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■ 自社株買いに対する評価がようやく平常心を取り戻し始めました

経営管理会計トピック

昨今流行の、「ROE」教の布教活動の一時的盛り上がりがようやく収束し始めて、財務レバレッジを用いたROE向上策が短期的効果に終わり、それだけでは中長期の企業価値最大化には何ら資することはないことが周知されはじめて、筆者はホッと胸をなでおろしているところです。

一息ついている間に、またぞろ欧米企業の行き過ぎた株主偏重経営の財務数値面での再評価の記事が日本経済新聞に掲載されました。また、世の中の誤解を解く必要が出てきたと思われるのでこの小稿を起こすに至りました(筆者が勝手にそう思っているだけですが、、、)。(^^;)

2016/7/5付 |日本経済新聞|朝刊 (一目均衡)債務超過でも自社株買い 証券部 土居倫之

「3月期決算企業の株主総会が終わった。上場企業の配当と自社株買いの合計は過去最高になる。利益配分を求める株主の声が強まる一方、経営者や債権者にとって配当や自社株買いの拡大は信用力低下の要因だ。だが米国では、資産が負債を下回る債務超過でも自社株買いをする企業がある。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

記事冒頭のコンテクストから、従来の株主還元礼賛からの見解変更は、筆者にとっては大変歓迎すべきものなのですが、事実誤認というか、会計用語の誤用があるので、その訂正は後程。話の腰を折らないように、今回記事の要旨を下記に整理しました。

<日本市場の現況>
①東京証券取引所が「債務超過」を理由に同社を市場第1部から第2部へ指定替えすると発表したため、6月24日、東京市場でシャープの株価が急落
②日本では債務超過は悪と見なす慣習が根強い
③会社法では債務超過下での配当や自社株買いを制限している

<欧米企業例>
①有名たばこブランド「マールボロ」を擁する米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)は債務超過であるが業績は絶好調
②債務超過なのは自社株買いを繰り返しているから
③昨年末の連結自己資本はマイナス114億ドル(約1兆1700億円)。一方、自己株式は356億ドルに達する
④株主の評価は高く、時価総額は約1600億ドルと世界50位内に入る
⑤債権者の評価として、格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスはPMIにA2(シングルAに相当)、S&PグローバルはシングルAの長期債務格付けを付与する。S&Pは「現金を生み出す力の強さが同社のリスクをカバーしている」と評価する

 

■ PMIに対する好評化の理由を分析する!

PMIについては、同記事にて金融関係者が次のように証言しています。

「EY総合研究所の深沢寛晴上席主任研究員は「米国企業の経営陣は徹底的に株主に利益配分し、株価を高める努力をしている」と分析する。」

「投資家の意見も同じだ。高いブランド力を武器に年間70億~100億ドルのキャッシュフロー(現金収支)を生み出す。三井住友アセットマネジメントで約1500億円の外貨建て社債ファンドを運用する原田和幸債券運用グループ副ヘッドは「債務超過でも現金収支が安定的に黒字なら怖くない」として同社債を持つ。」

「BNPパリバ証券の中空麻奈投資調査本部長によると、米国にはPMIのような債務超過で投資適格(トリプルBマイナス以上)の格付けの企業が15社あるという。中には日用品大手のコルゲート・パルモリーブなど有名企業も含まれる。」

「ムーディーズ・ジャパンの柳瀬志樹シニアアナリストは「自己資本ではなくフリーキャッシュフロー(純現金収支)と債務のバランスが重要との考え方がグローバルでは一般的」と話す。安全のために現金をため込むのではなく「現金収支が潤沢であれば、債務超過でもいいという『キャッシュ・イズ・キング』の考え方」(中空氏)だ。」

これらのコメントを図示すると、下記のようになります。

経営管理会計トピック_資金繰りと資金調達構成の関係

つまり、この方々は、損益計算書(P/L)やキャッシュフロー計算書を経て、貸借対照表の借方に位置する「現金同等物」がどれくらい増えているのかに注目し、P/LやFCFの動向から、現金配当や自己株買い等の株主還元の効果の大きさを評価しているわけです。

それゆえ、同記事最後のコメントで、

「日本では銀行など債権者が自己資本を重視する。現金創出に自信を持てない経営者も現金をため込み、配分を求める外国人株主から反発を受けてきた。PMIの例は市場が安定している今だからこそ受け入れられる面はある。ただ現金を生む力の裏付けさえあれば、債権者と株主の利益は両立できることを示している。」

とあるのは、動態的に、キャッシュフローを生み出すビジネスモデルの評価というより、どれくらい貸し込んでも、回収余地があるか(財産として、貸出担保として、換金可能な資産(または現預金)をどれくらい持っているかの静態的評価をしているのが日本の金融機関の姿勢、という見方をしているという分けです。まあ、金融機関の当事者からみれば、一部当たっているかもしれませんがね、そうそう「担保至上主義」で融資をやっているところは、、、

 

■ 債務超過に対する事実誤認を正す!

