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■ 超過村から大ヒット! 奇跡の卵ご飯醤油

コンサルタントのつぶやき

卵かけご飯専用の醤油「おたまはん」(なんと、関西風と関東風の2種類あり!)。2002年発売以来、300万本売れた大ヒット商品となった。仕掛けたのは、島根県雲南市吉田町「吉田ふるさと村」。醤油にみりんと鰹節をいい感じに配合し完成した。完成までに幾たびの試行錯誤があったそう。開発担当者は何杯卵かけご飯を食べたか分からないほどだそうです。

まだ出汁が熱々の時に瓶詰め。多い時は1日2000本も作る。食品加工・販売をメインとする村おこしのための会社。最近「道の駅」の経営にも乗り出し、年間50万人が訪れる名所スポットになっている。ここの名物が「おたまはんソフト」。ソフトクリームに「おたまはん」を使ったカラメルソースがかかっている。ゔ―――、美味しそう!

よくある他の村おこし会社とは大きな違いある。それは、広く村民から出資を募り、株主になってもらっていること。当初、株主として出資した村民のひとりの感想。「この出資金は村おこしの捨て石になるお金だと思っていた。それが配当や利益を生むとはびっくりしている」

 

■ Uターンで帰郷した高岡氏が創業

今から30年も昔、バブルの前兆が現れたころ、まだ過疎問題がそれ程脚光を浴びていなかった時代、旧吉田村の村民100人以上が出資して設立された住民株式会社だった。

「住民による住民のための住民株式会社」

この会社設立の意図は、発起人の高岡氏によると、「このままいくと(旧吉田村の)人口が減って村が無くなってしまう。強い不安や危機感を持った人がたくさんいた。仕事場を作って地域経済を発展させ村を維持していきたい」

仕事が減るから人が減る。

105万円の出資を募る趣意書を全世帯に配った。趣意書の文面から。
「子孫に我々が手渡してあげられるものは何か? 一人の力ではなく一人の利益のためではなく、みんなの力によって、みんなの利益のために、働こうではありませんか」

これに答えて、101人の村民が同意して株主となった。集めた資金は2750万円。当時の吉田村も一部を出資したが、「赤字になっても村には頼らない」と宣言した。1985年、吉田ふるさと村はスタート。メンバーは高岡氏を含めて6人。とにかく収益を上げようと、地元の餅やシイタケを売ることから始めた。

「当時はもう無我夢中。とにかく物をお客様に買ってもらい収入を得るのが一番大切なこと」その会社の経営を安定させたのが、卵かけご飯専用醤油の「おたまはん」。開発のきっかけは、養鶏業者に、卵に合う調味料を作ってくれと依頼されたこと。「卵かけご飯には、小さい頃の思い出とか時代を反映した思い出を持っている。私たちの時代は卵といえば“ごちそう”だったから」と年配者の弁。

私もよく両親から、両親が幼い時は「卵」は高級品だと聞かされて育ちました。でも、すみません。私の時代は既に卵は廉価品になっていました。卵の値段の秘密については、また別の機会に解説したいと思います。(^^;)

 

■ 住民の生活を支える会社

他にも、ふるさと村には住民の暮らしを支える創業時以来の大事な仕事がある。村からの委託で浄水場の管理を行っている。住民の飲み水を確保しているのだ。また、各住民への水回りの訪問修理サービス。

現在、ふるさと村の事業内容は、日帰り温泉、観光、バス、水道、飲食店、道の駅、原料生産、食品加工販売。年間売上4億円にのぼる。従業員は66名に。地域最大の雇用先に成長した。

「やればできることを示すことはできた。これからの我々にとって、今度は子孫にきちっと渡していけるものが守れるか、作り出せるかが大きな課題だ」

「黒字と赤字を繰り返している。厳しいところを行ったり来たりしながら、何とかバランスを保ちながら、会社を潰さず、次につなげていくことを常に考えながらやっている。我々の場合は最初から行政におんぶにだっこという形ではなく、運営も全部民間でやっていく。スタート時点の約束として「自立する」と言い切った。村からの赤字補てんはやらないと宣言してから事業を始めているので、本当に厳しい所からの出発だった。だけど、今動かなければ手遅れになるよ、という気持ちで始めた。村民も当初は事業が軌道に乗るか、半信半疑だったようだ」

 

■ 地域社会を守る本当の意義とは?

