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■ トマ・ピケティ氏の「r>g」は正しいのか、それとも間違っているのか?

経営管理会計トピック

今回この日本経済新聞掲載の経済教室を取り上げるのは、筆者の中で2つの「なるほど!」という驚きがあったからです。ひとつは、単純な経済理論の使い方で世界の見え方が異なってくること、ふたつには、欧米のCEO等のトップマネジメントの高額報酬が社会の所得格差に与える影響の大きさです。

2016/8/9付 |日本経済新聞|朝刊 問われる資本主義(1)「株主主権論」の誤りを正せ 倫理性の確認から出発を 岩井克人 国際基督教大学客員教授

「米国の共和党大会で不動産王ドナルド・トランプ氏が大統領候補に選出され、英国の国民投票では欧州連合(EU)離脱派が過半数を制した。
 この2つの出来事には多くの共通点がある。移民への反感、自由貿易への抵抗、金融自由化への反発。だがこうした反グローバル主義の底流にあるのは「格差」の拡大だ。グローバル化の中で巨万の富を得ているエリート層に対して、残りの非エリート層が異議申し立てをしているのだ。」

(下記は、同記事添付の岩井克人教授の写真を転載)

20160809_岩井克人_日本経済新聞朝刊

いわい・かつひと 47年生まれ。東京大経卒、MIT博士。専門は理論経済学

<ポイント>
○格差への批判は米国と英国で最も先鋭化
○経営者の報酬高騰が米国の格差拡大招く
○株主主権論は経営者の自己利益追求容認

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

まず、岩井教授が2014年に日本でも出版され、世界的規模で「所得格差」「富の集中」に関する議論を巻き起こした、トマ・ピケティ仏パリ経済学校教授の著書「21世紀の資本」のロジックを検証するところから始まります。

下記は、ピケティ氏が用いたデータから、岩井教授が作成したチャートを同記事から転載したものです。

20160809_上位1%の所得階層が占める所得割合_日本経済新聞朝刊

まず上の図は、代表的な資本主義国で上位1%の所得階層が国全体の所得の何%を手にしてきたかを100年にわたり示したもの。

その特徴を記事からかいつまんで説明すると、

1.時系列の変化
① 第1次大戦直後はどの国も極端な格差社会で、上位1%が全体の20%もの所得を手にしていた
② 世界大恐慌から第2次大戦にかけて格差は急激に縮小、その後長らく上位1%の所得割合が5~10%にほぼ収まるようになる
③ 第2次大戦後の資本主義は、平等化を特徴としていた
④ 1980年代に入り、米国のレーガン政権と英国のサッチャー政権が自由放任主義的な政策を推進するに伴い異変が起き、どの国でも格差が拡大し始める。特に米英両国の上昇幅は突出しており、21世紀に入ると上位1%の所得割合は20%近くに達した。

2.80年代から平等化傾向が逆転した理由
●「r>g」(rは資本の収益率、gは経済成長率)
「資本家は資本からの収益を再投資するから、資本はrの率で成長すると考える。それゆえrがgより大きいなら、その国の資本は国民全体の所得より高い率で成長し、資本家に所得や富が集中していく」

ピケティ氏の分析によれば、過去のデータから、「先進資本主義国では資本収益率rは4~5%を保つが、経済成長率gは長期的には1~2%しか期待できない」ため、資本主義には所得や富を資本家に集中させていく不平等化傾向が本来的に備わっているというのが同氏の主張。

同氏の戦後経済についての振り返りによれば、
「戦後の平等化は恐慌や大戦による資本の損失、戦費調達のための租税の累進化といった例外的状況が生んだ一時的現象である。80年代以降、米英主導の自由放任主義の下で多くの国が税制の累進度を下げると、資本主義本来の不平等化傾向が顕在化しただけ」

