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■ 「揺れる企業統治」論点は一体何か?

経営管理会計トピック

企業統治に関する連載が続き、嫌でも毎日、ガバナンスのことを考えざるを得ない日々が続きました。日本経済新聞に「揺れる企業統治」の名で5月に続き、7月も連載がありましたので、そのまとめ記事を、こちらも連載(できるだけコンパクトにすることを目標にしますが)でお届けしたいと思います。

2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる企業統治(上)トップ誰が決める 時代が促す大転換

「「これは会社法の趣旨に反するのではないか」。東証1部上場の料理レシピサイト大手クックパッドのお家騒動に、企業統治に詳しい遠藤元一弁護士(59)が首をかしげている。

覆った人事案
 クックパッドは企業統治の先進的な企業として知られ、創業者の佐野陽光氏(43)は2007年に会社法に基づく「指名委員会」を設けた。社外取締役が過半を占める同委が決めた人事案は法的な拘束力がある。1部上場企業でも約60社しかない厳しい仕組みで、取締役会ですら修正できないはずだった。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

クックパッドは、2007年7月 指名委員会等設置会社へ移行しました。しかし指名委員会で定められた取締役候補者の人事案を株主総会で、株式の約44%を握る創業者である佐野氏が覆しました。

新聞記事では、
「法的拘束力のあるはずの指名委の決定が覆ったクックパッド。一方、法律に基づかない任意の指名委が思わぬ力を発揮したのがセブン&アイ・ホールディングスだった。」

(下記は、同記事添付の株主構成の変化を表した図表を転載)

20160708_ニッポン株式会社のオーナーの変化が改革を迫る_日本経済新聞朝刊

との記述があり、あたかもクックパッドの創業者の意思に沿った取締役選任および新社長選出があたかも違法かのような誤解を与える文章になっています。ここで声を大にして言いたいのですが、クックパッドの今回の措置は、会社法の枠組みの中では完全に適法・合法です。

 

■ 「指名委員会等設置会社」としての機関設置の趣旨を理解しているか?

クックパッドの佐野氏の意に沿う取締役選任は、法定機関である指名委員会の決定とは相反しますが、適法です。その根拠とロジックは次の通りです。

指名委員会等設置会社では、取締役会の中に、
①指名委員会
②報酬委員会
③監査委員会
の3委員会が置かれ、各委員会は取締役3人以上の委員で組織されます。その取締役の過半数は社外取締役でなくてはなりません。

そして指名委員会は株主総会に提出する取締役の選任議案を決定し、指名委員会の決定は、取締役会が覆すことはできません。

しかし一方で、誰に経営を委ねるかという経営陣(取締役)の選解任は株主総会の専決事項であり、株主が決定できる事項になります。特に指名委員会等設置会社の取締役の任期は1年とされており、毎年株主総会で株主からの信任を問われる制度になっています。

つまり、
①株主総会で株主が取締役(指名委員会を構成する社内外取締役を含む)をまず選任します。
②選任された取締役(指名委員会を構成する社内外取締役)が執行役を選任します。

ここで執行役とは、取締役を兼務しているかどうかは問わず、取締役会から職務執行のモニタリングを受けて、業務にあたる経営執行上のトップマネジメントです。職責上、社長や専務などの肩書を持つことが通常です。「社長」という肩書自体は会社法の取り決め事ではありません。

佐野氏は、指名委員会を構成する取締役ごと、より上位の人事権を持つ株主として、自分の意に沿う人選を行い、その人選に従って選ばれた指名委員会を構成する取締役が、佐野氏の意に沿う社長(執行役の実質トップ)を選任したという構造です。今回のケースでは、佐野氏は、株主としての権利行使を通じて取締役の選任を図り、執行役の選任に間接的に影響を与えただけですから、この点で、会社法上の問題は全くありません。

