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■ 世帯収入の1/8の車、T型フォードの衝撃!

経営戦略(基礎編)_アイキャッチ

「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。前回のテイラーの愛弟子ともいえる、「フォード生産システム」の生みの親、ヘンリー・フォードを今回は取り上げます。

本書によりますと、
テイラーと同じく、フォードもアカデミックな象牙の塔の出身ではなく、16歳の時、見習い機械工として社会に出ました。紆余曲折を経てフォードは、1903年にフォード・モーターを設立します。平均世帯年収が750ドル程度の時代、自動車は3000ドル以上もする高価なものでしたが、フォードは、「T型フォード」を1908年に950ドルで販売開始、1925年には260ドルまでコストダウンを可能にしました。ついに、自動車が世帯年収(2000ドル)の8分の1で買える大衆の足となり、土地の安い郊外の一戸建てに住んで、都市や工場に通うという「豊かな大衆」が出現する一因となりました。

 

■ テイラー流を極めたフォード生産システム

このT型フォードの高品質と低コストの両立を可能にしたのが、「フォード生産システム」でした。

本書によりますと、その特徴は、
① 作業の時間・動作分析から、作業の標準化・マニュアル化を徹底する
② 徹底した「分業化」
③ 「流れ作業」- ベルトコンベヤ方式

同種の製品を大量生産(少品種大量生産)するために、
① 熟練工の作業は何十・何百の単純作業に分割
② サブの生産ラインはすべて、最終組み立てラインと同期化

これにより、大量の非熟練工(当然熟練工より賃金は安い)を採用して、滞留・停滞が許されない連続生産を労働者に課すことにより、寸分の狂いもない能率的な大量生産システムが誕生したのです。

ものづくりの寓話 -フォードからトヨタへ-

■ 企業とは社会の公器である

本書によりますと、フォード自身は、「フォーディズム」(イタリアの思想家、アントニオ・グラムシによる命名)と呼ばれる経営感を持っていて、

「大衆へのサービス精神」
「利潤動機より賃金動機」

を重視し、企業とは公(おおやけ)の存在で、公僕として広く社会や顧客に奉仕すべきであって、「利潤」は企業目的ではなく、「結果」であると考えました。経営者としては、「より多くの賃金を従業員に払う」ということを経営の動機とすべきとの意見でした。

「奉仕を主とする事業は栄え、利得を主とする事業は衰える」

離職者対策の意味もありましたが、フォードは、従業員の賃上げに尽力し、1914年からは日給をそれまでの2倍の5ドルに引き上げました。夫婦そろってフォードに勤務すれば、世帯年収が2000ドルを超える水準です。さらに、殺到する注文をさばくために、工場は24時間3交代制でしたが、労働時間は9時間から8時間に短縮されました。その結果、全米から就職希望者が集まり、その従業員たちがまた、T型フォード車の顧客となるという巨大な経済循環が生まれました。

成長力を採点! 2020年の「勝ち組」自動車メーカー

■ 「フォード生産システム」の2つの落とし穴

T型フォード車は、1908年に発売され、以後1927年まで基本的なモデルチェンジのないまま、1,500万7,033台が生産されました。しかし、この成功はいつまでも続きませんでした。その生産現場の様子は本書によりますと、

1.労働阻害
大量の非熟練工が日がな一日、ずっと単純作業を続けます。タイヤ取り付け担当は、一日中、ベルトコンベアの上を流れてくる木製のタイヤフレームに鉄輪をはめ続けなければなりません。結果として、多くの新人従業員が会社を去ることになります。まさに、あのチャールズ・チャップリンの映画「モダン・タイムス」で風刺した風景そのものです。

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皮肉なことに、日給5ドルという高給は、非人間的な「単純作業」という精神的苦痛の代償だったわけです。フォードは、「豊かな大衆社会」を生み出すのに大変な貢献をしましたが、それと同時に、労働者が働くにあたっての「経済的動機の限界」も明らかにしたのです。

2.マーケティング不在
これを象徴するフォードの有名な一節があります。

「T型フォードを買う人はどの色でも選べる。黒である限り」

T型フォード車は、ボディ形態のバリエーションは非常に多かったものの、どれも実用を第一としたエナメルの黒塗り一色であり、後期にはデザイン面での魅力を欠くようになっていました。エナメルは速乾性があり、単色であることは大量生産を実現するのに好都合です。しかし、顧客の嗜好が徐々に変わっていき、自動車にデザイン性を求めるようになりました。

ライバル企業だったGMのアルフレッド・スローンは、大衆がより上級の商品、より新味のある商品に惹かれることを理解しており、シボレーやキャデラックが新しいデザインや多彩なカラーを導入(化学メーカーのデュポンの資本が入っており、新しいラッカー系塗料を用いることができた)し、多様化する顧客のニーズに対応することに成功しました。

GMとともに

また、フォードは最後まで、現代では当たり前の自動車販売方法になっているカーローン(割賦販売)を、己の道徳的信条からよしとせず、販売金融施策からも他社に後れを取ることになりました。

しかしながら、フォードが編み出した、生産効率の高い、低コストの大量生産システムは、その後の半世紀にわたって、工業化社会・大衆社会・大量消費社会の基本モデルとなったことには違いありません。

