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自社株報酬制度の基礎(3)ストックオプションと株式報酬制度の違い - プリンパル・エージェント問題にまで思いを馳せて

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 企業における取締役会運営の実務(プラクティス)を整理する主旨とは?

経営管理会計トピック

役員報酬制度として自社株付与の様々な類型を用いることができるように、会社法の整備(解釈の明確化中心)、税法の整備(こちらは完全に改正あり)、会計処理の明確化を経済産業省がリードしてきました。このシリーズでは、コーポレートガバナンス・コードでも謳われている、経営者(役員)と株主の利害の一致を目指した、諸制度の整備状況や、それに伴う会社経営に伴うトップマネジメントの変化の潮流をできるだけ簡明にお伝えすることを目的としています。

(シリーズ:過去投稿)
⇒「自社株報酬制度の基礎(1)役員報酬を自社株で。その意義と日本企業を取り巻く経営環境を考える
⇒「自社株報酬制度の基礎(2)株式報酬高め役員挑戦促す 中長期の視野で成長狙う 欧米では社会貢献も評価

今回は、経産省が公表した下記A資料から、具体的施策として、
① 企業における実務(プラクティス)の整理
② 関連法の解釈の明確化
を取り上げて、解説していきたいと思います。

「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」報告書を取りまとめました(2015年7月24日)<本シリーズを通してA資料とする>

『「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)の導入等の手引~』を作成しました(公表:2016年4月28日、更新:同年6月3日)<本シリーズを通してB資料とする>

まずは、プラクティス整理の基本的考え方です。

・コーポレートガバナンス・コードにより、会社機関設計(監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社)を問わず、経営戦略や経営計画を踏まえた執行機関に対する取締役会からの監督機能を強化することが求められていますが、従来の取締役会は、執行機能を代替し、これまでは意思決定機能を果たすことが多かった
・それゆえ、取締役会が監督機能を積極的に果たすための施策、社外取締役の導入・活用など、日本企業には十分な実務(プラクティス)が蓄積されていない
・各企業における主体的な検討や取組みの参考になることを期待して、日本企業の取締役会実務の実例(ボードプラクティス)を取りまとめる

 

■ 企業における取締役会運営の実務(プラクティス)を整理してみる

ボードプラクティスの整理項目は多岐にわたりますが、今回は、特に、経営者報酬制度に関するものにフォーカスを当てます。

・中長期に連動する報酬を含むインセンティブ報酬設計における具体例
・会社役員賠償責任保険(D&O保険)の更なる活用のための企業や役員のための実務的な検討視点

(1)役員就任条件
役員報酬、会社補償、会社役員賠償責任保険(D&O保険)等の役員就任条件は、業務執行者等に適切なインセンティブを与え、過度にリスクを回避しないようにするための、コーポレート・ガバナンス上の重要な仕組みのひとつとして捉えます。

(2)社外取締役の役割・機能の活用
インセンティブとしての機能と適切な決定手続きの確保という観点から、次のポイントを整理します。

① 役員報酬
監査役会設置会社においては「お手盛り」防止の観点から株主総会決議が必要であるが、インセンティブとしての機能も踏まえて、報酬決定の際に必要となる手続き

② 会社補償
会社補償とは、「役員が損害賠償責任を法的に追及された場合に、会社が当該損害賠償責任額や訴訟費用を補償する」ことで、現時点の会社法には明文規定がないため、会社補償を適法に行うための手続き

③ 会社役員賠償責任保険(D&O保険)の保険料負担
株主代表訴訟担保特約部分の保険料は現在実務上役員個人が負担しているところ、これを会社が負担するために必要となる手続き

④ 役員報酬制度の選択における税制上の効果
例えば、業績連動型の報酬を付与した場合、企業における損金不算入の可否といった役員報酬をめぐる税制上の論点

⑤ 新しい株式報酬制度の導入
既に、株式報酬型ストックオプション(権利行使価格を1円等の極めて低廉な価格とするストックオプション)という株式保有と類似した状態を実現するストックオプション制度は既に存在している。
欧米における中長期のインセンティブとして普及している「Performance Share」「Restricted Stock」と同様の仕組みを日本で導入するために、信託を用いた新しい株式報酬制度が導入され始めている。
さらに、金銭報酬債権を現物出資する方法を用いた株式報酬制度を導入する際の法的論点を整理する。

 

■ 役員報酬制度の制度設計における留意点

役員報酬は、役員の過去の職務執行の対価としてだけではなく、役員の将来に対する意思決定を企業業績と連動させるためのインセンティブとして機能するように活用することが求められます。報酬のインセンティブとしての機能に着目すると、役員報酬は、目標達成を動機付ける手段のひとつです。それゆえ、効果的な動機付けのためには、

① 経営戦略や経営計画などで示される企業目標
② 役員個人の目標

を適切に設定することが必要になってきます。報酬は、原則として、設定された目標を報酬の連動指標として設定することにより、目標達成のインセンティブとして機能します。具体的には、報酬として支給される交付物や連動の方法によっても、役員が感じるインセンティブは異なってきます。そこで、どのようなインセンティブが設定されるべきかは、具体的な報酬設計の内容等に大きく左右されます。基本的な制度設計のメリット・デメリットを次のようにまとめました。

(下記は、「別紙1 我が国企業のプラクティス集」より)

20161218_役員報酬制度の考え方

① 業績変動割合
適切な変動制(業績比例制)が設定されれば、適度にリスクを取って企業価値を向上させる意思決定を促すことができますが、あまりに大きすぎる変動制は逆に、リスクを過度に回避し、安全運転に徹してリターンが小さくなる恐れもあります。

