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■ 人工知能(AI)が職を奪うのではない。AIをつくり、使う人間が奪うのだ!

経営管理会計トピック

柳川教授は、「人工知能(AI)が従来の生身の人間の仕事を奪うのか?」という問いに対し、短絡的に奪われるか否かを問題せず、人工知能(AI)関連技術が進歩した社会でも、通用するスキルを身に着けておくこと、についての含蓄のある示唆を与えてくれています。

2016/1/13付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)人工知能は職を奪うか(下)意思疎通能力、一層重要に 労働市場の整備カギ 柳川範之 東京大学教授

「人工知能(AI)が多くの人々の仕事を奪うのではないか。そんな懸念が急速に広まっている。コンピューターが、単純労働やルーチン(規則的な活動)ワークを代替しつつあることは以前から指摘されてきた。それがAIの発達により、かなり知的能力を必要とする仕事にまで及び、広範囲な仕事がAIに取って代わられつつあると言われる。
今や、働く環境は急速に変化している。こうした時代に求められる能力とはどのようなものだろうか。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

<ポイント>
● 仕事を奪うのはAIやロボット使う人間
● 意思疎通や協働能力など社会技能が重要
● 変化が速く何歳でも新たな能力獲得必要

柳川教授の第1の示唆は、実は人工知能(AI)が人間の仕事を奪うのではなく、人工知能(AI)の開発者やAIを搭載したロボットや各種デバイスをつくり、プログラミングし、活用方法を考えたり、実際に活用しながら高付加価値のある仕事をする人間に職を奪われる、というもので、全面的に賛意を示さざるを得ない慧眼だと思います。

20160113_柳川範之_日本経済新聞朝刊

(同記事電子版より 柳川範之教授)

ただ、そういう能力を持つ人は、高所得を獲得する可能性が高く、所得格差が固定化したり、その格差が拡大することも社会的問題だと指摘されています。一方で、AIやロボットをつくったり、使いこなす側になろう、そうすれば勝組になれる、という理屈になります。

ここまでの主旨は全面的に賛成なのですが、そこに至る記述でテクニカルに筆者と見解が異なるところがあるので、いささか脱線しますが、その見解の相違について少々、、、

「SF的な未来を考えない限り、コンピューターやロボットが人間から完全に独立して、自らの意思を持って仕事をし、人間の仕事を奪うことはあり得ない。従ってAIやロボットが仕事を奪うのではなく、それを使う人間が他の人の仕事を奪うのだ。」

結論は100%賛成なのですが、その前段が頂けない。「ディープラーニング(深層学習)」に代表される、人間の脳のメカニズムを模したニューラルネットワークによる事象の認知や問題解決策の提示など、生身の人間の統制を超えて、AIが「自律」的ではなく、「自立」的に、情報処理を進めていくようになることは、ホーキング博士やビル=ゲイツ氏が警鐘を鳴らしていることでも有名なお話。筆者も、「シンギュラリティ」が実際に起きて、人間を超える超人間として、AIが「人工汎用知能(AGI:Artificial General Intelligence)」となる可能性が高いと考えています。その辺は下記著をご参照ください。

人工知能 人類最悪にして最後の発明

■ 人工知能(AI)全盛の時代でも通用するスキルとは?

それから、これもなるほど、と筆者が唸った見解は、次の文章にて、

「例えば、弁護士という仕事が代替されるか否かと問われると、多くの人はノーと答えるかもしれない。しかし、弁護士が手掛ける業務内容は多岐にわたる。書類を整理したり過去の関連判例を探したりする作業は、AIに任せたほうが、効率的にできる面も多い。一方、相手方との交渉を完全にAIに任せるのは難しいかもしれない。多くの産業で起きるのは、このように一つの仕事・職業が、代替される業務と代替されない業務に分かれていく変化だ。」

