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(やさしい経済学)顧客価値重視のイノベーション(2)SEDAモデルでデザイン思考を理解する!

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 本論に入る前に、延岡健太郎 一橋大学教授を紹介します

経営管理会計トピック

一橋大学イノベーション研究センター研究スタッフ紹介 より

20170327_延岡健太郎_一橋大学イノベーション研究センター研究スタッフ紹介

のべおか・けんたろう 米MIT経営学博士
戦略・組織マネジメント、技術経営
1959年生

【最近取り組んでいるテーマ】
国際企業の技術・商品開発における戦略と組織の研究

 

(4)アートで新しい価値を提起

本稿は、日本経済新聞に2017/3/8~21まで連載された記事を元に構成しています。全10回という本コラム連載においてはいささか長い方の部類に入ります。読みごたえがあるというものです。(^^;)

20173/8付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)顧客価値重視のイノベーション(1)顧客の求める価値が「暗黙化」 一橋大学教授 延岡健太郎

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

顧客価値を考える上で重要な「統合的価値(=意味的価値+機能的価値)」を考える枠組みとして「SEDAモデル」が紹介されています。

S:Science(サイエンス)
E:Engineering(エンジニアリング)
D:Design(デザイン)
A:Art(アート)

(下記は、同記事添付の「SEDAモデル」を引用)

20170313_SEDAモデル_日本経済新聞朝刊

横軸は、形式知か暗黙知か。重点を置く顧客への提供価値の捉え方で分類されています。
縦軸は、問題提起か問題解決か。価値提供をする振る舞いの仕方で分類されています。
価値提供サイドの態度が短期的視点に立つものならば、傾向として「問題解決」に流れがちですし、長期的視点で顧客と相対峙することを良しとするものならば、「問題提起」型のスタイルで価値訴求をします。この両方を同じ主体(企業・組織・人)がバランスよく実践することはことのほか難しく、これに長けた経営は「両利きの経営」と呼ばれるようになりました。

1990年代以前、意味的価値がさほど重要でなかった時代には、上図左側の機能的価値の中でエンジニアリング(開発)とサイエンス(基礎研究)をうまく統合することが成功のポイントでした。1990年代以降、上図右側の意味的価値が重要になり、双方を使いこなす必要性が高まってきました。右下の「デザイン」は様々な制約条件の下で①使いやすさ、②意匠など、顧客の経験価値や感性価値を高めるための問題解決を行う者として注目されています。

延岡教授はSEDAモデルについて、その読み解き方を次のように解説されています。

「意味的価値における問題提起として、右上にアートを位置付けます。デザインとアートの違いは、顧客の要望に合わせるのがデザインで、自らの哲学や信念を表現するのがアートです。」

自己発信がアートで、情報の受信がデザイン。同じ意味的価値を取り合うものですが、取り組み方が能動的か受動的かは情報発信方法が決定的に違います。

「機能的価値について問題解決と問題提起が必要なのと同様、意味的価値についても両方が必要です。顧客が主観的に意味づける価値を商品・サービスに反映させるのがデザインであり、顧客に新しい意味を提案するのがアートなのです。」

これを筆者の生業である経営コンサルタントのサービスに無理矢理当てはめると、先生商売っ気が抜けない人は「アート」。徹底的に顧客課題の解決に徹するのが「デザイン」。たしかに、周りで成功しているコンサルタントは双方の要素を兼ね備えている人が多いように思えます。クライアントの中にはコンサルタントに導いてほしい人もいるし、自分が困っている課題をどうにかしてほしい人もいる。クライアント次第なのですが、そうした千差万別のクライアントに柔軟に対応できる人が求められます。

 

(5)エンジニアリングとデザインを統合

「SEDAモデル」ではエンジニアリングとデザインの統合が必須なのだそうです。

まずデザインの特徴とは?

① デザインは顧客との接点での価値創出を目指す
② デザイン価値とは次の3つの接点に関わるものである
  ・見る(意匠)
  ・使う(ユーザビリティ)
  ・所有する(ブランド)

こうした特徴があるがために、「デザイン価値」は、デザイナーだけでもエンジニアだけでも実現することができず、両者が一緒に取り組む必要があります。しかし、客観的に理詰めで考えるエンジニアと、主観的な感性を重視するデザイナーでは水と油。デザイナー的視点による価値創造と、エンジニア的視点による問題解決の方法はその発想が全く異なり、真の融合は困難であることが通常です。

こうしたデザイナーとエンジニアの融合を見事に果たした企業が3社紹介されています。

<英ダイソン>
「商品開発の技術者は管理層も含めて多くがデザインとエンジニアリングの両方の教育を受けた「デザインエンジニア」です。筆者の調査(2014年)では、英本社の650人のエンジニア中、約400人がデザインエンジニアでした。例えばコードレス掃除機の開発リーダーは、英グラスゴー大学でエンジニアリングを、グラスゴー芸術大学でデザインを学んでいました。」

