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■ 「業種別生産性比較」といったって、闇雲にセレクトしていません!

管理会計(基礎編)

前回は、「生産性分析」について、理論的背景を中心に説明しました。実践が伴っての理論と筆者は考えますので、今回は、3つの業種、1業種2社の6社(トヨタ、新日鐵住金、セブン&アイ、イオン、リクルート、楽天)のFY2014決算から生産性を比較分析してみます。

まず、どうしてこの6社なのか、から説明します。トヨタは日本企業の中で売上規模最大の製造業なので、全企業のベンチマークとして最初に選びました。新日鐵住金は、重厚長大の設備型企業ということで、資本生産性(特に大型設備投資による有形固定資産)が他業種に比べてどれくらい悪いかが知りたかったために選びました。セブン&アイとイオンは、製造業に比較して、労働集約的な流通小売業でありながら、大型店舗(ショッピングモール)への設備投資のバランスがどうなっているのかを知りたかったので選びました。サービス業は、ズバリ労働集約的でかつ大型設備投資が不要であろうとの仮説から選びました。さらに、固定資産構成として、有形固定資産と無形固定資産ならばIT投資を含め、後者に大きくバランスがかたむいているだろうとの着眼点もありました。それぞれ、3業種、6社、筆者なりの相対的な業種別の特徴が出るとの仮説を持ってセレクトしました。しかしながら、最初にネタばらしします。ものの見事に、筆者の予想は裏切られることに相成りました。

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■ 3業種、6社の基礎数値を確認する

それでは、6社の「生産性分析」基礎数値を、FY2014決算から抽出します。ちなみに、それぞれ、決算月は、3月、2月、12月と最大3ヶ月ズレていることは最初にお知らせしておきます。さらに、生産性を示す成果としては、定義があいまいな「付加価値」ではなく、「売上高(営業収益)」および「営業利益」を使用しています。

実際に財務数値を見て頂く前に、財務分析における「生産性」は下記の計算式によるものであることを明示しておきます。

生産性 = (売上高 or 営業利益) ÷ 固定資産

いったん、成果を「売上高」とすると、

生産性 = 固定資産回転数 = 資本生産性
    = 売上高 ÷ 固定資産
    = (売上高 ÷ 人員)×(人員 ÷ 固定資産)
    = 1人当たり売上高 × 労働装備率(逆数)
    = 労働生産性 × 労働装備率(逆数)

という式展開が可能になります。

これを営業利益とすると、

生産性 = 固定資産営業利益率 = 資本利益率
    = 営業利益 ÷ 固定資産
    = (営業利益 ÷ 人員)×(人員 ÷ 固定資産)
    = 1人当たり営業利益 × 労働装備率(逆数)

という式展開が可能になります。

では、実際に、6社の数値を見てみましょう(なんと、前置きが長い、、、)。

財務分析(入門編)_業種別生産性比較_FY14

スマホユーザの方には数字が小さくしか見えないかも。できればPC画面で確認してみてください。また、トヨタ自動車の「無形固定資産」と「のれん」の表示が無いことが少々気持ち悪いかもしれません。これはトヨタの有価証券報告書の注記できちんと説明されているのですが、トヨタにとって、この2つの数字は経営上大きなインパクトが無いため、開示が無いのです。会社が開示していないものを外部から分析することはできません。

[決定版] 新・ほんとうにわかる経営分析

■ 3業種、6社の売上高基準の「生産性」を比較してみる

まず、「固定資産回転数」から。会社が事業を営むにあたって準備した有形無形の投資がどれだけの売上を稼いでいるか。トヨタの2.76回をベンチマークに、新日鐵住金:2.08回、セブン&アイ:2.53回、イオン:2.24回とここまでは平常値。しかし、リクルート:3.60回と上振れ、楽天:1.14回と下振れ。流通大手の2社は、すでに典型的な労働集約的な小売業の側面から、大型ショッピングモール、大型流通設備への投資から稼いでいる側面が垣間見られました。ほぼ日本を代表する製造業と同レベルの資本生産性。そして、サービス業はまだまだ労働集約的であろうとの仮説から、サービス2社は共に、大きく固定資産回転数が上振れると思いきや楽天が断トツ最下位。これは見事に予想が外れました。

財務分析(入門編)_業種別生産性比較グラフ_FY14

流通最大手2社は、売上高、固定資産は同レベルですが、セブンの方が営業利益が約3倍で、人員数は2分1弱。セブンがイオンより資本を3倍効率的に利益につなげ、人の使い方は、売上ベースで約2倍、営業利益ベースで約5倍も効率がよいことを示しています。これは業種特性より企業間の販売戦略の違いを示しています。設備投資も人材活用もセブンの方が相対的に有効活用度が高いという結果となりました。

