■ 「ミュール実験」10分休憩4回で離職率激減!?
「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。前回と前々回の「科学的管理法」に代表される、なんでも科学的に分析して管理できるとする「大テイラー主義」によるテイラー、フォードと対極をなす、「大メイヨー主義」の創始者であるメイヨーの「人間関係論」を取り上げます。
本書によりますと、
メイヨーは、オーストラリア出身(1880年生まれ)で、42歳で渡米し、ウォートン・スクールで「産業精神衛生の研究」に携わりました。そこで、紡績会社の中のミュール紡績機を使っている部門で、「作業環境改革による離職率の改善」に取り組みます。ミュール紡績部門はミュール精紡機を使用して走錘(糸ぐり)をする部門で、作業員は100メートルほどの通路に置かれた機械を見て回り切れた糸をつなぐ単純作業をただ繰り返すのが仕事でした。仕事が単調な上に、機械と向き合って黙って作業する孤独な仕事でした。
会社自体は好調で管理状態もよく、他の部門の転職率は年5~6%に過ぎませんでしたが、ミュール紡績部門だけは年250%に達していたのです。そこで、メイヨーは、高い離職率の原因は、仕事の「単純さ」と「孤独さ」からの精神的疲労にあると考え、1日4回10分ずつの短い休憩を取ることで、離職率の低下を目論みます。狙いは当たり、紡績部門での離職率は年5%程度と他部門と同レベルまで低下したうえに、生産性も改善しました。ほんの短い休憩の導入で、職場への不満を大きく減じることに成功しました。
メイヨーはその結果にただ満足することなく、離職率が大きく改善した真の理由を探すべく、仮説を立てます。
1)研究者たちが従業員の話を真摯に聴いたから
2)保健室を設け、そこの看護師が悩み相談の相手になったから
3)尊敬する経営者に、「休憩をいつ取るかは自分たちで決めてよい」と言われ、
① 仲間同士の相談が共同意識を高めたから
② 経営者からの期待に応えようという責任意識が高まったから
結論は、次の実験まで持ち越されることになりました。
■ 「ホーソン実験」労働環境なんて生産性と全く関係ない!?
本書によりますと、
その後、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に招聘されたメイヨーは、1927年、電話機製造会社ウェスタン・エレクトリックのホーソン工場におけるテイラーの「科学的管理法」導入による調査結果の矛盾の謎に取り組むこととなります。ホーソン工場では、実験対象となったチームの生産性は、照明を明るくしていった時も、逆に暗くしていった時もどんどん上がっていったのです。しかも、照明を変えていないチームの生産性まで上がってしまう始末。
(1)リレー組立試験室
100人の女工さんから選ばれた6人は、賃金、休憩、軽食、部屋の温度や湿度、どう変わろうが、元に戻されようが、条件が変わるたびにその生産性を上げ続けました。彼女たちのプライドや連帯感は、全ての条件変化に打ち勝ったのです!
(2)面接調査
1928~30年には、従業員に対する大規模な面接調査が実施されました。工場全体2万人以上が面接対象となりました。最初は研究者によるヒアリングでしたが、途中から現場マネージャーが非誘導的な面接法(つまりは雑談方式)で実施されるようになりました。ここでも意外な結果が起こり、面接内容に関わらず、面接したという事実だけで現場の生産性が向上し、面接に挑んだ現場マネージャーまでもが、自発的に部下の状況を把握・認識・改善提案を行い、現場管理能力がみるみる上がっていることに気がつきました。
ここからメイヨーが得た洞察は3つ。
① 人間の行動は感情(sentiments)と切り離せない
② 人間の感情は偽装される
③ 感情の表現は全体的な状況の中で理解すべき
(3)バンク配線作業観察室
14人のバンク(差込式電話交換台)の配線を行なう作業員(全員男性)を一つの部屋に集めて、作業者同士の人間関係を詳細に調べました。当時は、監視カメラやテープレコーダーなどない時代だったので、観察担当者が、仔細漏らさず、実験室で起こった出来事をすべて記録し、この部屋に、「非公式組織」(気の合う仲間グループと、気の合わないその他のグループとの垣根)が存在していることに気がつきました。
ここからメイヨーは、「非公式組織」について、
① 仕事に精を出すな、②仕事を怠け過ぎるな、③上司に告げ口するな、④偉ぶったりおせっかいをやくなという「4つの感情」に支配されていることを知ります。要するに、仲間に迷惑をかけずにうまくやるという感情が働いていたのです。
■ 生活水準の向上が人間を「経済人」から「社会人」に変えた
これら2つの実験結果、企業での生産性向上というテーマは、コストや効率を重視し、「科学的に人々の行動を観察・分析・理解」し、ただ数字(定量情報)を扱うものから、人の感情やインフォーマルな人間関係といった定性情報も重視しなければならない、ということが分かってきました。ただお金のためにあくせく働く人から、楽しく・生きがいを持って働く人、という労働者への見方の変化がそこにはあります。
では、メイヨーが2つの実験から得た洞察をまとめます(本書P46より)。
① ヒトは、経済的対価より、社会的欲求の充足を重視する
② ヒトの行動は合理的ではなく、感情に大きく左右される
③ ヒトは公式組織より、非公式組織(職場内派閥・仲良しグループ)に影響されやすい
④ ヒトの労働意欲は、客観的な職場環境の良否より、職場での人間関係に左右される
メイヨーが行った実験から得られた洞察は、現代の我々にもなじみの深い各種施策・研究に引き継がれています(本書P48より)。
・モチベーション研究
・リーダーシップ研究
・カウンセリング研究
・提案制度
・小集団活動 など
■ メイヨー後の「人間関係論」の進展
本書(P49~)によりますと、
メイヨーの「人間関係論」はその後、人の行動の原因を探る「行動科学」へ引き継がれていくことになります。その代表格が心理学者のマズローです。マズローは、ヒトは、最終的に「自己実現」に向けて、動物にもあるような低次の基本的欲求から、高次のヒトらしい欲求まで、欲求には段階があるという「欲求段階説」を唱えます。
その段階とは、下から次の5段階(数字は満足度)。
① 生理的欲求(85%)
② 安全欲求(70%)
③ 愛・所属欲求(50%)
④ 自尊の欲求(40%)
⑤ 自己実現の欲求(10%)
さらに、マズローの「欲求段階説」を引き継いだ、マグレガーの「XY理論」へと発展していきます。人間に対する2つの対立的な考え方を「権限行使による命令統制のX理論」と「統合と自己統制のY理論」に分け、「低次元の欲求が満たされている人に対してはX理論による経営手法の効果は期待できない、低次元の欲求が満たされている1960年代ではY理論に基づいた経営方法が望ましい」としました。
「X理論」
「人間は本来なまけたがる生き物で、責任をとりたがらず、放っておくと仕事をしなくなる」という考え方で、この場合、命令や強制で管理し、目標が達成できなければ懲罰といった、「アメとムチ」による経営手法が効果的と考えられます。
「Y理論」
「人間は本来進んで働きたがる生き物で、自己実現のために自ら行動し、進んで問題解決をする」という考え方で、この場合、労働者の自主性を尊重する経営手法となり、労働者が高次元欲求を持っている場合有効であると考えられます。
1人の個人が段階的に欲求の階段を駆け上がっていくのに合わせて管理手法を変容さえるべきか、そもそも個人別に欲求段階が異なるから各人に最適な管理手法を適用すべきと考えるか? まあ、筆者は、その対象者の顔を見てから判断すればいいじゃん、マズローもマグレガーもいいヒントを教えてくれたね、と感じています。
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