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■ 「意思決定」のやり方の分類

管理会計(基礎編)
前回」まで、管理会計の一つ目の領域である「モチベーション管理」から「事業部別業績管理」の要点を説明しました。
今回からは、二つ目の領域である「意思決定」から「CVP分析」の説明を始めたいと思います。
管理会計(基礎編)_管理会計領域2
その前に、そもそも管理会計における「意思決定」構造の説明をさせてください。筆者のこれまでの実務経験とコンサルテーション経験から、下記のように管理会計的意思決定構造を整理しています。
管理会計(基礎編)_意思決定会計の基本構造

■ 「割引現在価値」とは

では、最初の分岐点となる「現在価値」と「期待値」の違いを理解するために、「期待値」の説明をします。「期待値」の1種類としてよく管理会計に登場するのか「割引現在価値」というものになります。
「割引現在価値」に基づく意思決定とは、きわめて簡略化して言うと、「異時点間の支出金額と収入金額のタイミングのずれを修正して、すべて現在時点の評価金額で比べて損得を考えること」となります。そして、平たく言うと、「遠い将来のお金の出入りは『金利』が付くことを忘れないで評価する」となります。
(下図参照)
管理会計(基礎編)_割引現在価値1
管理会計では、比較的長期間の試み(新工場設立や新サービスの企画など)の損得を考えなくてはいけないこともあるので、今の支出が将来の収入に見合うものかどうか、評価する必要があります。しかし、お金の出入りのタイミングが違うものは、直接比較して損得計算することができません。遠い将来の収入が「10」見込まれていたとしても、本当にそのお金が懐に入るかどうか、不確実性が常につきまとっているからです。
では、その不確実性をも含めて評価しようとすると、不確実性がなくなるとき、すなわち事実が確定する将来時点にならないと、損得を考えることができなくなります。それでは手遅れになります。
(下図参照)
管理会計(基礎編)_割引現在価値2
意思決定したいのは「今」でしょ!(失礼しました) そこで、将来の不確実性を有しているお金の出入りから、仮定計算でいいから不確実性を取り除いて、現在のお金の価値に再評価すると、今のお金と比べて損か得か明らかにするために、将来のお金を現在の価値に置きなおします。
その時に、将来のお金を、現在手元にあるお金を普通に銀行預金などで運用すると加味される「利息」分が足される前のいわゆる「元本」のみの値に変換します。この変換を「現在価値に割り引く」といい、割り引きにつかう利息のもつ「%」を『割引率』と呼ぶことにしています。
(下図参照)
管理会計(基礎編)_割引現在価値3

■ 「限界利益」と「全部利益」

「全部」と言ったら反対語は「部分」です。しかし、管理会計の世界では、「全部」に対して「直接」とか「限界」という言葉を使います。ここが混乱の元です。順を追って説明します。

(売上) - (全部のコスト) = (全部利益)

(売上) - (一部分のコスト) = (部分利益)

特に、「一部分のコスト」を「直接原価」と呼び、

(売上) - (直接原価) = (直接利益)

と呼んだりします。
そして、「直接原価」=「変動費」、「直接利益」=「限界利益」であるものとして言葉をつかうことがあります。

(売上) - (変動費) = (限界利益)

言葉を厳密に使い分ける(または筆者のように粘着質な性格の)人は、上記のような用語の氾濫が許せないのですが、いちいち目くじらを立てていても話が前に進まないので、話を強引にまとめます。

(全部原価) = (変動費) + (固定費)
(売上) - (全部原価) = (全部利益)
(売上) - (変動費) = (限界利益)

という用語しか、以降は使用しないように努めることにします。
「変動費」「固定費」「限界利益」という用語は、ミクロ経済学に由来しています。
ミクロ経済学では、生産要素の投入量を経営者が状況に応じてコントロールできるものにかかるコストを「可変費用(VC:Variable Cost)」、生産要素の投入量を経営者がいったん決めてしまうと、あとはコントロールできないものにかかるコストを「固定費用(FC:Fixed Cost)」と呼びました。
そして、生産量を1単位増加させたときに被る総費用の増加分を「限界費用(MC:Marginal Cost)」と呼びます。生産量が1単位増加した時に発生額を調整できるのが「可変費用」なので、「可変費用」=「限界費用」となります。
一方で、「限界収入」とは生産量を1単位増加させたときに得られる総収入の増加分をいいます。

「限界収入」 - 「限界費用」 = 「限界利益」

という算式が、いつの間にか、(日本の)会計の世界に輸入されたときに、「可変費用」=「限界費用」=「変動費(←会計での呼び名)」であることから、

(売上) - (変動費) = (限界利益)

と言い習わすことにつながりました。
「限界利益」で損得の判断をするということは、「短期」的にコントロールできない費用=「固定費」を無視して意思決定をするということです。「短期」の反対語は「長期」。これもミクロ経済学からの借用概念になります。この辺は次章で。

