■ 北野宏明氏と新井紀子氏に尋ねる。AI研究と生身の人間の教育のあるべき方向について
間髪入れず、日経新聞でAI研究の最先端を行く研究者から、このお二方よりありがたいお言葉を頂戴したので、僭越ながら筆者が再整理してお届けいたします。経済紙が日を置かず、連日AIを取り上げ続けるのは、ちょっと奇異ですが、世の中の盛り上がりに追随しようという心づもりはよく分かります。
2016/3/28付 |日本経済新聞|朝刊 (核心)たかが人工知能、されど… 人と異なる「知性」伸ばせ 編集委員 滝順一
「囲碁の次は何か。
「2050年までにノーベル賞級か、それ以上の科学的発見を行う人工知能(AI)を開発する」
ソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明所長が国内外の研究者に呼びかけている。
北野氏はかつて「サッカーの世界一チームに勝つロボットのチームをつくろう」と提案。自律ロボットのサッカー世界大会を創設し、AIやロボット研究の大きな潮流を生み出した中心人物だ。」
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「新提案は荒唐無稽にも思えるが、そうでもない。
米国ではAI技術を使って新素材開発を加速する国家プロジェクトが進行中だ。通称「マテリアルゲノム計画」。
「10~20年かかる新素材の実用化を半分に短縮できる」。先日、都内で開いたシンポジウムで、同計画のリーダー、米ノースウエスタン大学のピーター・ヴォーヒーズ教授は述べた。
耐熱性や導電性など望みの性能をもつ材料の組成や構造をコンピューターで割り出す。技術者の試行錯誤にAIが取って代わろうというのだ。
優れた素材技術は日本の産業競争力の源泉だ。ここで後れはとれないとばかり産業技術総合研究所など日本の研究機関が対抗策を急いでいる。」
面白いのは、生身の人間ができることをAIにやらせよう、または人間の能力をさらに強化したAIを作ろう、というアプローチではなく、AIが得意な方法、AIならではの方法で、人間ができない研究成果をAIであげようという点。
「どうやってAIは研究開発に取り組むのか。既知のデータや実例を多数学び、考え得る仮説をしらみつぶしにする。天才のひらめきなど求めない力業だ。「それで成功しているではないか」と北野氏は言う。
囲碁の名人に勝った米グーグルのAIは「深層学習」と「強化学習」の2つの手法を採用している。多数の盤面データを深層学習を使って類型化する。そして盤面のパターンをどう変えたら勝ちにつながるか、繰り返しコンピューター同士が対局し、強化学習で経験的に覚えさせる。
膨大なデータと訓練に基づく帰納的な学習法が根底にある。」
(下記は、同記事添付のAIの歴史と未来と題した年表を転載)
「AならB、BならCといった演繹(えんえき)的なやり方のAI開発は1980年代に行き詰まった。典型例は日本の「第5世代コンピューター計画」。人と自然な会話ができるAIを目指し、世界から注目されたが、挫折した。
深層学習に代表される新しいAIの手法は大きな潜在力を発揮しつつある。その一方で、限界もみえる。」
演繹法的アプローチのAI開発が1990年代に行き詰まり、現在は帰納法的アプローチによるAI開発が全盛となっており、ついに囲碁で人間を倒すまでに機能を向上させました。
⇒「人工知能、トップ棋士破る グーグル開発、囲碁で対戦 人の脳まねた学習威力」
⇒「健全な人工知能(AI)開発の進め方と「囲碁」AIの意外な弱点」
⇒「人工知能、囲碁でプロ破る グーグルが開発、自ら学習し性能向上」
■ 「深層学習」で力を伸ばすAIの将来に死角と限界はあるのか?
