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■ 長期業績評価主義と業績変動主義の拡大の理由は?

経営管理会計トピック

多額に上る役員報酬に耳目が集まることが多い昨今ですが、今回は、役員報酬制度のバリエーションに各社、創意工夫をしているという新聞記事がありましたので、簡単に類型化し、デメリット・メリットを整理しておきたいと思います。

2015/8/31|日本経済新聞|朝刊 役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「上場企業で会社の中長期の成長戦略と役員の報酬を結びつける改革が広がっている。株価連動を基本としながらも、短期志向にならないよう、会社や役員個人の業績も反映させようとしているのが特徴だ。政府も企業統治(コーポレートガバナンス)改革を後押しする目的で制度改革に着手した。固定給中心だった役員報酬を変えようと、各社が知恵を絞っている。」

まず、一番大きな変化の潮流は、役員報酬が、「固定報酬」のみから「業績変動」比率を増加させる傾向にある、ということです。

2015/8/31|日本経済新聞|朝刊 日本、固定報酬比率高く 開示充実も課題

「日本の役員報酬の問題点としてよく挙げられるのが固定報酬比率の高さだ。欧米とはストックオプションなどの長期インセンティブで差が開く。タワーズワトソンによれば、日本の大企業経営者の報酬は固定報酬と毎期支給の賞与が全体の9割近くを占めるが、米国は長期インセンティブが7割。違いは歴然だ。」

業績変動型の報酬比率が増加している理由には、次の2つがあるようです。

(1)会社の中長期的な業績向上に、経営者をコミットさせる
(2)経営TOPは、グローバル人財市場から獲得されるので、世界標準の報酬制度でないと優秀な経営者は招聘できない

長期インセンティブで差が開く日米英の経営トップの報酬_日本経済新聞朝刊_20150831

(同日新聞記事に添付グラフを転載)

 

■ 業績連動型報酬制度の「型」を類型整理します!

それでは、新聞記事に紹介されていた内容をできるだけ分かりやすく類型化していきます。

(1)ストックオプション(従来のノーマルなもの)
一定期間内に、あらかじめ決められた価格で、所属する会社から自社株式を購入できる権利のことで、例えば、500円で自社株購入権(ストックオプション)が与えられて、その権利を行使できる期間が1年後に到来した時に株価が700円だった場合、その差額の200円割安で自社株が買えるその値幅分が、「報酬」として考えられます。

会社側は、ストックオプションを付与した時点では、「新株予約権」をB/Sの「純資産その他」の部に計上し、その反対科目として、ストックオプション発行費用をその期の費用としてP/Lに計上します(ただし、現金流出はなし)。

会社としては、手元に現金が無い場合にでも、将来の企業業績の向上(を根拠とした株価の上昇)をネタに、役員に「報酬」を支払うことができます。
役員としては、固定報酬以外に、自身の頑張り次第で株価が上昇したら、その上がりのおこぼれを頂戴できるので、業績向上(株価上昇)の施策実行へのインセンティブが働きます。

デメリットとしては、株価上昇局面でしか、役員に対して報酬相当の経済的付加価値が生まれないので、株価低迷時期のモチベーション維持が難しいこと、オプションが行使された場合、自己株式(金庫株)を使っても、株式の希薄化(一株当たりの利益の減少)による既存株主の経済的損失が回避できないこと、などが挙げられます。

また、オプションを行使する役員にとっても、自己資金でストックオプション分の自社株を購入する必要があるので、個人的に購入資金が必要になること、それゆえ、購入後の株価下落局面で含み損を抱えた場合の経済的損失が大きく感じられるため、オプション行使後、比較的早期に換金して、安定株主から降りる可能性が高くなります。

 

(2)ストックオプション+業績貢献評価
資生堂が2015年度からの中計に合わせて提案したもので、
① 新株予約権を割り当てる際に直前の業績評価で基準値の0~130%の範囲で付与個数を設定
② 権利行使が始まる3年後にそれまでの業績評価を加味して行使可能な個数を最終的に決める

ということで、ストックオプション行使できる口数を、オプション設定から行使までの間の個人成績で増減させるものです。これは、株価という金額増減に加え、権利行使の口数という数量増減まで、業績比例にしようというものです。業績比例分のドライブが大きくかかることになり、変動幅がさらに拡大することになるため、役員の目の色がさらに変わるかもしれません。ただし、(1)で述べたデメリットに対しては、何ら変わるところはありません。