このピケティ氏の結論に対して岩井教授は、資本家自身が持つ「貯蓄性向(消費性向)」の観点から試算が誤っていると指摘しています。その根拠とは、

「同氏は資本収益率rを資本の成長率とみなすが、資本家といえども所得をすべて貯蓄(再投資)するわけではない。資本家の貯蓄率をsで表すと、資本の成長率はrではなく、それにsを掛けた「s×r」だ(賃金所得からの貯蓄は無視する)。すなわち資本家に所得や富が集中する条件はr>gではなく「s×r>g」という不等式なのである。」

同記事にて、上記「s」についての推計は、エマニュエル・サエズ米カリフォルニア大バークレー校教授らによると、米国の上位1%の資産家の貯蓄率を26%とのこと。したがって、ピケティ氏の数字の中間をとりrを4.5%、gを1.5%と仮置きすると、

s×r=26%×4.5%=1.17% となり、不等式の右辺のg=1.5%より小さくなってしまうのです。

新聞記事の解説はここ止まり。もし、ケインズ型消費関数(貯蓄関数)を前提とした議論であるならば、消費関数は、

C = a + bY

C:消費
a:基礎消費
b:限界消費性向
Y:国民所得

となるため、貯蓄関数は、

S = -a +(1 -b)Y

S:貯蓄

と表すことができます。

それゆえ、岩井教授がお使いになった「貯蓄率」が、国民所得の追加的増加に比例して増減する「限界貯蓄性向」(→(1 -b)Y部分のみ)のことを指しているのか、それとも、右辺全体を意味する「平均貯蓄性向」のことを指しているのか不明。だから、上記のs=26%が、どういうパラメータの変化に対応して変化するのか分からないため、ピケティ氏のあの有名な不等式が不成立かどうかを早計に判断することはできないと思うのです。

筆者の視点からは、少なくとも、平均か限界かは置いといて、「貯蓄性向(=再投資性向)」の分だけ、ピケティ氏のあの不等式の左辺は、「s」の分だけいくらか割り引いて考えなければならないということが分かった、ということです。

 

■ なぜ経済学者の意見は一致しないのか?

これについては、最近の日本の経済財政問題でも何かと問題になっています。

1.2014年度のGDP成長率はプラスかマイナスか? 内閣府と日銀で意見食い違い

2016/8/6付 |日本経済新聞|朝刊 14年度GDP、実はプラス成長? 日銀、税務情報で独自試算 内閣府は反論

「国内総生産(GDP)などの経済統計を巡り、日銀と内閣府で論争が勃発している。事の発端は日銀が7月20日にホームページ上で公表した「税務データを用いた分配側GDPの試算」という1本の論文だった。
 「得られた結果はかなりショッキングでした」。日銀の関根敏隆調査統計局長は7月下旬、統計の改善を話し合う総務省の部会で論文を説明した。2014年度の名目GDPは内閣府の公表額(490兆円)より約30兆円多い519兆円、実質2.4%のプラス成長だったという内容だ。GDP算出を担当する内閣府は14年度の実質成長率をマイナス0.9%としている。」

(下記は、同記事添付の日銀と内閣府のGDP成長率の推計グラフを転載)

20160806_日銀と内閣府の14年度実質成長率の見方の相違_日本経済新聞朝刊

この両者の見解の相違は、推計方法と使用するデータが異なっているから。

2016/8/9付 |日本経済新聞|朝刊 (大磯小磯)GDPに30兆円のズレ?

