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(経済教室)分断危機を超えて(5)企業と現場、相互信頼カギ 調整・設計、強み一段と 藤本隆宏 東京大学教授

経営管理会計トピック 経済動向を会計で読む
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■ 日本の製造業の特徴は、強い現場と弱い本社のバランスと喝破した藤本氏の新たな論説を読み解きます

経営管理会計トピック

自動車メーカーの生産現場研究で著名な藤本氏。皆さんも、「モジュラー型」「すり合わせ(インテグラル)型」のものづくり、といった言葉をご存知だと思います。日本の製造業は、自動車エンジンのように、すり合わせ型のものづくりが、組織内の暗黙知を中心とした密接なコミュニケーション力を生かして強かった。一方で、インターフェースが規格化されて、つながる汎用部品の作り込みではその長所は生かせず、電機業界の凋落の憂き目に遭った、そういう論陣を張ったお人です。批判も多いのですが、筆者は製造業のコンサルティングを長年してきた中での実感として、藤本先生の見解には大いに納得している一人なのです。

2016/1/8付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)分断危機を超えて(5)企業と現場、相互信頼カギ 調整・設計、強み一段と 藤本隆宏 東京大学教授

「21世紀は分断の時代か統合の時代か。本稿では主に産業現場からのミクロ視点でこの問題を考える。上空から見下ろすマクロの歴史観と、地上から見上げる歴史観を複眼的に持つべきだからである。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

<ポイント>
● 生産性向上と賃金差縮小で中国と拮抗へ
● 企業は現場の存続努力生かす経営目指せ
● 経済危機時に国内経済救うのは良い現場

氏のマクロ的認識は次の通り。
1.西側勝利による民主主義収れん論(歴史の終わり論)と米国一極主導論
2.東西南北の分断解消による資本主義経済のグローバル化論
3.デジタル情報革命による世界規模での市場統合論

景気循環の終えんまでも予言され、いずれも軍事・金融・情報で優位を持つ米国がけん引するとされた。しかし現在、米国発の楽観論の多くは否定された感があり、以下の状況をまねたいとする。

① 新旧大国間の分裂は継続
② 先進国も新興国も貧富の格差が拡大
③ 宗教由来のテロや戦争が続出
④ 金融発の経済危機も続発
⑤ デジタル技術は世界を変えたが、社会の統合にも分断にも作用

■ マクロ的状況は分かった。じゃあ日本企業のミクロ的現場の歴史はどうなんだ?

氏によれば、歴史的に、日本の現場には現場の歴史観があり、常に問題を抱えつつも戦後日本の現場は強くなっていったとの見解を示されています。

50~60年代
日本経済は高度経済成長期に入るが、米国と異なり移民流入に頼れぬ日本の生産現場は極端な労働力不足に見舞われる。希少な労働力や下請けを確保するため、長期雇用・長期取引が強化され、その結果、調整力の高い統合型の産業現現場が日本に多数発生した。これが「すり合わせ型」「インテグラル型」のものづくり現場の必要条件。そして、分業をする余裕はないので、多能工によるチームワークによる生産性向上で増産に応じる形ができたのです。

70~80年代
低成長化と円高の時代。自動車・家電を中心に日本の貿易財現場は能力構築でしのぎ、賃金ハンディが厳しくなる中で貿易黒字を拡大。冷戦下の国際競争は賃金率が同等の先進国間でのみ展開されたので、トヨタ生産方式などを擁する日本の貿易財現場はその中で、高いコスト競争力を発揮しました。

90~2010年のポスト冷戦期
しかし冷戦終結により事態は一変。半世紀の東西分断により蓄積された、生産性の実力差を超える極端な国際賃金差が東西統合で突然顕在化し、日本の貿易財産業は苦境に陥ります。仮に日本現場の物的生産性が中国の2~8倍なら、日中の賃金比はその中間の例えば5倍になるとリカード型の比較優位論は予想するが、両国が異なる貿易圏に属するならそうはなりません。実際、日本の産業現場は中国の賃金が日本の20分の1以下という事態に直面したのです。

東西統合で賃金分断が顕在化し、中国製品の低価格に直面した日本企業はこぞって中国工場を設立。低価格イコール低賃金と経営者は認識し、生産性の議論は忘却されました。ここが最初の転換点! しかしここから貿易財の国内優良現場は粘りを見せます。新興国への工場進出で彼我の賃金差と生産性差を正確に知った国内優良現場は生き残りのための目標を定め、数年で数倍のペースでラインの物的生産性向上を本格化させました。

 一方、中国では農村からの労働力無制限供給が終わり、05年ごろから5年で2倍のペースで賃金が上昇、今の中国現場の賃金は日本の3分の1~7分の1程度と推定されるまでに。つまり日中現場の賃金差と生産性差は接近し、貿易論的に正常な状態に近づいた。他の新興国も同様。こうして存続すれば勝ちに等しい持久戦を戦い抜き、国内優良現場が20年余りの長いトンネルを抜けつつあります。ポスト冷戦期の終えんであるといえます。

結論から言うと、青色吐息だった生産現場もコスト競争力と生産性について優秀な所は何とか持ちこたえて今日ある、という論調。んー。90年代以降の動きについては、明瞭な説明になっていないような感想を持ちます。すいません。生意気言って。

■ それでは日本の製造業の未来はどこにあるのか?

