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踊り場のROE経営(前編)- 伊藤レポートのくびきを脱し、純利益率が大事との源流回帰まで

経営管理会計トピック とことんROE
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■ 伊藤レポート礼賛の世間の風がおさまるやいなや、今度は議決権行使助言会社の推奨意見が大きく取り上げられる風潮

経営管理会計トピック

いわゆる『伊藤レポート』「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」が2014年8月6日に公表された以降、猫も杓子も、「ROE = 8%」で、「株主還元100%超」「自社株買い」「リキャップCB」の文字が日経紙面を踊る日々がしばらく続きました。

2016年3月期決算会社の株主総会もピークを過ぎ、その動向も含めて落ち着いた論調によるROE経営を検証するコラム記事の連載を、これまた落ち着いた目線で眺めていきたいと思います。

2016/6/25付 |日本経済新聞|朝刊 株主、統治に厳しい目 指針導入2年目、関心強く セコム、会長の解職なぜ 三菱ケミカル、資本効率改善を

「15年度の上場企業の平均ROEは7.8%と2年連続で低下した。米運用会社GMOのポートフォリオ・マネジャー、トーマス・ローズ氏は「日本の経営者はROE目標を掲げるだけで具体策に欠ける。資本効率に対する意識は期待していたほど変わっていない」と指摘する。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

基本的に同記事の論調は、企業統治(コーポレートガバナンス)の進展の遅れについて、経営者の指名、業績不振、不祥事防止の3点から批判的な声が、特に議決権行使助言会社の推奨意見を取り上げてコメントしていました。その中で、海外投資ファンドからひとつの見方として、日本のROE経営の未成熟さについて、上記のようなコメントが寄せられていました。企業統治の進みが悪い=業績不振という2つ目の論点の解説の中でROEが再び取り上げられ、

「24日開催の三菱ケミHDの総会で注目されたのが収益力や配当政策だ。「特別損失の内容を教えてほしい」「もっと株価を上げられないか」。同社は石油化学事業の構造改革に伴い特別損失が発生。2016年3月期の自己資本利益率(ROE)が5%を割り込んだ。」

「前期に連結最終赤字を計上し、ROEが長期低迷している神戸製鋼所は川崎博也会長兼社長の取締役再任議案への賛成比率が87.3%と昨年の95.2%から8ポイント低下した。海運市況低迷に揺れる日本郵船や商船三井でも社長の取締役再任議案への賛成比率がともに70%台に下がっている。」

と個別企業の株主総会でのCEO選任への反対票比率について語られていました。これは、議決権行使助言会社(ISSやグラスルイス)が、ROE=5%を下回る企業の経営者任命に反対票を投じるように助言したことが裏で大きな影響を及ぼしたからです。

(下記は、記事添付の6/24に実施された主要企業の株主総会での様子一覧表を転載)

20160625_24日開催の株主総会であった企業統治を巡る主な発言_日本経済新聞朝刊

 

2016/6/22付 |日本経済新聞|朝刊 米助言ISS、400社の取締役選任議案に反対推奨 ROE基準満たせず

「世界の機関投資家に影響力を持つ米議決権行使助言大手、インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が日本の3月期決算企業の定時株主総会を前に、約400社の取締役選任議案に反対を推奨したことが分かった。独自に定める資本効率基準に満たないためだ。不祥事を起こした企業の人事案にも反対。助言を参考にしている海外投資家の議決権行使に影響が出る可能性がある。」

(下記は、同記事添付の、ISSの取締役選任に反対を推奨する理由一覧表を転載)

20160622_ISSが取締役選任に反対を推奨する主な基準と対象企業_日本経済新聞朝刊

「ISSのサービスは主に株価指数に連動した運用を目指す海外投資家に利用されている。同社が反対を薦めた議案は、総会での賛成比率が下がる傾向がある。
 ISSは株主総会で決める取締役選任議案に反対を推奨する独自の基準を複数持っている。その一つが「5年平均の自己資本利益率(ROE)が5%未満で改善傾向がない企業」という基準だ。
 今年の総会でISSが調査対象とした企業のうち、取締役選任の議案が出されているのは1880社。うち2割に相当する約400社がROEの基準を満たしていないとして反対を推奨した。ほぼ前年と同じ規模とみられる。」