深層学習など、人間の脳を模したアーキテクチャーとベイズ統計学を駆使した現在のAIの開発の方向性。囲碁のトップ棋士を破るなど、進化も著しいものがありますが、本当に使えるAIになるためには、その前途には暗雲も立ち込めています。
「小説を書くAIの開発を目指す公立はこだて未来大学の松原仁教授らは21日に報告会を開いた。1万字程度の短い小説(ショートショート)のコンテスト「日経・星新一賞」に初挑戦した作品を公開したのだ。
入選は逃したものの、文章の意味は通っており十分に読める。この応募作の文章はコンピューターが自動的に生み出した。それ自体、大きな進歩だが、実は話の筋立てなどは人間が考えている。「AIが書いた」というより「AIで書いた」段階だ。AI作家の登場まで「道のりは遠い」と松原教授も認める。
碁と違うむずかしさは、学習させようにもどんな小説が優れているのか、評価手法がない点だ。勝ち負けがあいまいなのは苦手だ。不確実性や感性などが求められる世界でAIが活躍するにはまだハードルが高そうだ。」
⇒「人工知能で戦略組織 3省連携、企業と研究加速 -日本ならではの人工知能(AI)の開発戦略を考えてみる」
⇒「遺作「完結」、AIに期待 小松左京さんの作品データ提供 - もしかすると計量文献学にも革命が起きるかもしれない」
現在のAIは、ベイズ統計学の定理に従って、インプットデータを順に確率論的な統計処理によって、推論を進める技術で成り立っています。与件とそれを解決するための前提条件など、統計処理するためのパラメータを複数種類、事前に準備してあげないといけないし、そもそも統計処理する対象データを膨大に用意して、AIに喰わせてあげないといけないわけです。
「またいまはやりのAIには技術的な懸念もある。経験的に学ぶだけではどんなに精度を上げても、どこかで間違う可能性がある。ミスを犯した原因は外からうかがい知れず、いつ間違うかの予測もできない。AIが一種のブラックボックスだからだ。
だから、間違えると取り返しのつかない災厄をもたらすようなシステムの制御に今のAIを使うのは慎重であるべきだろう。」
統計的に膨大なデータを順々に処理して最適解を求めたとしても、どこまで行っても、与えた情報量の制約の中での統計的に確からしい解答にすぎず、大前提となる社会一般的な人間が一生の間に学習する情報量と質とは異なるデータで勝負しているため、常識知らずで、同時にAIを生み出した研究者ですら、どうしてAIがその答えを導いたか、個別事例では、ベイズの定理に従って、としか言えない状況なのです。
■ つまるところ、人間をまねるから限界が生じるのだ。AIはAIならではの進化の道がある!
そして到達した見解。
「AIは人間の頭脳に似た点もあれば、異なる面も多い。
これは見方を少し変えれば、人間に似せたAIをつくろうとすると道ははるかだが、人間をまねようとしなければ、話は別だということでもあるだろう。
囲碁や将棋などデモンストレーションの題材が身近なため、つい人間と比較しがちだ。しかしAIが実現する「知性」は人間とは違うと割り切った方が早道かもしれない。北野氏やグーグルには割り切りがみえる。その発想が強みだともいえる。
にわかのAIブームに対し「研究開発に行き詰まり感があるから」(中鉢良治・産総研理事長)と、冷静な見方もある。世界の企業や研究機関はイノベーションのネタ探しに血眼だ。」
AIに人間の知性を持たせようとするから限界が見えてくるのだ。AIにはAI独自の進化をしてもらおうという考え。
「周回遅れの感すらある日本が米国に追いつくにはどうしたらよいか。
学習するAIを追求するうえで、データ量がものをいうのは間違いない。病院の臨床記録から地図情報、ネット上の会話まで、目的に応じた大量のデータにアクセスできる状態にあってはじめてコンピューターの「知性」を育てられる。
社会にすでに蓄積された様々なデータを死蔵させたままではいけない。研究に活用できる適切なルールと環境が必要だ。さらに人工知能研究者と、個々の応用分野の連携も要る。マテリアルゲノムでいえば化学や材料の研究者らだ。
また「深層学習だけで何でもできるわけではない」(東京大学の松尾豊特任准教授)。先を見据えるなら、新たな技術を開発し組み合わせ、今のAIの限界を超える研究を構想すべきだ。」
そのAI独自の進化のための方法論は、現在の「深層学習」「機械学習」ブームの裏に隠れて、既に各研究者が独自に取り組んでいます。それは、同時に、AI全盛時代に、人間はどうあるべきか、どう教育されるべきかについても考えさせる契機となります。
そのお話は後編で。
⇒「人工知能(AI)の研究者2人に聞く! AI研究の方向性とこれからの教育について(後編)日経新聞より」
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