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ソフトバンクのアーム買収に伴う資金調達戦略の顛末(後編)巧妙なエクイティファイナンスが呼び込んだ波紋とは? 日本経済新聞まとめ

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■ ソフトバンクの巨額買収劇を支える手練れの資金調達戦略とは?

経営管理会計トピック

本稿は、ソフトバンクによる英アーム・ホールディングス買収に伴う買収資金調達の様子を筆者ならではの視点でキュレーションさせて頂いたものです。前回は「ハイブリッド債」 によるデッドファイナンスを中心にまとめてきましたが、後編では、既存株主への影響を最小限に留めるべく、ソフトバンクがどのような手を打ったか、エクイティ・ファイナンス面での配慮について見ていきたいと思います。

⇒「ソフトバンクのアーム買収に伴う資金調達戦略の顛末(前編)奇手を使ったデッドファイナンスは成功した!? 日本経済新聞まとめ

まずは、子会社からの配当金還流の税務へのインパクトの大きさについての記事から。

2016/8/31付 |日本経済新聞|電子版 ソフトバンク、税負担350億円増 今期、子会社から配当で

「ソフトバンクグループの2017年3月期の連結決算(国際会計基準)で、約350億円の法人税負担押し上げ要因が発生した。完全子会社からの2兆円超の配当金受け取り決定によるもの。9月5日に完了予定の英半導体設計アーム・ホールディングス買収に備えた資金還流とみられる。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

シンガポール子会社、SBチャイナ・ホールディングスが、8月22日に、親会社に対する2兆3728億円の配当支払いを決めました。これは、ソフトバンクグループ内の資金移動のため、連結決算上の税引前利益には影響を及ぼしません。しかし、同社の法人税負担の増加は純利益額(すなわち税引後利益)の圧縮要因となります。同社は業績見通しの公表を中断しているため、今期の純利益見通しも示されていないのですが、上記の350億円は前期の純利益の7%に相当する規模になります。

このトピックには2つのポイントがあります。

① グループ内の資金移動は、エクイティ・ファイナンスと呼べるのか?
② グループ内の資金移動は、株主の利益に対する影響があるのか?

まず①の「子会社からの配当金還流はエクイティ・ファイナンスと呼べるのか?」。

最初に「外国子会社配当益金不算入制度」の復習から。これは、親会社が外国子会社から受け取る配当を益金不算入(課税所得に加えないこと)とする制度で、

・対象となる外国子会社は、内国法人の持株割合が25%(租税条約により異なる割合が定められている場合は、その割合)以上で、保有期間が6月以上の外国法人
・外国子会社から受け取る配当の額の95%相当額を益金不算入(配当の額の5%相当額は、その配当に係る費用として益金に算入)

財務省|外国子会社配当益金不算入制度の概要 より)

という要件があり、今回のSBチャイナ・ホールディングスからの配当金の内、課税対象は5%となり、ソフトバンクの16年度の法人税実効税率29.97%を掛けると、法人税負担が355億円増える試算になるということです。

一般的には、エクイティ・ファイナンスとは、新規に株式発行を行い、社外から資金流入を呼び込むことと理解されていますが、社内に積み上がった内部留保を使うことも、広義のエクイティ・ファイナンスと呼んでも問題ないと思います。なぜかと言いますと、内部留保は、本来なら株主に配当や自己株償却などで還元すべきお金を、一旦会社内でお預かりしている状態の資金だからです。株主のお金をつかうことについて、新規の株主からか、既存の株主からかの違いがあるだけ、という見方です。まあ、既存株主が新株発行に応えた場合は? という意地悪な質問はお控えください。(^^;)

次に②の「子会社からの配当金還流は既存株主の利益に影響するか?」。

トラッキングストック等、種類株式が発行されている等、特殊なことがない限り、ソフトバンクの株主は、連結財務諸表を見て、ソフトバンクの企業価値を算定します。連結決算対象企業のグループ間の資金移動が、法人税支払いという社外流出を招く、ということは、この分だけ株主利益を損なうことを意味します。つまり、SBチャイナ・ホールディングスに積み上がっていた内部留保を今回のアーム・ホールディングス買収資金として使用するために、日本国内に移動させる手数料を日本国政府に支払う形になるので、その分が既存株主にとっての株主価値マイナス評価となります。

これは、ソフトバンクが既存株主価値の毀損をなによりも回避したいはずなのですが、不可避的に起きてしまうデメリットで、日本に資金移動する以外にいいやり方が無かったのか、その他に意図があるのか、それは内部の財務担当者のみが知るところなのです。

 

■ そこまでやるか? 既存株主価値の毀損回避への奇策とは!?

