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(ニュース複眼)東芝 不適切会計の教訓

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 不適切会計から企業統治(コーポレートガバナンス)を考える

経営管理会計トピック

東芝の一連の「不適切会計」の出来事を契機に、現在、日本経済における制度改革として、「ガバナンス」「内部統制」「会計監査」などの仕組みについても、不十分さや不適切さが指摘されています。識者のコメントを踏まえて、筆者なりの補足説明をしてきたいと思います。

2015/7/23|日本経済新聞|朝刊 (ニュース複眼)東芝 不適切会計の教訓

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「東芝の不適切会計問題は内外に衝撃を与えた。企業統治(コーポレートガバナンス)改革に積極的との評価とは裏腹に、市場を欺く利益操作をくり返す企業風土が浮き彫りになった。東芝の経営や日本のガバナンス改革はどこに行くのか。企業統治や資本市場の専門家に聞いた。」

 

■ 社長と社外取締役対峙せよ オリックス シニア・チェアマン 宮内義彦氏

さすが、約55億円の報酬を手にする人は言うことが違います。シンプルな用語で直線的な論理で非常にわかりやすいです。こういうステートメントは大変参考になります。

2015/7/23|日本経済新聞|朝刊 社長と社外取締役対峙せよ オリックス シニア・チェアマン 宮内義彦氏

「企業の目的は、世の中のためになるモノやサービスをつくり、その結果もうけることだ。そうした目的をよりよく達成するためのシステムとしてコーポレートガバナンスがある。ガバナンスというまじないをかければ不祥事を防げるなんてことはあり得ない。ガバナンスの議論と、東芝の不祥事は何ら関係がない。」

つまり、コーポレートガバナンスは、「経営と所有」が分離されたことを前提にした株式会社における、株主と経営者の委任契約をベースにしています(会社法第330条)。

「本来、ガバナンスは投資家が「私のお金をもっと効率よく回せ」と経営者にプレッシャーをかけてつくられるもの。日本の投資家は経営者にしっかりしろともっと言わないといけない。プレッシャーのかけ方のひとつが、社外取締役を入れてにらみをきかせること。すると社長もクビになっては困ると頑張る。」

経営者が株主からの受託責任をまっとうするために、おかしな方向に経営のベクトルを向けないように、助言・監視するのが社外取締役の役目ということ。これは、別段「社外」にこだわらず、(社内)取締役においても、経営執行者の監視義務は普通に法的に負っています(会社法362条2項2号)。

 

■ 改革止めず 若手に未来託せ 日本取引所 前CEO 斉藤惇氏

うーん、これまでの制度設計に携わってこられた立場から、守りの姿勢による発言のように見受けられます。もう少し建前から逸脱した意見だと面白かったのですが。。。

2015/7/23|日本経済新聞|朝刊 改革止めず 若手に未来託せ 日本取引所 前CEO 斉藤惇氏

「アベノミクスの成長戦略の一環としてコーポレートガバナンスの改革が始まったところへ、日本を代表する優良企業の不適切な会計処理の問題が起きたのは、ひじょうに残念だ。」

「こういう出来事があると、「それ見たことか」と言い始める人が現れる。東芝は委員会設置会社で社外取締役もいたのに問題が起きたではないか、と。しかし、東芝で起きたことはガバナンスを論じる以前の段階の話だ。正しい情報が経営陣に開示されていなかったのだから、取締役会が経営の執行者を監督するのは無理だ。」

こういう発言は、制度設計をかなり詳しく調べたことがない人が耳にすると、「(社外)取締役は、下から正しい報告が無かったら、それで責任解除で何も悪いことがない、責任を取らなくていいというのか!?」という反発を食らってしまうものの言い方かもしれません。

ちょっと制度設計上のカラクリをご説明すると、

日本弁護士連合会がまとめた資料を参考に。
⇒「社外取締役ガイドライン
(改訂 2015年(平成27年)3月19日)