■ 「短期」と「長期」の違い

「短期」とは、経営者がコントロールできない生産要素があるため、コストが「可変費用」と「固定費用」に分かれてしまう期間を意味しています。一方で、「長期」とはすべてのコストが「可変費用」になる期間を意味しています。したがって、ミクロ経済学の世界では、「短期」と「長期」の明確な線引きはありません。当然会計の世界も引用元に準じて「短期」と「長期」を認識すべきなのですが、よく出回っている管理会計本の中には、「短期」=1年、「長期」=1年超、と思い切って宣言しているものが散見されますが、本質を完全に見失っています。
これは、「貸借対照表」の表記ルールで「流動」「固定」を区分する際の「ワン・イヤールール」からの誤用とおもわれます。だって、1年以上動いていないものも、「正常営業循環基準」に適合すれば「流動」に計上されますでしょう? 管理会計でも、意思決定する際に、考慮できる期間によっては「変動費」「固定費」の分類は極めて流動的になります。
では、ここからは、長々と続いた概念的な説明を具体例で解説して締めくくりたいと思います。
《とある製造業の場合》
年度予算および年度予実管理において、既設工場の減価償却費や、製品開発費、正社員の固定給は、その発生額をコントロールできないので「固定費」扱いとなります。
しかし、中期事業計画(3~5年程度)では、生産設備の準備、製品開発スケジュール、人事報酬制度の変更は、すべてコントロールできるので、一つも漏らすことなく「変動費」扱いとなります。
但し、「固定費」の中でも、裁量的に発生をコントロールできる性質のものがあります。
これらには、将来の固定費用の執行が自由にできる「広告宣伝費」「これから発注をかける設備投資」などが当てはまります。
ミクロ経済学的には、厳密いうと、経営者がコントロールできるのは「可変費用」=「変動費」なのですが、会計学の世界では、「限界利益」を計算する際に「広告宣伝費」や「新規の設備投資にかかる減価償却費」は「変動費」とは定義しません。会計的には、「売上」の1単位の増分に比例せず、無関係に発生するものを「固定費」と定義するからです。
(ほら、「変動費」と「限界費用」を混同しているでしょう?)
したがって、最初のチャートに戻って頂くと、「限界利益」の下に「短期的意思決定」と「長期的意思決定」がぶら下がっているのは、下図のような意図によります。
管理会計(基礎編)_CVP分析_短期と長期
この図の「長期的意思決定」というのは、ミクロ経済学的な完全「長期」ではなく、「擬似的な(会計的)長期」概念とでもいっておきましょうか。
まあ、最後まで愚痴っぽくなりますが、「限界概念」と「短期長期からくる可変費用概念」とは全く別物である、と念を押しておきます。
今回は、かなり概念的でした。次回からは、具体的な説明を心がけたいと思います。
ここまで、「意思決定のための管理会計」を説明しました。
管理会計(基礎編)_意思決定のための管理会計