「GDPの算出方法は3通りある。1つは各産業が生んだ付加価値を足し上げる方法。2つ目は消費や投資という支出額を積み上げる。3つ目は生産にかかわった者の所得や企業利益を合算する。それぞれを生産側GDP、支出側GDP、分配側GDPと呼び、統計がしっかりしていれば一致する。経済学の言う「三面等価」である。
 政府は集計のし易さから支出側GDPを速報値とし、確報段階で生産側GDPも使って修正する。だが分配側GDPは個別にははじいていない。該当する数字はあるが、積み上げではなく、生産側GDPと同値と機械的に置いている。
 今回の日銀の非公式推計は分配側GDPを税務データを使って試算した。個人住民税や法人税、申告所得などのデータを利用した。」

ここでもうひとつ。

2.税収弾直性の試算 リフレ派(上げ潮派)と財政再建派の見解の相違

2016/8/13付 |日本経済新聞|朝刊 (大磯小磯)経済学者の埋めがたい溝

「7日付本紙掲載の吉川洋立正大教授と竹中平蔵東洋大教授の対談を読み、素朴な疑問が湧いた。政策提言力のある学者として著名な2人が、あるデータを巡り認識の隔たりを隠さない。
 そのデータは「税収弾性値」。名目国内総生産(GDP)成長率と税収の伸びの相関を示す。GDPが前年比1%伸びた際に税収が同2%伸びれば弾性値は2となる。財政の将来像を論じるのに重要な指標だ。弾性値が高ければ経済成長に比べ税収が増えやすくなり増税の必然性は薄れる。日本経済の成長力と弾性値は長い目で見てどの程度か、共通認識をつくることが経済学者の腕の見せどころだ。
 吉川氏は弾性値1、すなわち長期的には名目成長率と税収の伸びは同じようなものだと主張する。一方、竹中氏は弾性値は3~4で、成長率が1%なら税収は3%ぐらい伸びるという。随分と開きがある。」

「だが慶応大の土居丈朗教授は、2つの相関関係を求めるのに毎年の伸び率の単純平均を使うのは不適切で、もっと多くのデータを回帰分析して判断すべきだとする。この手法なら弾性値は1.1程度だという。後者に分があるように思えるが、政策判断に至る前の分析手法の段階で専門家の合意が成立しない経済学を国民は信用するだろうか。」

こちらは著名な経済学者が三者三葉じゃなかった、三者三様。。。
(この間違いが分かる方は、筆者と同じ趣味をお持ちの方です)(^^;)

筆者も「数字」と「ロジック」を用いて仕事をしている立場にあり、その使い方にはかなり気を使っています。そんな中で、米の著名な経済学者:マンキュー教授の教科書からの一節をご紹介。(東洋経済新報社『マンキュー経済学Ⅰミクロ編』『Ⅱマクロ編』どちらにも掲載)

なぜ経済学者が政策立案者に呈示するアドバイスはしばしば対立するのだろうか。これには二つの基本的な理由がある。
① 世界の仕組みに対する見方が実証的諸理論のなかで分かれていて、どれが妥当性をもつかについて意見が一致しない可能性
② 価値観が異なるために、政策が達成すべき目標について規範的な考え方が異なっている可能性

①は何が正しいか、認識と事実の問題。科学的問題(サイエンス)と言われていますが、量子力学におけるいわゆる「観測問題」(「シュレーディンガーの猫」などの問題が有名)や、宇宙物理学で、観測結果と物理法則を合わせるために、「ダークマター」の存在を仮定するなど、人間が経済活動を含め、外界の事象を観測して判断すること自体が、事象を歪め、どこまで行っても正しく観測することはできない、というのが筆者の立場。

②はどうあるべきか、道徳と人生観の問題。これについては、「事実認識+価値判断=政策」という風に考えていまして、「認識」「判断」という人間臭い営みによってしか、「政策(ポリシー)」は語ることができない、とする立場です。

会計屋さんにはお馴染みの「相対的真実」。この言葉を胸に刻んで、日々仕事にあたっています。

 

■ 80年代以降の米英での極端な格差拡大の原因は何か?