一般に、取締役は,その職務を遂行するに際して,善良な管理者としての注意義務(いわゆる善管注意義務)を負っています(民法第644条)。

その中での社外取締役というのは、

「専門性のある社外取締役も,業務執行に関与しない社外取締役としての義務や責任を持つ者であることは他の社外取締役と変わらないが,取締役の注意義務の水準について「とくに専門的能力を買われて取締役に選任された者については,期待される水準は高くなる」とする考え方もあるので4,専門性に関連する事柄について,その者の専門的能力に応じて専門性のない社外取締役よりも期待される水準が高くなることにより,責任が重くなる可能性があることに留意する。」

とあり、社内取締役より、出身母体、または専門性によってはより重い責任を負う場合が考えられます。

そして、実際に「善管注意義務」が問われるシーンとは、
「ア 取締役自身の業務執行に関する判断に誤りがあった場合」
「イ 他の取締役・使用人の業務執行に対する監視,監督等を怠った場合」
の2つです。

ここで責任追及の可否に対する基本的な考え方として、
①経営判断の原則
「ア 行為当時の状況に照らし合理的な情報収集,調査,検討等が行われたか」
「イ その状況と取締役に要求される能力水準に照らし著しく不合理な判断がなされなかったか」
この2つが、取締役自身の業務執行に関する判断に誤りがあった場合における善管注意義務違反の有無を判断基準となります。

一言も、「下から正しくない報告が上がってきたら、寸分たりとも責任(善管注意義務)が無い」とは言っていないでしょ?

② 信頼の原則
「取締役自身の業務執行の場合の経営判断の原則の適用に関して,情報収集,調査,検討等に関する体制が十分に整備されていれば,取締役は,当該業務を担当する取締役・使用人が行った情報収集,調査,分析等の結果に依拠して意思決定を行うことに当然にちゅうちょを覚えるような不備・不足があるなどの特段の事情がない限り,当該結果に依拠して意思決定を行えば足りる」

業界での広くうわさされていた赤字受注。これを単に知らなかったで済まされるか、それとも、十分な業界知識と慎重な財務分析のスキルのいずれかがあれば、普通、おかしいと感じる(いわゆる「ちゅうちょを覚える」状態)のではないかと思うのですが。。。

 

■ 徹底調査と処罰必要 英GOインベストメント創業者 P・バトラー氏

「仏作って魂入れず」。形式だけ整えても、実態が伴わないと実効性はありません。そういう意味から、昨今の社外取締役複数案とか、規制や義務で縛るものではないと思うのですが、えらい人たちには別の思惑があるのでしょう。

2015/7/23|日本経済新聞|朝刊 徹底調査と処罰必要 英GOインベストメント創業者 P・バトラー氏

「東芝は日本企業のなかでいち早く委員会設置会社に移行するなど、形のうえではコーポレートガバナンス改革の先頭集団に属していると見られていた。しかし、監査委員会の委員長を社内役員が務めるなど、問題もあった。」

要は、プロとしての社外取締役を担える人材が少ないということ。この辺については、同紙でも2日後に取り上げています。

2015/7/25|日本経済新聞|朝刊 (真相深層)社外取締役 3つの不安 偏る経歴・独立性・横滑り 1年で1000人増、変化に海外が注目も…

「「社外取締役の増員、要求される各種の専門性に配慮した構成員の見直しが必要」――。東芝の第三者委員会がまとめた調査報告書。約300ページの最後の部分で再発防止策が提言された。
東芝は業務執行と監督の機能を分離した委員会設置会社に2003年に移行した。16人いた取締役のうち社外取締役は4人。いずれも東証が定める独立社外取締役の要件を満たしている。
しかし2人は元外務官僚、1人は学者で、経営経験者は1人だけ。組織的に行われてきた不適切会計を止められず、企業統治が形骸化していたとの批判は免れない。」

