■ 今回は自社株報酬制度の日本企業の現状把握から始めます
役員報酬制度として自社株付与の様々な類型を用いることができるように、会社法の整備(解釈の明確化中心)、税法の整備(こちらは完全に改正あり)、会計処理の明確化を経済産業省がリードしてきました。このシリーズでは、コーポレートガバナンス・コードでも謳われている、経営者(役員)と株主の利害の一致を目指した、諸制度の整備状況や、それに伴う会社経営に伴うトップマネジメントの変化の潮流をできるだけ簡明にお伝えすることを目的としています。
(前回)
⇒「自社株報酬制度の基礎(1)役員報酬を自社株で。その意義と日本企業を取り巻く経営環境を考える」
まずは、最近の事例の解説から。
2016/10/24付 |日本経済新聞|朝刊 株式報酬高め役員挑戦促す 中長期の視野で成長狙う 欧米では社会貢献も評価
「株主を意識した企業統治(ガバナンス)改革として役員報酬を見直す上場企業が増えている。核心は、稼ぎを増やすために経営者をいかに動かすか。中長期にわたりリスクに挑ませ続けるため、株式報酬の比率を高める例が目立つ。今後は欧米の先進企業にならい、社会貢献の姿勢を世に問うツールとして役員報酬を用いる発想も求められる。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は、同記事添付の「日米欧の役員報酬」を引用)
グローバルで競争している日本企業は、商品市場だけでなく、人材市場でもグローバルで優秀な人材獲得にしのぎを削っており、そもそも役員報酬レベルが低く、固定給割合が多いことについて、優秀な経営者(役員)を全世界から集めてくるには、役員報酬制度にメスを入れざるを得ず、名だたる企業がその改革に乗り出しています。
同記事より。
● 武田薬品工業
・2008年:役員退職慰労金を廃止
・2014年:社内取締役の報酬を固定部分1に対し、変動部分を1~5の幅で設定
・2016年:「6月の株主総会で社外取締役や監査等委員(従来の監査役に相当する取締役)に、固定報酬の4割を上限として新たに株式報酬を給付することを決議」
その詳細は、
「変動部分は、単年度の連結業績に連動する賞与と、3年間の業績・株価に連動する株式報酬で構成。15年度は長谷川会長ら8人に固定部分5億円超、変動部分は12億円弱が支払われた。全体の約7割が変動報酬で、リスクを取って企業価値増大に仕向ける仕組みだ。」
一方で、監督・牽制機能重視の社外取締役や監査等委員は、不祥事防止など、経営に対するブレーキ役も期待されます。それゆえ短期業績に引きずられすぎる報酬制度は制度的欠陥を孕むので、変動部分は株式報酬のみとし、退任時の一括渡しにしました。
ミッションと報酬制度がきちんと整合させることができれば、立場立場で異なる利害関係をファインチューニングさせ、株主貢献も視野に入れつつ意図する方向に優秀な経営陣の能力を発揮してもらうことができます。
■ 周回遅れの日本企業の役員報酬制度の実態
会社法・税法・会計処理の整備に伴い、株式報酬は日本企業にも広がり始めており、三菱UFJ信託銀行などの調査によると、今年6月末までに導入した上場企業は約230社にのぼるとのこと。数年かけて業績に応じて自社株を付与する仕組みにすれば、短期で売り抜けが可能なストックオプション(株式購入権)よりも中長期の株式保有のインセンティブにもつながります。また、株式報酬1億円超の役員は内閣府令で公表を義務付けられるため、株主や一般投資家の目線でチェックが入りやすくなります。
同記事にて他に紹介された事例としては、
● 三菱電機
「昨年、現金で支給していた執行役の業績連動報酬の半分を株式に変えた。実際に渡すのは株式報酬決定から3年後だ。」
● 伊藤忠商事
「業績向上と株主を意識した報酬への傾斜を加速させている。既に11年度から固定の月額報酬と、当期純利益が1千億円を超えると比例して増える完全業績連動賞与という仕組みだが、今年6月には純利益3千億円を超えた賞与の一部を株式に変更した。」
しかし上場企業全体でみれば、報酬見直しの動きは決して多くないそうです。同記事では、久保克行・早稲田大学教授が2010~13年に1億円超の報酬を得た役員延べ705人を対象に調査したところ、
・退職慰労金を除く報酬総額(平均約1億7千万円)の71%を固定部分が占める
・賞与やストックオプションなど業績や株価に連動する報酬は29%にとどまる
という結果になりました。
冒頭の「日米欧の役員報酬」のグラフを見て頂くとお分かりのように、
・英国・ドイツ:平均約8億円のうち固定部分は約25%
・米国:同約10億円のうち固定は11%
「巨額である欧米経営者の報酬の多くは業績連動で、リスクに挑み会社に利益をもたらした結果だ。もちろん失敗すれば地位を追われる。」
■ 周回遅れなのは、固定報酬と変動業績給の割合だけではなかった!
経営者を正しく評価するには、中長期的な企業の業績向上への貢献度だけではない、とする欧米企業が増えてきています。自社の時系列評価による業績向上だけではなく、市場における競争状況の変動をも加味することまで取り組む企業が増えてきています。
(下記は、同記事添付の「欧米企業は役員報酬に業績連動以外の要素を取り込み始めた」を引用)
「英石油大手BPが最高経営責任者(CEO)に与える長期業績賞与は株価の変動を基に決まるが、変動そのものではなく、競合する米エクソンモービルや英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルとの比較優位を重視している。長期の株価は経営者の能力や努力以外の要素の影響を受けるからだ。」
「欧米企業は社会貢献までも役員報酬に盛り込み始めている。米非鉄大手アルコアは雇用状況や環境・安全への配慮を指数化、CEOの報酬の一部に反映している。」
市場におけるコンペチターとの相対的優位性だけでなく、直面する市場をとりまくESG(E:環境、S:社会、G:ガバナンス)要素まで、CEO等の役員の業績評価に加えて、役員報酬を決定していく。既存株主にとどまらず。一般投資家とその判断基準のひとつとなるESG要素まで考慮した役員報酬制度。会社が目指すべき方向を役員報酬の制度設計によって社会に示し、企業のレピュテーションも高まると言った副次的効果もあるという認識を、日本企業も持つべき時期なのではないかと。
単に、役員室だけの話ではなく、株主総会を静粛に運営するだけの話ではなく、役員報酬制度そのものが、企業戦略や企業ビジョンに直結するように設計されることは、広くブランドマーケティングの要素にもなり得るのだと、そういう再認識をして頂きたいものです。
(参考)
⇒「役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け」
⇒「株で役員報酬、広がる 中長期の業績で評価 伊藤忠やリクルート、230社」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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