1.
10~30年を「グローバル能力構築」の時代と考える。国際的な賃金比と生産性比が接近する場合、日本も新興国の現場も能力構築が必須となる。

2.
自由貿易の趨勢は続き、比較優位財を輸出し劣位財を輸入する比較優位原則は依然重要とみる。

3.
世界中に開発現場が立地する結果、生産の比較優位のみならず設計の比較優位が貿易構造に大きな影響を与える。よって調整能力の高い統合型の現場が多い日本は、調整集約型の擦り合わせ製品で設計の比較優位を発揮しやすい。

ここで出た! すり合わせ型ものづくりの比較優位性。

ここからは、日本の現場、企業、政府が何をすべきか。政策論になります。

1.現場がやるべきこと
現場は「良い設計の良い流れ」を目指し能力構築を続けるのみ。多国籍企業の国内現場なら闘うマザー工場として海外現場を指導しつつ自らも生産性向上を達成する。現場は企業の一部でも地域の一部でもあり、企業の利益確保と地域の雇用確保という2つの目的関数を持つ場所的存在になるべき。

2.企業が目指すべきこと
企業はそうした現場の存続努力を会社の力とする現場指向(志向)経営を採るべき。すなわち低成長経済下の企業は、生産性向上(工程革新)による雇用減少を需要創造(製品革新)で補い、現場の雇用を維持する意志を現場に明示する。そうすれば現場も迷いなく生産性向上にまい進できる。そして、、、

ここから新説になります!

① 地場の中小・中堅企業の多くは、これまでも現場の生産性向上と社長の需要創造努力が両輪で回っており、経営者と現場の相互信頼が成立している。

② その先に、海外拠点の生産性向上があり、グローバル長期全体最適経営がある。短期利益追求で長期を見誤った一部の大企業本社は、むしろ優良中堅・中小企業の現場指向経営に学ぶことが多いだろう。

「能力構築」と「需要創造」は、低成長経済が実質所得を高めるために必須の2条件。
それを支えるのは企業と現場の相互信頼。この点、日本の現場指向企業の多くは「売り手よし(企業の利益確保)、買い手よし(顧客満足の創造)、世間よし(地域雇用の確保)」の三方よしの論理を理解しており、これは隠れた強み。この文脈では、人を大事にしない企業こそが時代遅れだ。21世紀経済は資本指向企業と現場指向企業が混在する。

(下表は同記事添付の「現場指向企業」と「資本指向企業」の整理表を転載)

20160108_現場指向企業と資本指向企業_日本経済新聞朝刊

3.政府が支援すべきこと
政府は国内に「良い現場」を残し、それを地域の所得向上と雇用安定につなげる政策に注力すべき。良い現場は産業構造転換を超えて存続するから。加えて万一、円暴落・国債暴落の時、国内経済を支える最後のとりでは全国に残る良い現場。これは経済安全保障上の問題である。マクロの分断にミクロの統合で対抗する。

この論理の流れをミクロ経済学的な学説で補強すると、
「以上の論理は、「売り手よし買い手よし」に基づく新古典派経済学からは導きにくく、むしろ三方よしの古典派経済学になじむ面がある。分断を超える21世紀の経済思想は、新古典派の「交換の経済学」と古典派の「生産の経済学」の補完的な共存を必要とする。」

んー。ここも経済学の専門家以外には難しいかも。極論を言うと、「労働価値説」を採り、かのマルクスですら自らを「古典派経済学」と言わしめている。しかし、その理論の根底にあるのは、「セーの法則」。一方で、「新古典派経済学」は、労働市場も含めてすべてが均衡すると考えられている、だから交換の経済学。でも、ここはたとえ自体が難しいので、藤本氏の論調を理解するのには不要かも。不要なのに説明に文字数をかなり使ってしまった、、、

要は、転載したチャートにあるように、欧米のグローバル企業を模した「②資本指向の大企業」に対して、日本の製造業は、「①現場指向の大企業」「②地場の製造系中小企業」「④ベンチャー企業」(ここは資本の論理もそうだけど、起業家精神が現場精神(技術重視とかマーケティング重視とか)に通じる、と読み替えれば、アンチ欧米のグローバル企業としての、日本の製造業復活反映のための現場重視の処方箋として受け取るのが素直な読み方かと。。。


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