(下記は、同記事添付の日本企業のROE推移グラフを転載)

20160622_東証1部上場企業のROE_日本経済新聞朝刊

本稿冒頭でご紹介した、米運用会社GMOのローズ氏による「日本の経営者はROE目標を掲げるだけで具体策に欠ける。資本効率に対する意識は期待していたほど変わっていない」という言葉をもう一度かみしめて、日本経済新聞の「ROE経営」に対する特集記事を読んでいきたいと思います。

 

■ 踊り場のROE経営(上)低い売上高純利益率 過大な販管費が重荷に

まず、ROEという財務KPIがどういう構成要素から成り立っているか、それをひも解く際に強力なツールとなるのが、「デュポンチャート」(記事内では「デュポン分析」)で、これは、1919年に、米国の化学会社E.I.デュポン社によって考案された財務管理システムで、誕生から100年近く経っている老舗の財務KPIです。

ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本
      = (当期純利益 ÷ 売上高) × (売上高 ÷ 総資産) × (総資産 ÷ 自己資本)
      = 売上高当期純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ

ROEを向上させたい場合は、この3つの業績レバーをコントロールすること、という簡単な数式ですが、100年使われ続けた強力な財務管理ツールです。

① マージンを上げる
② ビジネス(在庫や設備投資の入れ替え)のスピードを上げる
③ 有利子負債での資金調達率を増して、自己資本比率を下げる

伊藤レポートが一世を風靡した際、上記③が、「株主還元100%超」「リキャップCB」という財務手法で真っ先に採用されていきました。経営者がすぐに手を付けられる手段というのは、根本的な企業価値向上・収益性向上によらず、資金調達構成比率をいじることで見かけのROEをよくする、安直な手段でもあります。そのことが、ようやく世間一般の常識となってきました。

(下記は、『踊り場のROE経営(上)』に掲載されたデュポン分析の日米比較表を転載)

20160623_日本企業の低ROEは純利益率の低さが主因(2015年度)_日本経済新聞朝刊

 

2016/6/23付 |日本経済新聞|朝刊 踊り場のROE経営(上)低い売上高純利益率 過大な販管費が重荷に

「国内企業の自己資本利益率(ROE)が振るわない。2015年度は2年連続で低下した。アベノミクスで米企業並みに上昇するとの期待は失望に変わり、海外投資家の日本株売りの一因になっている。ROE改善の流れは復活するのか。」

とはじまる連載一回目の冒頭の言葉。以下には、個別企業の取り組みや、投資家からの分析コメント、日本企業の利益率の低さについて言及したものが並びます。

● ヤマトホールディングス
「ROE向上のためなら何でもやる」(幹部)。こう突き進んできたが壁にぶつかっている。自己資本の増加を抑えるため、2016年3月期までの2年間、自社株買いと配当に1千億円強を充てた。同期間の純利益の1.3倍だ。それでも前期のROEは7.1%にとどまり、2年前に比べ改善は小幅だった。今期に9%という中期目標の達成は絶望的だ。
 問題はこの数年、300億円台で伸び悩む純利益にある。主力の宅配便の収益力が低下する中、自己資本を圧縮してもROEはなかなか高まらない。山内雅喜社長は「過剰な資本政策をやめ、成長投資に資金を回す」と方針を転換する。」

● コニカミノルタ
「「会社を変身させる」。山名昌衛社長はこう力を込める。16年3月期のROEは6.1%と前の期比1.8ポイント低下。要因は2000年以降で最高水準に上昇した売上高販管費比率だ。主力の複合機は競争が激しく、販売促進費や周辺サービスの営業員の人件費がかさんだ。
 現行の事業モデルは限界が近いと判断、M&A(合併・買収)による多角化を急ぐ。独監視カメラ大手など、前期に発表したM&Aは過去最高の800億円に達した。」