夕張市長の鈴木氏いわく、
「結局、人口規模にはいろいろな状況があるけど、究極の目的は、そこにいる人の力を最大限発揮すること。小さい町ほど危機感を肌で感じて何かを為そうとするから、こういう(ふるさと村のような)実例も生まれてきている。大都会に住んでいて、都知事の顔と名前は知っているかもしれないが、区長や区議会議員にだれがいるかも知らないケースが多いと思う。その上、区の職員が何を考えているのかなんて分からない。だけど、町の規模が小さくなればなるほど、危機意識も「自分事化」してくる。身近に感じざるを得ない状況だからこそ、新しいモノが生まれてくる。新しいモノが生まれてこないと危機を乗り越えられない」

『危機を肌で感じる田舎でこそ新しいモノが生まれる』

ここで、村上氏から意識的にわざと厳しい質問が。
「経済合理的に考えると、放っておくと田舎は自然消滅する。手間暇かけて、あえて田舎を再生する必要があるのか?」

高岡氏いわく、
「経済合理性だけを考えれば、無くなるべくして田舎は消滅するでしょう。でも、人が人らしく生きる環境というのは、決して都会ではないと思う。そういう環境(田舎)を残していくのも我々の仕事だし。田舎を無くせばいいという問題では決してないと思う。」

『人が人らしく生きる環境を守る』

(前編は)
⇒「田舎に日本の未来SP 第1弾 ~人口減に挑む地元愛~(1)夕張市市長・鈴木直道 島根県雲南市吉田ふるさと村社長・高岡裕司 2015年6月4日OA TX カンブリア宮殿