では、最初の岩井教授の寄稿に戻り、なぜ80年代以降の米英で極端な格差拡大が生まれたのか、について解説を見ていきたいと思います。

冒頭でご紹介した記事添付のチャートの下の図の方をご覧ください。これは、米国の上位1%の所得割合を資本所得と企業家所得と賃金所得(報酬・年金含む)に分解したものです。

これも時系列的な分析から試みると、
① 大恐慌以前
上位1%の所得の大きな部分を資本所得が占めている。資本家が労働者を搾取する古典的な階級社会

至って、平等化が一時的?に進んだ戦後期間をはさみ、

② 80年代以降
上位1%の所得割合が急上昇。しかし、資本所得の割合はあまり増えていない。一方、ベンチャー企業家などの所得を含む企業家所得の割合が上昇。資本主義の形態がポスト産業資本主義へと大きく変貌したことの反映。

「ただ私が注目するのは賃金所得の割合の急上昇だ。もちろん通常の労働者の賃金ではない。経営者の報酬が高騰したのだ。米国では最高経営責任者(CEO)と平均的労働者の報酬の比率は60年代には25倍だったのが、近年では350倍以上になっている。150億円という天文学的な報酬を稼ぐCEOもいる。経営者報酬の高騰こそ、米国での格差拡大の最大の原因だ。」

最後にこれが言いたかった。経営者と従業員の賃金・報酬格差から来る所得格差は許されるのか、もしくはその許容範囲はどうやって決めるべきなのか?

岩井教授によりますと、このような報酬格差を生んだのは、米英両国が推し進めてきた自由放任主義政策は、同時に「株主主権論」も推し進めてきたから。

「株主主権論とは、会社は株主のものであり、経営者は株主の代理人として、株主資本の収益率を最大化すべしという主張だ。だが株主主権論の旗印の下で実際に大きく上昇したのは、資本所得ではなく、経営者の報酬だった。」

これは、「エージェンシー理論」に基づくもので、株主から委託された資金の運用を、企業活動によって最も高利回りでリターン(現金配当だったり、株価上昇だったり)を出すことを、経営者の使命とし、その手数料としての経営者報酬という建付け。

これに対して、岩井教授は、規範的にものをおっしゃっています。
「なぜこうした逆説が生まれたのか。それは株主主権論が理論上の誤りだからだ。」

1.経営者(取締役)の忠実義務違反
「株主主権論は、会社の経営者には会社に対する「忠実義務」という倫理的義務が課されていることに目を塞いでいる。会社は法人である。法律上の人でしかない会社を現実に人として動かすには、会社に代わって決定を下し契約を結ぶ生身の人が不可欠だ。それが経営者なのだ。もし経営者に自己利益の追求を許すと、会社の名の下に自分を利する人事決定や報酬契約を行うことが可能となる。それを抑制するのが忠実義務である。」

2.経営者(取締役)への報酬制度設計の不備
「ところが株主主権論は、経営者は株主の代理人だと称して、この倫理的義務を株式オプションなどの経済インセンティブ(誘因)に置き換えてしまった。まさにそれは、自己利益追求への招待状だ。そして実際、米英の経営者は自らの報酬を高騰させ始めた。その帰結が、トランプ旋風とEU離脱派勝利なのだ。」

最近の論調は、CEO報酬の日本企業と海外企業の水準の違いについて、これを埋めていくべき(日本側の報酬水準を上げることによって)、そして、株主利益と一致するような報酬制度の設計を目指すべき、という「政策」が声高に語られています。

(参考)
⇒「「社長が薄給の国ニッポン アジアは高給で人材確保」-あなたの会社の社長は適正価格ですか?
⇒「自社株報酬制度の基礎(1)役員報酬を自社株で。その意義と日本企業を取り巻く経営環境を考える

しかし、英米では、逆にCEO達の高額報酬への批判の声があることも事実。

⇒「欧米出身者の経営者の高額報酬に反発の動き - アローラ氏やゴーン氏の報酬は本当に適正か? そして日本的経営の強みとは?

