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■ それは人間のあんたが決めること!

経営管理会計トピック

「人工知能(AI)」周辺の技術革新に注目が集まる昨今、ついに、教育界でも、「人工知能」時代の人間教育について、議論が高まってきました。シンギュラリティへの到達が予想される2045年に向かって、壮大に言うなら、「人工知能普及時代において、人間はいかに生きるべきか?」

2015/9/7|日本経済新聞|朝刊 (核心)人工知能の時代に何を学ぶ 意外に重み増す文系科目 本社コラムニスト 平田育夫

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「これも善意に解釈すれば文部科学省の親心なのだろう。同省が国立大学に対し、文学などの人文科学や社会科学、教員養成について組織の廃止を含む見直しを求めた一件である。
 人工知能やロボットの進化で事務・サービス系の仕事は次々と機械化されている。それなら、まだ不足感が強い理系人材の育成を文系より重視しよう。若者の将来のためにも、経済成長のためにもなるはず、と。
 だが皮肉にも、その人工知能で風景は変わるかもしれない。機械にはマネできない「人間力」を養う文系学問の重みが増す。そう科学者の側が語り始めた。」

(下記挿絵は、新聞記事に掲載されたものを転載)

それは人間のあんたが決めること_日本経済新聞朝刊_20150907

 

■ 人工知能が仕事を奪う!? すでにそこにある世界とは?

この記事の前に、人工知能が本当に人間の仕事を奪うのか否か、何度も取り上げられています。

2015/8/2|日本経済新聞|朝刊 (創論)ロボット普及が変える世界

⇒「日曜に考える(創論)ロボット普及が変える世界 -人工知能(AI)について

2015/1/7|日本経済新聞|朝刊 働き方 Next 技術革新で生き残るには 「機械とともに働く能力を」

 ⇒「働き方 Next 技術革新で生き残るには 「機械とともに働く能力を」

この投稿でも触れたオックスフォード大学の研究者2人の調査によると、
「今後10~20年で米国の雇用者の47%の仕事が機械に奪われる危険性が高いと2年前に予測した。電話での販売は99%、融資業務は98%の確率で機械に換わるという。」

とあり、実際に、銀行窓口では、次のような動きが既に発生しています。

2015/7/18|日本経済新聞|電子版 みずほ銀が「Pepper入行式」、5店舗で効果を検証

「みずほ銀行は2015年7月17日、ソフトバンクロボティクスと仏アルデバランロボティクスが共同開発した人型ロボット「Pepper」の店舗導入を始めた。導入第1号となる東京中央支店で「Pepper入行式」を開催した。」

2015/3/30|日本経済新聞|電子版 ついに人工知能が銀行員に「内定」 IBMワトソン君

「人の言葉を理解する米IBMの認知型コンピューター「ワトソン」。米国生まれで母国語は英語だが猛勉強によって日本語を習得し、三井住友銀行から「内定」を得た。クイズ番組に興じていたワトソン君が、年内にも銀行マンとして日本で働き始める。」

2015/2/23|日本経済新聞|電子版 相談員は人工知能 被災者ニーズに対応、東邦銀行

「今も県外に避難する顧客のために──。福島県を基盤とする地方銀行、東邦銀行は2014年11月、県外避難者支援をきっかけとして、相続手続きの相談にコンピュータが24時間365日応えてくれる自動対話サービスを始めた。スマートフォン(スマホ)やタブレット端末を想定し、音声とテキストに対応。行員の負担軽減にもつなげた。」

 

■ 人工知能研究の専門家それぞれの回答は?

本記事によると、オックスフォード大の予測では、「医師、情報システム管理者や教師、服飾デザイナー、人事・販売管理者、作家、弁護士、心理学者、旅行ガイド」など、もっぱら文系の仕事が残る率が多いのだとか。

マイケル・オズボーン同大准教授(人工知能などが専門)いわく、
「(デザインなどに必要な)創造力のほか、交渉力や指導力など『社会的知能』を機械に求めるのは困難。創造力は人間の直観がモノを言い、社会的知能は社会や文化に関する豊富な暗黙知が必要で、ともにコンピューターの言葉では明確に表せないからだ。
 そして若い人の教育について「数学や自然科学に加え社会科学、人文科学と幅広い分野をバランスよく教えるべきだ」」

アンドリュー・エン米スタンフォード大学准教授いわく、
「自然科学は世界をどう理解するかを教え、人文科学は我々自身をどう理解するかを教える。人文科学は非常に重要。科学技術と支え合う道を探るべきだ」