とあるように、一つの職種がまるごとAIに代替されるというより、ある職種の特定の業務がAIに代替される、という考え方です。これまでは、タクシー運転手とか、経理担当者等が失職すると言われていましたが、心地良い「おもてなし」や高度な観光案内サービスを伴う時間決めのドライバー・サービスの需要はなくならないと思います。また、電子的な請求書や納品書から単純に、売掛金計上の仕訳を計上する仕事はなくなっても、AIを活用した、財務分析や収益性の判断を伴う設備投資や開発投資、人材配置の意思決定業務は、ずっと生身の人間がやる作業として残るはずです。

では、教授が言う3つのAI全盛時代でも求められるスキルについて、改めて触れていきましょう。

(下図は、記事添付の、AI時代でも必要とされるスキルを図示したチャートを転載)

20160113_今後必要とされる能力_日本経済新聞朝刊

1.AIを活用するスキル
(アルゴリズムを考えたり、AI搭載デバイスを設計・製造するスキル)
2.AIを使いこなして、従来の仕事の付加価値を高めるスキル
(AI搭載のデバイスやスマート製品、コンピュータマシンなどを使いこなすスキル)
3.AIがまだまだ実行不可能な対人コミュニケーションスキル
(暗黙知が重視されたり、チームワーク自体が求められる職場での対人スキル)

1.2.は、AIに対する「フォロワー戦略」で、3.は、AIがまだ入り込めない分野での「ニッチ戦略」とも表現できるかもしれません。マーケティング的な分類をすると。但し、3.についてAIがまだ苦手というのは、「まだ」なだけであって、早かれ遅かれ、いつかAIはきっとこの分野でも人間に追い付くと筆者は感じています。それまでの、タイムギャップの隙間を活用する「ギャップ戦略」なだけですね。

10年後世界が壊れても、君が生き残るために今、身につけるべきこと 答えのない不安を自信に変える賢者の方法

■ 結局、ここでも教育や職業訓練のお話で決着するのか?

記事に、こういうくだりがあります。

「人口が減少していくのでAIが人間の仕事を代替してくれれば好都合だという議論が時々聞かれる。しかし、いくら人手不足の産業があるからといって、そこで働く能力や技能がなければ働くことは難しい。従って移動に決定的に必要となるのは、求められるスキルの獲得だ。AIで代替されてしまう能力ではなく、必要とされる能力や技能を積極的に身につけて、自分自身が活躍できる場所に移れるようにすることが欠かせない。」

まず、現在の日本が置かれた特殊な状態から、少子高齢化による労働力不足をAIで埋めて生産性を維持する、という意見は、至極全うだと思います。ソフトバンクの孫氏もそういう意図でペッパー君を世に送り出しています。しかし、柳川教授が真に言いたいのは、AIに代替される職種から、生身の人間が必要とされる職種に転換できるように、自分を再教育しよう、という主張だと理解しています。

だって、教授の持論は、「40歳定年制」ですから。

日本成長戦略 40歳定年制 経済と雇用の心配がなくなる日

40歳からの会社に頼らない働き方 (ちくま新書)

詳しくは上記の著書を読んで頂くとして、この記事で触れられている範囲で教授の再教育・職種転換訓練に関する考察をまとめると次のようになります。

「かつては、将来必要なスキルは、会社側が身につけさせてくれると楽観的に考えられる時代もあった。しかし、変化の波が大きく会社自体の存続も保証されない時代には、そうした期待はしにくい。」

→ 会社任せのキャリアアップはリスクありありだよ、ということ!

「変化のスピードが速いことも大きなポイントだ。変化が大きくてもゆっくりならば、過去に身につけた能力で十分に働き続けられ、新たな世代が新たに必要な能力を獲得すればよかった。しかし変化が速くかつ寿命も延びている以上、いくつになっても、その時々で必要とされる能力を身につけなければならない。」

→ ここがほんのり教授持論の「40歳定年」というか、再訓練の必要性を重視ということ!