この点については、筆者の最終的な意見として、
『株主側にも会社や経営者を選ぶ権利がある。燃費が悪い(業績に比べて割高な報酬を要する経営者が舵取りすること)と思ったら、その会社の株式を売り払って、別の会社の株式を買うか、燃費の悪い経営者をクビにすればいい。それを決めるのは株主だ』

一部のマスコミ報道などでは、CEOの高額報酬それ自体が、社会の悪みたいに言われていますが、そんなCEOに経営を付託しているのは株主。株主権を適正に行使すれば、燃費の悪いCEOは自然と淘汰されていきます。賢い株主は、自分の意思で燃費のいいCEOを選任しているはず。何か批判している人達は、彼らなりのポジショントーク(見返りを想定した意見表明の意味)で、高額報酬を声高に批判しているだけのこと。ただですね、気になるのは、そういう英米の投資家のお金を目当てに、当局が日本市場に、英米流のコーポレートガバナンス(企業統治指針や、スチュワードシップ・コード、指名委員会等設置会社など)を導入したことを忘れてはいけないこと。

何でもアングロサクソン流が規範的に正しいとは言えないし、日本の資本市場・企業統治に取り入れる「政策」が期待通りの効果を出せるか、についての不安があることも事実です(筆者だけがそう思っているんですかね?)。

