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■ 「目的」はパリ、「目標」はフランス軍

経営戦略(基礎編)
前回は、クラウゼヴィッツの『戦争論』から、「目的」と「手段」の関係についてお話ししました。今回は、これに「目標」が加わるとどうなるかご説明します。
英語訳を調べると、いろいろ和訳が混同され、強いて区分すると下記のようになります。
「目的」:aim, objective
「目標」:goal, target
また、著名な検索サイトで調べてみても、様々な定義が存在し、特に目を引いたのは、「目的は抽象的な行動指針で、目標はそれを数値で表したもの」というのがありました。
まあ、かのクラウゼヴィッツはその著書でどう説明していたか、少々長くなりますが、引用させて頂きます。

戦争とは、敵の意思を屈服させることを「目的」とする武力行使である。敵にわが意思を押し付けることが「目的」である。敵の抵抗力を打破することは、「目的」に到達するための「目標」であり、物理的な力すなわち武力の行使は、目的達成のための「手段」である。

図解しますと、このようになります。
経営戦略(基礎編)_目的と目標と手段
「目標」は「目的」を果たすための当面の目標となり得ますが、具体策ではありません。具体策は「手段」として表現されます。
ビジネスで例えると、

  • A商品のマーケットシェアを10%にすることを「目的」としたら、
  • ビックアカウントのBスーパーの売上高を前年対比4割増しにすることを「目標」にし、
  • Bスーパーにボリュームディスカウントを提案し、かつ、売り場の応援人員を常時2名確保することを「手段」として選ぶ

ということです。
決して、抽象的な狙いが「目的」で、定量的な達成水準が「目標」という使い分けをしなければならないというわけではありません。
そこで、冒頭の「目的はパリ、目標はフランス軍」という標語。
これは、クラウゼヴィッツの祖国であるプロイセン(当時のドイツ)が、対仏戦争で勝利するための「目的」にしていたのが、敵国の王都である「パリ」の占領。「目的」達成のために当面の軍事作戦の対象として、「フランス軍」の撃破を「目標」に掲げたというプロイセン軍の方針を説明した一節でありました。

■ そして「戦術」の登場

クラウゼヴィッツを引用して最も説明しにくいのが「「戦術」です。なぜなら、「軍事学の本」「兵法書」というのは、一番具体的に、かつ一番大量に「戦術」についての記述がありますが、それは軍隊の戦場における運用の妙(みょう)に関する記述であって、この具体論が即時に経営に生かせるとは、筆者は思っていません。
(世の中には牽強付会(けんきょうふかい)もいいところで、長々と各種兵法書の記述を経営戦略に生かすには、というテーマで、ビジネス本が多数でています。個々の戦術に関する記述を、歴史上の戦争の事例や経営における他社の成功事例・失敗事例と結びつけているだけで、歴史・軍事好きなビジネスマン・経営者が趣味を兼ねて読むにはいいですが、あくまで事例の引き出しを多くするという目線でお読みになられることをお勧めします)
強いて挙げるなら、

戦勝の決定的要因は、①奇襲、②地の利、③多面攻撃である、、、

この後、延々と具体策が書いてあります。そのエッセンスのみお伝えするなら、
「戦術とは、戦略によって準備された個々の戦場で、戦争の目的である「敵の殲滅」を最も効果的に達成するための方策の集まり」
とでもいいましょうか。
経営戦略(基礎編)_戦術とは
よく聞く、「ランチェスターの法則」を応用した弱者が強者に勝つ作戦みたいなものがこの部類に入ると思います。クラウゼヴィッツの上記3つの要因も局地的に数的優勢を保って、敵を殲滅することしか言っていません。この辺は、M.ポーターやハメルなど、経営戦略論の大家も揃って、「勝てるところに経営資源を集中する」ということを言っていることに通じます。

■ 「長篠の戦い」で戦術の具体例を説明する

日本史ならば、もう少しとっつきやすいでしょうか。「長篠の戦い(1575年)」とは、織田・徳川連合軍が、武田軍を破った戦いです。ここでも「破(やぶ)った」というのは、戦場において武田軍の殲滅に成功した、ということを意味しています。
戦力でいうなら、織田・徳川連合軍が3万8000人、武田軍が1万5000人と数で武田軍が劣勢となっています。しかも、設楽原(設楽ヶ原、したらがはら)という場所で武田方に野戦をせざるを得なくなるよう追い込んだことになっています。こういう類(たぐい)の話は、実は「戦略」の話であって、このいくさで「戦術」とは、織田・徳川連合軍が、いかに巧妙に戦場で軍隊を統率し、勝利を手にしたかという巧妙さを指します。
その例として、

  • 丘陵や川などの地形を利用して、武田軍に大軍が発見されにくいように布陣した
  • 3000丁の鉄砲を用意して武田軍殲滅のための大きな打撃力を用意した
  • 無防備な鉄砲隊を守るため、戦場に馬防柵・土塁を築いて、武田軍の突撃力を減衰させた
  • 信長自身が陣にいることを武田方に知らせて、信長の首をとるためには、馬防柵・土塁を破って織田本陣に突入しようと動機付けた

鉄砲の三段打ちなどは、後世の創作の様ですが、織田・徳川連合軍はほぼ上記のような戦場における主導権を握って、必勝パターンを作ったということでしょうか。
「主導権」と「戦力集中」。
これくらいの抽象度のコトバなら、経営のヒントになりますかしら?
さて、ほんのりと「戦略」も登場させ、「戦術」の歴史上の実例を説明しました。
次回は、ようやく「戦略」とは、に言及する予定です。
ここまで、「戦略論の古典 クラウゼヴィッツの『戦争論』における「目的」と「目標」」を説明しました。
経営戦略(基礎編)_戦略論の古典 クラウゼヴィッツの『戦争論』における「目的」と「目標」

