■ 「変動費」「固定費」「限界利益」「営業利益」の整理
「前回」、意思決定における管理会計の鳥瞰を説明しました。しかしながら、いささか概念的すぎて消化不良を起こしかねない点があったかもしれません。そこで、今回は、「限界利益」を使った「長期的意思決定」について。ビジネスケースを使って具体的に説明したいと思います。
具体例に入る前に、ケースで使用する「費用」概念、「利益」概念を今一度確認することにします。
ここでは、例証を簡単にするため、いくつか前提条件を置きます。
- 1個2個と、販売および生産数量を数えることができる商品を扱っている
- 販売数量と生産数量は一致する、つまり作り置き(在庫)は無いものとする
- 販売数量の増減に連動しないコストが一定額発生するものとする(ミクロ経済学でいうところの「短期」)
費用・利益概念の整理は次の通りです。
- 「変動費」とは、販売数量1単位ごとに「単価○○円」をカウントできるコスト
- 「固定費」とは、販売数量の増減にかかわらず、ある一定期間支出額が固定されているコスト
- 「限界利益」とは、「売上」から「変動費」だけを引いたもの
- 「営業利益」とは、「限界利益」から「固定費」を引いたもの
日本語に忠実になるなら、「売上」から「変動費」を引いた残りの利益は、「変動利益」と呼んだ方が適切なようです。しかしながら、一般的には「限界利益」の名で呼ばれることの方が多いみたいです。
■ (ケーススタディ) ロードサイドへの飲食店の出店
あなたは、今日からロードサイドの飲食店のオーナーです。
出店プランが2つあります。どちらがより「儲かる」か、オーナーであるあなたは選択を迫られています。既に、物件の賃借契約も済ませ、店員(正社員)も確保しました。後は、何を売る(作る)かを決める番です。事前に市場調査も実施し、検討すべきデータはそろっています。
庶民的なラーメン店の場合は、一杯あたり、500円という値付けですが、月商10,000杯の売上が見込まれます。一方で、高級ピッツァ店の場合は、一枚あたり、2500円と販売単価はラーメンに比べて5倍となりますが、販売見込み数量は約3分の1となってしまいます。
通常の設例の場合は、「販売情報」と「コスト情報」だけで、上記のように、個あたりの利益情報は表示しません。今回は、ちょっと難易度を下げるために個あたりの利益情報も表示しています(皆さんにはそういうサービスは不要ですか?)。
プランAか、プランBか、うーむ、ハムレット状態です。
電卓で、自分なりの損得計算を出してから、次章に進んでください。
■ 損得計算の回答(初級)
さあ、ここでいきなり回答です。
それぞれの試算ベースの月次P/Lを作成し、利益の大小を比較します。
「限界利益」について、「率」は同じですが、「額」は「ピッツァ店」の方が多いです。
稼いだお金が「限界利益」だけで評価されるのならば、「ピッツァ店」の勝利です。
では、お店を1か月維持するのに必要な「固定費」まで負担させた「営業利益」ベースならば結果はどうか? 今度は、「固定費」が160万円も低い「ラーメン店」の方が、「営業利益」は大きくなりました。
典型的な、薄利多売型の商売と、高付加価値だがボリュームが大きくならない商売の比較例としました。
種明しすると、最初のチャートで、個あたりの利益を表示していましたね。これに販売数量をかけると、実はそれぞれのお店の1ヵ月の営業利益になるんです。すでにほぼ答え(あくまでヒントといっておきますが)が表示されていたわけです。つまり、商品1単位当たりの営業利益を表示していました。
これは、逆に言うと、販売数量が変数として先に決まっているから、個あたりの営業利益が計算することができたので、最後に求められる答えを最初のチャートに書いていたことになります。それぞれ、どちらのお店も、販売数量が増減すれば、固定費は不変でも、限界利益が販売数量に比例して増減するので、最終的な個あたりの営業利益は変わってしまいますので。
■ 損益分岐点分析
同じ「ラーメン店」と「ピッツァ店」の損益状況を今度は、CVP分析(Cost ? Volume ? Profit 分析)のチャートで図示したいと思います。この場合の「Volume」は、前提条件でも触れたとおり、「販売数量」を意味しています。
黒い実線が「売上線」
青い実線が「変動費線」
赤い実線が「固定費線」
を意味しています。
- 「ラーメン店」は、相対的に高さが低く、横に長い。これは、薄利多売型のビジネスの特徴です。
- 「ピッツァ店」は、相対的に縦に長く、横が狭い。これは、高付加価値型のビジネスの特徴です。
「ラーメン店」は、低価格で商品提供するが、そもそもコストも低く抑えている。そうすると、数を売らないと、利益が出ません。
「ピッツァ店」は、高級価格で商品提供するが、固定費が高いので、個あたりの限界利益が大きくないと、固定費を負担しきれません。
ちなみに、ラーメン一杯あたりの限界利益は300円、一方でピッツァ一枚あたりの限界利益は1500円。このあたりが、ビジネスの目の付け所の違いになります。
横軸に並んでいる数量には、それぞれ意味があります。
「ラーメン店」を例にすると、左から「4000杯」「6667杯」「10000杯」となっています。
それぞれ、順に、
- 固定費を回収できる販売数量:4000杯
- 固定費と変動費の合計が販売収入と同額になる販売数量:6667杯
- 全体の損益(営業利益)がはっきりとする最大販売見込み数量:10000杯
となります。
真ん中の損益がトントンになる点を「損益分岐点:BEP(Break-even Point)」といいます。
■ くどいのですが、また「短期」と「長期」の違いを持ち出します
今回のケースは、管理会計的な分類における「長期」的意思決定です。ミクロ経済学的な「短期」とは、「固定費」が存在している世界を意味しています。よく、「短期」=「CVP分析」では「固定費」を無視して「限界利益」だけで意思決定した方がよい、という言説もあります。今回のケースは、「CVP分析」の前提世界の中における、管理会計的「長期」的意思決定のケースです。したがって、「固定費」も含めて損得を判断する必要があります。
つまり、何が言いたいのかというと、管理会計的な「短期・長期」と、ミクロ経済学的な「短期・長期」は全く違うということ。そして、「CVP分析」というフレームワークは、管理会計的な「長期」的意思決定(今回のビジネスケース)と「限界利益」だけで判断した方がよい「短期」的意思決定の両方に使えるということです。
次回は、このまま「長期」の話を続けます。それから、高等技法(増分分析)と特殊概念(サンクコスト・機会費用)を説明し、それ以降に「短期」的意思決定のビジネスケースの説明を続けていきたいと思います。しばらく、この説明の流れにお付き合いください。
ここまで、「長期的意思決定 CVP分析より」を説明しました。
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