■ 業界の競争条件を変えるIoT
今回は、Harvard Business Review 2015年4月号「IoTの衝撃」で掲載された、
「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略」著:マイケル E. ポーターハーバード・ビジネス・スクール ユニバーシティ・プロフェッサー、ジェームズ E. ヘプルマンPTC 社長兼CEO
の解説の第3回目となります。「接続機能を持つスマート製品が業界構造へどう影響しているのか」を主題に、説明していきます。ポーター氏の「Five competitive factors」のスキームに照らしてのお話になるので、従来のポーター神話を信奉する人にはとっつきやすい説明になっているはずです。
(過去関連記事)
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(1) HBR 2015年4月号より」
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(2) HBR 2015年4月号より」
企業が置かれている競争状況は5つの競争要因から成り立っています。
① 買い手の交渉力
② 既存企業同士の競争の性質と熾烈さ
③ 新規参入者の脅威
④ 代替品や代替サービスの脅威
⑤ サプライヤーの交渉力
(下図は、論文からの抜粋)
■ ① 買い手の交渉力
接続機能を持つスマート製品は製品差別化の機会を劇的に拡大するため、競争軸は「価格」だけではなくなります。「機能」に軸足が移ります。
・顧客セグメンテーション
・製品カスタマイズ
・付加価値サービス など
豊富な時系列データや製品利用データを入手した顧客は、新たなサプライヤーに乗り換えることを潔しとしない可能性が高まります。この現象は、いわゆる「スイッチングコスト」の上昇ということで説明されています。つまり、「顧客囲い込み」に成功するのです。
さらに、接続機能を持つスマート製品の潜在力は、サービス業務の提携先や特定の流通業者への依存度を下げる、時には「中抜き」状態が起こるので、スマート製品のサプライヤーの力が強まり、相対的に買い手の力が弱まる傾向を呼び起こします。
ただし、一方的に買い手はやられてばかりはいません。スマート製品は消費者(買い手)への操作・機能の分かりやすさが求められています。そこで、スマート製品を使いこなすユーザからすれば、通信機能(プロトコルなど)はユニバーサルなので、競合製品・競業企業同士を競わせることが容易になります。
また、「製品のサービス化」を目指すビジネスモデルや「共有サービス」の進展は、製品買い切り制度ではないので、乗り換えコスト(スイッチングコスト)が低くなる可能性もあります。
■ ② 既存企業同士の競争の性質と熾烈さ
スマート製品がもたらす新機能は、個別顧客向けにカスタマイズされて、一層の差別化や正味価格の向上を図ることに寄与します。その上、製品自体に、貴重なデータの提供や(アプリケーション)サービスの拡充(バージョンアップや追加機能含む)などを含めた、価値提供(バリュー・プロポジション)の機会をも生み出します。このように、価格以外の機能軸での競争は激しさを増すようです。
一方で、「価格」での競争要因はどのように変化するものでしょうか? 接続機能を持つスマート製品のコスト構造が変化し、「固定費」が上昇して「変動費」が低下していることが価格競争に2つの影響を与えています。
まず変化の原因説明から。
・ソフトウェア開発に伴う初期費用の増大
・製品設計の複雑化
・テクノロジー・スタックの開発に伴う多大な投資
固定費の高い業界では、一般に、各社が固定費負担を回収するために販売数量を押し上げようとするため、「値下げ」圧力への耐性が弱いことが知られています。
(つまり、ボリュームディスカウントが起きやすくなるということ)
と同時に、スマート製品の競争は「機能」が主戦場になるため、より多い機能、より使い勝手のある機能の提供や開発にかかるコストを、ライバル社に負けじと思えば思う程、製品に転嫁することが回避される傾向に陥ります。こうすると、業界全体の収益性が一様に低下することにつながります。
(下図は、論文からの抜粋)
■ ③ 新規参入者の脅威
スマート製品市場への新規参入者は、いきなり、
・複雑な製品設計
・埋め込み技術
・複数の階層からなる最新のITインフラにかかる高い固定費
などといった参入障壁にぶち当たります。