上記で言及した、「会社法では債務超過下での配当や自社株買いを制限している」について、制度会計および会社法の枠組みにおいて、事実誤認があるのでここで指摘しておきます。まず、どんな会計法規や会社法制上の条文にも「債務超過」という文言の定義は存在していません。よって、条文に存在しないものが、配当や自社株買いを制限することはできません。

ネットでググってもらって検索してもらえれば分かるのですが、「債務超過」について、
① 負債が資産を超過している または、
② 累積損失で自己資本がマイナスに陥っている
という定義がぞろぞろと沢山出てきていますが、根拠条文を示して説明しているものは皆無です。

ただし、東証の上場廃止基準に、一部・二部の場合は、「債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表による)」との記載があるだけで、東証も、「債務超過」である状態について明確に定義はしていないのです。

では、配当規制、自己株取得規制の方はどうなのでしょうか?

こちらは、「資本欠損」との混同が見られます。

——————————————–
資本欠損(資本の欠損)とは、会社の純資産額(資本総額-負債総額)が、資本金と法定準備金(資本準備金と利益準備金)との合計額を下回っている状態などをいいます。

資本欠損 : 純資産額 < 資本金+資本準備金+利益準備金
(厳密には、新株式申込証拠金・土地再評価差額金・株式等評価差額金などの要素も考慮しなければなりません。)

ただし、会社が任意積立金を設定していて、これを取り崩して填補できるような欠損である場合などは、資本欠損(資本の欠損)にはあたりません。

(引用先)資本欠損とは?債務超過とは? – まほろば
———————————————-

つまり、「債務超過」ではなく「資本欠損」の定義は存在しているのです。では、現金配当や自己株式の取得ができる原資となる、いわゆる分配可能利益の定義はどうなっているのでしょうか?

経営管理会計トピック_分配可能利益とは

この上図から分かることは、
① 累積損失が「その他の剰余金」を超過していく
② 自己株式の帳簿価額が「その他の剰余金」を超過していく
ことにより、累積損失または自己株式の帳簿価額が青い点線以上に増加した時に、現金配当もさらなる追加的自己株式の取得も制度的に不可能になるのです。

よく分からなかったですか?
じゃあ、ここで覚えておいてほしいことは、「債務超過」はどこにも定義されていない、定義がないものが「配当」「自己株取得」の制約条件にはなり得ない、ということで十分です。

類似事例が先日発表された東芝の減資のケースにもあてはまります。参考までに。
⇒「東芝、2000億円規模減資 累損圧縮、株主総会に付議

 

■ 自己株式取得による債務超過の経済的な意味とは?

今度は、視点を変えて、業績悪化による累積損失の積み上がりにより、意図せざる「債務超過」ではなく、十分な資金繰りの余裕がある中で、意図する「債務超過」状態を引き起こすことの、資金調達バランスと、資金の出し手の損得を簡単に説明しておきます。

雑駁に言って、企業が資金を調達する先は主に、次の3つに大別されます。

① サプライヤーファイナンス(買掛金、支払手形)
② 間接金融(借入金、有利子負債)
③ 直接金融(株式購入・引き受けによる出資、資本金など)

企業は通常は、この3者から巧妙なバランスを取って資金を調達し、必要に応じて返済していきます。これを資金の出し手から見れば、リターン、経営の果実を得ることになります。このとき、いわゆる通俗的に言われる「債務超過」の状態とは、この3者からの資金調達バランスがどのような状態になっていることになるのでしょうか?

