 川上穣

「「こんなのはクズ株だ」。米証券取引委員会(SEC)が3月に開いた投資家助言委員会。米公的年金大手、カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)の幹部が声を荒らげた。
こき下ろしたのは、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場した写真・動画共有アプリ運営の米スナップだ。議決権のない株式を上場させたうえ、2人の共同創業者が議決権の9割を握る統治構造が批判された。米国では、フェイスブックからスナップまで無議決権株の波が広がる。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

まずは機関投資家の苦言から。カルパースのような大手年金などの機関投資家は、インデックスファンドを中心に資金運用をしています。インデックス商品は、個別銘柄を分析することなく、現存の株価指数(日経平均やTOPIXなど)で表される市場平均(ベンチマーク)と同じような動きをする運用を目指すファンドのため、株価指数が採用している銘柄構成にしたがって自動的に売買する必要があります。そのため、機関投資家が購入対象にしたくない銘柄も買わざるを得ないケースも生じます。

それゆえ、数ある種類株式の中でも無議決権株式でもって新規公開したスナップ株に対して、カルパースなど、公的年金などで構成する米機関投資家評議会が、MSCIなど指数算出会社にスナップを除外するよう要請し始めたことが報道されています。パッシブに銘柄構成を特定の株価指数に連動させるインデックスファンドが、株価指数に組み込まれる個別銘柄を云々することは、そもそもインデックスファンドの在り方としてアプローチが間違っていると考えます。個別銘柄の選別を行いたいのなら、それこそアクティブファンドを購入すれば済むことです。これは、TOPIXや日経平均に東芝株が組み込まれているため、同社の決算開示や多額の減損損失計上時に市場が混乱した際に、同様の議論が日本でもありました。

 

■ 「種類株式」や「無議決権株式」とは?

日本においては、会社法第108条1項で、「剰余金の配当その他の権利の内容が異なる2種類以上の株式を発行」することが一部に制限がありますが、原則として認められています。種類株式の内容は、108条1項1号から8号までを自由に組み合わせて設定することができます。ただし、9号:役員選任権規定の規定のみ、「株式の株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任する定めのある株式」という性質から、委員会設置会社及び公開会社は、発行することができなくなっています。

1号:剰余金の配当規定
株式に付される規定の一種で剰余金の配当に関する地位の優劣を定めたもの

2号:残余財産の分配規定
会社の清算をした後、残った残余財産の分配に関する地位の優劣を定めたもの

ここから次の種類株式が生まれます。
優先株式:配当において他の株式より優越的な地位が認められる株式
劣後(後配)株式:剰余金及び残余財産の配当(配分)に関する地位が他の株式よりも劣る株式

3号:議決権制限規定
株式に付される規定の一種で株主総会での議決権の、全部又は一部を制限する事を内容とするもの
通常は、配当に対して優先株式であることの代償として、議決権制限がつけられます。その狙いは、①株式の流通性を高めること、②買収防衛策にすること、を両立するためにです。これが本稿の中心的な種類株式で、日本でも認められています。

最近では、トヨタ自動車の「AA型種類株式」が関係者の耳目を集めました。
⇒「トヨタ、個人向け新型株最大5000億円発行 元本保証、議決権あり 長期投資家取り込む
⇒「揺れる企業統治(3)「安定株主」トヨタも悩む IRよりSR

海外ITベンチャー企業の事例は下記過去投稿を参照してください。

⇒「資金調達 新潮流(下) 種類株が生む新たな緊張
⇒「風速計 ベンチャー上場 もろ刃の種類株

全部議決権制限株式(無議決権株式):優先的に配当を受ける権利を持つ優先株に付随することが多く、配当やキャピタルゲインに関心があるが、議決権を通じた企業への経営参加の意思がない投資家を集める目的に使用される