ではどんな経験・分野から社外取締役が選任されているか?同記事に添付されていたチャートを下記に転載します。

社外取締役の出身_日本経済新聞_20150725

記事では、3つの不安を詳述しています。
① 社外取締役の経歴
② 社外取締役の独立性
③ 社外監査役から社外取締役へのくら替え

記事でも海外の事情を紹介しています。
「海外でも独立した社外取締役が一般的になるまで時間がかかった。「欧米でも社外取締役が増えた1980年代は経営者の知人が中心。独立性の高い人が増えるまで10年は必要だった」(日本取締役協会の松本氏)」

この辺からも、日本弁護士連合会が熱を入れて、社外取締役の善管注意義務についてペーパーを出している事情がお分かりいただけたでしょうか?

 

■ 情報開示の画一性問題 青山学院大教授 北川哲雄氏

そして、最後に、企業不祥事が起きると必ず問われるのが、監査法人の責任。公認会計士はその道のプロなのだから、どうして何年にもわたって行われてきた「不適切会計」を暴くことができなかったのか? 一般常識的にはそういう疑問が湧くのも必然のことです。

2015/7/23|日本経済新聞|朝刊 情報開示の画一性問題 青山学院大教授 北川哲雄氏

「東芝の不適切会計問題を契機に、監査や内部統制の改革が進むだろう。
財務諸表がルール通りであることを保証する監査報告書や、不正が効果的に抑えられていることを示す内部統制報告書など、企業は様々な書類を資本市場に開示している。市場監督者の国際的な集まりの場では、日本企業の監査などに関する情報開示は画一的すぎるという指摘が聞かれるようになった。」

「東芝の監査報告書なども通りいっぺんの記述しかなかった。水増しされた利益の大きさもさることながら、監査・内部統制が軽んじられていたことも深刻に考えるべきだ。」

こういうことが起きると、「一罰百戒」「羹に懲りて鱠を吹く」。また、形式面だけ拡充されて、監査手続きをより複雑にしたり、報告書の類のフォーマットを増やしたりすることで、問題が解決されると考える向きもあるかもしれません。

こう言う時に、筆者が必ず指摘しているのは、「二重責任の原則」です。

日本公認会計士協会ホームページにある「小中学生向け説明ページ」からこの原則の解説を抜粋します。

「財務諸表を作る責任は経営者(企業側)にあり、公認会計士にはそれを監査する責任がある。たとえば、継続企業の前提(ゴーイング・コンサーン)の注記は公認会計士が書くものではなく、会社が自ら情報を開示するものであり、公認会計士はその有無や内容の十分性に対して適正か否かを表明する。
ここでの公認会計士の責任は、会社の事業継続能力を判定したり、会社の存続を保証することではなく、当該注記が正しく開示されているかどうかを表明することにある。」

公認会計士は、不正を摘発するのではなく、企業が開示する財務諸表が適正に記載されているかを評価する任務しかない、とするものです。

一般常識(社会通念)と会計士の世界との論理(監査論)とが乖離している一番大きな要因がここにあると思っています。例のカネボウの一連の出来事の後、「企業が継続して事業を営める状態にあるか(ゴーイング・コンサーン)についても会計士がきちんと評価するべき」という声が大きくなりました。

そこで、日本会計士協会はどう対処したか?

上記にある通り、
「継続企業の前提(ゴーイング・コンサーン)の注記は公認会計士が書くものではなく、会社が自ら情報を開示するものであり、公認会計士はその有無や内容の十分性に対して適正か否かを表明する。」

あくまで、適正意見の表明しかしません、と、「二重責任の原則」を厳守しました。

参考まで、下記の論文をご紹介しておきます。
⇒「ゴーイング・コンサーン注記開示・監査制度に関する一考察

歴戦の強者である元経営絵者、日本のコーポレートガバナンスを作った人、弁護士や公認会計士、ファンドマネージャー。様々な人の意見・立場から標件についての考察を整理してきました。

「多様な意見を聞いて、自分の頭で判断する」

最後にこの言葉を読者の方々のお贈りします。(> <)/

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