しかしながら、適法・合法であればただ許されるというものでもないようです。

1.指名委員会等設置会社の機関設計の趣旨
その趣旨は、少数の社外取締役しかいない場合であっても、社外取締役による監督機能をできるだけ働かせようとした制度であり、会社の業務執行は執行役が行い、取締役会は業務執行の決定を大幅に執行役に委任することです。社外の有識者を集めた社外取締役が、株主の利益を代表して、最適・最善と考えた取締役(間接的に執行役)を選任する趣旨からすれば、それを創業者といえども、大株主が自ら覆したということなので、せっかく、経営やガバナンスのプロとして雇ってきた社外取締役の識見を否定することになり、そもそもの機関設計を否定するものです。

2.コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の規程
指針には、

補充原則4-3① 取締役会は、経営陣幹部の選任や解任について、会社の業績等の評価を踏まえ、公正かつ透明性の高い手続きに従い、適切に実行すべきである。

というものがあり、
①取締役候補者の実質的な指名が指名委員会ではなく佐野氏と経営陣の間の協議によって決定されている
②株主総会後の新体制が明らかにされないままに株主総会で取締役の選任がなされている
という点から、本当に公正かつ透明性の高い手続きに従った経営陣の選任だったかに疑問符がつく、という訳なのです。

 

■ ガバナンスの最後の砦は株主。その株主構成の変化に伴い日本企業が直面する事態とは?

同日の連携記事は下記の通り。

2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 変わる「ニッポン株式会社」 監視の主役は外国人 揺れる企業統治

「昨年6月に導入された企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)は社外取締役選任や資本効率重視といった改革を日本企業に促した。ただバブル期から必要性が指摘され目新しいものではない。改革が進む背景には「ニッポン株式会社」のオーナーの変化がある。」

(下記は、同記事添付の企業統治と株価の相関を示したチャートを転載)

20160708_企業統治のあり方は株価形成に影響_日本経済新聞朝刊

戦後の株式市場の歴史を簡単に振り替えると、、、

・「証券民主化運動」(1947年)
GHQ(連合国軍総司令部)が、主要財閥の企業の株式を売り出させた。戦後の日本の株式市場は、こうした財閥解体によって個人株主が誕生したことから始まった。当時の個人の持ち株比率は70%に迫り、大衆資本主義の始まりを予感させた。

・メーンバンク制
60年代からの資本自由化で外資による買収の脅威を感じた企業は、株式を互いに持ち合うことによって市場に出回る株式を減らした。法人資本主義の時代の幕開けだった。企業が株式の持ち合いなどを通じて系列を形成し、その中心にはメーンバンクがいた。

・銀行中心の持ち合い構造の崩壊
90年代終盤の金融危機で銀行は体力をすり減らし、持ち合い株式を手放し始めた。これにより企業の監視役が不在となった。日本企業の競争力が低下した背景の一つとして、ガバナンスの空白による経営規律の緩みが指摘できる。

・外国人投資家の台頭
2013年度、初めて外国人投資家の持ち株比率が金融機関を初めて上回った。足元では外国人比率(16年3月末)が29.8%と1.9ポイント低下したが、昨年の日本郵政グループ3社上場などで個人投資家が一時的に増えたもので時計の針が大きく戻ることはない。

外国人投資家を積極的に受け入れて、日本の株式市場への資金流入、株価維持を図らねば。そう考えたアベノミクス政策のひとつとして、「コーポレートガバナンス・コード」「スチュワードシップ・コード」という英米流の企業統治の型を日本市場に取り入れたのです。会社法の方も、英米人には理解が難しい、従来型の「監査役会設置会社」だけでなく、「指名委員会等設置会社」モデルも選択できるように改正が加えられました。

「統治改革の第1弾として14年に導入されたのが、機関投資家の行動規範を定めた「日本版スチュワードシップ・コード」。お手本となった「英国版」が10年に制定されたのは、リーマン・ショックの反省として機関投資家の企業への監視が不十分だったことが指摘されたからだ。」

