■ 本論に入る前に、延岡健太郎 一橋大学教授を紹介します
● 一橋大学イノベーション研究センター研究スタッフ紹介 より
のべおか・けんたろう 米MIT経営学博士
戦略・組織マネジメント、技術経営
1959年生
【最近取り組んでいるテーマ】
国際企業の技術・商品開発における戦略と組織の研究
(7)ソリューションの提案が必要
本稿は、日本経済新聞に2017/3/8~21まで連載された記事を元に構成しています。全10回という本コラム連載においてはいささか長い方の部類に入ります。読みごたえがあるというものです。(^^;)
20173/8付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)顧客価値重視のイノベーション(1)顧客の求める価値が「暗黙化」 一橋大学教授 延岡健太郎
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
ここからは生産財における顧客価値を見ていきます。生産財についても真の顧客価値は製品のカタログ仕様(機能的価値)だけでは決まりません。生産財における最重要価値は、「経済的価値(購入した製品を使って実現できるコスト低減など)」そのものです。それゆえ、同じ部品や業務システムであっても、ユーザ企業によってその体感できる価値は全く異なります。
高い経済的価値を提案できれば、顧客企業は高い価格でも購入することでしょう。そのため生産財企業は、従来の「機能的価値」ではなく、上記の真の顧客価値である「経済的価値」の増加を目標に商品開発とセールスを行うべきです。しかし、その簡単なことができていない企業が多いのが現状です。
【理由1】顧客企業の情報と知識が欠如
「顧客企業の経済的価値を高める商品開発や営業には、顧客の事業内容やコスト構造などに加え、顧客の抱える問題点やそれによる損失額などの情報が必要です。しかし、現在の顧客だけでなく、潜在的な顧客企業の情報を蓄積する仕組みを持つ企業は多くありません。」
【理由2】ソリューション提案ができる営業力の欠如
「これまで日本企業は製品の機能的価値を重視していたので、顧客企業の現場でソリューションを提供できる人材が十分に育っていません。代理店に営業を任せている企業が多いのが実情です。」
これに対処するために、「意味的価値」の重要性を認識して営業部隊を拡大する企業も出てきています。
例)日立製作所
「昨年、営業人員を2万人増やすと発表しました。ただ、営業担当者のソリューション能力は一朝一夕に高まるものではなく、長期的に育てる仕組みが必要になります。
強力なソリューション営業部隊は、顧客企業の情報収集のためにも必要です。顧客企業はギブ・アンド・テークでなければ、重要な経営情報は提供しません。相談すれば、優れた提案を受けられる場合に、コスト情報のような重要な情報を提供するのです。」
(参考)
⇒「日立、営業2万人増員 コンサル重視へ転換 AIなど駆使、課題解決(前編)-サービス&プラットフォームBUのポジショニングの説明が無い!?」
⇒「日立、営業2万人増員 コンサル重視へ転換 AIなど駆使、課題解決(後編)- ハードウェアを持ったままでコンサルティングサービスが可能か?」
【理由3】商品企画能力の欠如
「顧客企業の情報が多くても、それだけで価値ある商品を企画開発できるわけではありません。顧客になりうる多くの企業の経営に関して深い知識を持ち、事業センスを備えた人材が求められます。そのような企画人材を継続的に育てる仕組みが必要です。」
これを筆者の生業である経営コンサルタント業界に当てはめてみましょう。
コンサルタントが対処する問題は、クライアント企業に内在する様々な経営課題。まず一にも二にもクライアントのビジネスモデル、市場環境、財務状況、人財と知財に関する情報が分からないと策の建てようがありません。そうですね、確かに「顧客企業の情報と知識」を知らないと何も始まりませんね。
次に、「ソリューション提案ができる営業力」。クライアントの経営課題と置かれている環境が分かったら、リファレンス可能で適用できそうな情報整理のためのフレームワークや、課題解決に役立ちそうなメソドロジーに当たります。そして仮説を立てて、いわゆる「提案」を作り、見積り(作業、成果物、必要なコストやリソース)を行います。課題と課題解決策を結び付けられることがソリューション力なのではないかと。
最後に、「商品企画能力」。コンサルタントサービスは、無形人的サービス。そうです。コンサルタント自身が売り物(商品)なのです。コンサルタントの振る舞い、言動、思考、センス、スキルそのものが商売の種。だから、筆者も若手の教育に力を入れています。当然、自分自身のスキルアップにも努力を惜しみません。(^^;)
(8)開発と営業が付加価値を共創
<キーエンス>
「ソリューション提案をうまく実現しているのが、工場用センサーや計測機器を製造販売するキーエンスです。営業担当者は企業の製造現場に入り込み、顧客になりうる企業が抱える問題点、それが解決された場合の経済的価値(コスト・工数の削減など)をニーズカードやデータ入力で報告します。1000人以上の営業担当者が毎月1件は報告するので、毎月千件単位で顧客情報が集まります。」
どうしてキーエンスは、顧客企業に提案ができるのか?
貴重な情報を聞き出せるのは、営業の能力が高いから。営業能力が高ければ、顧客価値を付加すると同時に、貴重な情報を収集できます。そしてキーエンスの商品を使った場合のコスト削減や生産性改善を提案できれば、顧客企業は価格が高くても購入するわけ。
キーエンスのCSF/KFSは営業力。営業の能力構築に向けて、教育と支援の仕組みが充実しています。自社のCSF/KFSを的確に熟知し、そのための方策を持っている企業は強い強い。
施策例)
① 顧客企業の主要業種(自動車や半導体など)の製造設備について、効率的に勉強できる教材を充実させている
② 自社の製品が顧客企業で役立った事例について、使用方法や得られた効果のデータベースを整備している
③ そこから、実現された効果をわかりやすく顧客に示す資料が各商品について多数準備されている
④ 競合他社の商品との比較情報も充実している
コンサルティングファームをはじめ、BtoBの人中心のサービス業ではどこも同じ取り組みをしているので、キーエンスだけが特異なことを実践しているとは思いません。ただし、キーエンスはその取り組みの「実」を得ています。どこにキーエンス成功の秘訣があるのか?
【秘訣1】
「これらはすべて営業が使いやすいツールとして整備されているので、入社2、3年の営業担当者でも、効果的な提案型営業ができます。また、顧客企業に良い提案ができれば、深い意見交換になり、価値の高い情報が得られ、優れた商品にも結びつきます。同時に営業の提案能力がさらに高まる好循環が生まれます。」
【秘訣2】
「技術者も営業が顧客価値を付加できるように、使いやすさを徹底し、現場で説明しやすい工夫をします。機能的価値と意味的価値の統合的価値を商品開発と営業が共創するのです。両者が一体で、顧客の情報収集から商品開発、ソリューション提案を通して顧客価値向上に取り組んでいます。」
延岡教授は、BtoBの生産財を扱っている企業の営業スタイルの変容を提言されています。
「このように営業も付加価値の源泉なので、代理店から直接販売に変える必要性が高まっているのです。企業は組織構造や分業体制の変革を求められています。」
最後は、組織設計・組織的取り組みのお話ということでした。(^^)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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