■ 食品や日用品業界ではブランドによる事業ポートフォリオを組成して、企業成長を狙う
日本経済新聞にて相次いで、企業成長のためのM&AやTOBの記事が目に飛び込んできましたので、改めて、企業成長の賢い選択について考察してみたいと思います。どうして企業成長しなくてはいけないのか、という命題については、別途議論するとして、ここでは、企業成長することが所与の前提条件として、そのための賢い企業戦略について、若干の管理会計リテラシーを用いて解説を試みます。
2016/11/22付 |日本経済新聞|朝刊 (GLOBAL EYE)個性派企業の買収相次ぐ 消費成熟「革新」取り込む
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「食品や日用品で世界大手が伸び盛りの個性派企業を買収するケースが相次いでいる。各地で消費が成熟化し、強いブランドを効率的に量産するだけではシェアを落としてしまう危険性が出てきたからだ。業界の勢力図を塗り替える「ゲームチェンジャー」を早めに抱え込む狙いだが、そこには未知の課題もある。」
本記事で取り上げられていたのは、ビール世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)が米テキサス州でクラフトビールを製造するカーバック・ブリューイングを傘下に収めることを決めた事案からでした。インベブはカーバックの設備投資を強化し、2019年までに生産量を14年の3倍超に伸ばす計画ということで、インベブが米国で買収したクラフトビール会社はカーバックで9社目になります。米国だけでなく、9月にはベルギーの地ビール会社ボスティール・ブルワリーを買収し。15年にはメキシコ、ブラジル、コロンビアでもクラフトビールの会社を獲得しています。
(下記は、同記事添付の「「グースアイランド」(右)も「バドワイザー」などを持つインベブが買収したクラフトビールだ(ニューヨーク)=ロイター」を引用)
インベブが買収を加速する背景には「バドライト」など強力なブランドを持っているにもかかわらず、北米では地ビールにシェアを奪われつつあることが背景にあります。もとから地場ブランドが乱立する欧州でも激しい競争にさらされており、10兆円を超える規模で業界2位だった英SABミラーを買収した先に待ち受けるのは、個性派クラフトビールブランドとの戦いです。 それゆえ、個性派の地場・クラフトブランドをつぶさに拾っていくM&A(合併・買収)戦略に方向転換をしてきました。
■ 大企業が資本力に物を言わせてM&Aによる企業成長を目指す手法は本当に賢いのか?
同記事では、日用品世界大手の英蘭ユニリーバが今夏、カミソリの通信販売を手掛ける米ダラー・シェーブ・クラブを買収した事案も紹介されています。買収額は欧米メディアの推定で10億ドル(約1100億円)。ダラーは、2012年に創業し、カミソリと替えのカートリッジを低価格で定期購入できるビジネスモデルで躍進した企業です。
「「当社のような大企業には文化やノウハウがなく、確立するのが難しいモデルだ」。ユニリーバのポール・ポールマン最高経営責任者(CEO)は買収をこう説明した。定期購買の仕組みは同社の既存ブランドにも生かせるとみている。」
ユニリーバも開拓中の分野でこうしたM&Aをここ数年来多く手掛けており、特にスキンケア部門では2015年に高級ブランドを4社も買収しました。小さな会社を傘下に収め、世界大手ならではの資金力と販路で伸ばそうというM&A戦略はインベブと共通します。
なぜ、インベブやユニリーバは、比較的つぶが小さいものの、きらりと光る個性派企業の買収に走るのか?