そして、楽天が、製造業並の「労働装備率」:44.83百万円/人を示していることが、これまでのサービス業に対する常識を覆しました。通常は流通・サービスはこの労働装備率が低いのが常識で、それは、セブン&アイ:16.07百万円/人、イオン:7.41百万円/人、リクルート:10.99百万円/人。そこで、楽天の労働装備のされ方、つまり固定資産の中身をもう少し細かく見ていくことにします。

財務分析(入門編)_業種別固定資産回転数比較グラフ_FY14

すると、楽天に関し、固定資産構成を解析してみて分かったことがあります。それは今回の他5社との相対比較で「のれん」の影響額が圧倒的に大きいこと。楽天はその売上獲得力に「のれん」が大きく貢献していることが分かりました。それは、「労働装備率」の「全固定資産ベース」と「のれんを除く固定資産ベース」の開き具合で明白になります。

トヨタ:1倍(全資産÷のれん除く資産)※トヨタは無形固定資産そのものが開示されていない
新日鐵住金:1.02倍
セブン&アイ:1.14倍
イオン:1.07倍
リクルート:2.50倍
楽天:3.25倍

リクルートも積極的に海外M%Aを展開しており、比較的「のれん」の影響額が大きいのですが、楽天は優にその上を行っています。ここで、「のれん」の内容について今一度考える必要があります。そもそも、典型的な「のれん」発生のメカニズムは、他社・他事業をM&Aで買収する際に、被買収企業のB/Sを公正価値(簡単に言うと時価)で再評価した金額と、実際にその事業・企業取得に支払った金額の差異を意味します。つまり、簿外(現行の会計基準では貸借対照表に計上できない)のブランド価値、人材価値、保有技術価値、顧客との関係性価値、その他の無形の価値にお金を支払ったということ。こういうブランドや人材・技術価値で装備された楽天の従業員は、1人当たり売上高では、トヨタ、新日鐵住金に次いで3位の51.06百万円/人も稼いでいるということ。「のれん」という名目ですが、うまく労働装備率をあげて、それを売上・利益につなげているということです。

財務諸表分析(第6版)

■ 「のれん」の大型化、定期償却なしが従来の「生産性」分析の息の根を止めました

従来の「生産性分析」は、経営資源として、「ヒト」に注目して「労働生産性」、「モノ」に注目して「資本生産性」を相手に分析・比較をしてきました。

① 企業のM&Aが活発になり、ヒトでもない、設備でもない「のれん」という資産価値を新たに分析対象にする必要がある
② 会計基準の違いにより、「のれん」額の適切な企業間比較が困難になっている
 (日本基準は20年以内の均等償却、IFRSは定期償却なしで減損テスト対象)

筆者の持論は、「のれん」は定期償却されるべし、なのですが、それはここにも理由があります。「のれん」を定期償却しないということは、買収事業(企業)のリソースを活用してビジネスを継続していった際に、買収当時の超過収益力が次第に失われていって、事後に収益力を維持するための支出が行われた場合、「自家創設のれん」として、「のれん」額を従前通り維持してしまいます。一方で、同様の事業をオーガニックグロースで継続している企業は、持続的な超過収益力維持のための支出は全額、期間費用としてP/Lに表出してしまうという比較困難性があるからです。

つまり、「のれん」ある限り、昔懐かしの「労働生産性」だ「資本生産性」だと言っていた「生産性分析」はもう有効な分析手法ではなくなったということなのです。これは、マクロ経済学にも同様のことが言えます。

マクロ経済学でも生産性を分析する手法があり、というより管理会計がこちらの手法を取り入れてきたので、経済学の方が本家なのですが、

生産性 ≡ 労働生産性 + 資本生産性 + 全要素生産性(TFP:total factor productivity)

と表現し、労働力の追加、資本の追加では説明できない生産性の改善を、TFPと呼んで、帳尻を合わせているのです。TFPは、技術革新による説明できない生産性の向上や評価する際の為替レートなどのブレなどから計算される受け身な数字に過ぎません。もはや、財務分析における「のれん」は、経済学におけるTFPとなったわけです。

