■ 自社株報酬制度の法的整備が整った!
役員報酬制度に、自社株付与の様々な類型を用いることができるように、会社法の整備(解釈の明確化中心)、税法の整備(こちらは完全に改正あり)、会計処理の明確化を経済産業省がリードしてきました。このシリーズでは、コーポレートガバナンス・コードでも謳われている、経営者(役員)と株主の利害の一致を目指した、諸制度の整備状況や、それに伴う会社経営に伴うトップマネジメントの変化の潮流をできるだけ簡明にお伝えすることを目的としています。
2016/8/6付 |日本経済新聞|朝刊 自社株報酬導入、1年で3倍に 企業統治指針に対応
「業績に連動して報酬が変わる自社株報酬制度を導入する企業が急増している。役員が業績に応じて株式を受け取る役員等株式給付信託の受託件数は、2016年5月末時点で約210件と前年比で3倍に増えた。15年6月に企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)が導入され、企業が対応を急いでいることが背景だ。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「指針は経営陣の報酬の一定割合を自社株報酬とすることを推奨している。役員に株式購入の権利を付与するストックオプションが一般的だったが、役員が株式を購入する手続き上の負担があることが課題だった。
そこで、企業の資金で信託銀行が株式を購入し、必要に応じて役員に交付する株式給付信託が増えている。負担が軽い利点があり、受託件数は15年5月末(約70件)から16年5月末に約210件と急拡大したとみられる。」
経営者の報酬制度を企業の中長期的な業績比例にすることで、中長期的な企業価値の最大化を望む株主と利害を一致させ、いわゆる「エージェンシー問題」:受託者側が、委託者の利益よりも、受託者自身の利益を優先し、委託者の利益を損ないかねない問題に対し、一石を投じようとするものです(受託者:経営者、委託者:株主)。
関連するコーポレートガバナンス・コードの該当箇所は下記の通り。
そして、欧米では当たり前になってきた各種の自社株を用いた報酬制度について、会社法、税法(所得税法、法人税法など)、会計処理などが、未整備だったため、日本においては、信託を使った自社株報酬制度がややいびつな形で先行して発達、利用企業も多数に上っています。
⇒「役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け」
⇒「株で役員報酬、広がる 中長期の業績で評価 伊藤忠やリクルート、230社」
■ 最近の当局及び日本企業の動向を日本経済新聞の報道から見る!
ここ最近の関連記事を以下にまとめました。
2016/6/30付 |日本経済新聞|朝刊 三菱地所、役員報酬自社株で 企業価値向上促す
「三菱地所は29日、役員報酬を株式で付与する制度を導入すると発表した。役員自らを株主とすることで、株式市場での企業価値向上への意識を高めさせる。政府による成長戦略の一環として4月から利用が可能になった制度で、横河電機などに続き4例目となる。
対象は取締役および執行役(社外取締役は除く)。付与された株式は一定期間、売却できないようにし、長期的な目線での株価向上を意識するよう促す。また、3年間の配当と株価の上昇分を合わせた総合的な株主の利益が目標に達しなかった場合などに、会社が無償で回収する条件も付ける。」
2016/6/24付 |日本経済新聞|朝刊 報酬、自社株支給しやすく 役員対象、金融庁が規制緩和
「金融庁は企業が役員に報酬として自社株を与えやすくする。現在は自社株を支給する場合、受け取り手の氏名や報酬額などを開示する義務があるがこれを不要にする。役員報酬ではストックオプション(株式購入権)を与えるのが一般的だったが、より中長期的な企業価値向上への意欲につながりやすいとして現物株支給の動きが広がってきたことに対応する。
近く金融商品取引法に関する内閣府令の改正案を公表し、今夏にも適用する。
対象となるのは企業が一定期間、譲渡を制限することができる株式。例えば、中期経営計画で定めた業績目標を達成するという条件を付けて株式を付与し、条件が満たされれば譲渡できる。」
「事前に決めた価格で自社株を買えるストックオプションは、購入後いつでも時価で売り抜けられるため、短期的な株価を重視しがちになる側面があった。一方、現物株の支給は役員を中長期的な業績改善に誘導する効果があると期待されている。」
2016/6/14付 |日本経済新聞|朝刊 株式で役員報酬 地銀でも 武蔵野銀など導入提案
「業績目標の達成度などに応じて自社の株式を付与する役員報酬制度が地方銀行にも広がってきた。今月の株主総会では武蔵野銀行などが新制度の導入を提案する。経営陣が株主と利害を共有し、報酬の透明性を確保する。
武蔵野銀、長野銀行、山陰合同銀行が提案する株式を使った新しい報酬制度は取締役に毎年ポイントを付与する。1ポイントが1株で、株式は信託銀行が管理し、退任時に株式のほか、一部は現金で受け取る。
武蔵野銀と長野銀は2016年度から3年間の経営計画に掲げた単体の税引き利益目標の達成度や職位で各取締役(社外取締役は除く)のポイント数を決める。山陰合同銀は総会でポイント総数の承認を得たうえで取締役会で決めた規則に従って分配する。同行は毎年の税引き利益で役員の報酬受取限度額が決まる仕組みを08年に導入済み。株価が下がれば受取額が減る新制度も使い、役員報酬と株式価値の連動性を明確にする。」
この新制度導入に当たり、ストックオプション制度を廃止する予定。その趣旨は、以下の通り。
「ストックオプションは取締役就任時に付与するために「前払い的な性格が強かった」(長野銀)うえ、「自社の業績以外の要因で株価が動き、報酬の受取額が左右される面もあった」(武蔵野銀)。」