 

(3)「信託型」の自社株式付与
これは記事によると、
「会社が資金を出して信託を設定し自社株を購入。経営計画などの達成度に応じて役員に自社株を与える。」

とあり、ストックオプションという割安の株式購入権を与えるのではなく、現物株式を支給するのが上記2つとの大きな違いになります。

信託を活用した株式報酬の仕組み_日本経済新聞朝刊_20150831

(同日新聞記事に添付チャートを転載)

メリットとしては、株式下落局面でも、制度設計の詳細にもよりますが、ある一定幅の自社株が支給されるので、モチベーションの維持が可能になります。また、役員の個人資金が別途必要にならないので、付与された自社株を長期にわたって保有するインセンティブにもなります。必然、会社側から見れば、安定株主ともなってくれる可能性も魅力的に映るでしょう。

デメリットとしては、「信託」を設定する場合に、会社側からその分の現金が流出してしまうことです。従来、シリコンバレーの新興企業が、手元資金が無いが、優秀な経営者を招聘するために、現金いらずの報酬後払い型(かつ自己責任型)の報酬制度として誕生したのがストックオプションです。

「信託」型でなくても、「金庫株」を役員に付与する制度も、その現金の動きは同じです。金庫株にするためには、会社が株式市場から自己株式を現金で買い上げるので、その時点で、会社からはキャッシュアウト、ということになりますから。

新聞記事では、この制度設計に則り、アステラス製薬が9/1に信託方式を導入します。

「信託期間は3年で「中長期の業績目標達成へのインセンティブを一層高める」(同社)。従来のストックオプションは廃止する。
 株式報酬分は売上高、営業利益率、自己資本利益率(ROE)の3つの指標で評価。会長、社長、副社長のトップ3人と他の役員では業績連動のウエートを変える。トップ3人は報酬全体に占める賞与と株式報酬の比率が50%以上に高まり、業績連動の色彩が強まる。」

当然、アステラスはベンチャーではないので、まず報酬に回す現金がそれなりに社内に留保されているということです。その上で、株価の上昇・下落、両局面で、業績向上に努力してもらうために、「信託」方式の自社株付与方式に制度変更した、ということらしいです。

 

(4)「第三者割当方式」による自社株式付与
新聞記事によりますと、
「中堅化学の太陽ホールディングスが運用を始めた第三者割り当て方式による株式付与制度だ。役員に3年間の譲渡制限条件を付けた種類株を発行する。中期の目線での経営を促す狙いがある。
 ストックオプションや信託型の報酬制度を導入するには、株主総会で議決権の過半数の賛成を得ればよい。種類株の発行には議決権の3分の2以上の賛成が必要だが、荒神文彦人事総務部長は「特別な報酬制度の正当性が高まった」と話す。」

この方式は、まず、「信託型」と違って、事前に会社側からのキャッシュアウトが発生しない、というメリットがあります。それ以外は、ストップオプションと自社株支給のメリット・デメリットの違いの通りとなります。

ただし、自社株付与の際に、
① 役員が自己資金で自社株を購入する必要がある → 換金売りが避けられない
② 株式希薄化(一株当たり利益の減少)が起こり得る → 既存株主への影響あり
というデメリットがあります。太陽ホールディングスは、①については、「3年間の譲渡制限を付けた種類株」の付与ということで、すぐさま換金売りされることを回避する手を打っていますが、②については、、、

これまで、各種・各社の役員報酬の制度設計を簡単に見てきましたが、共通するのは、
(1)世界標準の報酬制度で優秀な経営者を招聘する
(2)株主利益と経営者利益を「株式」でつないで、利益相反を防ぐ

という狙いがあることです。後は、株主総会決議で、株主の総意と既存経営者の創意で、業績向上によりふさわしい制度設計をしていただければと思います。

 

以下蛇足:

ちなみに、筆者も、過去勤めていた会社から自社株支給を受けたことが何回かあります。個人的な感想から言うと、得しているのか損しているのかよく分からない、、、(^^;)

当然、現金でもらうべき金額相当分の自社株をもらうのですが、その時の時価が、いったいいくらになったら、現金支給よりお得なのか? もともと自分の懐を痛めずにもらった株式だから、売却した時に、1円以上なら儲かった(得した)といえるのか、それとも、支給時の株価を下回った価格で売却したら、損したといえるのか??? 感情的に判断がつかないので、まだ売却せずに持っています。一応、この記事を書いている時点では、付与時より株価は上がっていますが、、、