ここまでは何とか我慢というか、自然に受け入れることはできても、

「米国でも同時期に機関投資家の声を経営に取り入れる機運が高まり、アクティビストと呼ばれる物言う株主が力をつけた。米証券取引委員会(SEC)のホワイト委員長は15年の講演で、アクティビストと企業が事業や財務の戦略について話し合うことは「望ましい関係」とまで語った。」

とまで言われては、逆に、ショートターミズム(短期主義)に陥り、極端に株主を偏重してステークホルダーを軽視し、社会のバランスを著しく欠く(タックスヘイブンを活用した行き過ぎた節税、格差の拡大など)ことを助長する英米流の株主資本主義が本当に、企業の中長期的成長や健全な社会の形成に貢献しているのか、筆者にとっては甚だ疑問に思える点もあります。

「ニッポン株式会社の主役が外国人に代わった市場の素地があったからこそ、英国の制度や米国の投資家を受け入れることは、予想されたほど大きな抵抗やあつれきを伴わなかった。バブル崩壊後にゆっくりと進んだ市場の構造変化と、英米で急展開するガバナンス改革が共振し、企業と株主の間が再び大きく変わろうとしている。」

論理が逆立ちしているでしょう。株式市場に外国人投資家のお金の流入が必要だった。そのために、英米流のコーポレートガバナンスの流儀を取り入れざるを得なかったのです。

 

■ 後戻りはできない? 英米流のコーポレートガバナンスへの慣れ

2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 日本企業、試行錯誤続く 揺れる企業統治

「企業統治指針に沿って東証1部上場企業の78%(6月16日時点)が複数の社外取締役を選んだ。だが日本経済新聞社が6月に実施した主要100社の社長アンケートでは「3年後の社外取締役の比率は」との質問に3割が未回答だった。
 会社のかたちを透明にすることはグローバルな株主と向き合う時代に必要不可欠の条件だ。しかし、それで企業が生き残れるとは限らない。ニッポン株式会社の試行錯誤は続く。」

(下記は、同記事添付の複数の社外取締役を選任する企業数のグラフを転載)

20160708_社外取締役を複数選任する企業が増えた_日本経済新聞朝刊

いやあ、「試行錯誤は続く」と突き放されても。。。

それでは、同時期に連載されていた「ニッポンの株主」から、関連する回のデータと記述を確認していきます。

 

2016/7/7付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(3)消えるオイルマネー サウジなど財政悪化映す

「日本株売買で約7割のシェアを持ちアベノミクス相場を演出した外国人株主。2015年度末の保有比率は前年度比1.9ポイント減の29.8%と4年ぶりの減少に転じた。特に日本株売却の動きが目立ったのが産油国の政府系ファンド(SWF)だ。昨年以降の原油安で国の財政状態が悪化。流動性の高い日本株などの資産を売る動きが広がった。」

(下記は同記事添付のオイルマネーが大株主から消えた主な企業一覧を転載)

20160707_オイルマネーが大株主から消えた主な企業_日本経済新聞朝刊

 

2016/7/9付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(5) アジアの投資家増加 年金・個人の資金流入

「日本企業の株主としてアジア投資家の存在感がじわり高まっている。米調査会社アイプリオによると、2016年3月末時点で日本株を保有するアジアのファンド数は前の年に比べ35%増えた。日本株を手がけるファンドはこれまで、欧米系運用会社の集まる香港やシンガポールが主流だったが、インドや韓国の地場の運用機関などにも裾野が広がってきた。」

(下記は同記事添付の日本株を保有するアジアのファンド数のグラフを転載)

20160709_日本株を保有するアジアのファンド数_日本経済新聞朝刊

(下記は同記事添付の日本株を保有するアジアの主な運用機関一覧を転載)

20160709_日本株を保有するアジアのファンド数_日本経済新聞朝刊

ざっくり言わせてもらうと、上記のオイルマネーとアジアからの投資額の増減は、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)(→主権国家資産ファンド・政府系ファンド)が主役だと言えます。投資家側の事情(原油価格の下落など)を理由に挙げていますが、こうした信用第一、リターン第一のファンドを惹きつけるためには、透明性の高い企業統治体制より、ROEが本当に有効な指標性があるかどうかは別として、目先のTSRと中長期的な企業成長の可能性のアピールが有効だと考えます。
(IR・SRは別の回で触れますので、そこまでお楽しみに!)(^^)/

