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■ 円安による財務体質の改善とは

経営管理会計トピック
円安が進行していることで、自己資本が増加し、設備投資やR&D投資への投資余力が高まる期待、との記事が出ました。

2014/12/28|日本経済新聞|朝刊
企業の自己資本、円安で20兆円増 上場企業、2年間で 日産やパナソニック、成長投資へ余力

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「外国為替市場で急速に円安が進み、企業の財務体質が改善している。上場企業(3月期決算)の自己資本は円相場が最高値圏にあった2年前に比べ、円安によって約20兆円増加した。海外に保有する資産を円換算した金額が膨らむためで、自動車や電機などグローバル企業に恩恵が大きい。」
グローバル企業が保有している海外資産を円貨に換算(日本の親会社の連結財務諸表で評価した場合)すると、評価額が増えました、ということらしいです。そうすることで、
「企業の自己資本は株主が出資した資金や稼いだ利益の蓄積を指し、海外資産の変動分も加味される。自己資本が増えると経営の安定性が増して資金を調達しやすくなり、設備投資やM&A(合併・買収)など成長へ向けた投資余力が高まる。」
ということが期待できるそうです。
本当でしょうか?

■ 海外子会社の財務諸表を円貨で評価してみる

ちょっと、仮設の例で、日本企業が米国に子会社を設立して、その子会社の財務諸表を連結決算するために、日本円に換算する際の、数字の動きを追っていきたいと思います。
(複式簿記・連結決算になじみのない読者の方は、結果だけ確認してください)
まず、米国子会社の財務諸表を米ドル建てで確認します。
経営管理会計トピック_自己資本円安増_米ドル建てFS
つぎに、米ドル建て子会社財務諸表を、円貨建て連結財務諸表に加えるために、米ドル→円に換算する際の「換算レート」を記します。
初心者の方に:
財務諸表を外貨換算する際に、項目(勘定科目)ごとに、使用する換算レートの種類がバラバラになっています。このバラバラ加減には一応、それぞれ会計の理屈があり、このバラバラ感はひとまず納得してください。
経営管理会計トピック_自己資本円安増_換算レート
米ドル建て子会社財務諸表をバラバラな換算レートで円貨に換算すると、次のようになります。
経営管理会計トピック_自己資本円安増_円貨建てFS
この表の見方を簡単に説明します。
P/Lについては、収益と費用は、ARという換算レートで円貨に換算します。その後、円貨に換算した後の収益と費用の差額で当期利益を計算します。
S/Sについては、前期末の剰余金は、当時の円貨額をそのまま使用し、当期純利益は円換算後のP/Lから引っ張ってきます。そして、配当金は配当金額が決まった時の換算レートで換算します。全部の差額から当期末の円貨建ての剰余金が求まります。
B/Sについては、資産・負債をCRという換算レートで円貨に換算し、資本はHRという換算レートで円貨に換算します。剰余金はS/Sから引っ張ってきます。そうすると、B/Sの中にバラバラなレートで換算したものが集計されているため、左右バランスしないので、最後に、「為替調整(為替換算調整勘定)」で差額を調整します。
すみませんね、ここまでお付き合い頂いて。なにせ、筆者のここ最近のお仕事は、こういう外貨換算や、連結財務諸表を作成することが多いもので。。。(^^;)

■ 上記の円貨建て財務諸表で分かること

財務諸表は作って終わりではありません。作った後、じっくり眺めることで企業経営について思案を巡らすところに意味があります(と思っています)。
B/Sの右側をご覧ください。
まず、資本金:(円貨)13,500、(米ドル)150から米国事業はスタートしました。その後、利益が累積していき、(円貨)8,500、(米ドル)50だけ、純資産(自己資本)が増加しました。
この時、確かに、「米ドル建てで、150→200、その差額50ドルの利益(利益剰余金)が増えた」といえますが、「円貨建ててで、13,500→22,000、その差額8,500円の利益(利益剰余金+その他の包括利益累計額)が増えた」とは素直に実感できないと思います。
(ここで補足説明。「為替換算調整勘定」は、その他の包括利益に分類され、純資産の増減項目)
為替換算調整勘定の金額は、資産や負債の換算差額からも発生し得るので、当期の営業活動の果実であるとは言い切れません。さらに、円貨建ての剰余金:4,900のうち、どの部分が真水の利益増加分か、どの部分が為替のいたずらによるものか、も識別不能なのです。

