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ソフトバンクのアーム買収に伴う資金調達戦略の顛末(前編)奇手を使ったデッドファイナンスは成功した!? 日本経済新聞まとめ

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ ソフトバンクの巨額買収劇を支える手練れの資金調達戦略とは?

経営管理会計トピック

本稿は、ソフトバンクによる英アーム・ホールディングス買収に伴う買収資金調達の様子を筆者ならではの視点でキュレーションさせて頂いたものです。これでおしまいとはならず、まだ年内の社債発行予定枠が残っているのですが、記憶が新しいうちに、2016年10月初旬までの動向を一旦まとめます。

まず、ハイブリッド債の1兆円起債から巧妙な作戦が報道され始めます。

2016/8/2付 |日本経済新聞|朝刊 ソフトバンク1兆円起債 アーム買収資金 財務改善も狙う

「ソフトバンクグループは財務改善効果のある「ハイブリッド社債」を2016年度中に総額1兆円発行する。発行規模は国内企業では最大。調達資金は英半導体設計大手アーム・ホールディングスの買収資金3.3兆円の一部に充当する。成長資金を調達しつつ、財務改善も進める戦略だ。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

企業がM&A、新事業立ち上げや企業再生(いわゆるリストラなど)で新規に外部からお金を調達する方法は大別すると2つあります。

•エクイティ・ファイナンス:株式発行により資金を調達
•デット・ファイナンス:金融機関や投資家からお金を借り入れることで資金調達

このところ、ソフトバンクも含めて、この2種類の資金調達方法の「いいとこ取り」をする「ハイブリッド債」による資金調達が目立ってきました。

「ハイブリッド債」とは、形式的には社債として発行されますが、返済期限が長く、弁済順位も他債務に比べて後ろに回されること、時には会社都合(発行条件)で、繰上償還が可能だったりと、新株発行による1株利益(純資産)の希薄化を起こさずに擬似的なエクイティ・ファイナンスの効果が得られるものです。当然、その支払利息は、タックスシールドに活用され、会計上は負債に計上されるものの、格付会社からは一定額を資本扱いしてもらえる、発行企業にとっては大変ありがたいものです。

(参考)
⇒「資金調達戦線に異変あり(上)「ハイブリッド」花盛り(下)「超長期化」する社債 -マイナス金利が財務レバレッジで資本コスト低下を促す!
⇒「ソフトバンクのレバレッジ経営、アーム・ホールディングス買収を2重のキャッシュフローで読み解く!

上記の記事で明らかになったソフトバンクのハイブリッド債発行による資金調達スキームは次の通り。

① 秋に計5千億~8千億円規模を発行、残りを年度内にもう一度発行
② 5千億円は個人投資家向け
③ 償還までの満期は60年
④ 5年目以降なら会社側の判断で繰り上げ償還できる条件付き
⑤ 金利は年3%程度

 

■ ソフトバンクのデッドファイナンスから斬る!ハイブリッド債発行はこうして始まった!

まずは、ハイブリッド債の発行の顛末から。どうも機関投資家向けと、初となる個人投資家向けでは明暗を分けたようです。

2016/10/1付 |日本経済新聞|朝刊 ソフトバンクのハイブリッド債、機関投資家向け低調 個人向けは高利回りで人気

「ソフトバンクグループが「ハイブリッド債」と呼ばれる債券4000億円(25年債)を9月30日に発行した。事業会社の個人向けハイブリッド債は初めてで、高い利回りを背景に販売は順調だったようだ。対照的に先行して販売した機関投資家向けは当初3000億~5000億円程度を見込んだものの710億円の起債にとどまり、明暗が分かれた。」

(下記は同記事添付の「ソフトバンクのハイブリッド債(25年債)の仕組み」を引用)

20161001_ソフトバンクのハイブリッド債(25年債)の仕組み_日本経済新聞朝刊

機関投資家向けに、25年債と27年債の2本が発行されましたが、政府系金融機関(日本政策投資銀行:筆者調べ)が1行で710億円の半分近くを購入した以外は総じて慎重姿勢。