 

2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(4)「物言う」健在 独自路線で積極投資

「2015年度には4年ぶりに日本株の持ち株比率が下がった海外勢だが、「物言う株主」の存在感は健在だ。かつては敵対的TOB(株式公開買い付け)も辞さない強硬姿勢で知られたが、最近は対話を通じた企業価値向上を掲げるファンドも多い。昨年、投資家目線を強調した企業統治指針の適用が始まったことも追い風になっている。」

(下記は同記事添付の有力な「物言う株主」が保有比率を高めた主な企業一覧を転載)

20160708_有力な「物言う株主」が保有比率を高めた主な企業_日本経済新聞朝刊

問題はこの種の株主が増えたことです。対話重視と記述されていますが、

「株式市場がBrexit(英国の欧州連合離脱)に揺れる6月29日。ウシオ電機株の大量保有報告書が提出された。出したのは対話型ファンドの英シルチェスター・インターナショナル・インベスターズ。ウシオ電の株式の5.13%を取得し、「資本政策の変更を要求することがある」としている。ウシオ電の17年3月期の予想ROEは5.5%にとどまる。今後は約400億円のネットキャッシュを活用した自社株買いなどに向け「対話」を重ねるとみられる。」

資本政策を企業に迫るのは、企業から見て本当に歓迎すべき「対話」なのでしょうか?これまでのビジネスで営々と積み上げてきた利益剰余金(その対価として現預金などの金融資産)を吐き出させようという対話が。