ストックオプションの欠点は、「オプション」の名前にある通り、株価下落のケースでは、権利付与された経営者は、その権利を放棄するだけで、何ら経済的実害を受けることなく、株価上昇のケースのみ、その恩恵に被るという株価に対して片務的な責任しか負わなくて良かった点です。これは、もう15年前に、筆者の管理会計の師匠である当時勤めていたCFOが指摘されていたことで、今でも鮮明にその時のことを覚えています。
いよいよ、日本のコーポレートガバナンス改革も法整備が進み、動きが激しくなってきました。経営管理の仕組みを提案する筆者のコンサルティングにも、この動静を反映させるべきだと、具体的な事例構築に日々研究を進めているところです。
■ 日本における自社株報酬・業績連動型報酬制度を必要としてきた背景
最初にネタ元を明らかにしておきます。このシリーズは経済産業省が公表した2つの資料に基づいています。
● 「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」報告書を取りまとめました(2015年7月24日)<本シリーズを通してA資料とする>
● 『「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)の導入等の手引~』を作成しました(公表:2016年4月28日、更新:同年6月3日)<本シリーズを通してB資料とする>
下記は、B資料より、これまでの日本におけるコーポレートガバナンス改革に関する一連の施策を時系列でまとめたものです。
そして、「日本再興戦略」改訂2015より、「攻めの経営 コーポレートガバナンスの強化」の趣旨説明になります。
そうですか、日本経済(日本企業)は「最高」ではなく「再興」すべき対象なのかと改めて認識しました。(^^)
ここでは、コーポレートガバナンス強化策として、
① 中長期の企業価値最大化にコミットしてもらうための役員報酬制度の改革
② 企業統治の中核をなす経営者への牽制・監視の強化のための社外取締役の適任者確保
の2つが取り上げられています。
次に、A資料「コーポレート・ガバナンスの実践 ~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」より、中長期の企業価値最大化に向けて、経営者にコミットメントしてもらい、その経営努力をモチベートするために、このような業績連動型の報酬制度が必要になった経済的・経営的背景を以下に簡単にまとめます。
1.不確実性からリスクの増大
目標設定後における事業の遂行中に、事前においては予測不可能であった事態が生じることが大いにあり、経営者・従業員(以下各者)が当初の目標達成に固執するあまりに事後的に生じた事象に迅速かつ柔軟に対応することができない場合には、成長機会を大きく逸してしまうことになりかねない。従って、目標達成についての事後的な評価は、事後的に生じた事象を踏まえた柔軟なものであることが望ましい。
2.事後的な評価の柔軟性が持つ逆作用への配慮
事後的な評価の柔軟性は、状況によっては各者の目標へのコミットメントの障害となり、各者から適切な努力を引き出すことにつながらない懸念への配意が必要。つまり、不確実性下における生産性の向上の追及とは、明確性と柔軟性という一見矛盾する要請をダイナミックに克服するインセンティブ設計を、各者に対して工夫を持って行う必要があるということ。
3.中長期的な企業価値向上のためのインセンティブ創出
報酬、保険や補償条件等の役員就任条件は、これまで企業のコストとしてしか認識されておらず、報酬規制も「お手盛り」防止観点からのみ内容・手続きが考えられてきた。しかし、役員就任条件は、中長期的な企業価値向上のために、優秀な人材を社内外から確保し、経営者を含む業務執行者の適切なインセンティブの創出に寄与するものであり、企業にとっては将来への投資とみるべき。
4.取締役会の監督機能の活用
経営者に対して適切なインセンティブを付与するために、取締役会が有効に機能する必要がある。取締役会の機能には、
① 基本的な経営戦略や経営計画を決定する
② 指名や報酬の決定を通じて業務執行を評価する監督
③ 業務執行の具体的な意思決定
の3つがあり、従来の日本企業は、②の機能が弱かった。
経営者が適切な努力を怠ったときには、経営者の交代も含めて厳正に対処すること、同時に、経営者が適切に努力したときには、その努力を積極的に評価し、経営者がコントロールできない外性的な要因に基づく一時的・情緒的な批判から経営者を保護することも必要になる。このような監督機能のかつようにより、中長期的な企業価値の向上に向けた経営者の果断な意思決定を後押しすることが可能となる。
5.監督機能を担う人材の流動性の確保と社外取締役の役割・機能の活用
CEO等は退任した企業の相談役・顧問となるより、積極的に他社の社外取締役へ就任することで社外取締役の適任者を増やす、またグループ会社の経営経験のある執行役員クラスの人材が他社の社外取締役に就任することを推奨し、他社での社外取締役としての経験を自社の経営に活かすことを推進する。こうした経営者への適任者が人材市場の中で評価されている仕組みの中で、その監督機能が適切に担われるようなインセンティブを付与していくことで、取締役会の監督機能を強化していく必要がある。
自社株報酬制度・業績連動型報酬制度は、不確実性が高まった経営環境の中で、
① 事後的な評価の柔軟性が持つ逆作用への配慮
② 社外取締役を中心とした取締役会の監督機能の強化
を目的として、制度設計されることが要請されているという背景まで説明してきました。
次回は、もう少し、報酬制度の具体的な手法等の切り込んでいきたいと思います。
今回はここまで。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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