■ できる経営者なら分かっている(ハズ、、、)

新聞記事には、「ソフトバンクは米スプリント買収などで海外資産が膨らんでいる。孫正義社長は「円安によって円換算した株主価値の押し上げ効果が大きくなる」と話す。」とあります。
おそらく、孫さんは、投資家に対するアナウンス効果のために、こう発言しているだけでしょうね。
連結財務諸表上の簿価だけで、純資産(自己資本)が見かけ上大きくなったとしても、為替換算によるものだったら、配当原資にはなり得ません(経済的な意味でね。制度会計上は配当できますが)。
もう一度「利益」情報の意味を確認させてください。
「業績評価利益」と「配当可能利益」。関連投稿はこちら⇒利益情報の意味
経営者の経営手腕をはかるために、リアルビジネスでいくら儲けて、外貨建て資産運用でいくら儲けたのか、両者を識別しなければならないのに、現在の会計基準では到底、外部の利害関係者にはわかりようがありません。
また、円安になったことにより純資産(自己資本)が増えた分、株主に還元できるのでしょうか? 換算利益にはキャッシュの裏付けがないですよね。
つまり、円安になったということは、円の価値が下がったこと。価値が下がった通貨を基準に見れば、他国の通貨は持っているだけで価値が増えたように錯覚することができます。
賢明な経営者とそのサポーターである株主ならば、外貨の価値が高いことはそのまま外貨ベースで評価し、そのまま外貨建てで投資を続ければよろしい。わざわざ、通貨価値が下がる円貨に換算して、円で現金を保有したり、国内投資を積極的にしたりすることは経済的には不合理です。
(この新聞記事もそうですが、国内投資を喚起するような記事がこの最近目立っています。アベノミクスの第3の矢に絡む動きなのでしょうが。。。)
賢明な読者の方々も、マスコミが出す数字はきちんと検証してから、頭に入れてくださいませ。情報を咀嚼(そしゃく)する、ということです。

