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■ 「経営戦略」は重要か?

経営戦略(基礎編)
経営戦略」というキーワードで検索サイトにて調べてみると、まことに喧(かまびす)しいものです。「戦略」の2文字は、「事業戦略」「機能戦略」「人事戦略」「IT戦略」「戦略経営」等と、経営学や経営実務の世界では盛んに使用されています。
ここではとりあえず、「あなたのビジネス上の目的を達成させるための『最良のやり方』」と仮置きしておきます。
ちなみに、あなたのビジネス上の目的は何でしょうか?

  • 仕方なく親から家業を継いだが、自分の代で潰(つぶ)すわけにはいかない(みっともない)
  • とにかく大金を儲けたい
  • 会社の中で出世して偉くなりたい(経費使いたい放題、嫌な奴の言うことは聞きたくない)
  • お客様の喜ぶ顔が見られて、ただ感謝されていればそれだけで満足だ
  • 株式会社のような営利団体の組織形態を便宜的にとっているが、この組織活動で社会奉仕をして、世の中の困っている人を一人でも多く助けたい
  • 従業員の雇用を確保するため、仕事を作ってあげて少しでも高い給料を払ってあげること

いずれにせよ、どういう経営目的をお持ちだとしても、目的達成のための最良の方法は考えておいた方がよいではありませんか?

■ それにしても「戦略」って物騒な言葉ですね

企業経営者や、大企業でご活躍されている幹部エリートの皆様は、歴史や軍事にも大変興味を持っていらっしゃる傾向があり、「○○戦略」との語用に何の戸惑いもないようです(筆者も歴史・軍事好きですが)。これは、バリバリの軍事用語で古代ギリシャに由来を持つ「Strategy」の漢語訳で、日本では江戸時代に初めて文献に登場します。よく似た言葉に「戦術(Tactics)」「戦闘」「戦法」という軍事用語などもありますが、会議の場では「それは戦術であって戦略ではない」などと延々と意味のない議論が繰り返されることがよくあります。言葉の定義など、会議が始まる前に確認しておいてください。(`_´)
(別記事で最低限、「戦略」と「戦術」の語感については言及する予定です。)

■ 「経営戦略論」と対峙した時の態度

「経営戦略」を滔々(とうとう)と謳(うた)った書物そのものやそこに記述があるひとつひとつのセオリーや方策、時には心構えを「(経営)戦略論」といいます。
経営戦略論と遭遇した時、ビジネスマン・経営者の方はまずどちらかの態度をとることが多いようです。
経営戦略論に対峙した時
このようなリアクションは、ひとえに、次のような思いに起因することが多いようです。

  • 著名な経営戦略論は極めて汎用的で、導入すれば、我が社でも十分に効果が期待できる
  • 我が社が置かれた立場は極めて特殊で、他社の成功・失敗事例は参考にはならない

一部の学者やコンサルティングファームは書籍販売やコンサルティングフィーのため、各種戦略論の効用を高らかに宣伝し、読者とクライアントの不安を煽った結果、自分たちのビジネスだけは成功するという皮肉を言われることもあります。宣伝効果がなくなったら(鮮度が落ちたら)、次の理論とフレームワークが新商品としてスタンバイしているといった次第です。

■ 「経営戦略論」を俯瞰(ふかん)する

上記のような、極端な立場を取らず、是々非々で「いいとこどり」をすればよいのだと思います。真実はいつも中庸(ちゅうよう)にあるのかもしれません。
では、世の中で盛んに議論されている「経営戦略論」なるものを筆者なりに真に僭越至極(せんえつしごく)ではありますが、一つのチャートにまとめてみます。
(当然、かのテイラーから現代の論者まで、筆者の読書記録の整理にすぎませんが)
経営戦略論の俯瞰
論者の皆さんは、一様にヘーゲル 弁証法に忠実に則って、見事にアウフヘーベン(正反合)の動きをしてくれていて、ストーリーとしてはわかりやすかったです。最後は、マトリクスからはみ出してしまいましたが。。。
《ポジショニング学派》
通常のマーケットより儲かるところ(ミクロ経済学でいえば「超過利潤」を得られるところ)を選び、そこで競争優位な立場を形成し、プライスメイカーになって独占・寡占市場をつくりあげることを目指します。そして、競争優位が崩れれば、次の超過利潤が得られる市場へ移動すればよい、という狩猟民族的発想で企業経営を見ています。独占・寡占市場における超過利潤に目を付けたことは、基礎的な理論的背景にミクロ経済学があり、それは、かのM.ポーター様が、元々ハーバード大学のPh.D.だったことからも頷(うなづ)けます。
《ケイパビリティ学派》
超過利潤を得ていた市場に競合企業が参入してきて、いつの間にか並の利益率の市場になるのはなぜか、なぜ後発企業が先行企業に勝てるのか、について一つの仮説を出しました。それは、企業が組織内部にそもそも競争優位を作り出す要素(VRIO)を持っており、その要素の効力が最大限に発揮できる市場と競争方法を見つければ企業経営がうまくいくのだと考えました。「経営資源の有効活用」。これがキーワードです。
《コンフィギュレーション学派》
前2者の議論は「卵が先か、鶏が先か」の議論として、切って捨てました。会社が置かれている状況に応じて、例えば、発展・成長期にはポジショング重視、安定期にはケイパビリティ重視と、使い分ければよいとしました。さらに、リーダーが戦略を決めるより、現場で日々苦労しているマネージャーの試行錯誤の上で適切な経営戦略が立てられる「創発的戦略」という概念を主張しました。
M.ポーター様は、日本企業には戦略がない、と断罪されたこともありましたが、コンフィギュレーション学派のH.ミンツバーグ様は、日本企業のミドルアップ経営を評価しています(ちなみに筆者も結構コンフィギュレーション学派を気に入っています)。
《アダプティブ学派》
これまでの議論の盲点として、「戦略を立てるときに、外部環境と内部環境のいずれを重視するか、リーダーとマネージャーのいずれが戦略立案した方がよいか、を熱く語ってきたが、そもそもこれだけ競争が激しくなり、市場も流動的で、技術革新のスピードも速くなっているのに、事を起こす前に、いちいち戦略(=計画)をたてて、それを順守するように行動して本当に成功するのか」という問題提起をしました。
計画は立てるのに時間がかかり、完成した時点から陳腐化が始まります。その計画も過去の実績から将来を予測・推測したもので、当たる保証がどこにあるのかと批判しました。走りながら考えよう、試行錯誤でいいじゃないかということです。これは、例えばWebサイトのデザインなどを決める「A/Bテスト」のノリです。
アンゾフ様は前3者の始祖なので説明を省略し、ドラッカー様は「経営管理(基礎編)」で言及することにします。
ここまで、「経営戦略論の見取り図」を説明しました。
経営戦略(基礎編)_経営戦略論の見取り図

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