「対話」という柔らかい言葉で騙されてはいけません。本当に歓迎すべき「物言う株主」は、あくまで中長期的保有を前提としたファンド等だけです。企業経営者の真のパートナーとなる株主を、企業が選べるようにすべきです。株価下落という虎を追い出すために、短期主義のアクティビストという狼を内に入れては、何をやっているか分かりませんよ。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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揺れる企業統治(1)トップは誰が決めるのか? 監視の主役が外国人にhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭会計で経営を読むコーポレートガバナンス・コード,アクティビスト,ショートターミズム,スチュワードシップ・コード,指名委員会等設置会社,揺れる企業統治,クックパッド,ソブリン・ウェルス・ファンド■ 「揺れる企業統治」論点は一体何か? 企業統治に関する連載が続き、嫌でも毎日、ガバナンスのことを考えざるを得ない日々が続きました。日本経済新聞に「揺れる企業統治」の名で5月に続き、7月も連載がありましたので、そのまとめ記事を、こちらも連載(できるだけコンパクトにすることを目標にしますが)でお届けしたいと思います。 2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる企業統治(上)トップ誰が決める 時代が促す大転換 「「これは会社法の趣旨に反するのではないか」。東証1部上場の料理レシピサイト大手クックパッドのお家騒動に、企業統治に詳しい遠藤元一弁護士(59)が首をかしげている。 覆った人事案  クックパッドは企業統治の先進的な企業として知られ、創業者の佐野陽光氏(43)は2007年に会社法に基づく「指名委員会」を設けた。社外取締役が過半を占める同委が決めた人事案は法的な拘束力がある。1部上場企業でも約60社しかない厳しい仕組みで、取締役会ですら修正できないはずだった。」 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます クックパッドは、2007年7月 指名委員会等設置会社へ移行しました。しかし指名委員会で定められた取締役候補者の人事案を株主総会で、株式の約44%を握る創業者である佐野氏が覆しました。 新聞記事では、 「法的拘束力のあるはずの指名委の決定が覆ったクックパッド。一方、法律に基づかない任意の指名委が思わぬ力を発揮したのがセブン&アイ・ホールディングスだった。」 (下記は、同記事添付の株主構成の変化を表した図表を転載) との記述があり、あたかもクックパッドの創業者の意思に沿った取締役選任および新社長選出があたかも違法かのような誤解を与える文章になっています。ここで声を大にして言いたいのですが、クックパッドの今回の措置は、会社法の枠組みの中では完全に適法・合法です。   ■ 「指名委員会等設置会社」としての機関設置の趣旨を理解しているか? クックパッドの佐野氏の意に沿う取締役選任は、法定機関である指名委員会の決定とは相反しますが、適法です。その根拠とロジックは次の通りです。 指名委員会等設置会社では、取締役会の中に、 ①指名委員会 ②報酬委員会 ③監査委員会 の3委員会が置かれ、各委員会は取締役3人以上の委員で組織されます。その取締役の過半数は社外取締役でなくてはなりません。 そして指名委員会は株主総会に提出する取締役の選任議案を決定し、指名委員会の決定は、取締役会が覆すことはできません。 しかし一方で、誰に経営を委ねるかという経営陣(取締役)の選解任は株主総会の専決事項であり、株主が決定できる事項になります。特に指名委員会等設置会社の取締役の任期は1年とされており、毎年株主総会で株主からの信任を問われる制度になっています。 つまり、 ①株主総会で株主が取締役(指名委員会を構成する社内外取締役を含む)をまず選任します。 ②選任された取締役(指名委員会を構成する社内外取締役)が執行役を選任します。 ここで執行役とは、取締役を兼務しているかどうかは問わず、取締役会から職務執行のモニタリングを受けて、業務にあたる経営執行上のトップマネジメントです。職責上、社長や専務などの肩書を持つことが通常です。「社長」という肩書自体は会社法の取り決め事ではありません。 佐野氏は、指名委員会を構成する取締役ごと、より上位の人事権を持つ株主として、自分の意に沿う人選を行い、その人選に従って選ばれた指名委員会を構成する取締役が、佐野氏の意に沿う社長(執行役の実質トップ)を選任したという構造です。今回のケースでは、佐野氏は、株主としての権利行使を通じて取締役の選任を図り、執行役の選任に間接的に影響を与えただけですから、この点で、会社法上の問題は全くありません。 しかしながら、適法・合法であればただ許されるというものでもないようです。 1.指名委員会等設置会社の機関設計の趣旨 その趣旨は、少数の社外取締役しかいない場合であっても、社外取締役による監督機能をできるだけ働かせようとした制度であり、会社の業務執行は執行役が行い、取締役会は業務執行の決定を大幅に執行役に委任することです。