経営管理会計トピック_資金調達バランスと債務超過

上図にある通り、自己株式のトータルの取得額が、元々の株主の出資額(資本金他)および、分配可能利益の合計額を超えて設定されている時、いわゆる「債務超過」の状態が発生します。それは、主要な資金の出し手である3者の内、貸借対照表の貸方という、誰から企業が資金調達してきたのか、株主が過去に出資したという痕跡が帳簿上無くなることを意味します。さらに、主要な3者の資金の出し手の内、明らかに株主偏重であることも自明の理です。

ここからは簿記論の小難しい話になりますが、資本金と自己株式を両建てで計上しているため、計算結果を求めるのに貸借で差し引きする(あたかも純額処理しているかのように)必要があり、一般的には企業の財務状態についての理解に困難が付きまといます。だって、出資金は株主からお金を出してもらった分で、自己株式は、株主にお金を返した分。いってこいで、差し引きすると、PMIなどは、マイナスになってしまう。これでは、貸借対照表の総額は意味をなしません。こういう場合は、自己株式を金庫株で保有し続けるのではなく、きちんと消却すべきです。そうすると、マイナスの資本金が残ります。これば、従来の簿記論では、どのように解釈すればいいのやら。欧米の会計実務を追って、無批判に日本に入れるから、会計理論が破たんしていても、そのまま受け入れてしまうんですね。

 

■ 日本の自己株式に対する常識とは?

関連する記事がありましたので、こちらも紹介しておきます。

2016/7/13付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(6) 自社が筆頭、最多に 金庫株の活用法が課題に

「自らが筆頭株主に名を連ねる企業が増えている。2015年度末時点では339社と前年度比21社増え、過去最多となった。上場会社全体で5兆円を超えた活発な自社株買いが背景だ。今後はM&A(合併・買収)の原資にするなど、企業が手元に置く「金庫株」の活用が課題になりそうだ。」

(下記は、同記事添付の自社株の保有比率が上昇した企業ランキング表を転載)

こうした企業の資本政策について下記のようなコメントが付されています。

「企業統治元年の15年度は株主還元の強化や自己資本利益率を高めたりする動きが強まった。自社株買いは一石二鳥の効果が見込める。市場内取引で自社株を買い進めたことで保有比率が上昇した企業も目立つ。」

それが行き過ぎると、簿記論では説明がつかない状態(いわゆる意図せる債務超過)になるのですが、まだ会計実務では、その域に達する日本企業が登場していないため、次のような指摘に留まっています。

「豊富な自社株を持つ企業は活用が問われる。有力なのはM&Aの「通貨」に活用することだが、株式交換方式によるM&Aの例はまだ少ない。単に保有したままでは市場への再放出による1株当たり価値の希薄化懸念がつきまとう。」

「金庫株の残高は米企業のほうが大きいが、米企業はM&Aやストックオプションの対価として活用を進める。金庫株の保有をM&A目的としながらも何年も実績がないような企業は「株主への説明が必要」(野村証券の西山賢吾シニアストラテジスト)になる。当面の使い道がない場合は自己株の消却に踏み切る資本政策も求められそうだ。」

既存株主への希薄化不安を低減するためもいいのですが、簿記論として、自社の貸借対照表を健全な表示にするため、会計技術論からの必要性からも、自己株消却は推奨されるべきです。

さてさて、ついでといっては何ですが、最後に、「債務超過」と「資金繰り」の関係についての記事を紹介して今回の投稿を締めたいと思います。

2016/7/15付 |日本経済新聞|朝刊 MRJ3・4号機、9月にも初飛行 三菱航空機は債務超過に

「【ファンボロー〈英南部〉=花房良祐】三菱航空機(愛知県豊山町)の森本浩通社長は13日、開発中の国産ジェット旅客機「MRJ」について、試験機の3号機と4号機が9月にも初飛行するとの見通しを示した。2018年のANAホールディングスへの量産機の納入に向けて開発を急ぐ。
 英国の航空展示会「ファンボロー国際航空ショー」で取材に応じた。すでに県営名古屋空港で試験飛行を続けている1号機は8月中にもロシアや米アラスカなどを経由して米ワシントン州の試験拠点に向かう。商業運航に必要な型式承認の取得のために合計2500時間の飛行試験をする計画で、米国ではこのうち9割以上を実施する。
 三菱航空機が債務超過に陥ったことも明らかにした。「必要な資金は親会社の三菱重工業が毎月融資するので資金繰りに心配はない」と述べた。同社の資本金は1000億円。64%を三菱重工業が出資する。」