それには理由が2つあります。
(1)株主がより高い投資利回りを経営者に求めた帰結
上場企業であるが故に、常に投資家の高い期待利回りに答え続ける必要があります。従来のボリュームゾーンにおける自社ブランドの市場認知度もほぼ上限に達し、飽和状態にあり、投資家の期待する高い投資利回りと、利益成長に応えきれず、もっと別の市場にまで手を伸ばさないと、「利益率」と「利益成長」の二兎を追えなくなったのです。そこで、内部リソースで新ブランドを立ち上げて、一から育て上げる時間的余裕と、資金的余裕を投資家から与えてもらえないので、てっとり早く、外の投資機会(M&A対象企業の買収)に触手を伸ばすということになります。
(2)同質的な大企業からは、新規ブランドが生まれにくい
個性派企業は、例えば創業者の強い個性とリーダシップや、大手との差別的ブランドの確立、大手にはない経営リソースの活用(そのニッチな世界で必要とされる特殊技能や専門知識を持った従業員や知的財産など)に特化した企業体質・特質を有していることが多く、一般的に、そういった個性は、大企業が大企業に成長する過程の中で既に淘汰されていることの方が多いと考えられています。それゆえ、大企業に同質化していない特化型のブランドや技術を外に買い求めるのです。ただし、買収後の統合作業(いわゆるPMI:post-merger integration)に失敗し、その個性故に買収したブランドを既存大ブランドを確立したのと同じ論理で同質化させてしまってダメにしまう(その特殊ブランドに着いていたお客様の支持を失う)と、元も子もありません。
買収したくなる理由はわかるのですが、買収を意思決定した当初のブランドの魅力を、買収後に消失してしまっては、買収後の利益成長の果実を得られなくなり、本末転倒の事態を招いてしまいます。
■ M&Aに代表される事業ポートフォリオの組成で成功するためには?
そもそも事業ポートフォリオについての認識を確認する必要があります。
(参考)
⇒「事業ポートフォリオ管理(1) - 経営者が管理したがる理由」
⇒「事業ポートフォリオ管理(2) - 分散投資に勝つ方法」
⇒「事業ポートフォリオ管理(3) - ポートフォリオ組み換え方法」
筆者は、投資家が本当に効率的な投資ポートフォリオを組成して、最大効率の投資リターンを得るためには、2つのポイントがあると考えています。
(1)事業の目利き力:どの事業が成長し、どの事業が超過利益を得ることができるのかを判断する能力
(2)事業の運営能力:傘下に入れた事業を最も効果的に事業運営するマネジメント能力
ここで、下図により、誰のポートフォリオか、ポートフォリオを成長させる手段に何があるかをざっと考えて見てください。
<投資ポートフォリオ>
投資家(株主)が、例えば投資信託など、投資ポートフォリオマネージャーの投資対象選別の目利き力を信じて、自分のお金を託すことで、投資対象企業の選別を行う。投資家が自分の選球眼に自身があれば、自己で複数の個別銘柄を判断して購入することで、自分勝手ポートフォリオを組むことができる。
但し、あくまで、「株主」としての立場でしか経営参加できないので、持ち株を売却して、さらに魅力的な投資対象に自己資金を振り向けるか、経営参加権を行使して、もっと魅力的な経営者を外部招聘(内部昇格でもよい)して、自分の虎の子のお金を託す相手を選別することもできます。
<事業ポートフォリオ>
経営者が、株主から託されたお金を元手に、また、その元手ありきで、有利子負債で資金調達して、経営者として、関連する事業における経験値や専門的知識を生かし、事業選別の目利き力を最大限発揮し、外部企業(一部事業)をM&Aで買収したり、既存事業の内部成長(有機的成長:organic growth)の策を駆使したりして、事業運営の範囲と規模を拡大しつつ、より高い投資収益性を目指す。
ここでよく議論されるのは、「コングロマリット・ディスカウント」の問題。規模と範囲の経済性を追求して、とある経営チームに比較的大規模な事業組織の運営を託してみたものの、ひとつひとつの事業をバラバラに、それぞれの専門家に経営させた方が、最終的な収益性が高まる場合、無理にひとつの経営チームの下ですべての事業を経営させる必然性は失われます。
これに対抗して、経営チームは、「事業シナジー」を持ち出し、ひとつの経営チームで多角的な事業を有機的・統合的に運営することで、バラバラで経営するよりもより大きな収益性を生み出すことができると主張することがあります。
事業シナジーは、
① 特定の顧客から、二重三重に、複数のサービス・販売機会を得られる
② 特定の顧客に対し、複合的なサービスを提供することが、競合との差別化になる
③ 事業規模が大きくなることで、共通固定費の多重利用により、コスト削減が図れる
ことにより、財務的な利益が生み出されます。
■ もうひとつの論点:内部成長よりM&Aが本当に有利かの判断基準とは?