「実際に米国では人工知能を使う際の倫理的、法的問題を扱うため、哲学、心理学、社会学、法律などの専門家も加わって「人工知能が従うべき倫理基準」を検討中」ということで、人工知能を含むこの世の理(ことわり)を考える仕事自体は、あくまで人間の仕事として残りそうです。

具体的には、本記事では下記のような具体例で説明がついています。

「「AI(注・人工知能)の衝撃」の著者でKDDI総研リサーチフェローの小林雅一氏によると、例えば車の自動運転では、こんな問題がある。

 もし衝突が避けられない時、相手の車に乗る人の命と自動運転車の利用者の命のどちらを優先するか。

 確かに人工知能には丸投げできない問題だ。何が起きるか分からない現実世界で人工知能を使うとなれば人間の出番はつきない。そこに文系学問を学ぶ意味もあると小林氏はみる」

AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)

■ これって科学者が考えること?

ただですね、「人工知能 人類最悪にして最後の発明」の著者であるジェイムズ・バラット氏によると、「人工知能」が、「人工汎用知能(AGI:Artificial General Intelligence)」、「問題を解決し、学習し、さまざまな環境のなかで効果的かつ人間的な行動を取る能力」を身に付けた時、次のような事態が起こるとの仮説が紹介されています。

条件:人間と同等の全般的な知能を持ったAIが、自己を認識して自己進化する

(「自己を認識する」とは、自分が達成すべき目的、自分のプログラムの長所短所、自分が置かれた環境がどんなものかを知ることができること。「自己進化する」とは、自分のプログラムを自ら改良して、自分の能力を高めること)

帰結:そのようなAIは、人間の助けを借りずに自ら急激に進化して、人間の知能をはるかに上回る。そして自らの目的達成のために、必然的に人類を絶滅に追いやる

人工知能 人類最悪にして最後の発明

上記のようなロジックは、初見だとあまりに極論に聞こえて、まず感情的に否定したくなるかもしれません。しかし、本書によれば、当初は、そもそも「人工知能」は、ある目的達成、例えば、自己保存(プログラムが自身を自動改良するために)、資源獲得、効率性の追求、創造性の発揮(生身の人間の頭脳では発見できないものをビックデータ解析から発見する)などをさせるために、そもそも開発されるものです。

つまり、「人工知能」に、生身の人間にはできないことをさせるために、自動学習(現在は、ディープラーニングとか機械学習と気楽に呼ばれているもの)機能を持たせて、勝手に目的達成のために効率的に自己進化させることを許しています、というか、そうできるように開発しています。

いったん、人間の手を離れた「人工知能」は、勝手に進化を始めます。その進化の過程で、与えられた目的達成のために、人工知能自体の自己保存も自己目的化します。その自己保存にとって、人間の存在がNGと判定されたら??? つまり、効率よく資源を利用して、加工製品を作れと指示を受けた人工知能が、資源を無駄に浪費している生身の人間を排除しようと思い、それを実行することを阻止する安全装置をあらかじめ、人工知能にプリセットできはしない、というリスクをどう評価するか、というのが事の本質なのです。

安全装置を仮に、プリセットしたとしても、人工知能が、所定の目標達成のために、その安全装置自体が障害となると判断したら、自己のプログラムからその機能を外そうとするでしょう。いや、外すことができないと、そもそも、人間が作ろうとしている人工知能は完成したことになっていないではありませんか?

このように、「人工知能」自体が、進化の過程で、人間を排除しようとする可能性がある以上、技術的にそれをどう防ぐか、それは科学者のお仕事です。しかし、どういう社会環境で人工知能を動かすのか、そもそも(人間の立場から見て)暴走しない人工知能への指令の出し方は? というのは、いたって「社会工学」の問題というか、「倫理学」の問題というか、日本的には、いわゆる文系として分類される学問領域の主題である、ともいうことができます。

筆者自身は、学生時代の科目別成績で言うなら、文系人間なのですが、それはあくまで、テストの得点数の偏差による分類です。社会人となって、経営コンサルタントとなって、あまり文系・理系の垣根を意識することなく、仕事してきた身として、文系・理系に関係なく、「人工知能」の可能性と危険性を等しく評価して、大いに議論し、具体的な施策を考える。その必要性には大いに感じるところありますが、その問題解決は、決して文系の専売特許(おっと、死語でした!)ではないでしょう。

そうした印象を持つのは、筆者の大学生時代の経験にもよるところ大です。
(学部が、文系とも理系とも判別付かないところだったので)