● 日立製作所
「14年3月期に17.5%だったROEが前期に6.1%に下がった。純利益がこの間に約6割も減ったからだ。景況悪化で海外のプラント工事が止まり、固定費がずしりと響いた。」

上場企業の15年度のROEは7.8%と、13年度の8.6%から2年連続で低下しました。逆説的な意味で、業績向上による内部留保の拡大や円安などで自己資本が増え、ROEの分母が膨らんだため、ROEが悪化したのは確かですが、根底にはより構造的な問題が横たわっていると指摘されています。

● SMBC日興証券
「日本のROEが低いのは販売費・一般管理費が過大なため――。5月下旬、こんなリポートをまとめた。ROEを3要素に分ける「デュポン分析」によると、財務レバレッジと総資産回転率は米国と遜色ない。目立つのは売上高純利益率の低さだ。その要因が過大な販管費にあるという。
 人件費や広告宣伝費などの効率が下がった。アベノミクスを推進する政府の要請に応じて賃上げに動いたが、売上高の伸びが伴っていない。」

 

■ 高ROEを継続することの困難性と日米企業のROEの比較

「ROEは一時的に高まっても維持するのは難しい。東証1部企業をROEの高い順に5グループに分け、10年3月期以降の推移を調べた。すると最もROEが高いグループの平均は年を追って低下し、全体の平均に収束する傾向がある。」

(下記は、同記事添付のROE水準の推移グラフを転載)

20160623_高いROEを維持するのは難しい_日本経済新聞朝刊

このグラフの存在は、もう10年以上も前から世に知られており、度々、HBRにも取り上げられているもので、今さら感があるのですが、ここにきて一段の注目を浴びるようになったものです。

「「高ROEを実現できるような事業には新規参入が多く、利益率が下がりやすい」(ニッセイ基礎研究所の井出真吾氏)のが一つの理由だ。加えて外部要因の変化に弱く、高収益が続かない脆弱さも浮かび上がる。
 日興アセットマネジメントの神山直樹氏は「利益率が低い原因を突き詰め、価格支配力などを重視する経営に転換する必要がある」と話す。過当競争や重い固定費、景気に左右されやすいビジネス。こうした構造的な問題にメスを入れることが、持続的なROE向上の条件となる。」

残念ながら、上記の専門家によるコメントも、GMOのポートフォリオ・マネジャー、トーマス・ローズ氏の指摘の域を超えず、何ら個別企業に対する純利益率向上に資する具体的な施策にはなり得ません。移ろいやすい消費者ニーズを的確にとらえるマーケティング手法や、巨額の先行投資の回収計算や負の操業度差異ありきの稼働率管理の巧拙、事業ポートフォリオの入れ替え(M&A含む)が、企業業績を分けるものです。その具体的な施策は、個別企業の置かれた競争市場と、企業成熟度のステージ毎で千変万化するもので、個社ごとにカスタマイズされるべきものと考えています。個別企業の施策検討については、どうぞ筆者まで、個別のご相談ください。(^^;)

 

2016/6/23付 |日本経済新聞|電子版関連記事 ROE経営 道半ば 「山」は動かず 欧米勢に見劣り

「日本株の上値が重い。再び最高値をうかがう米ダウ工業株30種平均とは対照的に、日経平均株価は1万7000円台の回復さえおぼつかない。両者の差を決定づけているものには何があるのか。ミクロの視点から答えを探すと、なかなか縮まらない収益力の差が浮かび上がる。」

同日の朝刊記事に、電子版有料会員向けの補足記事があり、こちらを最後におまけとしてご紹介して本日の投稿を締めたいと思います。

「「残念ながら山は動かなかった」。独立系運用会社、みさき投資の中神康議社長は落胆する。株主との対話を重視する企業統治指針(コーポレートガバナンスコード)が昨年導入された。日本企業は稼ぐ力を取り戻し、資本効率を示す自己資本利益率(ROE)は改善するはずだった。
 しかし、結果は投資家の期待に及ばなかった。みずほ証券によれば、2015年度の東証1部企業のROEは平均で7.3%。14年度(7.4%)より下がった。上場企業のROEの分布が描く「山」は結局、右方向に動かなかった。米主要企業の平均ROEは15%程度。ライバルの背中はなお遠い。」