社外の有識者を集めた社外取締役が、株主の利益を代表して、最適・最善と考えた取締役(間接的に執行役)を選任する趣旨からすれば、それを創業者といえども、大株主が自ら覆したということなので、せっかく、経営やガバナンスのプロとして雇ってきた社外取締役の識見を否定することになり、そもそもの機関設計を否定するものです。 2.コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の規程 指針には、 補充原則4-3① 取締役会は、経営陣幹部の選任や解任について、会社の業績等の評価を踏まえ、公正かつ透明性の高い手続きに従い、適切に実行すべきである。 というものがあり、 ①取締役候補者の実質的な指名が指名委員会ではなく佐野氏と経営陣の間の協議によって決定されている ②株主総会後の新体制が明らかにされないままに株主総会で取締役の選任がなされている という点から、本当に公正かつ透明性の高い手続きに従った経営陣の選任だったかに疑問符がつく、という訳なのです。   ■ ガバナンスの最後の砦は株主。その株主構成の変化に伴い日本企業が直面する事態とは? 同日の連携記事は下記の通り。 2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 変わる「ニッポン株式会社」 監視の主役は外国人 揺れる企業統治 「昨年6月に導入された企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)は社外取締役選任や資本効率重視といった改革を日本企業に促した。ただバブル期から必要性が指摘され目新しいものではない。改革が進む背景には「ニッポン株式会社」のオーナーの変化がある。」 (下記は、同記事添付の企業統治と株価の相関を示したチャートを転載) 戦後の株式市場の歴史を簡単に振り替えると、、、 ・「証券民主化運動」(1947年) GHQ(連合国軍総司令部)が、主要財閥の企業の株式を売り出させた。戦後の日本の株式市場は、こうした財閥解体によって個人株主が誕生したことから始まった。当時の個人の持ち株比率は70%に迫り、大衆資本主義の始まりを予感させた。 ・メーンバンク制 60年代からの資本自由化で外資による買収の脅威を感じた企業は、株式を互いに持ち合うことによって市場に出回る株式を減らした。法人資本主義の時代の幕開けだった。企業が株式の持ち合いなどを通じて系列を形成し、その中心にはメーンバンクがいた。 ・銀行中心の持ち合い構造の崩壊 90年代終盤の金融危機で銀行は体力をすり減らし、持ち合い株式を手放し始めた。これにより企業の監視役が不在となった。日本企業の競争力が低下した背景の一つとして、ガバナンスの空白による経営規律の緩みが指摘できる。 ・外国人投資家の台頭 2013年度、初めて外国人投資家の持ち株比率が金融機関を初めて上回った。足元では外国人比率(16年3月末)が29.8%と1.9ポイント低下したが、昨年の日本郵政グループ3社上場などで個人投資家が一時的に増えたもので時計の針が大きく戻ることはない。 外国人投資家を積極的に受け入れて、日本の株式市場への資金流入、株価維持を図らねば。そう考えたアベノミクス政策のひとつとして、「コーポレートガバナンス・コード」「スチュワードシップ・コード」という英米流の企業統治の型を日本市場に取り入れたのです。会社法の方も、英米人には理解が難しい、従来型の「監査役会設置会社」だけでなく、「指名委員会等設置会社」モデルも選択できるように改正が加えられました。 「統治改革の第1弾として14年に導入されたのが、機関投資家の行動規範を定めた「日本版スチュワードシップ・コード」。お手本となった「英国版」が10年に制定されたのは、リーマン・ショックの反省として機関投資家の企業への監視が不十分だったことが指摘されたからだ。」 ここまでは何とか我慢というか、自然に受け入れることはできても、 「米国でも同時期に機関投資家の声を経営に取り入れる機運が高まり、アクティビストと呼ばれる物言う株主が力をつけた。米証券取引委員会(SEC)のホワイト委員長は15年の講演で、アクティビストと企業が事業や財務の戦略について話し合うことは「望ましい関係」とまで語った。」 とまで言われては、逆に、ショートターミズム(短期主義)に陥り、極端に株主を偏重してステークホルダーを軽視し、社会のバランスを著しく欠く(タックスヘイブンを活用した行き過ぎた節税、格差の拡大など)ことを助長する英米流の株主資本主義が本当に、企業の中長期的成長や健全な社会の形成に貢献しているのか、筆者にとっては甚だ疑問に思える点もあります。 「ニッポン株式会社の主役が外国人に代わった市場の素地があったからこそ、英国の制度や米国の投資家を受け入れることは、予想されたほど大きな抵抗やあつれきを伴わなかった。バブル崩壊後にゆっくりと進んだ市場の構造変化と、英米で急展開するガバナンス改革が共振し、企業と株主の間が再び大きく変わろうとしている。」 論理が逆立ちしているでしょう。株式市場に外国人投資家のお金の流入が必要だった。