「必要な能力が大きく変化している現在、子どもや若者に対する学校教育も当然、抜本的に変えていかなければならない。現在の学校教育では、前述のような今後必要とされる能力が十分に養成されていない。従来の学校教育や入試制度はAIやコンピューターが比較的代替しやすい能力を養成してきた傾向がある。かつては、それでよかったし、またそれが必要でもあった。
しかし今後は、教育内容を改めていかなければ、AIにどんどん仕事を奪われてしまう。その際、理系、文系という区切りは一刻も早くやめるべきだろう。いま求められているのは、社会的な問題についてAIをうまく活用しながら解決していく能力である。それは理系と文系の融合が欠かせない能力である。」

→ 昨年、文科省が拙速にも文系学部を理転させようと目論んで、大反対に遭って即時主張を引っ込めたやつありましたね!

筆者は高校が文系でしたが、運よく大学は文系でも理系ともいえない学部で4年間を過ごすことが出来ました。その際の教育のお蔭で、今の仕事ができている、と考えている次第です。

「そもそも学校教育はかなりの長期投資であり成果が出るには時間がかかる。そのため、必要とされる能力はどうしても後追いになりがちだ。だからこそ、かなり先の将来を見据えて必要とされる能力を教育していくことが、今後一層求められる条件となろう。」

→ うーん、投資対効果が測定できないと、人間は何事も意思決定できないとつい考えてしまうのは、コンサルタントとしての職業病でしょうか?

「学力」の経済学

まあ、百家争鳴。いろんな分野の専門家がAIについて議論することは、その周辺で仕事をしている筆者にとっては非常にエキサイティングで嬉しいことです。これも、「ゴールドラッシュ時代に一番儲けた人はシャベルを売った人」理論にも通じるのですが、一番競争の激しい所で勝負して勝つ確率は非常に小さいので、小さくまとまったとしても、勝てるところで着実に勝てる生き方を選びますけどね。だから、AIの可能性にはすごいものがある、と理解していてもAIそのものをどうにかするところに行こうとは思いませんね。

すみません、見栄を張りました。そもそも、プログラミングができるほど、論理的な脳みそを持ち合わせていないので、AIをつくる、使う仕事に就けないのでした。。。(^^;)

東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ (日経ビジネス人文庫)