企業分析入門 第2版

■ 営業利益ベースの「生産性」分析も見ておきましょう

利益ベースの業種間、企業間の比較は、売上(収益)より、差異がよりビビッドに表出します。

財務分析(入門編)_業種別固定資産利益率比較グラフ_FY14

1人当たり営業利益について、ベンチマークたるトヨタが、6.4百万円/人なのに対し、上から順番に、
① 楽天:9.03百万円/人
② リクルート:3.73百万円/人
③ 新日鐵住金:3.49百万円/人
④ セブン&アイ:2.32百万円/人
⑤ イオン:0.38百万円/人
となっており、トヨタを上回っているのが楽天1社で、しかも数字は断トツです。

ここで面白いのは、固定資産営業利益率が、トヨタ:29.56%、楽天:20.25%と、他指標に比べればほぼ同程度ですが、労働装備率が、トヨタ:21.62百万円/人、楽天:44.83百万円/人と、楽天が2倍の装備率で、1人当たり営業利益の稼ぎが1.4倍になっていること。

このことは、企業が何をもって利益を稼いでいるか、貸借対照表に計上されている有形無形固定資産だけでは、正確に評価できないことを意味しています。先述の、簿外資産の有効活用が企業の収益性、生産性の分水嶺となるという事実です。トヨタは、無形資産(のれん含む)はさほど金額的重要性はないとディスクローズせず、楽天は積極的なM&Aで「のれん」がB/Sにタンマリ計上されている。これでは、業種・企業間で横並びの従来通りの「生産性分析」は完全に息の根を止められた、と言っても過言ではないでしょう。これは、分子となる成果を「付加価値」としても同じです。生産効率を計算する分母の数字の方の問題なのですから。

企業分析シナリオ (BEST SOLUTION)

財務諸表分析の限界を知って、なおも財務諸表を使った計数管理や企業分析をする。分かった上で実践する分析、それも大事なことだと思います。今回の実践編は目からうろこでしたか、それとも狐につままれた感でいっぱいですか? まあ、無難なのは、誰かの企業分析レポートで、「生産性分析」ときたら、こういう数字のカラクリと、財務諸表分析の限界・有効性を心得ておく。それで十分でしょう。

財務分析(入門編)_生産性分析(2)業種別生産性分析 - 製造業・流通業・サービス業の生産性を比較してみる!

