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経営戦略概史(13)ヘンダーソンによるBCGの誕生と3つの飛躍- PPM、経験曲線、持続可能な成長率

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■「時間」「競争」「資源配分」を体系づけた戦略コンサルティングツールの発明

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「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。ヘンダーソンが、ボストン コンサルティング グループ(BCG)を1963年(48歳のとき)に立ち上げました。彼は、「企業や市場を徹底的に分析して、それを動かしているシステムを見つけ出したい」という知的欲求が動機となってBCG設立へとつながりました。

現代の大企業の大多数は複数事業を営んでおり、専業の方が珍しいと思います。例え、専業であっても、取扱い製商品・サービスは複数種類あるのが通常ですので、どの企業の経営者も、

① 自社の経営リソースをどういう基準で配分するか
② どの事業に投資すれば一番儲かるか

が根源的な経営課題のひとつとなります。その問題に正面から立ち向かい、現代に至るまで誰もが一度はそのフレームワークで事業ポートフォリオ問題を考えたであろう決定的な経営戦略ツールをヘンダーソンは発明します。

①「時間」:経験曲線によるコスト競争力誕生の秘密を解き明かし、
②「競争」:持続可能な成長率を算出して競争優位のための先行投資可能額をはじき出し、
③「資源配分」:事業成長のための集中投資の判断基準を可視化しました。

 

■「経験曲線」が教える未来予測と、そこから生み出された競争原理とは?

本書によりますと、競合他社とのコスト競争力に悩んだゼネラル・インスツルメンツのテレビ事業部がBCGに調査を依頼してきたことが全ての発端でした。ヘンダーソンは当初から自分が興味を持っていた「学習効果」の効用を調べ始めました。彼らが発見した法則は、

・企業の当該事業における経験量(累積の生産・販売数量)が倍になるとコストが一定割合で減少していく、「経験曲線(Experience Curve)」が成立する
・競合他社との競争に打ち勝つためには低コスト生産が早道である
・自社と競合の相対的コスト優位性は、経験曲線で予測・推測することができる
・生産/販売数量を増やして市場シェアを上げれば、経験曲線を競合より早く駆け下りれば、低価格戦略で競合に市場で勝てる!

「経験曲線」と言っていますが、「対数グラフ」で表示してあげれば、直線で表記することができ、将来予想コスト(販売可能価格)を割り出しやすくなります。

経営戦略(基礎編)_BCGの経験曲線をExcelで表現してみた

本書から。

これは当時、アメリカ企業が頭を悩まされ始めた日本企業の行動原理を説明したものでもありました。とにかく市場シェア拡大を求めて(短期的な利益を度外視して)低価格戦略を採る姿に、違和感を抱いているだけだった企業が多い中で、BCGは言ったのです。「あれは正しい。見習うべきだ」と。

現在では、市場至上主義、シェア至上主義を採る企業はダメ扱いですが(その理由は別の機会に)、日本の高度経済成長期において、「大量生産大量販売」方式のビジネスモデル下では、このようなコストリーダーシップ戦略の実現形が大変有効だったということです。

 

■ 事業への集中投資は、投資可能額を持続可能な成長率から算出することから始まる!

「経験曲線」の存在認知により、市場で勝てる(または勝ちたい)事業に集中投資して、シェアをどこよりも大きく取れば、コスト競争力が付くことが分かりました。では、どれくらいの投資に企業財務力が耐えることができ、どの事業(製品)に投資を集中すればよいのでしょうか?

先ずは『企業財務論』的視点から。
企業が新規借り入れ増や、増資により新たに企業外部から資金調達しないでも、自己資本+社内留保の再投資だけで、巡航速度によって企業成長に回せる資金量を測定する考え方があります。それは、最初に株主から出資を受けたお金が、複利計算でどんどん膨らみ続けて増額していく分だけ、新規投資に回せるお金が増えるとの考え方に基づきます。その複利計算は、企業が設けた利益から配当金としてキャッシュが社外流出しないで、100%再投資に回せるとしたら、自己資本がどれくらいの倍々ゲームで増えていくか、の増加率を試算するやり方です。