前章で触れた、既存株主の不利益を回避することをソフトバンクが最大限考慮している点について、他の財務的施策も講じられている、そういうお話の紹介です。

2016/9/14付 |日本経済新聞|朝刊 ソフトバンク、アリババ株売却益の7割を3年後計上 派生商品を活用 株価への影響回避

「ソフトバンクグループの中国・アリババ集団株の売却益のうち、7割は計上が3年後の2020年3月期になることが分かった。計上額は最大5000億円の見込み。金融派生商品を組み込んだ手法を用いたため、会計上の利益が出るまで時間差が生じる。一度に市場に出回る株数を減らし、アリババの株価への影響を和らげる狙いがある。」

(下記は、同記事添付の「ソフトバンクの資金調達の流れ」を引用)

ソフトバンクの資金調達の流れ

ソフトバンクは、アーム買収資金ねん出のため、アリババ株を活用し、100億ドル(約1兆円)を調達しました。その手法は大きく2つの取引に区別されます。

(1)アリババ自身やシンガポールの政府系ファンドなどへの直接売却
 ソフトバンクは34億ドル分を売却し、16年4~6月期に売却益を約2000億円計上

(2)アリババの米預託証券(ADR)に強制転換する機関投資家向けの社債66億ドルを発行
 ソフトバンクはすでに同額の現金を手にしたが、売却益の計上は3年後の20年3月期になる見通し

このような複雑な仕組みを併用したのは、直接的にはアリババ株の需給へ配慮し、アリババの既存株主価値の低下を防ぐのが最大の理由ですが、その効果が発現する先は3つの経路を通じてのことになります。

① 一般投資家に一度に大量にアリババ株を売却すると市場での需給が緩み、十分な売却益が得られないケースが発生するのを防止するため、一分をADRに振り分け(→売却価格の高値維持)

② さらにADRの価格下落も恐れ、強制転換社債を発行することで、ADR評価額の高値維持を図る

本記事によりますと、
「社債は年率5.75%の利息が付き、3年後にアリババのADRに転換する。その際のADR数はニューヨーク証券取引所でのADR価格に応じて決まる仕組みだ。転換比率に上限・下限が設けてあるため、売却益は4000億~5000億円程度になる見込み。
 ソフトバンクは、この強制転換社債を発行する特別目的会社(SPC)を設けた。ソフトバンクの子会社が、SPCとの間で3年後にアリババ株を受け渡す契約を結んでおり、このタイミングでソフトバンクが株式売却益を認識する。」

ADRの価値は最長3年後の転換比率で決まります。一度に市中で株式を現金化すると、供給過多になり、市中から得られる現金が減額されることを恐れて、時間差をつけることにしました。しかし、ソフトバンクとしては、SPCからは、既に現金を手にした上で、価値下落のリスクをSPCに移転(もっと言うと、SPCと取引する投資家に移転)するという巧妙なやり口です。

持ち分法適用会社としてのアリババ株の保有株式価値を維持
「一連の手続きが全て終了しても、ソフトバンクは27%を持つ大株主で、アリババは持ち分法適用会社にとどまる。アリババの株価が下がれば、ソフトバンク自体の企業価値低下にもつながる。」

ここまで、ソフトバンクの財務部門の巧妙なアーム買収資金調達の一端を見てきましたが、最大限の配慮がなされていると見受けられるのは株主価値の希薄化回避です。しかし、株式売却益の計上タイミングを調節したり、市中に出回る現物株の量を調節したりしても、ソフトバンク本体が得られる現金と、アーム買収に支払う現金量は既知です。表面的な会計的期間損益の大小だけで、投資家の全てが企業価値算定(→株価算定)していると見られているとしたら、投資家もなめられたもんです。

ソフトバンクのお財布の中を出入りしているキャッシュのイン・アウトのフローと現在有り高が分かれば、後はアーム買収が将来キャッシュフローの増減にどれだけ影響するかの試算をすれば、自ずと株主価値(適正株価)は出てきます。まあ、ソフトバンクの財務担当者は、そこまで分かってこれらの方策を採用しているはずですので、なおさらたちが悪い、おっと筆が滑りました、すべてを見通しての株価維持政策を採用されていることになります。投資家の方ももっと賢くならねば。。。

 

■ (蛇足)ソフトバンクのアーム買収の規模の大きさの再確認

ほぼ、前章で言いたいことは伝えきりましたが、本件、まだトピックが残っています。

2016/10/4付 |日本経済新聞|朝刊 ソフトバンクの巨額買収、国際収支揺らす?