ここまで筆者の駄文による説明を長々とお読みいただいた読者の方なら、債務超過と資金繰りには直接的な関連性なぞ無いことはご理解頂けるでしょう。上記のようなインタビューコメントが出るということは、そういう質問をした経済記者が存在しているということ。いやあ、そういう記者には、貸借対照表の借方(左側)と貸方(右側)の違いをこんこんと説明したいものです。(^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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債務超過でも自社株買いする理由と、資金繰りに問題がないケースについて - 日本経済新聞よりhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭実務で会計ルールをおさらいMRJ,PMI,サプライヤーファイナンス,シャープ,フィリップ・モリス・インターナショナル,債務超過,分配可能利益,東芝,自己株消却,自社株買い,資本欠損,資金繰り,金庫株■ 自社株買いに対する評価がようやく平常心を取り戻し始めました 昨今流行の、「ROE」教の布教活動の一時的盛り上がりがようやく収束し始めて、財務レバレッジを用いたROE向上策が短期的効果に終わり、それだけでは中長期の企業価値最大化には何ら資することはないことが周知されはじめて、筆者はホッと胸をなでおろしているところです。 一息ついている間に、またぞろ欧米企業の行き過ぎた株主偏重経営の財務数値面での再評価の記事が日本経済新聞に掲載されました。また、世の中の誤解を解く必要が出てきたと思われるのでこの小稿を起こすに至りました(筆者が勝手にそう思っているだけですが、、、)。(^^;) 2016/7/5付 |日本経済新聞|朝刊 (一目均衡)債務超過でも自社株買い 証券部 土居倫之 「3月期決算企業の株主総会が終わった。上場企業の配当と自社株買いの合計は過去最高になる。利益配分を求める株主の声が強まる一方、経営者や債権者にとって配当や自社株買いの拡大は信用力低下の要因だ。だが米国では、資産が負債を下回る債務超過でも自社株買いをする企業がある。」 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 記事冒頭のコンテクストから、従来の株主還元礼賛からの見解変更は、筆者にとっては大変歓迎すべきものなのですが、事実誤認というか、会計用語の誤用があるので、その訂正は後程。話の腰を折らないように、今回記事の要旨を下記に整理しました。 <日本市場の現況> ①東京証券取引所が「債務超過」を理由に同社を市場第1部から第2部へ指定替えすると発表したため、6月24日、東京市場でシャープの株価が急落 ②日本では債務超過は悪と見なす慣習が根強い ③会社法では債務超過下での配当や自社株買いを制限している <欧米企業例> ①有名たばこブランド「マールボロ」を擁する米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)は債務超過であるが業績は絶好調 ②債務超過なのは自社株買いを繰り返しているから ③昨年末の連結自己資本はマイナス114億ドル(約1兆1700億円)。一方、自己株式は356億ドルに達する ④株主の評価は高く、時価総額は約1600億ドルと世界50位内に入る ⑤債権者の評価として、格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスはPMIにA2(シングルAに相当)、S&PグローバルはシングルAの長期債務格付けを付与する。S&Pは「現金を生み出す力の強さが同社のリスクをカバーしている」と評価する   ■ PMIに対する好評化の理由を分析する! PMIについては、同記事にて金融関係者が次のように証言しています。 「EY総合研究所の深沢寛晴上席主任研究員は「米国企業の経営陣は徹底的に株主に利益配分し、株価を高める努力をしている」と分析する。」 「投資家の意見も同じだ。高いブランド力を武器に年間70億~100億ドルのキャッシュフロー(現金収支)を生み出す。三井住友アセットマネジメントで約1500億円の外貨建て社債ファンドを運用する原田和幸債券運用グループ副ヘッドは「債務超過でも現金収支が安定的に黒字なら怖くない」として同社債を持つ。」 「BNPパリバ証券の中空麻奈投資調査本部長によると、米国にはPMIのような債務超過で投資適格(トリプルBマイナス以上)の格付けの企業が15社あるという。中には日用品大手のコルゲート・パルモリーブなど有名企業も含まれる。」 「ムーディーズ・ジャパンの柳瀬志樹シニアアナリストは「自己資本ではなくフリーキャッシュフロー(純現金収支)と債務のバランスが重要との考え方がグローバルでは一般的」と話す。安全のために現金をため込むのではなく「現金収支が潤沢であれば、債務超過でもいいという『キャッシュ・イズ・キング』の考え方」(中空氏)だ。」 これらのコメントを図示すると、下記のようになります。 