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田舎に日本の未来SP 第1弾 ~人口減に挑む地元愛~(2)夕張市市長・鈴木直道 島根県雲南市吉田ふるさと村社長・高岡裕司 2015年6月4日OA TX カンブリア宮殿http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-e1428166267398.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-150x150.jpg小林 友昭TV番組レビューカンブリア宮殿,夕張市,鈴木直道,吉田町,吉田ふるさと村,高岡裕司,過疎■ 超過村から大ヒット! 奇跡の卵ご飯醤油 卵かけご飯専用の醤油「おたまはん」(なんと、関西風と関東風の2種類あり!)。2002年発売以来、300万本売れた大ヒット商品となった。仕掛けたのは、島根県雲南市吉田町「吉田ふるさと村」。醤油にみりんと鰹節をいい感じに配合し完成した。完成までに幾たびの試行錯誤があったそう。開発担当者は何杯卵かけご飯を食べたか分からないほどだそうです。 まだ出汁が熱々の時に瓶詰め。多い時は1日2000本も作る。食品加工・販売をメインとする村おこしのための会社。最近「道の駅」の経営にも乗り出し、年間50万人が訪れる名所スポットになっている。ここの名物が「おたまはんソフト」。ソフトクリームに「おたまはん」を使ったカラメルソースがかかっている。ゔ―――、美味しそう! よくある他の村おこし会社とは大きな違いある。それは、広く村民から出資を募り、株主になってもらっていること。当初、株主として出資した村民のひとりの感想。「この出資金は村おこしの捨て石になるお金だと思っていた。それが配当や利益を生むとはびっくりしている」   ■ Uターンで帰郷した高岡氏が創業 今から30年も昔、バブルの前兆が現れたころ、まだ過疎問題がそれ程脚光を浴びていなかった時代、旧吉田村の村民100人以上が出資して設立された住民株式会社だった。 「住民による住民のための住民株式会社」 この会社設立の意図は、発起人の高岡氏によると、「このままいくと(旧吉田村の)人口が減って村が無くなってしまう。強い不安や危機感を持った人がたくさんいた。仕事場を作って地域経済を発展させ村を維持していきたい」 仕事が減るから人が減る。 105万円の出資を募る趣意書を全世帯に配った。趣意書の文面から。 「子孫に我々が手渡してあげられるものは何か? 一人の力ではなく一人の利益のためではなく、みんなの力によって、みんなの利益のために、働こうではありませんか」 これに答えて、101人の村民が同意して株主となった。集めた資金は2750万円。当時の吉田村も一部を出資したが、「赤字になっても村には頼らない」と宣言した。1985年、吉田ふるさと村はスタート。メンバーは高岡氏を含めて6人。とにかく収益を上げようと、地元の餅やシイタケを売ることから始めた。 「当時はもう無我夢中。とにかく物をお客様に買ってもらい収入を得るのが一番大切なこと」その会社の経営を安定させたのが、卵かけご飯専用醤油の「おたまはん」。開発のきっかけは、養鶏業者に、卵に合う調味料を作ってくれと依頼されたこと。「卵かけご飯には、小さい頃の思い出とか時代を反映した思い出を持っている。私たちの時代は卵といえば“ごちそう”だったから」と年配者の弁。 私もよく両親から、両親が幼い時は「卵」は高級品だと聞かされて育ちました。でも、すみません。私の時代は既に卵は廉価品になっていました。卵の値段の秘密については、また別の機会に解説したいと思います。(^^;)   ■ 住民の生活を支える会社 他にも、ふるさと村には住民の暮らしを支える創業時以来の大事な仕事がある。村からの委託で浄水場の管理を行っている。住民の飲み水を確保しているのだ。また、各住民への水回りの訪問修理サービス。 現在、ふるさと村の事業内容は、日帰り温泉、観光、バス、水道、飲食店、道の駅、原料生産、食品加工販売。年間売上4億円にのぼる。従業員は66名に。地域最大の雇用先に成長した。 「やればできることを示すことはできた。これからの我々にとって、今度は子孫にきちっと渡していけるものが守れるか、作り出せるかが大きな課題だ」 「黒字と赤字を繰り返している。厳しいところを行ったり来たりしながら、何とかバランスを保ちながら、会社を潰さず、次につなげていくことを常に考えながらやっている。我々の場合は最初から行政におんぶにだっこという形ではなく、運営も全部民間でやっていく。スタート時点の約束として「自立する」と言い切った。村からの赤字補てんはやらないと宣言してから事業を始めているので、本当に厳しい所からの出発だった。だけど、今動かなければ手遅れになるよ、という気持ちで始めた。村民も当初は事業が軌道に乗るか、半信半疑だったようだ」   ■ 地域社会を守る本当の意義とは? 夕張市長の鈴木氏いわく、 「結局、人口規模にはいろいろな状況があるけど、究極の目的は、そこにいる人の力を最大限発揮すること。小さい町ほど危機感を肌で感じて何かを為そうとするから、こういう(ふるさと村のような)実例も生まれてきている。大都会に住んでいて、都知事の顔と名前は知っているかもしれないが、区長や区議会議員にだれがいるかも知らないケースが多いと思う。その上、区の職員が何を考えているのかなんて分からない。だけど、町の規模が小さくなればなるほど、危機意識も「自分事化」してくる。身近に感じざるを得ない状況だからこそ、新しいモノが生まれてくる。新しいモノが生まれてこないと危機を乗り越えられない」 『危機を肌で感じる田舎でこそ新しいモノが生まれる』 ここで、村上氏から意識的にわざと厳しい質問が。 「経済合理的に考えると、放っておくと田舎は自然消滅する。手間暇かけて、あえて田舎を再生する必要があるのか?」 高岡氏いわく、 「経済合理性だけを考えれば、無くなるべくして田舎は消滅するでしょう。でも、人が人らしく生きる環境というのは、決して都会ではないと思う。そういう環境(田舎)を残していくのも我々の仕事だし。田舎を無くせばいいという問題では決してないと思う。」 『人が人らしく生きる環境を守る』 (前編は) ⇒「田舎に日本の未来SP 第1弾 ~人口減に挑む地元愛~(1)夕張市市長・鈴木直道 島根県雲南市吉田ふるさと村社長・高岡裕司 2015年6月4日OA TX カンブリア宮殿」 -------------------- 番組ホームページはこちら 夕張市のホームページはこちら 吉田ふるさと村のホームページはこちら現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します