「ソフトバンクグループによる英半導体設計アーム・ホールディングス買収が、海外とのモノやサービスなどの取引状況を示す国際収支統計を大きく揺らす可能性がある。8月は海外子会社から買収資金を取り込んだことで2兆円超の経常収支の黒字要因が生じたもようだ。
 ソフトバンクは8月、買収資金に充てる狙いでシンガポール子会社から2兆3728億円の配当金を受け取った。海外企業からの配当金などを含む「第1次所得収支」の黒字として扱われる。同収支の月次の黒字額は2015年3月の2兆3314億円が過去最高。今回のソフトバンクによる配当金の受取額はこれを上回る規模だ。」

第1次所得収支とは経常収支の構成要素のひとつです。(以下、財務省|用語の解説より)

経常収支 = 貿易・サービス収支 + 第一次所得収支 + 第二次所得収支

・貿易収支: 財貨(物)の輸出入の収支
・サービス収支:
    輸送:国際貨物、旅客運賃の受取・支払
    旅行:訪日外国人旅行者・日本人海外旅行者の宿泊費、飲食費等の受取・支払
    金融:証券売買等に係る手数料等の受取・支払
    知的財産権等使用料:特許権、著作権等の使用料の受取・支払
・第一次所得収支:対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支
・第二次所得収支:居住者と非居住者との間の対価を伴わない資産の提供に係る収支
    官民の無償資金協力、寄付、贈与の受払等

8月のSBチャイナ・ホールディングスからの受取配当金は、第一次所得収支に数えられ、それを含む経常収支を黒字化するプラスに影響します。一方で、9月にソフトバンクが英アーム・ホールディングスの旧株主へ買収資金3兆3000億円の支払いを完了しました。この9月の国際収支では、企業買収などの資金移動を表す「金融収支の直接投資」の黒字要因としてカウントされ、経常収支の反対側に出てきます。日経新聞では、

「9月の国際収支では、企業買収などの資金移動を表す「金融収支の直接投資」の黒字要因としてカウントされる。経常収支には直接の影響は出ない見通しだ。」

とありますが、「直接の影響は出ない」ではなく、恒等式の左辺と右辺の関係なので、もうちょっと正確に報道してほしいと思います。

経常収支 + 資本移転等収支 = 金融収支

・資本移転等収支:
    対価の受領を伴わない固定資産の提供、債務免除のほか、非生産・非金融資産の取得処分等の収支
・金融収支:
    直接投資、証券投資、金融派生商品、その他投資及び外貨準備の合計
    金融資産にかかる居住者と非居住者間の債権・債務の移動を伴う取引の収支

 

■ ソフトバンクによるダメ押しの株主対策

ソフトバンクの財務担当者はこれでもかと畳み込むように財務戦略(主に株主対策)を採っています。

2016/10/8付 |日本経済新聞|朝刊 ソフトバンク、金庫株1億株を消却 発行済み株式の8.33% 希薄化懸念の払拭狙う

「ソフトバンクグループは7日、保有する自社株(金庫株)1億株を31日付で消却すると発表した。発行済み株式数の8.33%に相当し、7日の時価総額で換算すると約6500億円にあたる。市場への売り出しや自社株を対価にしたM&A(合併・買収)など外部への放出に伴う希薄化懸念を、消却により払拭する狙いがあったようだ。」

これまでの経緯を記事よりまとめると、

① 今年2~8月に5000億円分、8514万株の自社株買いを実施
② 9月末時点で発行済み株式数の9.30%相当の自社株を保有していた
③ 今回の消却で保有比率は1.06%に低下

これは、ソフトバンクが6月末時点でグループ連結で12兆円の有利子負債を抱えていたことに加え、英半導体設計アーム・ホールディングスの買収で負債水準はさらに高まったことに対する先手を打った感じです。というのは、格付け悪化回避のため、D/Eレシオ改善を企図して、株式市場で「自社株の売り出しによる資金調達を警戒する」声が出ていたことへの対応策だからです。

どこまでも投資家の先を行くソフトバンクの財務担当者の知恵。これを吉としてソフトバンク株を安心して買うか、警戒して手を出さないか、それはあなた自身の自分ポートフォリオ次第です。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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