つまり、この方々は、損益計算書(P/L)やキャッシュフロー計算書を経て、貸借対照表の借方に位置する「現金同等物」がどれくらい増えているのかに注目し、P/LやFCFの動向から、現金配当や自己株買い等の株主還元の効果の大きさを評価しているわけです。 それゆえ、同記事最後のコメントで、 「日本では銀行など債権者が自己資本を重視する。現金創出に自信を持てない経営者も現金をため込み、配分を求める外国人株主から反発を受けてきた。PMIの例は市場が安定している今だからこそ受け入れられる面はある。ただ現金を生む力の裏付けさえあれば、債権者と株主の利益は両立できることを示している。」 とあるのは、動態的に、キャッシュフローを生み出すビジネスモデルの評価というより、どれくらい貸し込んでも、回収余地があるか(財産として、貸出担保として、換金可能な資産(または現預金)をどれくらい持っているかの静態的評価をしているのが日本の金融機関の姿勢、という見方をしているという分けです。まあ、金融機関の当事者からみれば、一部当たっているかもしれませんがね、そうそう「担保至上主義」で融資をやっているところは、、、   ■ 債務超過に対する事実誤認を正す! 上記で言及した、「会社法では債務超過下での配当や自社株買いを制限している」について、制度会計および会社法の枠組みにおいて、事実誤認があるのでここで指摘しておきます。まず、どんな会計法規や会社法制上の条文にも「債務超過」という文言の定義は存在していません。よって、条文に存在しないものが、配当や自社株買いを制限することはできません。 ネットでググってもらって検索してもらえれば分かるのですが、「債務超過」について、 ① 負債が資産を超過している または、 ② 累積損失で自己資本がマイナスに陥っている という定義がぞろぞろと沢山出てきていますが、根拠条文を示して説明しているものは皆無です。 ただし、東証の上場廃止基準に、一部・二部の場合は、「債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表による)」との記載があるだけで、東証も、「債務超過」である状態について明確に定義はしていないのです。 では、配当規制、自己株取得規制の方はどうなのでしょうか? こちらは、「資本欠損」との混同が見られます。 -------------------------------------------- 資本欠損(資本の欠損)とは、会社の純資産額(資本総額-負債総額)が、資本金と法定準備金(資本準備金と利益準備金)との合計額を下回っている状態などをいいます。 資本欠損 : 純資産額 < 資本金+資本準備金+利益準備金 (厳密には、新株式申込証拠金・土地再評価差額金・株式等評価差額金などの要素も考慮しなければなりません。) ただし、会社が任意積立金を設定していて、これを取り崩して填補できるような欠損である場合などは、資本欠損(資本の欠損)にはあたりません。 (引用先)資本欠損とは?債務超過とは? - まほろば ---------------------------------------------- つまり、「債務超過」ではなく「資本欠損」の定義は存在しているのです。では、現金配当や自己株式の取得ができる原資となる、いわゆる分配可能利益の定義はどうなっているのでしょうか? この上図から分かることは、 ① 累積損失が「その他の剰余金」を超過していく ② 自己株式の帳簿価額が「その他の剰余金」を超過していく ことにより、累積損失または自己株式の帳簿価額が青い点線以上に増加した時に、現金配当もさらなる追加的自己株式の取得も制度的に不可能になるのです。 よく分からなかったですか? じゃあ、ここで覚えておいてほしいことは、「債務超過」はどこにも定義されていない、定義がないものが「配当」「自己株取得」の制約条件にはなり得ない、ということで十分です。 類似事例が先日発表された東芝の減資のケースにもあてはまります。参考までに。 ⇒「東芝、2000億円規模減資 累損圧縮、株主総会に付議」   ■ 自己株式取得による債務超過の経済的な意味とは? 今度は、視点を変えて、業績悪化による累積損失の積み上がりにより、意図せざる「債務超過」ではなく、十分な資金繰りの余裕がある中で、意図する「債務超過」状態を引き起こすことの、資金調達バランスと、資金の出し手の損得を簡単に説明しておきます。 雑駁に言って、企業が資金を調達する先は主に、次の3つに大別されます。 ① サプライヤーファイナンス(買掛金、支払手形) ② 間接金融(借入金、有利子負債) ③ 直接金融(株式購入・引き受けによる出資、資本金など) 企業は通常は、この3者から巧妙なバランスを取って資金を調達し、必要に応じて返済していきます。これを資金の出し手から見れば、リターン、経営の果実を得ることになります。このとき、いわゆる通俗的に言われる「債務超過」の状態とは、この3者からの資金調達バランスがどのような状態になっていることになるのでしょうか? 