西郷隆盛(3)策略は日常的にすることではない。 - 策謀に良い悪いはあるか?

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■ 謀(はかりごと)はたまにするから必中なのである!

策略は日常的にすることではない。
はかりごとをめぐらしてやったことは、
あとから見ると善くないことがはっきりしていて、
必ず後悔するものである。

ただ戦争において策略は必要なことであるが、
日常的にはかりごとをやっていると、
いざ戦いということになったとき、
同じことはできないだろう。
蜀漢の丞相であった諸葛孔明は、
日頃策略を用いなかったから、
戦いのときに
思いもよらないはかりごとを行うことができたのだ。

私はかつて東京を引き揚げたとき、
弟(従道)に対して、
私はこれまで少しもはかりごとをやったことがないから、
跡は少しも濁ることはないだろう。
それだけはよく見ておくようにと言いおいたことがある。

20180205_西郷隆盛

(陸軍大将・近衛都督 /1828~1877)
——————–

西郷どんがいうほど、「はかりごと」がいつも後から振り返ると、善くないことで、後悔の種になるとは私自身はそんなに思っていません。ただ、人性(じんせい)として、生来の「はかりごと」好きの人はいますよね。そういう人とは、正直なところ、あまりお友達にはなりたくありません。(^^;)

人を貶めるのに策を弄するのと、ものごとを効率的に進めるために策謀を練るのとでは、雲泥の差があると考えています。ここは「動機が全て」ではないかなとも思います。

では動機がいわゆる「善意」であれば、どんな策謀も許されるのでしょうか?

許す、許さないは、策謀にかかった人、あるいは策謀にかかった人を目にした人のどっちかの感想に過ぎないと思います。

つまり、自分が策に引っかかって恥をかいて悔しいと思うか、他人を策謀に嵌めることを卑しいと思う「美意識」を持っているか、それだけのお話。それは全て情緒的な問題なのです。当然、情緒的な問題は大したことがない、といいたい訳ではありません。

情緒的な見方もできれば、論理的な見方もできて、論理的には、謀(はかりごと)とは、合理的かつ効率的に物事を進めるには必要不可欠な場合が多い、と考えるわけです。

だって、小生が携わっているプロジェクトマネージメントなんて、策謀の渦に巻き込まれ、策謀の渦に相手を食めての連続ですよ!(^^)

そこにあるのは、不純な策謀でも、清純な策謀でもなくて、プロジェクトを進めるのに有効な策謀か、無効な策謀があるだけですよ、はい!(^-^;)
誰ですか、策士、策に溺れるという人は? 私は策士でも何でもありません。口先だけの詐欺師です(笑)。

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小林 友昭
小林 友昭
現役の経営コンサルタントです。経営管理の仕組み構築や経営戦略の立案、BIシステムを中心としたIT導入まで手掛けております。
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