浪花節経営がいいとは言わないけど、そんなに日本的経営(中長期的なステークホルダーへのコミット、人財中心のケイパビリティ重視など)が一概に悪いとも思えないのであります。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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(経済教室)問われる資本主義(1)「株主主権論」の誤りを正せ 倫理性の確認から出発を 岩井克人 国際基督教大学客員教授 - どうして経済学者の意見は一致しないのか?http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭会計で経営を読む21世紀の資本,GDP成長率,エージェンシー理論,コーポレートガバナンス,トマ・ピケティ,マンキュー,三面等価,岩井克人,消費性向,税収弾直性,貯蓄性向,r>g■ トマ・ピケティ氏の「r>g」は正しいのか、それとも間違っているのか? 今回この日本経済新聞掲載の経済教室を取り上げるのは、筆者の中で2つの「なるほど!」という驚きがあったからです。ひとつは、単純な経済理論の使い方で世界の見え方が異なってくること、ふたつには、欧米のCEO等のトップマネジメントの高額報酬が社会の所得格差に与える影響の大きさです。 2016/8/9付 |日本経済新聞|朝刊 問われる資本主義(1)「株主主権論」の誤りを正せ 倫理性の確認から出発を 岩井克人 国際基督教大学客員教授 「米国の共和党大会で不動産王ドナルド・トランプ氏が大統領候補に選出され、英国の国民投票では欧州連合(EU)離脱派が過半数を制した。  この2つの出来事には多くの共通点がある。移民への反感、自由貿易への抵抗、金融自由化への反発。だがこうした反グローバル主義の底流にあるのは「格差」の拡大だ。グローバル化の中で巨万の富を得ているエリート層に対して、残りの非エリート層が異議申し立てをしているのだ。」 (下記は、同記事添付の岩井克人教授の写真を転載) いわい・かつひと 47年生まれ。東京大経卒、MIT博士。専門は理論経済学 <ポイント> ○格差への批判は米国と英国で最も先鋭化 ○経営者の報酬高騰が米国の格差拡大招く ○株主主権論は経営者の自己利益追求容認 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます まず、岩井教授が2014年に日本でも出版され、世界的規模で「所得格差」「富の集中」に関する議論を巻き起こした、トマ・ピケティ仏パリ経済学校教授の著書「21世紀の資本」のロジックを検証するところから始まります。 下記は、ピケティ氏が用いたデータから、岩井教授が作成したチャートを同記事から転載したものです。 まず上の図は、代表的な資本主義国で上位1%の所得階層が国全体の所得の何%を手にしてきたかを100年にわたり示したもの。 その特徴を記事からかいつまんで説明すると、 1.時系列の変化 ① 第1次大戦直後はどの国も極端な格差社会で、上位1%が全体の20%もの所得を手にしていた ② 世界大恐慌から第2次大戦にかけて格差は急激に縮小、その後長らく上位1%の所得割合が5~10%にほぼ収まるようになる ③ 第2次大戦後の資本主義は、平等化を特徴としていた ④ 1980年代に入り、米国のレーガン政権と英国のサッチャー政権が自由放任主義的な政策を推進するに伴い異変が起き、どの国でも格差が拡大し始める。特に米英両国の上昇幅は突出しており、21世紀に入ると上位1%の所得割合は20%近くに達した。 2.80年代から平等化傾向が逆転した理由 ●「r>g」(rは資本の収益率、gは経済成長率) 「資本家は資本からの収益を再投資するから、資本はrの率で成長すると考える。それゆえrがgより大きいなら、その国の資本は国民全体の所得より高い率で成長し、資本家に所得や富が集中していく」 ピケティ氏の分析によれば、過去のデータから、「先進資本主義国では資本収益率rは4~5%を保つが、経済成長率gは長期的には1~2%しか期待できない」ため、資本主義には所得や富を資本家に集中させていく不平等化傾向が本来的に備わっているというのが同氏の主張。 同氏の戦後経済についての振り返りによれば、 「戦後の平等化は恐慌や大戦による資本の損失、戦費調達のための租税の累進化といった例外的状況が生んだ一時的現象である。80年代以降、米英主導の自由放任主義の下で多くの国が税制の累進度を下げると、資本主義本来の不平等化傾向が顕在化しただけ」 このピケティ氏の結論に対して岩井教授は、資本家自身が持つ「貯蓄性向(消費性向)」の観点から試算が誤っていると指摘しています。その根拠とは、 「同氏は資本収益率rを資本の成長率とみなすが、資本家といえども所得をすべて貯蓄(再投資)するわけではない。