■ 子会社のスプリントが計上した減損をソフトバンクは連結で認識しなくていいの!?
いろんな意味で憤りを感じる動きがあったので、コメントいたします。
2015/2/6|日本経済新聞|朝刊 ソフトバンク、米子会社の減損損失「反映せず」 4~12月決算
「ソフトバンクは5日、米携帯3位で連結子会社のスプリントが同日発表した減損損失21億ドル(2568億円)について、同社の2014年4~12月期連結決算(国際会計基準)では反映させないと発表した。スプリント全体を時価評価した価値がソフトバンクの貸借対照表上の「帳簿価格を上回っているため」としている。」
これを受けて、株式市場では次のように反応しました。
2015/2/7|日本経済新聞|朝刊
ソフトバンク株、一時4%高 目先のマイナス材料回避 スプリント株が減損でも大幅上昇
「6日の株式市場でソフトバンク株が上げ、一時前日比4%高の7287円を付けた。米携帯子会社スプリントが2014年10~12月期決算に計上した減損損失を巡り、会計基準の違いから14年4~12月期連結決算で減損を認識しないと前日発表し、目先のマイナス材料を回避したとの見方から買いが入った。決算が想定より良好との見方からスプリント株が大幅高となったことも支えた。」
この一連の動き、何か違和感を持ってしまうのは筆者だけしょうか?
■ 誤解を与えてしまいかねないソフトバンクのプレスリリース
まず、ソフトバンクの当該プレスリリースはこちら
簡単にソフトバンクの説明をなぞってみると、
① スプリントは、『米国会計基準』にしたがって、個々の資産ごとに減損テストを行った結果、合計で2568億円の減損損失を計上した
② ソフトバンクは、『国際会計基準(IFRS)』にしたがって、スプリント全体に対して減損テストを行った結果、減損の兆候はみあたらなかった
という流れになります。
そして、この発表を受けて、新聞記事も、次のように報道しています。
「採用している会計基準が違うから、親子で減損の認識判断に差異が出た → 会計基準が違うから、減損損失の認識に差異が出ても何ら不思議でない → むしろ、親会社のソフトバンクの方で減損損失が計上されなかったので、安心してソフトバンクの株が買える」
ここでひとつ目の憤慨。
「会計基準が異なっても、適正な企業業績・企業価値の値は存在しかつ測定できる」ことを皆が忘れてしまっていることです。
そもそも、減損損失は、非現金支出費用。該当資産の取得時に支払ったキャッシュ・アウト・フローは、その後に減損認識されようがされまいが不変です。むしろ、減損認識されずに、課税所得が高いままだと、法人税(※)というキャッシュアウトが待っています。
※ 減損損失額がそのまま機械的に全額「損金」扱いになるといっているわけではありません。評価損認識単位の違い、売却可能額ベース、災害や1年以上の遊休など判定基準の違い、減価償却可能額の範囲など、会計と税務に諸々の違いがあることは承知しています。
減損損失を経営者が認めて、会計士がそれを承認することの意味は、足元の当期純利益の多寡、および期間損益に伴う配当性向の問題より、将来キャッシュフローの減少というシグナルの問題と受け取って、企業価値を判定していただきたいと思います。
よく考えれば、「目先のマイナス材料の回避(おそらく減益のことを指す)」という表現は不適切であることが分かると思います。そして、そういう受け止められ方をする、とIR担当者に見透かされているから、こういうスタンスのプレスリリースをされてしまうのだと思います。完全に、情報発信元の意のままに反応を示してしまっています。
では、情報発信元がどういうカラクリと意図とで、一連の減損損失の認識・未認識を印象付けたかったか、ひも解いていきたいと思います。そうです。誤解を与えてしまう、などという生易しいものではなく、そう思わせたい隠された意図が存在するということです。
■ 会計基準の違いを強調していますが、、、
プレスリリースには、こういう一節があります。
「当社は、2013年7月のスプリント買収時から同社を単一の資金生成単位としています。当社が採用する国際会計基準においては、資金生成単位に属する資産は、個別の資産または資産グループごとではなく資産全体で減損テストが実施されます。」
この一節が何とも曲者(くせもの)ですね。
『国際会計基準』に従順に従ってしまうと、「スプリント全体」でないと減損テストできないのだ、という印象を与えようとしています。
ちょっとプレスリリースに添付されていた「参考資料」を転載しますので、眺めてみてください。
ソフトバンクの意図が分かりましたか?