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http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-e1428423948658.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-150x150.jpg小林 友昭経営戦略(基礎編)■ 「目的」はパリ、「目標」はフランス軍 前回は、クラウゼヴィッツの『戦争論』から、「目的」と「手段」の関係についてお話ししました。今回は、これに「目標」が加わるとどうなるかご説明します。 英語訳を調べると、いろいろ和訳が混同され、強いて区分すると下記のようになります。 「目的」:aim, objective 「目標」:goal, target また、著名な検索サイトで調べてみても、様々な定義が存在し、特に目を引いたのは、「目的は抽象的な行動指針で、目標はそれを数値で表したもの」というのがありました。 まあ、かのクラウゼヴィッツはその著書でどう説明していたか、少々長くなりますが、引用させて頂きます。 戦争とは、敵の意思を屈服させることを「目的」とする武力行使である。敵にわが意思を押し付けることが「目的」である。敵の抵抗力を打破することは、「目的」に到達するための「目標」であり、物理的な力すなわち武力の行使は、目的達成のための「手段」である。 図解しますと、このようになります。 「目標」は「目的」を果たすための当面の目標となり得ますが、具体策ではありません。具体策は「手段」として表現されます。 ビジネスで例えると、 A商品のマーケットシェアを10%にすることを「目的」としたら、 ビックアカウントのBスーパーの売上高を前年対比4割増しにすることを「目標」にし、 Bスーパーにボリュームディスカウントを提案し、かつ、売り場の応援人員を常時2名確保することを「手段」として選ぶ ということです。 決して、抽象的な狙いが「目的」で、定量的な達成水準が「目標」という使い分けをしなければならないというわけではありません。 そこで、冒頭の「目的はパリ、目標はフランス軍」という標語。 これは、クラウゼヴィッツの祖国であるプロイセン(当時のドイツ)が、対仏戦争で勝利するための「目的」にしていたのが、敵国の王都である「パリ」の占領。「目的」達成のために当面の軍事作戦の対象として、「フランス軍」の撃破を「目標」に掲げたというプロイセン軍の方針を説明した一節でありました。 ■ そして「戦術」の登場 クラウゼヴィッツを引用して最も説明しにくいのが「「戦術」です。なぜなら、「軍事学の本」「兵法書」というのは、一番具体的に、かつ一番大量に「戦術」についての記述がありますが、それは軍隊の戦場における運用の妙(みょう)に関する記述であって、この具体論が即時に経営に生かせるとは、筆者は思っていません。 (世の中には牽強付会(けんきょうふかい)もいいところで、長々と各種兵法書の記述を経営戦略に生かすには、というテーマで、ビジネス本が多数でています。個々の戦術に関する記述を、歴史上の戦争の事例や経営における他社の成功事例・失敗事例と結びつけているだけで、歴史・軍事好きなビジネスマン・経営者が趣味を兼ねて読むにはいいですが、あくまで事例の引き出しを多くするという目線でお読みになられることをお勧めします) 強いて挙げるなら、 戦勝の決定的要因は、①奇襲、②地の利、③多面攻撃である、、、 この後、延々と具体策が書いてあります。そのエッセンスのみお伝えするなら、 「戦術とは、戦略によって準備された個々の戦場で、戦争の目的である「敵の殲滅」を最も効果的に達成するための方策の集まり」 とでもいいましょうか。 よく聞く、「ランチェスターの法則」を応用した弱者が強者に勝つ作戦みたいなものがこの部類に入ると思います。クラウゼヴィッツの上記3つの要因も局地的に数的優勢を保って、敵を殲滅することしか言っていません。この辺は、M.ポーターやハメルなど、経営戦略論の大家も揃って、「勝てるところに経営資源を集中する」ということを言っていることに通じます。 ■ 「長篠の戦い」で戦術の具体例を説明する 日本史ならば、もう少しとっつきやすいでしょうか。「長篠の戦い(1575年)」とは、織田・徳川連合軍が、武田軍を破った戦いです。ここでも「破(やぶ)った」というのは、戦場において武田軍の殲滅に成功した、ということを意味しています。 戦力でいうなら、織田・徳川連合軍が3万8000人、武田軍が1万5000人と数で武田軍が劣勢となっています。しかも、設楽原(設楽ヶ原、したらがはら)という場所で武田方に野戦をせざるを得なくなるよう追い込んだことになっています。こういう類(たぐい)の話は、実は「戦略」の話であって、このいくさで「戦術」とは、織田・徳川連合軍が、いかに巧妙に戦場で軍隊を統率し、勝利を手にしたかという巧妙さを指します。 その例として、 丘陵や川などの地形を利用して、武田軍に大軍が発見されにくいように布陣した 3000丁の鉄砲を用意して武田軍殲滅のための大きな打撃力を用意した 無防備な鉄砲隊を守るため、戦場に馬防柵・土塁を築いて、武田軍の突撃力を減衰させた 信長自身が陣にいることを武田方に知らせて、信長の首をとるためには、馬防柵・土塁を破って織田本陣に突入しようと動機付けた 鉄砲の三段打ちなどは、後世の創作の様ですが、織田・徳川連合軍はほぼ上記のような戦場における主導権を握って、必勝パターンを作ったということでしょうか。 「主導権」と「戦力集中」。 これくらいの抽象度のコトバなら、経営のヒントになりますかしら? さて、ほんのりと「戦略」も登場させ、「戦術」の歴史上の実例を説明しました。 次回は、ようやく「戦略」とは、に言及する予定です。 ここまで、「戦略論の古典 クラウゼヴィッツの『戦争論』における「目的」と「目標」」を説明しました。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します