本格的リニューアル構想中のため、一部表示に不具合があります m(_ _)m

成長性分析(9)持続可能な成長率

財務分析(入門)
この記事は約6分で読めます。

■ 「持続可能な成長率」とは

管理会計(基礎編)

前回」は、「単回帰分析」なるものを使って、説明変数(円ドルレート)の動きを予想することによって、目的変数(TOPIX)の将来変動を予想する分析手法を説明しました。
⇒「成長性分析(8) 単回帰分析

今回は、「持続可能な成長率(sustainable growth rate)」という概念を用いて、過去の成長率が適正なレンジからどれくらい乖離していたのか、現在の財務状況から無理のない将来成長率はどれくらいかを予想する手法を説明します。ただし、この将来予想手法は、用い方に注意が必要です。馬券予想のように、ただ「当たるも八卦当たらぬも八卦」という行き当たりばったり的な手法ではなく、

① 現在の財務指標の相互関係が今のままだったら、将来の成長率はこの辺りだ、と示してくれる
② この辺りとされた将来成長率を変えたい場合は、どの指標をいじれば目指したい成長率になるか、シミュレーションができる

ということになります。

それでは前置きはこのくらいにして、「持続可能な成長率(g*)」の説明に入ります。g*とは、「財務資源の枯渇を招くことなく企業が成長できる最大の成長率」のことを意味します。「財務資源の~」のくだりを次のチャートで解説します。

財務分析(入門編)_内部留保が企業成長をもたらす

企業体というのは、一種のキャッシュマシーンになぞらえることができます。100円の投資をしたら、いくらのリターンが得られるか。そこで10円のリターンがあったとします。得られた10円のリターンをさらに企業が営む事業につぎ込めば、今度は元手(投資額)が110円。同じリターン率が望まれれば、今度は11円のリターンが得られるはず。

資金循環で企業活動をなぞらえると、
① 資金調達(金融機関からの借り入れ、投資家からの出資)したお金を事業に投下
② 事業に投下された資金から売上(収入)を得る
③ 売上(収入)の何割かが利益(儲け)として手元に残る
④ 手元に戻ってきた儲けを次のビジネスサイクルに何割かを事業投資に配分する(→①に戻る)

新たな資金の調達(借入金を増やす、増資をするなど)が無ければ、これまで稼いだ利益のうち、何割を次の事業投資に回すか、この割合を「内部留保率」というのですが、この率が企業の自然な成長率の上限を決める要因となります。ちなみに、「内部留保率」は、「1-配当性向」のことです。

そして通常、「持続可能な成長率(g*)」は、既存の、①投資利益率と、②内部留保率が普遍だった時に、もたらされる純資産(株主資本)の成長率を示します。

以下、g*を財務分析で管理可能な構成要素までブレークダウンしてみます。

g* = (株主資本の変化額)÷(期初株主資本額)
  = (内部留保率 × 当期純利益)÷(期初株主資本額)
  = (内部留保率)×(当期純利益 ÷ 期初株主資本額)
  = 内部留保率 × ROE(期初株主資本額ベース)
  = 内部留保率 ×(売上高当期純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ)
  = R × P × A × T (※)

※ R:内部留保率
  P:売上高当期純利益率
  A:総資産回転率
  T:財務レバレッジ(ただし、期初株主資本ベース)

 

■ 過去業績を持続可能成長率(g*)で評価する

g*は財務戦略を頬っておいて自然に達成できる成長率の最大値を意味しています。これを、過去業績と照らし合わせ、過去において、g*を上回る(下回る)実績が出たら、その要因分析をすることで、これまでの施策の良否を判定することができます。その場合、前章で求めたg*の構成要素、R、P、A、Tの4項目で評価することになります。

それでは、トヨタ自動車の直近6ヵ年の純資産(株主資本)の持続可能成長率を実際に見てみます。

財務分析(入門編)_持続可能な成長率_図表_トヨタ

グラフは下記の通り。

財務分析(入門編)_持続可能な成長率_グラフ_トヨタ
① 比率から求めた成長率:
・従来の理論(4つのコントロールレバー:R、P、A、T)による実際値
② 実際の成長率:
・純資産の単純な前期からの成長率(実際値)
③ 持続可能な成長率:
・従来の理論で、内部留保率(R)を100%とした時の理論値

「① 比率から求めた成長率」と「③ 持続可能な成長率」の差異は、「内部留保率」の差異そのものです。もし、株主に現金配当も自己株式取得もしなかったら出ていた成長率の差分を表現しています。この6年間は、内部留保率が実際には、100%を下回っているので、常に①の成長率線が②の実現可能線を下回っています。

実は、従来はここまでの分析で事足りていたのですが、それでは本当の「純資産」の増減(成長率)の軌跡を示している「② 実際の成長率」が「① 比率から求めた成長率」と乖離しているのでしょうか?

ここは2,3分程度考える時間です。。。

では、勿体ぶって説明します。②と①の差異は、「その他の包括利益の増減」と「資本取引」です。そもそも、「持続可能成長率」は、「増資」とか「新規借入」とかが無い状態でも内発的に株主資本(純資産)が増殖できるMAXの成長率を求めるものでした。したがって、「資本取引」があれば、その分、B/SとP/Lから導いた理論値である①と資本取引を含む②はずれてしまいます。でも企業財務担当者にとって、それは既知のことなので、その分は取り分けて、成長率の議論をすればよいだけです。

問題は、「その他の包括利益による影響額」の方です。もう一度、今度は、「② 実際の成長率」と「③ 持続可能な成長率」の差異をよく見てください。FY10、FY11は、②が③を下回っています。そして、近年は②は③を大きく上回っています。この現象も当時のマクロ経済状況を振り返れば理由が見つかります。

トヨタの「その他の包括利益」で大きな割合を占めるのが、「外貨換算調整額」と「有価証券の未実現損益」。すなわち、円ドル為替レートの変動と、保有株式(持ち合い株式)の株価変動が、リアルビジネスに無関係に、純資産(株主資本)の増減に影響を及ぼしているのです。FY10近辺は、まだ円高傾向で、株価も低迷していました。直近はその逆です。したがって、まともにビジネスやっていれば「③ 持続可能な成長率」の軌跡通りに実績値も推移するところで、円相場と株式相場の影響で、オーバーシュートを下方向にも上方向にも起こしているのです。

ビジネスプランを立案する場合は、上記4つのコントロールレバーで、成長戦略の裏付けとなる財務計画を作成します。ただし、昨今の会計ルールに従うと、それプラス、為替レート変動と、保有持ち合い株式の株価推移も考慮しないと、精度の高い財務予測はできなくなりました。

これから、財務計画を立てなくてはならない財務担当者、企画担当者の方々、「コーポレート・ガバナンスコード」の普及により、自然に持ち合い株式が減っていくことを神に祈りましょう。そして、さらなるグローバル化が避けられない業種の方は、日本円だけでなく、自社が必要な外貨建てで資金調達する方策を考えましょう。

株価変動と為替変動を成長性分析に組み込む理論は、もはや「入門編」のレベルを超えてしまいます。興味がある方は、筆者が後日、「中級編」以降の記事を投稿するまで、しばらくお待ちください。

ここまで、「成長性分析(9) 持続可能な成長率」を説明しました。

財務分析(入門編)_成長性分析(9)持続可能な成長率

コメント