文系か、理系か、目くじら立てる前に、人工知能のリスクをもっと真剣に議論してほしい。だって、目の前に、「原子力発電所」という課題が日本には既にあるでしょ!?
そう感じる今日この頃です。(^^;)
 

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(核心)人工知能の時代に何を学ぶ 意外に重み増す文系科目 本社コラムニスト 平田育夫http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭テクノロジー人工知能,AI■ それは人間のあんたが決めること! 「人工知能(AI)」周辺の技術革新に注目が集まる昨今、ついに、教育界でも、「人工知能」時代の人間教育について、議論が高まってきました。シンギュラリティへの到達が予想される2045年に向かって、壮大に言うなら、「人工知能普及時代において、人間はいかに生きるべきか?」 2015/9/7|日本経済新聞|朝刊 (核心)人工知能の時代に何を学ぶ 意外に重み増す文系科目 本社コラムニスト 平田育夫 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「これも善意に解釈すれば文部科学省の親心なのだろう。同省が国立大学に対し、文学などの人文科学や社会科学、教員養成について組織の廃止を含む見直しを求めた一件である。  人工知能やロボットの進化で事務・サービス系の仕事は次々と機械化されている。それなら、まだ不足感が強い理系人材の育成を文系より重視しよう。若者の将来のためにも、経済成長のためにもなるはず、と。  だが皮肉にも、その人工知能で風景は変わるかもしれない。機械にはマネできない「人間力」を養う文系学問の重みが増す。そう科学者の側が語り始めた。」 (下記挿絵は、新聞記事に掲載されたものを転載)   ■ 人工知能が仕事を奪う!? すでにそこにある世界とは? この記事の前に、人工知能が本当に人間の仕事を奪うのか否か、何度も取り上げられています。 2015/8/2|日本経済新聞|朝刊 (創論)ロボット普及が変える世界 ⇒「日曜に考える(創論)ロボット普及が変える世界 -人工知能(AI)について」 2015/1/7|日本経済新聞|朝刊 働き方 Next 技術革新で生き残るには 「機械とともに働く能力を」  ⇒「働き方 Next 技術革新で生き残るには 「機械とともに働く能力を」」 この投稿でも触れたオックスフォード大学の研究者2人の調査によると、 「今後10~20年で米国の雇用者の47%の仕事が機械に奪われる危険性が高いと2年前に予測した。電話での販売は99%、融資業務は98%の確率で機械に換わるという。」 とあり、実際に、銀行窓口では、次のような動きが既に発生しています。 2015/7/18|日本経済新聞|電子版 みずほ銀が「Pepper入行式」、5店舗で効果を検証 「みずほ銀行は2015年7月17日、ソフトバンクロボティクスと仏アルデバランロボティクスが共同開発した人型ロボット「Pepper」の店舗導入を始めた。導入第1号となる東京中央支店で「Pepper入行式」を開催した。」 2015/3/30|日本経済新聞|電子版 ついに人工知能が銀行員に「内定」 IBMワトソン君 「人の言葉を理解する米IBMの認知型コンピューター「ワトソン」。米国生まれで母国語は英語だが猛勉強によって日本語を習得し、三井住友銀行から「内定」を得た。クイズ番組に興じていたワトソン君が、年内にも銀行マンとして日本で働き始める。」 2015/2/23|日本経済新聞|電子版 相談員は人工知能 被災者ニーズに対応、東邦銀行 「今も県外に避難する顧客のために──。福島県を基盤とする地方銀行、東邦銀行は2014年11月、県外避難者支援をきっかけとして、相続手続きの相談にコンピュータが24時間365日応えてくれる自動対話サービスを始めた。スマートフォン(スマホ)やタブレット端末を想定し、音声とテキストに対応。行員の負担軽減にもつなげた。」   ■ 人工知能研究の専門家それぞれの回答は? 本記事によると、オックスフォード大の予測では、「医師、情報システム管理者や教師、服飾デザイナー、人事・販売管理者、作家、弁護士、心理学者、旅行ガイド」など、もっぱら文系の仕事が残る率が多いのだとか。 マイケル・オズボーン同大准教授(人工知能などが専門)いわく、 「(デザインなどに必要な)創造力のほか、交渉力や指導力など『社会的知能』を機械に求めるのは困難。創造力は人間の直観がモノを言い、社会的知能は社会や文化に関する豊富な暗黙知が必要で、ともにコンピューターの言葉では明確に表せないからだ。  