(下記は、同記事添付の日本企業のROEの分布グラフを転載)

20160623_日本企業のROEは小幅に低下した_日本経済新聞電子版

なかなか、全ての経済記者の論調が揃わないのは編集責任者のせいなのか分かりませんが、企業統治指針を順守し、株主との対話を進めるだけで、ROEが高まるのだ、と真剣に考えているとしたら、それはまた2年前のROEブーム時の誤解に戻ります。株主(投資家)との対話の中で、企業内部に溜め込まれた内部留保の使い道について検討しなさい、と自由討論させれば、株主(投資家)の中には、株主還元狙いの超短期所有者が含まれ、そうしたことを生業とするアクティビストの声こそ大きくなりがちで、そうすると、デュポンチャートで示された第3の道、「財務レバレッジを上げる」がより選択されやすくなります。

企業統治指針を順守し、ただ無政策に株主と対話すれば、ROEを中長期的に向上させるための、競争力強化につながる製品・サービス開発の加速や収益(顧客)基盤の強化策など、語られるはずはありません。

また、こういう議論もなされています。

「日米のROEの差は、製造業中心の日本とITの存在感が大きい米国との産業構造の違いが原因という指摘もある。ただITやヘルスケア、資本財といった業種で比べても米企業はやはり先を行く。「結局、日本企業の課題は営業利益率の低さそのものにある」(阪上氏)
 日本を代表する優良企業でも、ROEの国際比較となると分が悪い。例えば、マイナス金利政策に苦しむ三菱UFJフィナンシャル・グループ。ROEは6%強まで低下した。株価は9日も3%安と下げ年初からの下落率は3割を超える。
 一方、時価総額で米銀最大のウェルズ・ファーゴはROEが2ケタを超える。厳しい金融規制下でも米国内の融資で手堅く稼ぐ。年初来の下落率は1ケタ台にとどまっている。」

(下記は、同記事添付の日米企業のROE比較表を転載)

20160623_主要企業のROE_日本経済新聞電子版

単純にROEを比較すると、同業種の日米企業間で彼我の差に愕然とされる方がいらっしゃるかもしれません。しかしですね、コーポレートファイナンス的に、ROEだけで、本当に企業収益性を単純比較してもいいものでしょうか。というのは、ROEは、分母が株主資本だけをカウントするものなので、有利子負債を含めた当該企業のトータルの資本調達コスト、例えばWACC:Weighted Average Cost of Capital(加重平均資本コスト)による企業の収益率を考えても、これくらいの差異が出るものなのでしょうか。

さらに、ROEは、分子分母ともに、簿価(財務諸表に記帳されている値)を使用しています。株式市場で株価は値動きを激しく変動させています。つまり、金融市場では、その企業の株価=企業価値=資本コストのベースの値は、常に変動しています。本当に、株主(投資家)目線から見た、企業価値を語るには、TSR:Total Shareholders’ Return(株主総利回り)で評価すべきです。TSRには、キャピタルゲインとインカムゲインの双方が含まれます。そこには、内部留保率は間接的にインカムゲインに影響します。中長期の企業価値が本当に上昇すると見込まれれば、キャピタルゲイン(含み益含む)が増大します。

最後の最後に、筆者の持論に行き着くのですが、

① ROE より TSR の方が、株主(投資家)との対話に使う指標として相応しい
② ROEは、簿価だけで計算されているので、時価(公正価値)とはリンクしていない
③ ROEは、資本コストを考慮した指標ではないため、中途半端な財務的収益性指標である

となります。このまま、後編を続けますか? はい、続けます。(^^;)

⇒「踊り場のROE経営(後編)- リキャップCBと資本コスト、結局は財務レバレッジの話しかできないの巻

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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