財務分析(入門編)_内部留保が企業成長をもたらす

詳しくは、本ブログの財務分析入門の過去投稿を参照してください。
⇒「成長性分析(9)持続可能な成長率

そこでは、「持続可能な成長率(g*)」を次のように定義しています。

g* = (株主資本の変化額)÷(期初株主資本額)
  = (内部留保率 × 当期純利益)÷(期初株主資本額)
  = (内部留保率)×(当期純利益 ÷ 期初株主資本額)
  = 内部留保率 × ROE(期初株主資本額ベース)
  = 内部留保率 ×(売上高当期純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ)
  = R × P × A × T (※)

※ R:内部留保率
  P:売上高当期純利益率
  A:総資産回転率
  T:財務レバレッジ(ただし、期初株主資本ベース)

ちなみに、本書では、BCGにスカウトされてきた財務論の准教授だったゼーコンが著した計算式が紹介(P126)されています。

SGR = D/E*(R-i)*p+R*p

・SGR:Sustainable growth rate(持続可能な成長率)
・D/E:debt / equity ratio(自己資本率)
・R:ROA(純資産利益率)
・i:Interest rate (1 – taxation rate、純利益率)
・p:retention ratio(保有率)

上記のゼーコンの式は、有利子負債と株主資本の両方の追加投入(新規借入または増資)が無かった時のお金の増え分を表そうとしていることはわかるのですが、表記が一部間違っています。

筆者の財務論知識で補正かつ分かりやすく再記しておきます。

SGR = D/(D+E)×(税引後純利益+支払利息×(1-税率))×内部留保率
           +E/(D+E)×税引後純利益×内部留保率

・D:期初の有利子負債残高
・E:期初の株主資本額

ずらずらと計算式が登場して、うんざりしている方は基本的考え方だけを理解してください。企業が安全に先行投資できるのは、新規に外部から資金調達しないで済む額の再投資額の枠内です。それが、期初の有利子負債と株主資本の合計額にSGRをかけたものです。しかし、本当に事業の成功確率が高いと確信したら、SGR以上の資金は外部から調達してくればよいだけです。その思い切りのハードルの高さを示してくれているのがSGRの計算式なだけです。

つまり、「自信があるなら、じゃぶじゃぶと外部から資金を調達して投資すればよい!」

 

■ 事業ポートフォリオを考える最強の武器、「成長・シェアマトリクス(BCGマトリクス)」の誕生!

ここで、経営戦略を学んだ人は漏れなく学習する「PPM(プロダクト-ポートフォリオ-マネジメント)理論」が登場です。この2×2の単純かつ明快なマトリクスは1969年に誕生しました。

経営戦略(基礎編)_BCGの成長・シェア マトリクス

本書によりますと、このマトリクスは二重の意味で画期的でした。
① 絵として可視化されて一目で分かりやすい
② 実務的に事業の位置づけを数値で分析することができる

各事業は必ず「市場(予想)成長率」と「相対的シェア」による4象限のどこかに位置づけられます。これを「ポジショニング」と呼ぶと、かのM.ポーターによる「ポジショニング学派」興隆の嚆矢となる理論となることがお分かりかと思います。

「相対シェア:最強の競合とのシェア比。自社がトップなら2位と、自社が2位以下なら1位とのシェアの比率」(P128)

「スター」とか「問題児」とか、「名は体を表す」を地で行くネーミングセンスは秀逸で、良くも悪くも、大いに経営者受けしました。こぞって、大企業の経営者や戦略・企画担当者はこのBCGマトリクスを用いて、社内のお金の流れを統制・管理し始めました。

経営戦略(基礎編)_企業全体でのお金の流れ

経営者が投資ファンドマネージャーとなり、社内の数々の事業を「スター」「金のなる木」「問題児」「負け犬」と定義し、「金のなる木」から「スター」へ社内の資金を積極的に移動させることで、企業全体最適で一番利益率を高くするような資金配分を考えるようになりました。

しかし、この社内資金の流れについては、筆者は実務の世界で揉まれた経験から以下の2点の指摘をさせて頂きます。

(1)事業はセルフファンディング(自己金融)の方が健全である
とある企業内に存立する複数の事業はそれぞれ、自事業内の将来投資の原資は、自事業の過去と現在から上げられた利益から捻出することをまずは目指すべきです。事業内で先行投資金額を準備し、計画立てて投資を実行し、果実として利益を刈り取っていく。事業責任を受け持つ事業部長としての姿勢としては、かくあるべきです。