スマート製品は、製品(ハードウェア)単体が機能しているサービスだけではなく、システムとして機能するため、従来、定義されている市場より大きな競争市場の定義を必要とすることになります。スタンドアローン型のペースメーカーを製造していた医療機器メーカーは、ペースメーカーがスマート機能を備えることで、家庭向け健康モニタリングシステムを運営するデータ処理サービス業者とも競争しなければならなくなるのです。
また、俊敏な既存企業が製品データを収集・蓄積して、それを基に製品やサービスを改善したり、アフターサービスを刷新したりすることにより、貴重な「先行者利益」を手に入れている場合にも、新規参入者にとって、高い参入障壁となり得ます。
ただし、一方で、既存企業が従来持っている強みや資産を無効にする、あるいは超えるような接続機能付きスマート製品には、逆に参入障壁を低くする特性もあります。また、既存企業は、ハードウェアに依拠する強みや、従来からの収益性の高い部品やサービス事業の基盤を死守したいがために、あえてスマート製品の開発・提供に二の足を踏む場合もあり得ます。
■ ④ 代替品や代替サービスの脅威
接続機能を持つスマート製品は、旧来の代替品より優れた機能、カスタマイズの機会、顧客価値を提供することにより、代替品や代替サービスの脅威を低減させ、業界の成長性と収益性を押し上げる役割を果たすことがあります。
その半面、業界によっては全く新しい脅威を生み出していることもあります。スマート製品は、大きな可能性を持つがゆえに、旧来製品を機能や性能を取り込んでしまうことがあります。例えば、ウェアラブル型のフィットネス機器は、活動量や睡眠パターンなど様々な健康データを記録でき、従来の、ランニング・ウォッチや歩数計などといった既存の単機能製品に置き換えられる可能性が大です。
接続機能を持つスマート製品は、製品の全般的な需要を減らし、所有に代わる形態を生み出すことが知られています。
「製品のサービス化」というビジネスモデル下では、顧客は従量料金を支払うだけで製品を使用できるようになります。
「共有サービス」というビジネスモデル下では、例えば、カーシェアリング事業を見てみると、新車の購入数が激減し、必要な時に必要な車種を「利用」することにだけお金が支払われるようになります。
関連市場での興味深い観察によると、自転車の共有サービスを大都市で展開した場合、逆に、自転車の購入・保管の必要性がないので、自転車の利用量が増えたケースもあります。利便性の高い自転車共有サービスは、自転車購入の代替になるばかりか、自動車などの都市部における各種移動手段の代替にもなり得るのです。
■ ⑤ サプライヤーの交渉力
接続機能を持つスマート製品は、製品の構成要素のうち、物理的なものよりスマート部品や接続機能の価値が相対的に大きくなるにつれて、物理的な部分はソフトウェアに取って代わられることとなり、ハードウェア機構のサプライヤーは、市場への影響力を失ってしまう可能性が大です。
さらに、ソフトウェアの力を借りると、製品の物理的特性を変えなくても顧客ニーズに合わせられるため、物理的な部品の種類も減らすことができます。このことから、既存のハードウェアメーカーへの支払い代金が製品コスト全体に占める比率は低下していくでしょう。
代わって、センサー、ソフトウェア、接続機能、組み込みOS、データ・ストレージ、アナリティクスなどといったテクノロジー・スタックの他の部分のプレイヤーの影響力が増す形になりそうです。特徴的なのは、そうしたプライヤーの多くが、大きな開発投資に耐えられることが条件なのか、グーグル、アップル、AT&Tといった本業で既に巨大企業になっているものが多いことです。
さらに、接続機能を持つスマート製品のテクノロジー・スタックに関わる新規プレイヤーは、最終利用顧客と直接つながり、製品利用データを入手できる立場を背景に、より大きな影響力を得ることになるでしょう。
(例:GEとアリタリア航空)
1980年代に提唱されたポーター氏の「5つの競争要因」は、IoT時代になっても全く色褪せない、説明能力の高いコンセプトで、利用価値が高いと見るか、ポーター氏の自説に直近の経済・テクノロジーの変化を取り込んでいく技の見事さの方を称賛するか、読者が得る印象は様々だと思いますが、いい意味で、「一発当てれば、後は同工異曲で飯が食っていける」何かを生み出した人は偉大だ、ということです。
ちょっと皮肉が過ぎました?(^^;)
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