実は、使っている言葉(日本語訳ですけど)は違えども、「国際会計基準」「米国基準」「日本基準」いずれでも、減損テスト対象の定義は、下記のように共通です。
「他の資産(または資産グループ)のキャッシュフローから概ね独立したキャッシュフローを生み出す最小単位」
それを、「国際会計基準」では、「資金生成単位」と呼び、「米国基準」や「日本基準」では、「資産グループ」と呼んでいるだけです。その証拠に、プレスリリースの注記に、
「米国会計基準においては、独立したキャッシュ・フローを生成する最小の単位を「資産グループ」といいますが、国際会計基準における「資金生成単位」とほぼ同義ですので、便宜上、「資金生成単位」と記載しています。」
とあります。「語るに落ちた」、とはこういうことです。それぞれの会計基準が別々の定義で減損テスト単位を決めているのではなく、経済的実態に基づき、経営者が判断します。それは、どの会計基準を採用していても同じことなのです。
立派な上場企業で、しっかりした監査法人による会計監査を受けた上での会計処理であるはずなので、連単で「資金生成単位」の範囲が異なっていることは、適正にレビューされているわけです。でしたら、そのままそういえばいいわけで、会計基準の違いをいたずらに強調する必要はないのです。でないと裏を勘ぐってしまいますよ!
上記、添付資料の転載チャートに、上の方に小さい字で「資金生成単位ごとに以下を検討」とありますが、おそらくほとんどの人がでかでかと表示されている「個別資産ごとおよび資産グループごと」と、「資産全体」の違いに目が行ったと思います。
憤慨ポイントその2。
「会社側は受け身に徹して、『会計基準の違い』でステークホルダーの納得感を得ようとしているところ」
■ 折角だから最後に、「現金生成単位」の考え方を学習しましょう
(参考)減損テストの基本知識は
⇒「丸紅、原油安で損失1600億円 今期純利益48%減(2)」
ここでは、「国際会計基準」で言う所の「全社資産」、「米国基準」「日本基準」で言う所の「共通資産」の考え方を説明して本日の投稿を締めたいと思います。
特定の「現金生成単位」に分けられない「共通的資産」はどうやって減損テスト対象としましょうか?
これには、2つの方法があります。下記に図示します。
① 特定の現金生成単位に合理的な基準で共通資産(全社資産)を配分する
→「ボトムアップテスト」
② 共通資産(全社資産)を分けなくてもいい大きさにまで現金生成単位の範囲を広げる
→「トップダウンテスト」
「米国基準」「日本基準」は、「トップダウンテスト」だけです。
「国際会計基準」は、両方で、むしろ「ボトムアップテスト」優先です。
(適用の複数ステップなどの詳細手順はここでは割愛)
だからですね、逆に、「国際会計基準」を採用している方が、傾向として、
① 減損テスト対象:現金生成単位は、細かくなる
② テスト対象が細かい方が、減損損失が認識しやすくなる
という会計常識があるのですよ。
単体で資産価値が毀損していて、連結で見たら資産価値は毀損していない!?
全社資産(共通資産)がいくらあるのか、そもそもの回収可能額(もしくは公正価値)の算定手順が違うのか、残念ながら現時点での外部公表資料だけでは、これ以上切り込めませんね。
ここまで説明したら理解してもらえましたか? この記事を一目見て、筆者が違和感を持った理由が。
「物は言い様伝え様」
ソフトバンクの会計・IR担当者に、今回は軍配が上がりました。ふふふっ。
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