日本経済の生産性分析―データによる実証的接近

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生産性分析(2)業種別生産性分析 - 製造業・流通業・サービス業の生産性を比較してみる!http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/03/9313ed6460f7d58b8e62d9b27fdfc19d-e1428166718340.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/03/9313ed6460f7d58b8e62d9b27fdfc19d-150x150.jpg小林 友昭財務分析(入門編)財務分析,TFP,のれん,生産性分析,資本生産性,労働生産性,労働装備率,固定資産回転数,固定資産営業利益率,簿外資産,知的資産,全要素生産性■ 「業種別生産性比較」といったって、闇雲にセレクトしていません! 前回は、「生産性分析」について、理論的背景を中心に説明しました。実践が伴っての理論と筆者は考えますので、今回は、3つの業種、1業種2社の6社(トヨタ、新日鐵住金、セブン&アイ、イオン、リクルート、楽天)のFY2014決算から生産性を比較分析してみます。 まず、どうしてこの6社なのか、から説明します。トヨタは日本企業の中で売上規模最大の製造業なので、全企業のベンチマークとして最初に選びました。新日鐵住金は、重厚長大の設備型企業ということで、資本生産性(特に大型設備投資による有形固定資産)が他業種に比べてどれくらい悪いかが知りたかったために選びました。セブン&アイとイオンは、製造業に比較して、労働集約的な流通小売業でありながら、大型店舗(ショッピングモール)への設備投資のバランスがどうなっているのかを知りたかったので選びました。サービス業は、ズバリ労働集約的でかつ大型設備投資が不要であろうとの仮説から選びました。さらに、固定資産構成として、有形固定資産と無形固定資産ならばIT投資を含め、後者に大きくバランスがかたむいているだろうとの着眼点もありました。それぞれ、3業種、6社、筆者なりの相対的な業種別の特徴が出るとの仮説を持ってセレクトしました。しかしながら、最初にネタばらしします。ものの見事に、筆者の予想は裏切られることに相成りました。 会計士とアナリストの視点でみる! 財務分析マニュアル ■ 3業種、6社の基礎数値を確認する それでは、6社の「生産性分析」基礎数値を、FY2014決算から抽出します。ちなみに、それぞれ、決算月は、3月、2月、12月と最大3ヶ月ズレていることは最初にお知らせしておきます。さらに、生産性を示す成果としては、定義があいまいな「付加価値」ではなく、「売上高(営業収益)」および「営業利益」を使用しています。 実際に財務数値を見て頂く前に、財務分析における「生産性」は下記の計算式によるものであることを明示しておきます。 生産性 = (売上高 or 営業利益) ÷ 固定資産 いったん、成果を「売上高」とすると、 生産性 = 固定資産回転数 = 資本生産性     = 売上高 ÷ 固定資産     = (売上高 ÷ 人員)×(人員 ÷ 固定資産)     = 1人当たり売上高 × 労働装備率(逆数)     = 労働生産性 × 労働装備率(逆数) という式展開が可能になります。 これを営業利益とすると、 生産性 = 固定資産営業利益率 = 資本利益率     = 営業利益 ÷ 固定資産     = (営業利益 ÷ 人員)×(人員 ÷ 固定資産)     = 1人当たり営業利益 × 労働装備率(逆数) という式展開が可能になります。 では、実際に、6社の数値を見てみましょう(なんと、前置きが長い、、、)。 スマホユーザの方には数字が小さくしか見えないかも。できればPC画面で確認してみてください。また、トヨタ自動車の「無形固定資産」と「のれん」の表示が無いことが少々気持ち悪いかもしれません。これはトヨタの有価証券報告書の注記できちんと説明されているのですが、トヨタにとって、この2つの数字は経営上大きなインパクトが無いため、開示が無いのです。会社が開示していないものを外部から分析することはできません。 新・ほんとうにわかる経営分析 ■ 3業種、6社の売上高基準の「生産性」を比較してみる まず、「固定資産回転数」から。会社が事業を営むにあたって準備した有形無形の投資がどれだけの売上を稼いでいるか。トヨタの2.76回をベンチマークに、新日鐵住金:2.08回、セブン&アイ:2.53回、イオン:2.24回とここまでは平常値。しかし、リクルート:3.60回と上振れ、楽天:1.14回と下振れ。流通大手の2社は、すでに典型的な労働集約的な小売業の側面から、大型ショッピングモール、大型流通設備への投資から稼いでいる側面が垣間見られました。ほぼ日本を代表する製造業と同レベルの資本生産性。そして、サービス業はまだまだ労働集約的であろうとの仮説から、サービス2社は共に、大きく固定資産回転数が上振れると思いきや楽天が断トツ最下位。これは見事に予想が外れました。 流通最大手2社は、売上高、固定資産は同レベルですが、セブンの方が営業利益が約3倍で、人員数は2分1弱。セブンがイオンより資本を3倍効率的に利益につなげ、人の使い方は、売上ベースで約2倍、営業利益ベースで約5倍も効率がよいことを示しています。これは業種特性より企業間の販売戦略の違いを示しています。設備投資も人材活用もセブンの方が相対的に有効活用度が高いという結果となりました。 そして、楽天が、製造業並の「労働装備率」:44.83百万円/人を示していることが、これまでのサービス業に対する常識を覆しました。通常は流通・サービスはこの労働装備率が低いのが常識で、それは、セブン&アイ:16.07百万円/人、イオン:7.41百万円/人、リクルート:10.99百万円/人。