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役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付けhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭会計で経営を読むアステラス製薬,ストックオプション,信託,太陽ホールディングス,役員報酬,資生堂■ 長期業績評価主義と業績変動主義の拡大の理由は? 多額に上る役員報酬に耳目が集まることが多い昨今ですが、今回は、役員報酬制度のバリエーションに各社、創意工夫をしているという新聞記事がありましたので、簡単に類型化し、デメリット・メリットを整理しておきたいと思います。 2015/8/31|日本経済新聞|朝刊 役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「上場企業で会社の中長期の成長戦略と役員の報酬を結びつける改革が広がっている。株価連動を基本としながらも、短期志向にならないよう、会社や役員個人の業績も反映させようとしているのが特徴だ。政府も企業統治(コーポレートガバナンス)改革を後押しする目的で制度改革に着手した。固定給中心だった役員報酬を変えようと、各社が知恵を絞っている。」 まず、一番大きな変化の潮流は、役員報酬が、「固定報酬」のみから「業績変動」比率を増加させる傾向にある、ということです。 2015/8/31|日本経済新聞|朝刊 日本、固定報酬比率高く 開示充実も課題 「日本の役員報酬の問題点としてよく挙げられるのが固定報酬比率の高さだ。欧米とはストックオプションなどの長期インセンティブで差が開く。タワーズワトソンによれば、日本の大企業経営者の報酬は固定報酬と毎期支給の賞与が全体の9割近くを占めるが、米国は長期インセンティブが7割。違いは歴然だ。」 業績変動型の報酬比率が増加している理由には、次の2つがあるようです。 (1)会社の中長期的な業績向上に、経営者をコミットさせる (2)経営TOPは、グローバル人財市場から獲得されるので、世界標準の報酬制度でないと優秀な経営者は招聘できない (同日新聞記事に添付グラフを転載)   ■ 業績連動型報酬制度の「型」を類型整理します! それでは、新聞記事に紹介されていた内容をできるだけ分かりやすく類型化していきます。 (1)ストックオプション(従来のノーマルなもの) 一定期間内に、あらかじめ決められた価格で、所属する会社から自社株式を購入できる権利のことで、例えば、500円で自社株購入権(ストックオプション)が与えられて、その権利を行使できる期間が1年後に到来した時に株価が700円だった場合、その差額の200円割安で自社株が買えるその値幅分が、「報酬」として考えられます。 会社側は、ストックオプションを付与した時点では、「新株予約権」をB/Sの「純資産その他」の部に計上し、その反対科目として、ストックオプション発行費用をその期の費用としてP/Lに計上します(ただし、現金流出はなし)。 会社としては、手元に現金が無い場合にでも、将来の企業業績の向上(を根拠とした株価の上昇)をネタに、役員に「報酬」を支払うことができます。 役員としては、固定報酬以外に、自身の頑張り次第で株価が上昇したら、その上がりのおこぼれを頂戴できるので、業績向上(株価上昇)の施策実行へのインセンティブが働きます。 デメリットとしては、株価上昇局面でしか、役員に対して報酬相当の経済的付加価値が生まれないので、株価低迷時期のモチベーション維持が難しいこと、オプションが行使された場合、自己株式(金庫株)を使っても、株式の希薄化(一株当たりの利益の減少)による既存株主の経済的損失が回避できないこと、などが挙げられます。 また、オプションを行使する役員にとっても、自己資金でストックオプション分の自社株を購入する必要があるので、個人的に購入資金が必要になること、それゆえ、購入後の株価下落局面で含み損を抱えた場合の経済的損失が大きく感じられるため、オプション行使後、比較的早期に換金して、安定株主から降りる可能性が高くなります。   (2)ストックオプション+業績貢献評価 資生堂が2015年度からの中計に合わせて提案したもので、 ① 新株予約権を割り当てる際に直前の業績評価で基準値の0~130%の範囲で付与個数を設定 ② 権利行使が始まる3年後にそれまでの業績評価を加味して行使可能な個数を最終的に決める ということで、ストックオプション行使できる口数を、オプション設定から行使までの間の個人成績で増減させるものです。これは、株価という金額増減に加え、権利行使の口数という数量増減まで、業績比例にしようというものです。