資本家の貯蓄率をsで表すと、資本の成長率はrではなく、それにsを掛けた「s×r」だ(賃金所得からの貯蓄は無視する)。すなわち資本家に所得や富が集中する条件はr>gではなく「s×r>g」という不等式なのである。」 同記事にて、上記「s」についての推計は、エマニュエル・サエズ米カリフォルニア大バークレー校教授らによると、米国の上位1%の資産家の貯蓄率を26%とのこと。したがって、ピケティ氏の数字の中間をとりrを4.5%、gを1.5%と仮置きすると、 s×r=26%×4.5%=1.17% となり、不等式の右辺のg=1.5%より小さくなってしまうのです。 新聞記事の解説はここ止まり。もし、ケインズ型消費関数(貯蓄関数)を前提とした議論であるならば、消費関数は、 C = a + bY C:消費 a:基礎消費 b:限界消費性向 Y:国民所得 となるため、貯蓄関数は、 S = -a +(1 -b)Y S:貯蓄 と表すことができます。 それゆえ、岩井教授がお使いになった「貯蓄率」が、国民所得の追加的増加に比例して増減する「限界貯蓄性向」(→(1 -b)Y部分のみ)のことを指しているのか、それとも、右辺全体を意味する「平均貯蓄性向」のことを指しているのか不明。だから、上記のs=26%が、どういうパラメータの変化に対応して変化するのか分からないため、ピケティ氏のあの有名な不等式が不成立かどうかを早計に判断することはできないと思うのです。 筆者の視点からは、少なくとも、平均か限界かは置いといて、「貯蓄性向(=再投資性向)」の分だけ、ピケティ氏のあの不等式の左辺は、「s」の分だけいくらか割り引いて考えなければならないということが分かった、ということです。   ■ なぜ経済学者の意見は一致しないのか? これについては、最近の日本の経済財政問題でも何かと問題になっています。 1.2014年度のGDP成長率はプラスかマイナスか? 内閣府と日銀で意見食い違い 2016/8/6付 |日本経済新聞|朝刊 14年度GDP、実はプラス成長? 日銀、税務情報で独自試算 内閣府は反論 「国内総生産(GDP)などの経済統計を巡り、日銀と内閣府で論争が勃発している。事の発端は日銀が7月20日にホームページ上で公表した「税務データを用いた分配側GDPの試算」という1本の論文だった。  「得られた結果はかなりショッキングでした」。日銀の関根敏隆調査統計局長は7月下旬、統計の改善を話し合う総務省の部会で論文を説明した。2014年度の名目GDPは内閣府の公表額(490兆円)より約30兆円多い519兆円、実質2.4%のプラス成長だったという内容だ。GDP算出を担当する内閣府は14年度の実質成長率をマイナス0.9%としている。」 (下記は、同記事添付の日銀と内閣府のGDP成長率の推計グラフを転載) この両者の見解の相違は、推計方法と使用するデータが異なっているから。 2016/8/9付 |日本経済新聞|朝刊 (大磯小磯)GDPに30兆円のズレ? 「GDPの算出方法は3通りある。1つは各産業が生んだ付加価値を足し上げる方法。2つ目は消費や投資という支出額を積み上げる。3つ目は生産にかかわった者の所得や企業利益を合算する。それぞれを生産側GDP、支出側GDP、分配側GDPと呼び、統計がしっかりしていれば一致する。経済学の言う「三面等価」である。  政府は集計のし易さから支出側GDPを速報値とし、確報段階で生産側GDPも使って修正する。だが分配側GDPは個別にははじいていない。該当する数字はあるが、積み上げではなく、生産側GDPと同値と機械的に置いている。  今回の日銀の非公式推計は分配側GDPを税務データを使って試算した。個人住民税や法人税、申告所得などのデータを利用した。」 ここでもうひとつ。 2.税収弾直性の試算 リフレ派(上げ潮派)と財政再建派の見解の相違 2016/8/13付 |日本経済新聞|朝刊 (大磯小磯)経済学者の埋めがたい溝 「7日付本紙掲載の吉川洋立正大教授と竹中平蔵東洋大教授の対談を読み、素朴な疑問が湧いた。政策提言力のある学者として著名な2人が、あるデータを巡り認識の隔たりを隠さない。  そのデータは「税収弾性値」。名目国内総生産(GDP)成長率と税収の伸びの相関を示す。GDPが前年比1%伸びた際に税収が同2%伸びれば弾性値は2となる。財政の将来像を論じるのに重要な指標だ。弾性値が高ければ経済成長に比べ税収が増えやすくなり増税の必然性は薄れる。日本経済の成長力と弾性値は長い目で見てどの程度か、共通認識をつくることが経済学者の腕の見せどころだ。  吉川氏は弾性値1、すなわち長期的には名目成長率と税収の伸びは同じようなものだと主張する。一方、竹中氏は弾性値は3~4で、成長率が1%なら税収は3%ぐらい伸びるという。随分と開きがある。」 「だが慶応大の土居丈朗教授は、2つの相関関係を求めるのに毎年の伸び率の単純平均を使うのは不適切で、もっと多くのデータを回帰分析して判断すべきだとする。