■ トヨタとマツダの包括的業務提携を深化させるための資本提携について
持ち合い株式。政策保有株式とも呼びますが、トヨタ自動車とマツダの相互に約500億円を出資しあう資本提携でより強固なアライアンス構築のステージに進みました。EV車の開発の早期化、北米製造拠点での共同生産など、様々な理由による提携となり、2015年5月に、環境、安全技術分野を軸とする包括提携より一歩進んだものとなりました。
2017/8/4付 |日本経済新聞|電子版 トヨタ・マツダ、500億円相互出資を発表
「トヨタ自動車とマツダは4日、10月に互いに約500億円を出資し、資本提携すると発表した。トヨタはマツダ株の5.05%を取得し、第2位株主となる。米国で共同で約1760億円を投じ、2021年をめどに年産30万台規模の新工場の建設を検討することでも合意した。電気自動車(EV)や「コネクテッドカー(つながる車)」分野でも協業し、異業種を含めて競争が激しくなる次世代技術の開発を急ぐ。」
(下記は、同記事添付の「資本提携発表の記者会見で握手するトヨタ自動車の豊田社長(左)とマツダの小飼社長(4日午後、東京都中央区)」を引用)
本記事によりますと、10月2日に互いの株式を取得する予定で、トヨタはマツダが実施する第三者割当増資を引き受ける形での出資となります。これは、東証・金融庁の株券の大量保有に関する5%ルールに配慮した形と思われます。マツダも500億円でトヨタ株を0.25%取得しますが、こちらは同額出資といっても、トヨタの自己資本規模からすると、同じ500億円といえども、20以上のインパクトの差があるということになります。
さて、包括的業務提携をさらに深化させるため、資本提携にまで発展させる。こういう文脈は、日本企業社会にどっぷりつかっていると、そんなに奇異には映らないものなのですが、欧米の機関投資家にとっては、やはり日本株式会社の特殊論となるようです。
■ これが持合い株式に対する海外投資家を名乗る人の指摘ポイントだ!
今回のコラムは、執筆者、万年青さん旧知の海外投資家からのメールから始まります。
2017/8/17付 |日本経済新聞|朝刊 (大機小機)トヨタとマツダの「持ち合い」
「トヨタ自動車とマツダが資本業務提携で合意したと発表したその日、旧知の海外投資家から1通のメールが届いた。
「業務提携は解るが何故500億円の同額の株式持ち合いが必要なのか。アベノミクスでは、コーポレートガバナンス強化のため持ち合い株は削減する方針ではなかったのか。トヨタがマツダ株を5%持つということは、マツダにとっては安定株主が増え、トヨタにとってはマツダを系列化したという意味か」と畳み掛けるような論調である。」
本コラムで紹介される海外投資家からの質問に答える形で、持ち合い株式の問題点が指摘されています。
① 資本の空洞化
② 株主による経営監視機能の形骸化
③ 企業統治の弱体化
④ 株主の実質的な平等性に対する弊害
そして、投資家側も襟を正すようになったと。
「日本再興戦略に基づき、スチュワードシップ・コードでは機関投資家に「対話を通じた企業の中長期的な成長を促すこと」を求めている。株式持ち合いはこうした活動を空洞化する。」
さらにこの海外投資家から次のような反論があったとか。
「日本は系列や株式持ち合いは経済の発展にとってマイナスだと宣言したのではなかったのか。株の持ち合いは日本にしかない慣行で、他の株主の権利を毀損する行為だ。資金使途は互いの株の持ち合いじゃないか。株の持ち合いで希薄化を生じさせるのはおかしい」
言いたいことは、トヨタまたはマツダの株主にとって、500億円のお金は相互の株式持ち合いに費やされ、既存株主の経済的権利や経営参加権を毀損するという指摘。本当でしょうか?
■ 株式持ち合いと相互出資子会社設立との違いとは?
下図をご覧ください。両社が500億円を出資して、EV車開発のための事業投資や北米共同生産のための事業投資に費やすというビジネスサイドの要素はどちらも不変とします。ただし、出資金の動きだけを、①株式持ち合い、②共同出資子会社(ジョイントベンチャー)設立という形式面での違いを表現してみます。
(紙面の都合で、面積グラフの高さが微妙に調整されていますが、ご容赦下さい。)
(1)株式持ち合い
まず貸借対照表の資産側にある現金で相互の株式を購入します。それぞれの購入株式は投資その他の資産として有形固定資産に計上されます。トヨタの方は、総資産は不変です。なぜなら、所有現金をマツダ株に振り替えただけで、マツダは市中からトヨタ株式を買い付けるからです(公開買い付け)。一方で、マツダは、トヨタへの第三者割当増資で総資産が500億円分増価します。その対価として、B/Sの貸方では、トヨタ株式という資産が増加します。
(2)共同出資
この場合、両社ともに総資産は不変です。借方の資産構成が、現金が子会社株式に変換するだけです。
そして、いずれの場合でもビジネスサイドの業績へのインパクトは同じと仮定した場合、株主への経済的影響も変わらないことを以下に説明します。共同事業が500の利益を創出した場合、それぞれの株主への貢献は250ずつ。ROIは、等しく50%。後は、それがどのように株主に帰属するか。
トラッキングストック対象でもない限り、事業利益は株主を選ぶことができません。それゆえ、株式持ち合いのケースであっても、既存株主と持ち合い株主は等しく新事業からのROI:50%を享受します。
一見、株式持ち合いのケースだと、マツダは、トヨタの出資分だけ、既存株主の新事業からの利益の取り分が、54.5%(1100÷600)に減額されるように見えます。これが、既存株主の利益の希釈化だとの誤解部分。だって、マツダの既存株主は新事業に1円も出していないじゃありませんか。しかし、利益は株主を選べない。マツダの既存株主にも新事業の利益は分配されるので、利益の希釈化どころか、付加的に利益が増えて歓迎すべき事態になっているはずです。トヨタの株主は、総資産(=総資本)が不変なので、その辺りは条件不動で、ここでも不公平は全く発生していません。
ただし、共同出資会社方式の長所は、そこから得られた果実(新事業からの利益)を従来資産による既存事業と明確に切り分けられる部分だけ。投下資本利益率が計算しやすい点になります。その一方で、共同出資子会社に移管できない共通資産(本社サービスや多重利用可能な知財権、グループや親会社のブランド力、経営ノウハウなど)の活用の制約を受けるデメリットが生じる可能性があります。
いわゆる海外投資家を語って株主利益の最大化を主張する人たちへ。投資の世界にフリーランチはありませんよ。持ち合いだろうが、共同出資形式だろうが、キチンと投資のリスクを負った人に、公平に利益を享受する権利が与えられるのです。(^^;)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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