そのために、英米流のコーポレートガバナンスの流儀を取り入れざるを得なかったのです。   ■ 後戻りはできない? 英米流のコーポレートガバナンスへの慣れ 2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 日本企業、試行錯誤続く 揺れる企業統治 「企業統治指針に沿って東証1部上場企業の78%(6月16日時点)が複数の社外取締役を選んだ。だが日本経済新聞社が6月に実施した主要100社の社長アンケートでは「3年後の社外取締役の比率は」との質問に3割が未回答だった。  会社のかたちを透明にすることはグローバルな株主と向き合う時代に必要不可欠の条件だ。しかし、それで企業が生き残れるとは限らない。ニッポン株式会社の試行錯誤は続く。」 (下記は、同記事添付の複数の社外取締役を選任する企業数のグラフを転載) いやあ、「試行錯誤は続く」と突き放されても。。。 それでは、同時期に連載されていた「ニッポンの株主」から、関連する回のデータと記述を確認していきます。   2016/7/7付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(3)消えるオイルマネー サウジなど財政悪化映す 「日本株売買で約7割のシェアを持ちアベノミクス相場を演出した外国人株主。2015年度末の保有比率は前年度比1.9ポイント減の29.8%と4年ぶりの減少に転じた。特に日本株売却の動きが目立ったのが産油国の政府系ファンド(SWF)だ。昨年以降の原油安で国の財政状態が悪化。流動性の高い日本株などの資産を売る動きが広がった。」 (下記は同記事添付のオイルマネーが大株主から消えた主な企業一覧を転載)   2016/7/9付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(5) アジアの投資家増加 年金・個人の資金流入 「日本企業の株主としてアジア投資家の存在感がじわり高まっている。米調査会社アイプリオによると、2016年3月末時点で日本株を保有するアジアのファンド数は前の年に比べ35%増えた。日本株を手がけるファンドはこれまで、欧米系運用会社の集まる香港やシンガポールが主流だったが、インドや韓国の地場の運用機関などにも裾野が広がってきた。」 (下記は同記事添付の日本株を保有するアジアのファンド数のグラフを転載) (下記は同記事添付の日本株を保有するアジアの主な運用機関一覧を転載) ざっくり言わせてもらうと、上記のオイルマネーとアジアからの投資額の増減は、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)(→主権国家資産ファンド・政府系ファンド)が主役だと言えます。投資家側の事情(原油価格の下落など)を理由に挙げていますが、こうした信用第一、リターン第一のファンドを惹きつけるためには、透明性の高い企業統治体制より、ROEが本当に有効な指標性があるかどうかは別として、目先のTSRと中長期的な企業成長の可能性のアピールが有効だと考えます。 (IR・SRは別の回で触れますので、そこまでお楽しみに!)(^^)/   2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 ニッポンの株主2016(4)「物言う」健在 独自路線で積極投資 「2015年度には4年ぶりに日本株の持ち株比率が下がった海外勢だが、「物言う株主」の存在感は健在だ。かつては敵対的TOB(株式公開買い付け)も辞さない強硬姿勢で知られたが、最近は対話を通じた企業価値向上を掲げるファンドも多い。昨年、投資家目線を強調した企業統治指針の適用が始まったことも追い風になっている。」 (下記は同記事添付の有力な「物言う株主」が保有比率を高めた主な企業一覧を転載) 問題はこの種の株主が増えたことです。対話重視と記述されていますが、 「株式市場がBrexit(英国の欧州連合離脱)に揺れる6月29日。ウシオ電機株の大量保有報告書が提出された。出したのは対話型ファンドの英シルチェスター・インターナショナル・インベスターズ。ウシオ電の株式の5.13%を取得し、「資本政策の変更を要求することがある」としている。ウシオ電の17年3月期の予想ROEは5.5%にとどまる。今後は約400億円のネットキャッシュを活用した自社株買いなどに向け「対話」を重ねるとみられる。」 資本政策を企業に迫るのは、企業から見て本当に歓迎すべき「対話」なのでしょうか?これまでのビジネスで営々と積み上げてきた利益剰余金(その対価として現預金などの金融資産)を吐き出させようという対話が。 「対話」という柔らかい言葉で騙されてはいけません。本当に歓迎すべき「物言う株主」は、あくまで中長期的保有を前提としたファンド等だけです。企業経営者の真のパートナーとなる株主を、企業が選べるようにすべきです。株価下落という虎を追い出すために、短期主義のアクティビストという狼を内に入れては、何をやっているか分かりませんよ。 (注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します