② 企業業績への連動期間
あまりに短期的な業績と連動させる報酬制度となると、経営が近視眼的になり、企業の中長期的な成長を阻害する恐れが生じます。

③ 交付物
現物株の場合、株主としての経済的利得を考慮し、配当や株価を上げようとする経営判断を促すことになり、株主利益と一致する経営につながりやすくなります。しかしその一方で、株価は景気などの外的要因でも左右されてしまうので、インセンティブとしての効果が限定される可能性もあります。一方で、金銭だけの場合は、付与した時点でインセンティブ効果は消滅してしまいます。

④ 企業業績への連動方法
理想としては、上下二方向に連動する報酬制度であった方が、企業価値増大に向かう意思決定、企業価値毀損を防止する経営判断の二つを導き出すことが可能になります。

 

■ 役員報酬プランの比較

前章と同様、「別紙1 我が国企業のプラクティス集」より、役員報酬プランの比較表を下記に引用します。

20161218_役員報酬プラン

まず、一番名前が通っていると思われる「ストックオプション」とそれ以外の報酬プランの違いを説明するのが、理解が早いと思われます。

交付物が「株式」である、
・パフォーマンス・シェア
・リストリクテッド・ストック
・役員持株会
・株式交付信託
は、ストックオプションと2つの点で異なります。

① ストックオプションは、株価上昇にだけ連動するが、株式支給制度は、株価の上下双方に連動する
② ストックオプションは新株予約権だが、それ以外は現物株支給のため、利害関係が株主としての地位に連動させやすい

①の場合、ダメ元でリスクを過度に取り、一発当てれば大もうけできると、経営者をリスクテイカーに仕立て上げてしまう可能性が大です。もしダメなら、経営者は次の企業へ再就職すればよいだけなので。そもそも、「ストックオプション」は、潤沢な現金保有が望めないベンチャー企業が優秀な経営者を招聘して、企業の将来性を担保に、経営者報酬を後払いするために考えられた制度です。一部上場企業を含む日本企業がこぞってストックオプション制度が解禁になった瞬間(1997年)から、一斉に制度導入に走ったのは、いささか滑稽でした。

筆者が直接知る、とある企業のCFOは、ストックオプションの株価下方乖離への効果がない制度的欠陥を当時から指摘していましたが、会社としてストックオプションを導入されたことを今でも思い出します。

 

■ 株式会社制度とプリンシパル=エージェント問題について

さらに、最近、筆者が経営管理の現場で感じることがあります。そもそも株式会社の発祥の基本コンセプトは、「所有と経営」の分離です。資本家が自身の保有財産の枠を超えて、企業活動が大規模になり、広く市中から資金を調達する必要が出てきました。と同時に、資本家の経営能力では、大きくなった企業体の運営や複雑なビジネスモデルの開発、コンペチターとの激しい競争に打ち勝てなくなり、プロ経営者を外部から雇ってくる必要が生じました。

それゆえ、株主=資金の出し手・経営の委託者、経営者=企業運営のプロ・経営の受託者、という構図が株式制度により確立しました。昨今の株式報酬制度は、プリンシパル=エージェント問題の解決のために議論されていますが、そもそもの株式会社誕生の経緯に思いを馳せたとき、随分遠回りしたなあ、時代の変遷とともに必要とされる会社形態も変わるものだなあ、との感想(感傷)を持ってしまいます。

WiKiより)
・プリンシパル=エージェント関係(principal-agent relationship)
行為主体Aが、自らの利益のための労務の実施を、他の行為主体Bに委任すること。このとき、行為主体Aをプリンシパル(principal、依頼人、本人)、行為主体Bをエージェント(agent、代理人)と呼ぶ。

・エージェンシー・スラック(agency slack)
エージェントが、プリンシパルの利益のために委任されているにもかかわらず、プリンシパルの利益に反してエージェント自身の利益を優先した行動をとってしまうこと。

・エージェンシー問題(agency problem)
プリンシパル=エージェント関係においてエージェンシー・スラックが生じてしまう問題のこと。

・プリンシパル=エージェント理論(principal-agent theory)
経済学においては、プリンシパルがエージェンシー・スラックを回避するために、どのようなインセンティブ(誘因)をエージェントに与えれば良いのかについて、主として報酬を対象に考察する研究のこと。また、政治学においては、主として、プリンシパル=エージェント関係にありながらプリンシパルの利益に沿ってエージェントが行動している政治現象を、エージェントに対するインセンティブや監視の形態などから説明するアプローチのこと。

最近、富に、創業者(大株主)と経営者の間に生じる亀裂に関する報道が目につきます。自分のお金と能力だけで企業経営ができず、プロだが赤の他人に経営を任せるジレンマというものが、企業経営にはつきものであると実感せざるを得ません。そういう中で、株式報酬制度を促進する世の中の動きは、「プリンシパル=エージェント関係」の上に成り立っていた株式会社制度そのものの終焉のサインなのかもしれません。

次に来るものは???

完全に出し惜しみですが、キーワードだけ。(^^;)
「ソーシャルレンディング」「クラウドファンディング」。。。

(参考)
⇒「役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け
⇒「株で役員報酬、広がる 中長期の業績で評価 伊藤忠やリクルート、230社
⇒「役員も従業員も報酬制度次第でモチベーションが変わります! 日本経済新聞より

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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