経営戦略(基礎編)_経営戦略概史(3)大衆社会を生み出した「フォード生産システム」



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経営戦略概史(3)大衆社会を生み出した「フォード生産システム」http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-e1428423948658.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-150x150.jpg小林 友昭経営戦略(基礎編)GM,スローン,フォード,フォード生産システム,三谷宏治,経営戦略,経営戦略全史■ 世帯収入の1/8の車、T型フォードの衝撃! 「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。前回のテイラーの愛弟子ともいえる、「フォード生産システム」の生みの親、ヘンリー・フォードを今回は取り上げます。 本書によりますと、 テイラーと同じく、フォードもアカデミックな象牙の塔の出身ではなく、16歳の時、見習い機械工として社会に出ました。紆余曲折を経てフォードは、1903年にフォード・モーターを設立します。平均世帯年収が750ドル程度の時代、自動車は3000ドル以上もする高価なものでしたが、フォードは、「T型フォード」を1908年に950ドルで販売開始、1925年には260ドルまでコストダウンを可能にしました。ついに、自動車が世帯年収(2000ドル)の8分の1で買える大衆の足となり、土地の安い郊外の一戸建てに住んで、都市や工場に通うという「豊かな大衆」が出現する一因となりました。   ■ テイラー流を極めたフォード生産システム このT型フォードの高品質と低コストの両立を可能にしたのが、「フォード生産システム」でした。 本書によりますと、その特徴は、 ① 作業の時間・動作分析から、作業の標準化・マニュアル化を徹底する ② 徹底した「分業化」 ③ 「流れ作業」- ベルトコンベヤ方式 同種の製品を大量生産(少品種大量生産)するために、 ① 熟練工の作業は何十・何百の単純作業に分割 ② サブの生産ラインはすべて、最終組み立てラインと同期化 これにより、大量の非熟練工(当然熟練工より賃金は安い)を採用して、滞留・停滞が許されない連続生産を労働者に課すことにより、寸分の狂いもない能率的な大量生産システムが誕生したのです。 ものづくりの寓話 -フォードからトヨタへ- ■ 企業とは社会の公器である 本書によりますと、フォード自身は、「フォーディズム」(イタリアの思想家、アントニオ・グラムシによる命名)と呼ばれる経営感を持っていて、 「大衆へのサービス精神」 「利潤動機より賃金動機」 を重視し、企業とは公(おおやけ)の存在で、公僕として広く社会や顧客に奉仕すべきであって、「利潤」は企業目的ではなく、「結果」であると考えました。経営者としては、「より多くの賃金を従業員に払う」ということを経営の動機とすべきとの意見でした。 「奉仕を主とする事業は栄え、利得を主とする事業は衰える」 離職者対策の意味もありましたが、フォードは、従業員の賃上げに尽力し、1914年からは日給をそれまでの2倍の5ドルに引き上げました。夫婦そろってフォードに勤務すれば、世帯年収が2000ドルを超える水準です。さらに、殺到する注文をさばくために、工場は24時間3交代制でしたが、労働時間は9時間から8時間に短縮されました。その結果、全米から就職希望者が集まり、その従業員たちがまた、T型フォード車の顧客となるという巨大な経済循環が生まれました。 成長力を採点! 2020年の「勝ち組」自動車メーカー ■ 「フォード生産システム」の2つの落とし穴 T型フォード車は、1908年に発売され、以後1927年まで基本的なモデルチェンジのないまま、1,500万7,033台が生産されました。しかし、この成功はいつまでも続きませんでした。その生産現場の様子は本書によりますと、 1.労働阻害 大量の非熟練工が日がな一日、ずっと単純作業を続けます。タイヤ取り付け担当は、一日中、ベルトコンベアの上を流れてくる木製のタイヤフレームに鉄輪をはめ続けなければなりません。結果として、多くの新人従業員が会社を去ることになります。まさに、あのチャールズ・チャップリンの映画「モダン・タイムス」で風刺した風景そのものです。 モダン・タイムス (2枚組) 皮肉なことに、日給5ドルという高給は、非人間的な「単純作業」という精神的苦痛の代償だったわけです。フォードは、「豊かな大衆社会」を生み出すのに大変な貢献をしましたが、それと同時に、労働者が働くにあたっての「経済的動機の限界」も明らかにしたのです。 2.マーケティング不在 これを象徴するフォードの有名な一節があります。 「T型フォードを買う人はどの色でも選べる。黒である限り」 T型フォード車は、ボディ形態のバリエーションは非常に多かったものの、どれも実用を第一としたエナメルの黒塗り一色であり、後期にはデザイン面での魅力を欠くようになっていました。エナメルは速乾性があり、単色であることは大量生産を実現するのに好都合です。しかし、顧客の嗜好が徐々に変わっていき、自動車にデザイン性を求めるようになりました。 ライバル企業だったGMのアルフレッド・スローンは、大衆がより上級の商品、より新味のある商品に惹かれることを理解しており、シボレーやキャデラックが新しいデザインや多彩なカラーを導入(化学メーカーのデュポンの資本が入っており、新しいラッカー系塗料を用いることができた)し、多様化する顧客のニーズに対応することに成功しました。 GMとともに また、フォードは最後まで、現代では当たり前の自動車販売方法になっているカーローン(割賦販売)を、己の道徳的信条からよしとせず、販売金融施策からも他社に後れを取ることになりました。 しかしながら、フォードが編み出した、生産効率の高い、低コストの大量生産システムは、その後の半世紀にわたって、工業化社会・大衆社会・大量消費社会の基本モデルとなったことには違いありません。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します