イチロー(2)努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。

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■ “努力”と“天才”の関係とは

努力せずに
何かできるようになる人のことを
「天才」というのなら、
僕はそうじゃない。
努力した結果、
何かができるようになる人のことを
「天才」というのなら、
僕はそうだと思う。
人が僕のことを、
努力もせずに打てるんだと思うなら、
それは間違いです。

(プロ野球選手、シアトル・マリナーズ会長付特別補佐 / 1973~)
——————–

ルネサンス期を代表する芸術家であり、それと同時に、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残した、「万能人」「万能の天才」と称されたレオナルド・ダ・ヴィンチ。意外に彼の素顔をする人は多くありません。交友関係以外の私生活に関する情報は後の世にほぼ伝えられていないのです。

これを、ダ・ヴィンチが徹底的な秘密主義だったか、それとも努力の天才で人知れず工房(または書斎、アトリエ)に一人で籠っていろいろな思索と創作に耽っていたと思われます。助手は複数人存在していましたが、彼らの口からダ・ヴィンチの私生活に関する暴露は皆無なので、あくまで推測なのですが、とてつもない熱量で、成果物のために、まさに寝食を忘れて没頭していたのでしょう。それでいて、公の場に出てくると、大変優雅な立ち居振る舞いで周囲の人を圧倒したとも言われています。

何でもできるから「天才」なのではないと思います。一生懸命に「努力」することで、できることが増えたり、仕事の出来栄えが見事であったりすることで、周囲から「天才」と評されるだけのことなのです。

「天才」は状態・性質ではなくて、行為・結果なのだと解します。

そうすると、偉大な記録を多く残したイチローも、練習量では群を抜いています。いわば、「努力の天才」とでもいえましょうか。この観点は、筆者自身の受験勉強時代の苦い思い出と共に、今でも胸の奥に秘めているもののひとつです。砂を食むように、無味乾燥な、無目的な受験勉強。モチベーションも低下し、目の前の問題を解く意義すら見いだせない毎日。ついには、「勉強しなさい」という母親の注意に対し、「俺は努力する才能がないから」と言い返した青臭い理屈。

そう考えると、イチローが淡々と毎日、練習を積み重ねているその精神状態に何が起きているのか、本当に努力の不天才の私としては真実を知りたいものです。

結局、大学の講義は2回生後期になれば、必修科目も終わり、好きな講座を自由に選択できるようになったので、そこから勉学にようやく励むようになりました。そして現在。趣味と化している管理会計については、誰からも強制されることなく、毎日のように修練を積むことは別段億劫でもなく、進んで(好んで)やるようになりました。好きなことはいつまでも時間をかけていられるのですね。

自分自身の経験から、

好きこそものの上手なれ

イチローも野球がとても好きなんだろうなあ~、ただ純粋に野球がやりたいだけなんだろうなあ~、と考えると、少しだけ、イチローと天才の関係が分かった気になりました。(^^;)

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