上図にある通り、自己株式のトータルの取得額が、元々の株主の出資額(資本金他)および、分配可能利益の合計額を超えて設定されている時、いわゆる「債務超過」の状態が発生します。それは、主要な資金の出し手である3者の内、貸借対照表の貸方という、誰から企業が資金調達してきたのか、株主が過去に出資したという痕跡が帳簿上無くなることを意味します。さらに、主要な3者の資金の出し手の内、明らかに株主偏重であることも自明の理です。 ここからは簿記論の小難しい話になりますが、資本金と自己株式を両建てで計上しているため、計算結果を求めるのに貸借で差し引きする(あたかも純額処理しているかのように)必要があり、一般的には企業の財務状態についての理解に困難が付きまといます。だって、出資金は株主からお金を出してもらった分で、自己株式は、株主にお金を返した分。いってこいで、差し引きすると、PMIなどは、マイナスになってしまう。これでは、貸借対照表の総額は意味をなしません。こういう場合は、自己株式を金庫株で保有し続けるのではなく、きちんと消却すべきです。そうすると、マイナスの資本金が残ります。これば、従来の簿記論では、どのように解釈すればいいのやら。欧米の会計実務を追って、無批判に日本に入れるから、会計理論が破たんしていても、そのまま受け入れてしまうんですね。   ■ 日本の自己株式に対する常識とは? 関連する記事がありましたので、こちらも紹介しておきます。 2016/7/13付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(6) 自社が筆頭、最多に 金庫株の活用法が課題に 「自らが筆頭株主に名を連ねる企業が増えている。2015年度末時点では339社と前年度比21社増え、過去最多となった。上場会社全体で5兆円を超えた活発な自社株買いが背景だ。今後はM&A(合併・買収)の原資にするなど、企業が手元に置く「金庫株」の活用が課題になりそうだ。」 (下記は、同記事添付の自社株の保有比率が上昇した企業ランキング表を転載) こうした企業の資本政策について下記のようなコメントが付されています。 「企業統治元年の15年度は株主還元の強化や自己資本利益率を高めたりする動きが強まった。自社株買いは一石二鳥の効果が見込める。市場内取引で自社株を買い進めたことで保有比率が上昇した企業も目立つ。」 それが行き過ぎると、簿記論では説明がつかない状態(いわゆる意図せる債務超過)になるのですが、まだ会計実務では、その域に達する日本企業が登場していないため、次のような指摘に留まっています。 「豊富な自社株を持つ企業は活用が問われる。有力なのはM&Aの「通貨」に活用することだが、株式交換方式によるM&Aの例はまだ少ない。単に保有したままでは市場への再放出による1株当たり価値の希薄化懸念がつきまとう。」 「金庫株の残高は米企業のほうが大きいが、米企業はM&Aやストックオプションの対価として活用を進める。金庫株の保有をM&A目的としながらも何年も実績がないような企業は「株主への説明が必要」(野村証券の西山賢吾シニアストラテジスト)になる。当面の使い道がない場合は自己株の消却に踏み切る資本政策も求められそうだ。」 既存株主への希薄化不安を低減するためもいいのですが、簿記論として、自社の貸借対照表を健全な表示にするため、会計技術論からの必要性からも、自己株消却は推奨されるべきです。 さてさて、ついでといっては何ですが、最後に、「債務超過」と「資金繰り」の関係についての記事を紹介して今回の投稿を締めたいと思います。 2016/7/15付 |日本経済新聞|朝刊 MRJ3・4号機、9月にも初飛行 三菱航空機は債務超過に 「【ファンボロー〈英南部〉=花房良祐】三菱航空機(愛知県豊山町)の森本浩通社長は13日、開発中の国産ジェット旅客機「MRJ」について、試験機の3号機と4号機が9月にも初飛行するとの見通しを示した。2018年のANAホールディングスへの量産機の納入に向けて開発を急ぐ。  英国の航空展示会「ファンボロー国際航空ショー」で取材に応じた。すでに県営名古屋空港で試験飛行を続けている1号機は8月中にもロシアや米アラスカなどを経由して米ワシントン州の試験拠点に向かう。商業運航に必要な型式承認の取得のために合計2500時間の飛行試験をする計画で、米国ではこのうち9割以上を実施する。  三菱航空機が債務超過に陥ったことも明らかにした。「必要な資金は親会社の三菱重工業が毎月融資するので資金繰りに心配はない」と述べた。同社の資本金は1000億円。64%を三菱重工業が出資する。」 ここまで筆者の駄文による説明を長々とお読みいただいた読者の方なら、債務超過と資金繰りには直接的な関連性なぞ無いことはご理解頂けるでしょう。上記のようなインタビューコメントが出るということは、そういう質問をした経済記者が存在しているということ。いやあ、そういう記者には、貸借対照表の借方(左側)と貸方(右側)の違いをこんこんと説明したいものです。(^^;) (注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します