ソフトバンクグループ(株)が発行する英ARM社買収に関連した劣後債の取得について-「特定投資業務」を活用-|日本政策銀行

ここにある「特定投資業務」は、「競争力強化ファンド」を用いた投資となるのですが、このファンドは、2025年には何らかの形で精算しなければなりません。

それは、平成27年5月13日に制定された「株式会社日本政策投資銀行法の一部を改正する法律」に基づき、「平成32年度末までの間、地域活性化や企業の競争力の強化に特に資する出資等を集中的に実施し(特定投資業務)、平成37年度末までに当該業務を完了するよう努めることと」と記載されているからです。裏で密約があったか、日本政策銀行が今回の投資の出口戦略をどのように考えているか、それはまた別の問題。

一方で、個人向けの方は、機関投資家の需要の鈍さを受け、発行額を当初3500億円の予から500億円を増額しました。金利など発行条件を決める9月9日のわずか2日前の意思決定でしたが、12日の募集開始後1週間ほどで発行額の大方のメドは立つほどの盛況ぶり。個人投資家を惹きつけたのはその発行条件。

「当初5年間は年3%の固定利率で、その後はロンドン銀行間取引金利(LIBOR)に3.16~3.36%上乗せした変動金利に移行する。5年後に実際に繰り上げ償還されるとの前提なら3%という高い利回りは魅力的に映った。」

さあ、3兆3000億円を投じた英半導体設計アーム・ホールディングス買収後の資金手当てがこうして始まりました。

 

■ ソフトバンクのハイブリッド債購入に機関投資家が二の足を踏んだ理由とは?

2016/10/1付 |日本経済新聞|電子刊 ソフトバンク、売れない社債が示す教訓 証券部 竹内弘文

「ソフトバンクグループが新たな資金調達の手法で苦難に直面している。巨額買収後の資金手当てを見込んで9月に試みた新手法は債券市場の高い壁に阻まれ、当初想定したほどの資金を獲得できなかった。これまで携帯電話の割賦販売に伴う債権流動化や、個人向けの大型劣後債発行など様々な調達法に取り組み、成功させてきた。足元で買収により有利子負債が膨らむなか、財務戦略の重みはかつてなく増している。初めて「生みの苦しみ」を味わったソフトバンクは調達手段の練り直しを迫られる可能性がある。」

(下記は、同記事添付の「英アームの買収について説明するソフトバンクグループの孫社長」を引用)

20161006_英アームの買収について説明するソフトバンクグループの孫社長_日本経済新聞電子版

竹内氏の分析を以下にまとめます。

① ソフトバンクは、数年単位で大きな買収を仕掛けるような高リスク銘柄のため、3%程度の利回りでは投資できない
② ハイブリッド債の特殊な商品設計のため流動性が落ちる点が嫌気された

こうした意見の背景にある企業の資金調達戦略の鉄則について確認します。そもそも、債権市場は、ローリスク・ローリターンで、比較的短期(それでも数年単位)の資金調達をする場です。設備投資や新規事業立ち上げ資金など、長くても10年前後で回収の目処が立っている案件に対する資金調達方法。M&A資金としても、

「レバレッジド・バイアウト(LBO:Leveraged Buyout)」(WiKiより)
買収先の資産及びキャッシュフローを担保に負債を調達し、買収した企業の資産の売却や事業の改善などを買収後に行うことによってキャッシュフローを増加させることで負債を返済していく

という十分な担保能力と返済計画がしっかりしている案件だと、機関投資家も乗ってこやすくなります。

仮に、孫氏が「囲碁でいえば50手先の一手。分かる人にしか分かりません」と言うように、アーム・ホールディングス買収が中長期的な企業価値増大に資する投資というのなら、そういう中長期的なリスクを本来的に引き受けるのは、株式市場の方ではないかと思います。

ソフトバンクにとって、アーム買収によって手がけようとしている「IoT」市場は、ソフトバンクにとっても未知の領域。

「ソフトバンク幹部は「買収資金の調達手法として、1株利益が希薄化する増資は全く検討しなかった」と話すが、アーム買収後の展望を明確に示せるなら株式投資家の方が理解を得られやすかったのではないか。」

という指摘は、スプリント買収関連で、日本格付研究所(JCR)による格付けはギリギリ投資適格のトリプルBにまで下がった事情を配慮してのこと。マイナス金利という追い風に乗って、背に腹は代えられない奇手(ハイブリッド債による資金調達)に出ましたが、いささかソフトバンクの財務担当者にとっては誤算となりました。そこまで細やかな気遣いをしなくてはいけなかった株式市場。後編は、そのエクイティ・ファイナンスの事情を見ていきたいと思います。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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