業績比例分のドライブが大きくかかることになり、変動幅がさらに拡大することになるため、役員の目の色がさらに変わるかもしれません。ただし、(1)で述べたデメリットに対しては、何ら変わるところはありません。   (3)「信託型」の自社株式付与 これは記事によると、 「会社が資金を出して信託を設定し自社株を購入。経営計画などの達成度に応じて役員に自社株を与える。」 とあり、ストックオプションという割安の株式購入権を与えるのではなく、現物株式を支給するのが上記2つとの大きな違いになります。 (同日新聞記事に添付チャートを転載) メリットとしては、株式下落局面でも、制度設計の詳細にもよりますが、ある一定幅の自社株が支給されるので、モチベーションの維持が可能になります。また、役員の個人資金が別途必要にならないので、付与された自社株を長期にわたって保有するインセンティブにもなります。必然、会社側から見れば、安定株主ともなってくれる可能性も魅力的に映るでしょう。 デメリットとしては、「信託」を設定する場合に、会社側からその分の現金が流出してしまうことです。従来、シリコンバレーの新興企業が、手元資金が無いが、優秀な経営者を招聘するために、現金いらずの報酬後払い型(かつ自己責任型)の報酬制度として誕生したのがストックオプションです。 「信託」型でなくても、「金庫株」を役員に付与する制度も、その現金の動きは同じです。金庫株にするためには、会社が株式市場から自己株式を現金で買い上げるので、その時点で、会社からはキャッシュアウト、ということになりますから。 新聞記事では、この制度設計に則り、アステラス製薬が9/1に信託方式を導入します。 「信託期間は3年で「中長期の業績目標達成へのインセンティブを一層高める」(同社)。従来のストックオプションは廃止する。  株式報酬分は売上高、営業利益率、自己資本利益率(ROE)の3つの指標で評価。会長、社長、副社長のトップ3人と他の役員では業績連動のウエートを変える。トップ3人は報酬全体に占める賞与と株式報酬の比率が50%以上に高まり、業績連動の色彩が強まる。」 当然、アステラスはベンチャーではないので、まず報酬に回す現金がそれなりに社内に留保されているということです。その上で、株価の上昇・下落、両局面で、業績向上に努力してもらうために、「信託」方式の自社株付与方式に制度変更した、ということらしいです。   (4)「第三者割当方式」による自社株式付与 新聞記事によりますと、 「中堅化学の太陽ホールディングスが運用を始めた第三者割り当て方式による株式付与制度だ。役員に3年間の譲渡制限条件を付けた種類株を発行する。中期の目線での経営を促す狙いがある。  ストックオプションや信託型の報酬制度を導入するには、株主総会で議決権の過半数の賛成を得ればよい。種類株の発行には議決権の3分の2以上の賛成が必要だが、荒神文彦人事総務部長は「特別な報酬制度の正当性が高まった」と話す。」 この方式は、まず、「信託型」と違って、事前に会社側からのキャッシュアウトが発生しない、というメリットがあります。それ以外は、ストップオプションと自社株支給のメリット・デメリットの違いの通りとなります。 ただし、自社株付与の際に、 ① 役員が自己資金で自社株を購入する必要がある → 換金売りが避けられない ② 株式希薄化(一株当たり利益の減少)が起こり得る → 既存株主への影響あり というデメリットがあります。太陽ホールディングスは、①については、「3年間の譲渡制限を付けた種類株」の付与ということで、すぐさま換金売りされることを回避する手を打っていますが、②については、、、 これまで、各種・各社の役員報酬の制度設計を簡単に見てきましたが、共通するのは、 (1)世界標準の報酬制度で優秀な経営者を招聘する (2)株主利益と経営者利益を「株式」でつないで、利益相反を防ぐ という狙いがあることです。後は、株主総会決議で、株主の総意と既存経営者の創意で、業績向上によりふさわしい制度設計をしていただければと思います。   以下蛇足: ちなみに、筆者も、過去勤めていた会社から自社株支給を受けたことが何回かあります。個人的な感想から言うと、得しているのか損しているのかよく分からない、、、(^^;) 当然、現金でもらうべき金額相当分の自社株をもらうのですが、その時の時価が、いったいいくらになったら、現金支給よりお得なのか? もともと自分の懐を痛めずにもらった株式だから、売却した時に、1円以上なら儲かった(得した)といえるのか、それとも、支給時の株価を下回った価格で売却したら、損したといえるのか??? 感情的に判断がつかないので、まだ売却せずに持っています。一応、この記事を書いている時点では、付与時より株価は上がっていますが、、、現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します