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(経済教室)人工知能は職を奪うか(下)意思疎通能力、一層重要に 労働市場の整備カギ 柳川範之 東京大学教授http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭テクノロジー人工知能,AI,柳川範之,40歳定年,社会技能,social skill■ 人工知能(AI)が職を奪うのではない。AIをつくり、使う人間が奪うのだ! 柳川教授は、「人工知能(AI)が従来の生身の人間の仕事を奪うのか?」という問いに対し、短絡的に奪われるか否かを問題せず、人工知能(AI)関連技術が進歩した社会でも、通用するスキルを身に着けておくこと、についての含蓄のある示唆を与えてくれています。 2016/1/13付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)人工知能は職を奪うか(下)意思疎通能力、一層重要に 労働市場の整備カギ 柳川範之 東京大学教授 「人工知能(AI)が多くの人々の仕事を奪うのではないか。そんな懸念が急速に広まっている。コンピューターが、単純労働やルーチン(規則的な活動)ワークを代替しつつあることは以前から指摘されてきた。それがAIの発達により、かなり知的能力を必要とする仕事にまで及び、広範囲な仕事がAIに取って代わられつつあると言われる。 今や、働く環境は急速に変化している。こうした時代に求められる能力とはどのようなものだろうか。」 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます <ポイント> ● 仕事を奪うのはAIやロボット使う人間 ● 意思疎通や協働能力など社会技能が重要 ● 変化が速く何歳でも新たな能力獲得必要 柳川教授の第1の示唆は、実は人工知能(AI)が人間の仕事を奪うのではなく、人工知能(AI)の開発者やAIを搭載したロボットや各種デバイスをつくり、プログラミングし、活用方法を考えたり、実際に活用しながら高付加価値のある仕事をする人間に職を奪われる、というもので、全面的に賛意を示さざるを得ない慧眼だと思います。 (同記事電子版より 柳川範之教授) ただ、そういう能力を持つ人は、高所得を獲得する可能性が高く、所得格差が固定化したり、その格差が拡大することも社会的問題だと指摘されています。一方で、AIやロボットをつくったり、使いこなす側になろう、そうすれば勝組になれる、という理屈になります。 ここまでの主旨は全面的に賛成なのですが、そこに至る記述でテクニカルに筆者と見解が異なるところがあるので、いささか脱線しますが、その見解の相違について少々、、、 「SF的な未来を考えない限り、コンピューターやロボットが人間から完全に独立して、自らの意思を持って仕事をし、人間の仕事を奪うことはあり得ない。従ってAIやロボットが仕事を奪うのではなく、それを使う人間が他の人の仕事を奪うのだ。」 結論は100%賛成なのですが、その前段が頂けない。「ディープラーニング(深層学習)」に代表される、人間の脳のメカニズムを模したニューラルネットワークによる事象の認知や問題解決策の提示など、生身の人間の統制を超えて、AIが「自律」的ではなく、「自立」的に、情報処理を進めていくようになることは、ホーキング博士やビル=ゲイツ氏が警鐘を鳴らしていることでも有名なお話。筆者も、「シンギュラリティ」が実際に起きて、人間を超える超人間として、AIが「人工汎用知能(AGI:Artificial General Intelligence)」となる可能性が高いと考えています。その辺は下記著をご参照ください。 人工知能 人類最悪にして最後の発明 ■ 人工知能(AI)全盛の時代でも通用するスキルとは? それから、これもなるほど、と筆者が唸った見解は、次の文章にて、 「例えば、弁護士という仕事が代替されるか否かと問われると、多くの人はノーと答えるかもしれない。しかし、弁護士が手掛ける業務内容は多岐にわたる。書類を整理したり過去の関連判例を探したりする作業は、AIに任せたほうが、効率的にできる面も多い。一方、相手方との交渉を完全にAIに任せるのは難しいかもしれない。多くの産業で起きるのは、このように一つの仕事・職業が、代替される業務と代替されない業務に分かれていく変化だ。」 とあるように、一つの職種がまるごとAIに代替されるというより、ある職種の特定の業務がAIに代替される、という考え方です。これまでは、タクシー運転手とか、経理担当者等が失職すると言われていましたが、心地良い「おもてなし」や高度な観光案内サービスを伴う時間決めのドライバー・サービスの需要はなくならないと思います。また、電子的な請求書や納品書から単純に、売掛金計上の仕訳を計上する仕事はなくなっても、AIを活用した、財務分析や収益性の判断を伴う設備投資や開発投資、人材配置の意思決定業務は、ずっと生身の人間がやる作業として残るはずです。 では、教授が言う3つのAI全盛時代でも求められるスキルについて、改めて触れていきましょう。 (下図は、記事添付の、AI時代でも必要とされるスキルを図示したチャートを転載) 1.AIを活用するスキル (アルゴリズムを考えたり、AI搭載デバイスを設計・製造するスキル) 2.AIを使いこなして、従来の仕事の付加価値を高めるスキル (AI搭載のデバイスやスマート製品、コンピュータマシンなどを使いこなすスキル) 3.AIがまだまだ実行不可能な対人コミュニケーションスキル (暗黙知が重視されたり、チームワーク自体が求められる職場での対人スキル) 1.2.