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http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/03/9313ed6460f7d58b8e62d9b27fdfc19d-e1428166718340.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/03/9313ed6460f7d58b8e62d9b27fdfc19d-150x150.jpg小林 友昭管理会計(基礎編)■ 「意思決定」のやり方の分類 「前回」まで、管理会計の一つ目の領域である「モチベーション管理」から「事業部別業績管理」の要点を説明しました。 今回からは、二つ目の領域である「意思決定」から「CVP分析」の説明を始めたいと思います。 その前に、そもそも管理会計における「意思決定」構造の説明をさせてください。筆者のこれまでの実務経験とコンサルテーション経験から、下記のように管理会計的意思決定構造を整理しています。 ■ 「割引現在価値」とは では、最初の分岐点となる「現在価値」と「期待値」の違いを理解するために、「期待値」の説明をします。「期待値」の1種類としてよく管理会計に登場するのか「割引現在価値」というものになります。 「割引現在価値」に基づく意思決定とは、きわめて簡略化して言うと、「異時点間の支出金額と収入金額のタイミングのずれを修正して、すべて現在時点の評価金額で比べて損得を考えること」となります。そして、平たく言うと、「遠い将来のお金の出入りは『金利』が付くことを忘れないで評価する」となります。 (下図参照) 管理会計では、比較的長期間の試み(新工場設立や新サービスの企画など)の損得を考えなくてはいけないこともあるので、今の支出が将来の収入に見合うものかどうか、評価する必要があります。しかし、お金の出入りのタイミングが違うものは、直接比較して損得計算することができません。遠い将来の収入が「10」見込まれていたとしても、本当にそのお金が懐に入るかどうか、不確実性が常につきまとっているからです。 では、その不確実性をも含めて評価しようとすると、不確実性がなくなるとき、すなわち事実が確定する将来時点にならないと、損得を考えることができなくなります。それでは手遅れになります。 (下図参照) 意思決定したいのは「今」でしょ!(失礼しました) そこで、将来の不確実性を有しているお金の出入りから、仮定計算でいいから不確実性を取り除いて、現在のお金の価値に再評価すると、今のお金と比べて損か得か明らかにするために、将来のお金を現在の価値に置きなおします。 その時に、将来のお金を、現在手元にあるお金を普通に銀行預金などで運用すると加味される「利息」分が足される前のいわゆる「元本」のみの値に変換します。この変換を「現在価値に割り引く」といい、割り引きにつかう利息のもつ「%」を『割引率』と呼ぶことにしています。 (下図参照) ■ 「限界利益」と「全部利益」 「全部」と言ったら反対語は「部分」です。しかし、管理会計の世界では、「全部」に対して「直接」とか「限界」という言葉を使います。ここが混乱の元です。順を追って説明します。 (売上) - (全部のコスト) = (全部利益) (売上) - (一部分のコスト) = (部分利益) 特に、「一部分のコスト」を「直接原価」と呼び、 (売上) - (直接原価) = (直接利益) と呼んだりします。 そして、「直接原価」=「変動費」、「直接利益」=「限界利益」であるものとして言葉をつかうことがあります。 (売上) - (変動費) = (限界利益) 言葉を厳密に使い分ける(または筆者のように粘着質な性格の)人は、上記のような用語の氾濫が許せないのですが、いちいち目くじらを立てていても話が前に進まないので、話を強引にまとめます。 (全部原価) = (変動費) + (固定費) (売上) - (全部原価) = (全部利益) (売上) - (変動費) = (限界利益) という用語しか、以降は使用しないように努めることにします。 「変動費」「固定費」「限界利益」という用語は、ミクロ経済学に由来しています。 ミクロ経済学では、生産要素の投入量を経営者が状況に応じてコントロールできるものにかかるコストを「可変費用(VC:Variable Cost)」、生産要素の投入量を経営者がいったん決めてしまうと、あとはコントロールできないものにかかるコストを「固定費用(FC:Fixed Cost)」と呼びました。 そして、生産量を1単位増加させたときに被る総費用の増加分を「限界費用(MC:Marginal Cost)」と呼びます。生産量が1単位増加した時に発生額を調整できるのが「可変費用」なので、「可変費用」=「限界費用」となります。 一方で、「限界収入」とは生産量を1単位増加させたときに得られる総収入の増加分をいいます。 「限界収入」 - 「限界費用」 = 「限界利益」 という算式が、いつの間にか、(日本の)会計の世界に輸入されたときに、「可変費用」=「限界費用」=「変動費(←会計での呼び名)」であることから、 (売上) - (変動費) = (限界利益) と言い習わすことにつながりました。 「限界利益」で損得の判断をするということは、「短期」的にコントロールできない費用=「固定費」を無視して意思決定をするということです。「短期」の反対語は「長期」。これもミクロ経済学からの借用概念になります。この辺は次章で。 ■ 「短期」と「長期」の違い 「短期」とは、経営者がコントロールできない生産要素があるため、コストが「可変費用」と「固定費用」に分かれてしまう期間を意味しています。一方で、「長期」とはすべてのコストが「可変費用」になる期間を意味しています。したがって、ミクロ経済学の世界では、「短期」と「長期」の明確な線引きはありません。当然会計の世界も引用元に準じて「短期」と「長期」を認識すべきなのですが、よく出回っている管理会計本の中には、「短期」=1年、「長期」=1年超、と思い切って宣言しているものが散見されますが、本質を完全に見失っています。 これは、「貸借対照表」の表記ルールで「流動」「固定」を区分する際の「ワン・イヤールール」からの誤用とおもわれます。だって、1年以上動いていないものも、「正常営業循環基準」に適合すれば「流動」に計上されますでしょう? 管理会計でも、意思決定する際に、考慮できる期間によっては「変動費」「固定費」の分類は極めて流動的になります。 では、ここからは、長々と続いた概念的な説明を具体例で解説して締めくくりたいと思います。 《とある製造業の場合》 年度予算および年度予実管理において、既設工場の減価償却費や、製品開発費、正社員の固定給は、その発生額をコントロールできないので「固定費」扱いとなります。 しかし、中期事業計画(3~5年程度)では、生産設備の準備、製品開発スケジュール、人事報酬制度の変更は、すべてコントロールできるので、一つも漏らすことなく「変動費」扱いとなります。 但し、「固定費」の中でも、裁量的に発生をコントロールできる性質のものがあります。 これらには、将来の固定費用の執行が自由にできる「広告宣伝費」「これから発注をかける設備投資」などが当てはまります。 ミクロ経済学的には、厳密いうと、経営者がコントロールできるのは「可変費用」=「変動費」なのですが、会計学の世界では、「限界利益」を計算する際に「広告宣伝費」や「新規の設備投資にかかる減価償却費」は「変動費」とは定義しません。会計的には、「売上」の1単位の増分に比例せず、無関係に発生するものを「固定費」と定義するからです。 (ほら、「変動費」と「限界費用」を混同しているでしょう?) したがって、最初のチャートに戻って頂くと、「限界利益」の下に「短期的意思決定」と「長期的意思決定」がぶら下がっているのは、下図のような意図によります。 この図の「長期的意思決定」というのは、ミクロ経済学的な完全「長期」ではなく、「擬似的な(会計的)長期」概念とでもいっておきましょうか。 まあ、最後まで愚痴っぽくなりますが、「限界概念」と「短期長期からくる可変費用概念」とは全く別物である、と念を押しておきます。 今回は、かなり概念的でした。次回からは、具体的な説明を心がけたいと思います。 ここまで、「意思決定のための管理会計」を説明しました。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します