<米アップル>
「創業当初からエンジニアリングとデザインを統合してデザイン価値向上に取り組んできました。1983年にはパソコンで初めてインターフェースにマウスとグラフィックを導入し、使いやすさに革命をもたらしました。」
「近年、アップルのデザインを先導するジョナサン・アイブは、英ニューカッスル・ポリテクニック(現ノーザンブリア大学)という技術系専門学校でデザインを学んだデザインエンジニアです。」

アイブの発想により、iPhoneの筐体(きょうたい)はアルミ板の削り出しによる「ユニボディ」です。削り出しを使った筐体は、プレス加工や射出成型に比べて、加工時間が長くコストも高くなります。その一方で、競合他社と一線を画するデザインや触感、品質感、芸術性を実現することに成功しました。これぞ「デザイン価値」訴求の成功事例です。

アップルのビジネスとして成功はそれだけにとどまりません。

「アルミを削る工作機械など高価な製造設備を大量に購入し、製造委託先に貸与するため、アップルの設備投資は14年以降、毎年1兆円を超えています。まさにエンジニアリングとデザインの高度な統合です。」

ものづくりの一般的発想とは真逆。通常の発想は、製造委託先の工場や自社工場が持つ既存生産設備に合わせた加工ができるような製品デザインを行うのが当たり前。しかしアップルのアプローチは、実現したいデザインに合わせて、加工設備をゼロから工場に導入させるのです。こうしてデザイン性に富んだ製品を世に送り出すことができるのです。

既存生産技術 → それで実現できる製品仕様 ではなく、

実現したい製品仕様 → それを実現するために新たな生産技術を生み出す

その代わり、アップルは、生産設備のみならず検査機器まで全ての手段を委託先企業に提供します。さらに、これらをどのように使いこなせばアップルが求める品質水準のデザインが出来上がるか、というレシピまでをも添えて。こうすることにより、安定してアップルが求める高い品質のものづくりを行う態勢を整えているのです。

さらに、生産設備(とそれを実現するための生産技術)をアップルに完全に牛耳られているため、製造委託先の加工工場が他メーカ向けに同じ加工技術を提供することはできないのです。デザインの流出を防ぐという意味でも、アップルの生産設備の提供という戦略は大きな意味を持つのです。

 

(6)顧客に迎合せず、信念を表現

<マツダ>
「マツダの車は近年、前回説明したSEDAモデルによる統合的な顧客価値を大きく高めてきました。その結果、2012年以降、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」や世界のデザイン賞を多数受賞しています。開発陣が「意味的価値」の重要性を共有し、エンジニアリングとデザインが一緒になって「走る歓(よろこ)び」の経験価値を徹底して追求してきました。技術者とデザイナーが理解し合い、デザイン価値を共創する意識が高いのが大きな強みです。」

マツダの特徴は、「SEDAモデル」にて下方の「問題提起」に位置付けられる「サイエンス」と「アート」の連携も見られることです。日本の巨大な完成車メーカとの競争に勝ち抜くための差別化を図る意味で、マツダ独自の強力な価値提案が必要という背景があるからです。

「サイエンス領域で象徴的なのはスカイアクティブ・エンジンです。モーターを使わない通常エンジンですが、従来の常識では考えられない圧縮比を実現し、燃費効率とトルクが共に高い画期的な性能が世界の技術者を驚かせました。」

と同時に、

「デザイン領域では「アート思考」に取り組んでいます。原野を駆け巡るチーターのような生命体をイメージさせる「魂動」をデザイン哲学として掲げ、妥協のないアート領域の完成度を目指しています。クレイ(粘土)モデルを造る際には芸術的能力の高いモデラーが、彫刻家がアート作品をつくるように手で削ります。それによって生命感を感じさせる造形美を生み出すのです。」

再びアップルのお話。

スティーブ・ジョブズは、自社が信じる強い思いや信念を提案する「アート思考」を体現していました。アートへの強いこだわり、自らの信念を問題提起することに妥協しない徹底した姿勢、が商品にも反映されました。それまでのPCや家電メーカの顧客に迎合する商品開発とは一線を画した画期的な製品を世に送り出したのです。

「アップルが1984年、米スーパーボウルのテレビ中継で流した「マッキントッシュ」発売のCMは、反体制的な自由を表現した芸術的なものでした。走ってきた女性が、独裁者が映るスクリーンにハンマーを投げつけ破壊するという衝撃的映像によって、アップル信者を増やしました。」

これは、アップル(ジョブズ)が自身の信念を表現し、商品の意味的価値を増進させた好例です。デザインが単純な既成のマーケティングやエンジニアリングに初勝利した瞬間とも言えます。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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