経営者が、より高い利益率とより速い利益成長率の二兎を追うために、M&Aや内部成長で事業の拡大を目指すことはわかりました。では、一気呵成の外部成長(M&A)と、持続的努力の果実である内部成長(有機的成長)とでは、どっちが有利なのでしょうか?
ここでは、「競争戦略理論」的ではなく、「業績管理会計論」的に論じるならば、シナジーに頼ることなく、
A事業に用いられるA資産(知的財産や従業員の持つ暗黙知、A事業特定の顧客層等)と、B事業に用いられるB資産が、単純合計でプラスにのみ働き、収益性が相殺されて減衰されない場合は、M&Aの方をお勧めします。
一方で、経営チームの特質において、既存事業における運営能力が高く、現状(既存市場における競争状態)からの延長線上での事業戦略を有利に展開できる場合は、内部成長を助長する施策を中心に採用されることをお勧めします。
筆者の見るところ、シナジー効果というのは、あまり実現しないというのが皮膚感覚です。
ただし、経営チームの事業目利き力の評価としては、IBM、ソフトバンク、楽天の経営チームは結構いけるんじゃないかと思います。一方、日本電産の経営チームは事業目利き力も相当のものですが、買収後の事業運営能力の方が相対的にもっと優れていると思います。つまり、M&Aで成功するには、繰り返して恐縮ですが、(1)事業の目利き力と、(2)事業の運営能力のいずれか両方を備えていればよいということになります。
冒頭の新聞記事は次のような一節で締められています。
「ユニリーバはここ数年、開拓中の分野でこうしたM&Aを多く手掛けている。特にスキンケア部門では15年に高級ブランドを4社も買収した。小さな会社を傘下に収め、世界大手ならではの資金力と販路で伸ばそうという姿勢はインベブと共通する。
もっとも、買われた会社が大企業の傘下でベンチャー精神やブランドの個性を維持できるかどうかは未知数だ。消費者、とりわけ熱心なファンに対するイメージが変わってしまうリスクもある。
テキサスの地元紙ヒューストン・クロニクルはカーバックがインベブに買収されたことに反発し、品ぞろえから外すバーもあると報じた。「巨人」でありながら、個性をどう生かすか。グローバル企業の新たな課題になりそうだ。」
大きい資本力で、根こそぎ市場(顧客)ごと、企業グループ内部に取り込んでも、1+1=2ならば、単純合算。利益率も落ちないなら、それで株主からマイナス評価は下されないでしょう。しかし、個別ブランドの特性を失うことや専門性の高い従業員の離職を招けば、1+1<2となれば、その市場(事業)を内部に取り込んだ意味は失われてしまいます。
そこに、経営チームの自己尊厳を高めるだけ(より規模の大きい経営体の経営者である地位に意味を感じてしまうこと)の企業買収は、株主にとっても、被買収先の従業員と顧客にとって、マイナスだけが残ります。それは、会計的には、バカ高い「のれん」だけが後に残り、待っているのは、多額の減損損失の発生です。それは、株主の虎の子のお金を経営チームに託したのに、経営チームの自尊心を高めるために、「支配権プレミアム」を経営者に与えるだけで、企業価値増大には全くつながらず、高いプレミアム付与は、減損という代償として、株主利益にマイナスとなって、投資家の損失と経営チームはその地位を追われるという誰も得しない状態となって帰って来るだけです。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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