ただし、あまりにドラスティックに事業ポートフォリオの組み替えが必要になった場合、それは各事業のトップに立つ経営陣が、新規の資金調達必要額の決定を含め、各事業への資金配分を機動的に意思決定するための指標が示されることは必要でしょう。しかし、それはアーリーステージのベンチャー企業や、バイオやITといった市場成長が早くて流動的な業種で積極的に採用される資金配分のクライテリアではないかと思います。

(2)トップダウンの経営風土の企業でしか有効ではない
「金のなる木」として認定を受けた事業の責任者の心の内は穏やかではないでしょう。いくら自分の事業が頑張って儲けても、経営トップの鶴の一声で、他の事業への投資に、自分が額に汗して設けたキャッシュを持っていかれて素直に喜ぶ人がいるとは思いません。

それぞれの事業が自己金融だけでは「経験曲線」の法則から競合に勝つのは難しい。特に、新規事業や新市場開拓はその傾向が強いのも理解できます。それゆえ、PPMは、経営トップ専用の戦略ツールと言えましょう。

 

■ BCGが経営戦略に「時間」「競争」「資源配分」を持ち込んだ

本書における論点整理を筆者なりにまとめていきます(P130~135)。

チャンドラーの戦略論は曖昧で、アンドルーズの「SWOT分析」はその後がアートで、アンゾフの経営戦略論は難解で、マッキンゼーは組織戦略に傾注しすぎていました。その中でヘンダーソン(BCG)は、現代でもまだ通用している「使える経営戦略ツール」を提供することに成功しました。

①「時間」将来を予測できた(経験曲線、持続可能な成長方程式)
②「競争」競争力や競争状態を分析できた(経験曲線、PPM)
③「資源配分」事業間の資源配分ができた(PPM)

経営戦略(基礎編)_BCGの3つの革新

それまで漠然とした指針を示すにすぎなかった経営戦略論が、BCGにより「数値的に分析可能」なものに変化しました。これをウォルター・キーチェル三世は「大テイラー主義」と名付けました。科学的経営を標榜しながらも、工場における生産性向上にとどまったテイラーの思想をBCGが経営全体を科学して分析するレベルに引き上げたのです。

以下、本書でのPPMへの詳解ポイントをまとめます。

●「相対シェア」
コトラーが提唱した「競争的マーケティング戦略」でも企業を市場でのポジションで2つに分類しています。
① リーダー:シェアトップ企業
② チャレンジャー:リーダーを出し抜こうとしている企業
③ フォロワー:リーダー企業の市場での動きに追随していこうとする企業
④ ニッチャー:小さくセグメンテーションされた市場でのトップの地位を守ろうとする企業

ここでも重要なのはシェアの考え方ですが、コトラーもあくまで「相対シェア」を想定しています。絶対値でシェア30%でも、トップ企業が60%ならば、自社はチャレンジャーかフォロワーになるからです。

●「相対シェア」と「市場での地位」のどちらが戦略を決めるのか?
市場での地位は、PLC(プロダクトライフサイクル)によって決まります。コトラーの回でも、対局する、
・PLC理論:「ステージさえ決まれば、戦略は決まる」
・ 競争的マーケティング戦略:「プレイヤーのマーケットポジションが決まれば、戦略は決まる」
の対立構造の説明をしました。この矛盾をPPMは一挙に解決しています。

● BCGが反省している「負け犬」のネーミング
PLC戦略も視野に入れると、このネーミングの難しさもひとしおです。成熟・衰退市場における低相対シェア事業なら「売却か撤退」がリーズナブルな選択ですが、PLC的には、低成長市場に見えるのは黎明期ステージの市場かもしれません。これは、スーパーマーケとのレジで「POS:point of sales」(販売時点情報)が導入された際、品揃えが売れ筋商品だけになって却って店の売上が落ちたとか、負け犬や問題児の事業の売却・整理を極端に進めたら、次の事業成長の機会の芽を全て摘んでしまった、とか言われる「選別のジレンマ」状態に陥る企業が出たことも事実です。経営ツールもハサミも使いよう。

本書によると、BCGは「負け犬(Dog)」ではなく、せめて、将来への成長の期待を込めて「子犬(Puppy)」と名付けていればよかったとかネーミングの反省があるとか、、、

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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