一部議決権制限株式:発行趣旨は無議決権株式とほぼ同じ。制限される議決権の内容が一部に限定されているものを特に指す

4号:譲渡制限規定
譲渡に関してその会社の承認が必要である旨を一部の株式について定める規定
これは、いわゆる非公開株式会社の譲渡制限株式の発行根拠が種類株式として定義されたもの

5号:取得請求権規定
全部の株式の内容について付す事の出来る取得請求権とほぼ同じであるが、取得対価として、その会社の別の種類株式を設定できるという部分が異なる

想定されている運用の一例として、議決権制限された優先株式に取得請求権を付して、いったん無配になったら、取得の対価として普通株式を交付し、経営参加権(議決権)を付与するという使い方があります。

6号:取得条項規定
趣旨は5号と同じ
運用について、5号は「株主」が取得のアクションを起こすのに対して、6号は「会社」がトリガーを引く点が異なる

償還株式:取得請求権付株式または取得条項付株式で取得対価を現金と定めたもの

転換予約権付株式(転換株式):取得請求権付株式で取得対価を当該会社の発行する他の種類株式と定めたもの

→強制転換条項付株式:会社の都合で、当該株式を会社の発行する別種の株式と交換できるもので、取得請求権付株式で定款で取得事由を株主の取得対価を当該会社の発行する他の種類株式に定めたもの

7号:全部取得条項規定
株主総会の決議より、会社がその全部を取得することが出来る定めのある株式

全部取得条項付株式:スクイーズアウト(少数株主の追い出し)において用いられることが多い

8号:拒否権規定
黄金株:買収関連の株主総会決議事項について拒否権を行使できる株式

現在、国際石油開発帝石のみが、黄金株を発行している上場会社となっています(黄金株を所有しているのは経済産業大臣)。当初、東京証券取引所(東証)は黄金株を導入した会社について上場を拒否する旨を発表しましたが、株主総会の決議で無効にできることなど、一定の条件つきで黄金株を認める方針に転換した経緯があります。

9号:役員選任権規定
株式の株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任する定めのある株式

ここまでが会社法が定める種類株式の規定で、個々に定めのない種類株式は発行が認められません。それゆえ、議決権のウェイト付け(1株で議決権が1以外)をするような「多数議決権株式」の発行は日本では認められていません。

 

■ 「種類株式」の上場に揺れ動く各国の取引所の動向について

欧米機関投資家の批判の声には、日本の機関投資家も十分に耳を傾ける必要性があります。

2017/4/25付 |日本経済新聞|朝刊 (スクランブル)総会見える化の産物 勢いづく物言う株主 証券部 宮本岳則

「企業に対して経営改善を求める「物言う株主」が勢いづいてきた。6月の株主総会に向けて株主提案を出す動きが相次いでいる。従来であれば企業から無視されるケースも多かったが、2017年は少し雰囲気が異なるという。背景を探ると金融庁の進める、ある改革にたどり着く。運用機関による議決権行使の個別開示だ。」

議決権行使の個別開示は、

「大手信託銀行や運用会社は6月から、上場企業の株主総会の議案に投じた賛否を原則、企業ごとに開示する。金融庁がこのほど改定する機関投資家の行動指針「スチュワードシップ・コード」で、個別開示を求めたためだ。運用機関は自らの議決権行使ガイドラインに従って賛否を判断しているか、年金など資金の出し手から厳しく監視されるようになる。」

という事情によるものです。さらに、「フィデューシャリー・デューティー(fiduciary duty:受託者責任)」まで、信託銀行を中心に金融機関は厳しく責任を問われるようになったため、議決権行使や種類株式のそもそもの発行・上場に敏感になっているわけです。

しかし、皮肉なことに、議決権に格差のある種類株は世界中で広がろうとしているのが現況です。

シンガポール取引所は種類株の上場を近く解禁する方針で、ロー・ブンチャイ最高経営責任者は「起業家が(上場で)機敏にビジネスを拡大できるようにする」と発言しました。新興企業の上場廃止が相次ぐなか、同株式市場をテコ入れしたい思惑が裏に潜んでいるのは明白です。