そこで、楽天の労働装備のされ方、つまり固定資産の中身をもう少し細かく見ていくことにします。 すると、楽天に関し、固定資産構成を解析してみて分かったことがあります。それは今回の他5社との相対比較で「のれん」の影響額が圧倒的に大きいこと。楽天はその売上獲得力に「のれん」が大きく貢献していることが分かりました。それは、「労働装備率」の「全固定資産ベース」と「のれんを除く固定資産ベース」の開き具合で明白になります。 トヨタ:1倍(全資産÷のれん除く資産)※トヨタは無形固定資産そのものが開示されていない 新日鐵住金:1.02倍 セブン&アイ:1.14倍 イオン:1.07倍 リクルート:2.50倍 楽天:3.25倍 リクルートも積極的に海外M%Aを展開しており、比較的「のれん」の影響額が大きいのですが、楽天は優にその上を行っています。ここで、「のれん」の内容について今一度考える必要があります。そもそも、典型的な「のれん」発生のメカニズムは、他社・他事業をM&Aで買収する際に、被買収企業のB/Sを公正価値(簡単に言うと時価)で再評価した金額と、実際にその事業・企業取得に支払った金額の差異を意味します。つまり、簿外(現行の会計基準では貸借対照表に計上できない)のブランド価値、人材価値、保有技術価値、顧客との関係性価値、その他の無形の価値にお金を支払ったということ。こういうブランドや人材・技術価値で装備された楽天の従業員は、1人当たり売上高では、トヨタ、新日鐵住金に次いで3位の51.06百万円/人も稼いでいるということ。「のれん」という名目ですが、うまく労働装備率をあげて、それを売上・利益につなげているということです。 財務諸表分析(第6版) ■ 「のれん」の大型化、定期償却なしが従来の「生産性」分析の息の根を止めました 従来の「生産性分析」は、経営資源として、「ヒト」に注目して「労働生産性」、「モノ」に注目して「資本生産性」を相手に分析・比較をしてきました。 ① 企業のM&Aが活発になり、ヒトでもない、設備でもない「のれん」という資産価値を新たに分析対象にする必要がある ② 会計基準の違いにより、「のれん」額の適切な企業間比較が困難になっている  (日本基準は20年以内の均等償却、IFRSは定期償却なしで減損テスト対象) 筆者の持論は、「のれん」は定期償却されるべし、なのですが、それはここにも理由があります。「のれん」を定期償却しないということは、買収事業(企業)のリソースを活用してビジネスを継続していった際に、買収当時の超過収益力が次第に失われていって、事後に収益力を維持するための支出が行われた場合、「自家創設のれん」として、「のれん」額を従前通り維持してしまいます。一方で、同様の事業をオーガニックグロースで継続している企業は、持続的な超過収益力維持のための支出は全額、期間費用としてP/Lに表出してしまうという比較困難性があるからです。 つまり、「のれん」ある限り、昔懐かしの「労働生産性」だ「資本生産性」だと言っていた「生産性分析」はもう有効な分析手法ではなくなったということなのです。これは、マクロ経済学にも同様のことが言えます。 マクロ経済学でも生産性を分析する手法があり、というより管理会計がこちらの手法を取り入れてきたので、経済学の方が本家なのですが、 生産性 ≡ 労働生産性 + 資本生産性 + 全要素生産性(TFP:total factor productivity) と表現し、労働力の追加、資本の追加では説明できない生産性の改善を、TFPと呼んで、帳尻を合わせているのです。TFPは、技術革新による説明できない生産性の向上や評価する際の為替レートなどのブレなどから計算される受け身な数字に過ぎません。もはや、財務分析における「のれん」は、経済学におけるTFPとなったわけです。 企業分析入門 第2版 ■ 営業利益ベースの「生産性」分析も見ておきましょう 利益ベースの業種間、企業間の比較は、売上(収益)より、差異がよりビビッドに表出します。 1人当たり営業利益について、ベンチマークたるトヨタが、6.4百万円/人なのに対し、上から順番に、 ① 楽天:9.03百万円/人 ② リクルート:3.73百万円/人 ③ 新日鐵住金:3.49百万円/人 ④ セブン&アイ:2.32百万円/人 ⑤ イオン:0.38百万円/人 となっており、トヨタを上回っているのが楽天1社で、しかも数字は断トツです。 ここで面白いのは、固定資産営業利益率が、トヨタ:29.56%、楽天:20.25%と、他指標に比べればほぼ同程度ですが、労働装備率が、トヨタ:21.62百万円/人、楽天:44.83百万円/人と、楽天が2倍の装備率で、1人当たり営業利益の稼ぎが1.4倍になっていること。 このことは、企業が何をもって利益を稼いでいるか、貸借対照表に計上されている有形無形固定資産だけでは、正確に評価できないことを意味しています。先述の、簿外資産の有効活用が企業の収益性、生産性の分水嶺となるという事実です。トヨタは、無形資産(のれん含む)はさほど金額的重要性はないとディスクローズせず、楽天は積極的なM&Aで「のれん」がB/Sにタンマリ計上されている。これでは、業種・企業間で横並びの従来通りの「生産性分析」は完全に息の根を止められた、と言っても過言ではないでしょう。これは、分子となる成果を「付加価値」としても同じです。生産効率を計算する分母の数字の方の問題なのですから。 企業分析シナリオ (BEST SOLUTION) 財務諸表分析の限界を知って、なおも財務諸表を使った計数管理や企業分析をする。分かった上で実践する分析、それも大事なことだと思います。今回の実践編は目からうろこでしたか、それとも狐につままれた感でいっぱいですか? まあ、無難なのは、誰かの企業分析レポートで、「生産性分析」ときたら、こういう数字のカラクリと、財務諸表分析の限界・有効性を心得ておく。それで十分でしょう。 日本経済の生産性分析―データによる実証的接近現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します