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小林 友昭経済動向を会計で読む■ 円安による財務体質の改善とは 円安が進行していることで、自己資本が増加し、設備投資やR&D投資への投資余力が高まる期待、との記事が出ました。 2014/12/28|日本経済新聞|朝刊 企業の自己資本、円安で20兆円増 上場企業、2年間で 日産やパナソニック、成長投資へ余力 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「外国為替市場で急速に円安が進み、企業の財務体質が改善している。上場企業(3月期決算)の自己資本は円相場が最高値圏にあった2年前に比べ、円安によって約20兆円増加した。海外に保有する資産を円換算した金額が膨らむためで、自動車や電機などグローバル企業に恩恵が大きい。」 グローバル企業が保有している海外資産を円貨に換算(日本の親会社の連結財務諸表で評価した場合)すると、評価額が増えました、ということらしいです。そうすることで、 「企業の自己資本は株主が出資した資金や稼いだ利益の蓄積を指し、海外資産の変動分も加味される。自己資本が増えると経営の安定性が増して資金を調達しやすくなり、設備投資やM&A(合併・買収)など成長へ向けた投資余力が高まる。」 ということが期待できるそうです。 本当でしょうか? ■ 海外子会社の財務諸表を円貨で評価してみる ちょっと、仮設の例で、日本企業が米国に子会社を設立して、その子会社の財務諸表を連結決算するために、日本円に換算する際の、数字の動きを追っていきたいと思います。 (複式簿記・連結決算になじみのない読者の方は、結果だけ確認してください) まず、米国子会社の財務諸表を米ドル建てで確認します。 つぎに、米ドル建て子会社財務諸表を、円貨建て連結財務諸表に加えるために、米ドル→円に換算する際の「換算レート」を記します。 初心者の方に: 財務諸表を外貨換算する際に、項目(勘定科目)ごとに、使用する換算レートの種類がバラバラになっています。このバラバラ加減には一応、それぞれ会計の理屈があり、このバラバラ感はひとまず納得してください。 米ドル建て子会社財務諸表をバラバラな換算レートで円貨に換算すると、次のようになります。 この表の見方を簡単に説明します。 P/Lについては、収益と費用は、ARという換算レートで円貨に換算します。その後、円貨に換算した後の収益と費用の差額で当期利益を計算します。 S/Sについては、前期末の剰余金は、当時の円貨額をそのまま使用し、当期純利益は円換算後のP/Lから引っ張ってきます。そして、配当金は配当金額が決まった時の換算レートで換算します。全部の差額から当期末の円貨建ての剰余金が求まります。 B/Sについては、資産・負債をCRという換算レートで円貨に換算し、資本はHRという換算レートで円貨に換算します。剰余金はS/Sから引っ張ってきます。そうすると、B/Sの中にバラバラなレートで換算したものが集計されているため、左右バランスしないので、最後に、「為替調整(為替換算調整勘定)」で差額を調整します。 すみませんね、ここまでお付き合い頂いて。なにせ、筆者のここ最近のお仕事は、こういう外貨換算や、連結財務諸表を作成することが多いもので。。。(^^;) ■ 上記の円貨建て財務諸表で分かること 財務諸表は作って終わりではありません。作った後、じっくり眺めることで企業経営について思案を巡らすところに意味があります(と思っています)。 B/Sの右側をご覧ください。 まず、資本金:(円貨)13,500、(米ドル)150から米国事業はスタートしました。その後、利益が累積していき、(円貨)8,500、(米ドル)50だけ、純資産(自己資本)が増加しました。 この時、確かに、「米ドル建てで、150→200、その差額50ドルの利益(利益剰余金)が増えた」といえますが、「円貨建ててで、13,500→22,000、その差額8,500円の利益(利益剰余金+その他の包括利益累計額)が増えた」とは素直に実感できないと思います。 (ここで補足説明。「為替換算調整勘定」は、その他の包括利益に分類され、純資産の増減項目) 為替換算調整勘定の金額は、資産や負債の換算差額からも発生し得るので、当期の営業活動の果実であるとは言い切れません。さらに、円貨建ての剰余金:4,900のうち、どの部分が真水の利益増加分か、どの部分が為替のいたずらによるものか、も識別不能なのです。 ■ できる経営者なら分かっている(ハズ、、、) 新聞記事には、「ソフトバンクは米スプリント買収などで海外資産が膨らんでいる。孫正義社長は「円安によって円換算した株主価値の押し上げ効果が大きくなる」と話す。」とあります。 おそらく、孫さんは、投資家に対するアナウンス効果のために、こう発言しているだけでしょうね。 連結財務諸表上の簿価だけで、純資産(自己資本)が見かけ上大きくなったとしても、為替換算によるものだったら、配当原資にはなり得ません(経済的な意味でね。制度会計上は配当できますが)。 もう一度「利益」情報の意味を確認させてください。 「業績評価利益」と「配当可能利益」。関連投稿はこちら⇒利益情報の意味 経営者の経営手腕をはかるために、リアルビジネスでいくら儲けて、外貨建て資産運用でいくら儲けたのか、両者を識別しなければならないのに、現在の会計基準では到底、外部の利害関係者にはわかりようがありません。 また、円安になったことにより純資産(自己資本)が増えた分、株主に還元できるのでしょうか? 換算利益にはキャッシュの裏付けがないですよね。 つまり、円安になったということは、円の価値が下がったこと。価値が下がった通貨を基準に見れば、他国の通貨は持っているだけで価値が増えたように錯覚することができます。 賢明な経営者とそのサポーターである株主ならば、外貨の価値が高いことはそのまま外貨ベースで評価し、そのまま外貨建てで投資を続ければよろしい。わざわざ、通貨価値が下がる円貨に換算して、円で現金を保有したり、国内投資を積極的にしたりすることは経済的には不合理です。 (この新聞記事もそうですが、国内投資を喚起するような記事がこの最近目立っています。アベノミクスの第3の矢に絡む動きなのでしょうが。。。) 賢明な読者の方々も、マスコミが出す数字はきちんと検証してから、頭に入れてくださいませ。情報を咀嚼(そしゃく)する、ということです。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します