また、香港証券取引所も種類株の上場を再検討する意思を表明しました。2014年の中国アリババ集団の上場では議決権に差がある多議決権株を認めず、誘致競争でNYSEに敗れたことはまだ記憶が鮮明に残っています。

2015/6/19付 |日本経済新聞|朝刊 香港取引所、「種類株」容認へ 上場ルール見直し

2015/10/5付 |日本経済新聞|朝刊 香港取引所、「種類株」持つ企業の上場断念

「6月公表の報告書では容認する方針を打ち出したが、証券監督当局が「株主権の平等に反する」と反対し、許認可を得る見通しが立たなくなったため。」

証券監督当局との綱引きの結果、株主平等の原則を掲げてきましたが、ここにきて容認に傾き始めました。

 

■ どうして「種類株式」の上場が世界中で起きているのか?

米国やアジアの取引所が舞台の「種類株式」の上場容認とする「緩和競争」が意味するところはどこにあるのでしょうか?

① 有望なIT(情報技術)企業の誘致を図るため
② それは世界的なカネ余りに対応するため

昨今は、日本のみならず、世界的にも歴史的な低金利で、企業が容易に資金調達できる局面になっています。それゆえ、非上場でも銀行や投資ファンドなどから資金を容易に獲得できるため、四半期決算開示義務などの煩雑で作業負担が高く、上場コストもかかる株式公開は、大量の資金調達を望む有望な成長企業の唯一の調達手段ではなくなってきたからです。

それゆえ、自取引所で上場してもらうには、取引所の方から発行企業の意向に耳を傾けざるを得ない事情があります。株式公開における創業者やオーナー経営者にとって、大量の資金調達の裏返しで、自分たちの経営権を失うことのデメリットとの天秤で株式公開のスキームをいろいろと考えてきました。サントリーホールディングス(HD)が中核子会社であるサントリー食品インターナショナルを親子逆転上場させて、経営権を守りながら株式市場で資金調達を図るなど。種類株式の上場容認は、カネ余りの時代における企業優位の構図を浮き彫りにするものです。

「東京証券取引所は一連の緩和競争と距離を置く。制度上は種類株を認めているが、近年の上場は経営者が装着型ロボットの研究開発者であるサイバーダイン(14年)に限られる。16年に上場したLINEは一時、種類株を検討したが、東証が難色を示した。」

と、冒頭の記事にある通り、東証は議決権行使にかかる種類株式の上場に一定の歯止めをかけています。

「東証内部では「三越理論」という言葉がしばしば語られる。伝統ある百貨店の三越のように、東証の「のし」を付けて投資家に商品(上場企業)を提供する以上、異質なものは認められないという意味だ。開示資料さえ調えば、あとは投資家の自己責任と割り切る米SECと違いがある。」

東証の態度は、投資家保護優先といえますが、SECの方針は、企業の資金調達を助けるのが取引所のメインミッションで、投資家が自己判断できる公正な開示資料があれば、後は投資家の自己責任である、という資本主義のセオリーを地で行く姿勢をとっています。
これは、ホモ・エコノミクス(homo economics):もっぱら経済的合理性のみに基づいて個人主義的に行動する、と想定した経済人が経済活動を行うものとする経済学のセオリーに基づくものです。

いつまでも投資家を過保護にしているから、一人前のホモ・エコノミクスに成長しきれないのか、実力に応じた規制緩和をしたほうが社会的摩擦が少なくなり、その方が健全な経済社会の構成に役立つのか、社会構成に対する考え方の相違です。

筆者は、この点に関して、十分に開示資料で「種類株式」の説明がなされていれば、後は自由な経済活動の範疇でよし、と考える立場です。ただし、日本のエクイティファイナンスの現場の現実というものも少しは考慮すべきかもしれません。それは後編で。

⇒「(一目均衡)緩和競争に揺れる東証 証券部 川上穣(後編)インデックス投信が隆盛の市場に種類株は相応しくない?

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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