この手法なら弾性値は1.1程度だという。後者に分があるように思えるが、政策判断に至る前の分析手法の段階で専門家の合意が成立しない経済学を国民は信用するだろうか。」 こちらは著名な経済学者が三者三葉じゃなかった、三者三様。。。 (この間違いが分かる方は、筆者と同じ趣味をお持ちの方です)(^^;) 筆者も「数字」と「ロジック」を用いて仕事をしている立場にあり、その使い方にはかなり気を使っています。そんな中で、米の著名な経済学者:マンキュー教授の教科書からの一節をご紹介。(東洋経済新報社『マンキュー経済学Ⅰミクロ編』『Ⅱマクロ編』どちらにも掲載) なぜ経済学者が政策立案者に呈示するアドバイスはしばしば対立するのだろうか。これには二つの基本的な理由がある。 ① 世界の仕組みに対する見方が実証的諸理論のなかで分かれていて、どれが妥当性をもつかについて意見が一致しない可能性 ② 価値観が異なるために、政策が達成すべき目標について規範的な考え方が異なっている可能性 ①は何が正しいか、認識と事実の問題。科学的問題(サイエンス)と言われていますが、量子力学におけるいわゆる「観測問題」(「シュレーディンガーの猫」などの問題が有名)や、宇宙物理学で、観測結果と物理法則を合わせるために、「ダークマター」の存在を仮定するなど、人間が経済活動を含め、外界の事象を観測して判断すること自体が、事象を歪め、どこまで行っても正しく観測することはできない、というのが筆者の立場。 ②はどうあるべきか、道徳と人生観の問題。これについては、「事実認識+価値判断=政策」という風に考えていまして、「認識」「判断」という人間臭い営みによってしか、「政策(ポリシー)」は語ることができない、とする立場です。 会計屋さんにはお馴染みの「相対的真実」。この言葉を胸に刻んで、日々仕事にあたっています。   ■ 80年代以降の米英での極端な格差拡大の原因は何か? では、最初の岩井教授の寄稿に戻り、なぜ80年代以降の米英で極端な格差拡大が生まれたのか、について解説を見ていきたいと思います。 冒頭でご紹介した記事添付のチャートの下の図の方をご覧ください。これは、米国の上位1%の所得割合を資本所得と企業家所得と賃金所得(報酬・年金含む)に分解したものです。 これも時系列的な分析から試みると、 ① 大恐慌以前 上位1%の所得の大きな部分を資本所得が占めている。資本家が労働者を搾取する古典的な階級社会 至って、平等化が一時的?に進んだ戦後期間をはさみ、 ② 80年代以降 上位1%の所得割合が急上昇。しかし、資本所得の割合はあまり増えていない。一方、ベンチャー企業家などの所得を含む企業家所得の割合が上昇。資本主義の形態がポスト産業資本主義へと大きく変貌したことの反映。 「ただ私が注目するのは賃金所得の割合の急上昇だ。もちろん通常の労働者の賃金ではない。経営者の報酬が高騰したのだ。米国では最高経営責任者(CEO)と平均的労働者の報酬の比率は60年代には25倍だったのが、近年では350倍以上になっている。150億円という天文学的な報酬を稼ぐCEOもいる。経営者報酬の高騰こそ、米国での格差拡大の最大の原因だ。」 最後にこれが言いたかった。経営者と従業員の賃金・報酬格差から来る所得格差は許されるのか、もしくはその許容範囲はどうやって決めるべきなのか? 岩井教授によりますと、このような報酬格差を生んだのは、米英両国が推し進めてきた自由放任主義政策は、同時に「株主主権論」も推し進めてきたから。 「株主主権論とは、会社は株主のものであり、経営者は株主の代理人として、株主資本の収益率を最大化すべしという主張だ。だが株主主権論の旗印の下で実際に大きく上昇したのは、資本所得ではなく、経営者の報酬だった。」 これは、「エージェンシー理論」に基づくもので、株主から委託された資金の運用を、企業活動によって最も高利回りでリターン(現金配当だったり、株価上昇だったり)を出すことを、経営者の使命とし、その手数料としての経営者報酬という建付け。 これに対して、岩井教授は、規範的にものをおっしゃっています。 「なぜこうした逆説が生まれたのか。それは株主主権論が理論上の誤りだからだ。」 1.経営者(取締役)の忠実義務違反 「株主主権論は、会社の経営者には会社に対する「忠実義務」という倫理的義務が課されていることに目を塞いでいる。会社は法人である。法律上の人でしかない会社を現実に人として動かすには、会社に代わって決定を下し契約を結ぶ生身の人が不可欠だ。それが経営者なのだ。もし経営者に自己利益の追求を許すと、会社の名の下に自分を利する人事決定や報酬契約を行うことが可能となる。それを抑制するのが忠実義務である。」 2.経営者(取締役)への報酬制度設計の不備 ...現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します