は、AIに対する「フォロワー戦略」で、3.は、AIがまだ入り込めない分野での「ニッチ戦略」とも表現できるかもしれません。マーケティング的な分類をすると。但し、3.についてAIがまだ苦手というのは、「まだ」なだけであって、早かれ遅かれ、いつかAIはきっとこの分野でも人間に追い付くと筆者は感じています。それまでの、タイムギャップの隙間を活用する「ギャップ戦略」なだけですね。 10年後世界が壊れても、君が生き残るために今、身につけるべきこと 答えのない不安を自信に変える賢者の方法 ■ 結局、ここでも教育や職業訓練のお話で決着するのか? 記事に、こういうくだりがあります。 「人口が減少していくのでAIが人間の仕事を代替してくれれば好都合だという議論が時々聞かれる。しかし、いくら人手不足の産業があるからといって、そこで働く能力や技能がなければ働くことは難しい。従って移動に決定的に必要となるのは、求められるスキルの獲得だ。AIで代替されてしまう能力ではなく、必要とされる能力や技能を積極的に身につけて、自分自身が活躍できる場所に移れるようにすることが欠かせない。」 まず、現在の日本が置かれた特殊な状態から、少子高齢化による労働力不足をAIで埋めて生産性を維持する、という意見は、至極全うだと思います。ソフトバンクの孫氏もそういう意図でペッパー君を世に送り出しています。しかし、柳川教授が真に言いたいのは、AIに代替される職種から、生身の人間が必要とされる職種に転換できるように、自分を再教育しよう、という主張だと理解しています。 だって、教授の持論は、「40歳定年制」ですから。 日本成長戦略 40歳定年制 経済と雇用の心配がなくなる日 40歳からの会社に頼らない働き方 (ちくま新書) 詳しくは上記の著書を読んで頂くとして、この記事で触れられている範囲で教授の再教育・職種転換訓練に関する考察をまとめると次のようになります。 「かつては、将来必要なスキルは、会社側が身につけさせてくれると楽観的に考えられる時代もあった。しかし、変化の波が大きく会社自体の存続も保証されない時代には、そうした期待はしにくい。」 → 会社任せのキャリアアップはリスクありありだよ、ということ! 「変化のスピードが速いことも大きなポイントだ。変化が大きくてもゆっくりならば、過去に身につけた能力で十分に働き続けられ、新たな世代が新たに必要な能力を獲得すればよかった。しかし変化が速くかつ寿命も延びている以上、いくつになっても、その時々で必要とされる能力を身につけなければならない。」 → ここがほんのり教授持論の「40歳定年」というか、再訓練の必要性を重視ということ! 「必要な能力が大きく変化している現在、子どもや若者に対する学校教育も当然、抜本的に変えていかなければならない。現在の学校教育では、前述のような今後必要とされる能力が十分に養成されていない。従来の学校教育や入試制度はAIやコンピューターが比較的代替しやすい能力を養成してきた傾向がある。かつては、それでよかったし、またそれが必要でもあった。 しかし今後は、教育内容を改めていかなければ、AIにどんどん仕事を奪われてしまう。その際、理系、文系という区切りは一刻も早くやめるべきだろう。いま求められているのは、社会的な問題についてAIをうまく活用しながら解決していく能力である。それは理系と文系の融合が欠かせない能力である。」 → 昨年、文科省が拙速にも文系学部を理転させようと目論んで、大反対に遭って即時主張を引っ込めたやつありましたね! 筆者は高校が文系でしたが、運よく大学は文系でも理系ともいえない学部で4年間を過ごすことが出来ました。その際の教育のお蔭で、今の仕事ができている、と考えている次第です。 「そもそも学校教育はかなりの長期投資であり成果が出るには時間がかかる。そのため、必要とされる能力はどうしても後追いになりがちだ。だからこそ、かなり先の将来を見据えて必要とされる能力を教育していくことが、今後一層求められる条件となろう。」 → うーん、投資対効果が測定できないと、人間は何事も意思決定できないとつい考えてしまうのは、コンサルタントとしての職業病でしょうか? 「学力」の経済学 まあ、百家争鳴。いろんな分野の専門家がAIについて議論することは、その周辺で仕事をしている筆者にとっては非常にエキサイティングで嬉しいことです。これも、「ゴールドラッシュ時代に一番儲けた人はシャベルを売った人」理論にも通じるのですが、一番競争の激しい所で勝負して勝つ確率は非常に小さいので、小さくまとまったとしても、勝てるところで着実に勝てる生き方を選びますけどね。だから、AIの可能性にはすごいものがある、と理解していてもAIそのものをどうにかするところに行こうとは思いませんね。 すみません、見栄を張りました。そもそも、プログラミングができるほど、論理的な脳みそを持ち合わせていないので、AIをつくる、使う仕事に就けないのでした。。。(^^;) 東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ (日経ビジネス人文庫)現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します