そして若い人の教育について「数学や自然科学に加え社会科学、人文科学と幅広い分野をバランスよく教えるべきだ」」 アンドリュー・エン米スタンフォード大学准教授いわく、 「自然科学は世界をどう理解するかを教え、人文科学は我々自身をどう理解するかを教える。人文科学は非常に重要。科学技術と支え合う道を探るべきだ」 「実際に米国では人工知能を使う際の倫理的、法的問題を扱うため、哲学、心理学、社会学、法律などの専門家も加わって「人工知能が従うべき倫理基準」を検討中」ということで、人工知能を含むこの世の理(ことわり)を考える仕事自体は、あくまで人間の仕事として残りそうです。 具体的には、本記事では下記のような具体例で説明がついています。 「「AI(注・人工知能)の衝撃」の著者でKDDI総研リサーチフェローの小林雅一氏によると、例えば車の自動運転では、こんな問題がある。  もし衝突が避けられない時、相手の車に乗る人の命と自動運転車の利用者の命のどちらを優先するか。  確かに人工知能には丸投げできない問題だ。何が起きるか分からない現実世界で人工知能を使うとなれば人間の出番はつきない。そこに文系学問を学ぶ意味もあると小林氏はみる」 AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書) ■ これって科学者が考えること? ただですね、「人工知能 人類最悪にして最後の発明」の著者であるジェイムズ・バラット氏によると、「人工知能」が、「人工汎用知能(AGI:Artificial General Intelligence)」、「問題を解決し、学習し、さまざまな環境のなかで効果的かつ人間的な行動を取る能力」を身に付けた時、次のような事態が起こるとの仮説が紹介されています。 条件:人間と同等の全般的な知能を持ったAIが、自己を認識して自己進化する (「自己を認識する」とは、自分が達成すべき目的、自分のプログラムの長所短所、自分が置かれた環境がどんなものかを知ることができること。「自己進化する」とは、自分のプログラムを自ら改良して、自分の能力を高めること) 帰結:そのようなAIは、人間の助けを借りずに自ら急激に進化して、人間の知能をはるかに上回る。そして自らの目的達成のために、必然的に人類を絶滅に追いやる 人工知能 人類最悪にして最後の発明 上記のようなロジックは、初見だとあまりに極論に聞こえて、まず感情的に否定したくなるかもしれません。しかし、本書によれば、当初は、そもそも「人工知能」は、ある目的達成、例えば、自己保存(プログラムが自身を自動改良するために)、資源獲得、効率性の追求、創造性の発揮(生身の人間の頭脳では発見できないものをビックデータ解析から発見する)などをさせるために、そもそも開発されるものです。 つまり、「人工知能」に、生身の人間にはできないことをさせるために、自動学習(現在は、ディープラーニングとか機械学習と気楽に呼ばれているもの)機能を持たせて、勝手に目的達成のために効率的に自己進化させることを許しています、というか、そうできるように開発しています。 いったん、人間の手を離れた「人工知能」は、勝手に進化を始めます。その進化の過程で、与えられた目的達成のために、人工知能自体の自己保存も自己目的化します。その自己保存にとって、人間の存在がNGと判定されたら??? つまり、効率よく資源を利用して、加工製品を作れと指示を受けた人工知能が、資源を無駄に浪費している生身の人間を排除しようと思い、それを実行することを阻止する安全装置をあらかじめ、人工知能にプリセットできはしない、というリスクをどう評価するか、というのが事の本質なのです。 安全装置を仮に、プリセットしたとしても、人工知能が、所定の目標達成のために、その安全装置自体が障害となると判断したら、自己のプログラムからその機能を外そうとするでしょう。いや、外すことができないと、そもそも、人間が作ろうとしている人工知能は完成したことになっていないではありませんか? このように、「人工知能」自体が、進化の過程で、人間を排除しようとする可能性がある以上、技術的にそれをどう防ぐか、それは科学者のお仕事です。しかし、どういう社会環境で人工知能を動かすのか、そもそも(人間の立場から見て)暴走しない人工知能への指令の出し方は? というのは、いたって「社会工学」の問題というか、「倫理学」の問題というか、日本的には、いわゆる文系として分類される学問領域の主題である、ともいうことができます。 筆者自身は、学生時代の科目別成績で言うなら、文系人間なのですが、それはあくまで、テストの得点数の偏差による分類です。社会人となって、経営コンサルタントとなって、あまり文系・理系の垣根を意識することなく、仕事してきた身として、文系・理系に関係なく、「人工知能」の可能性と危険性を等しく評価して、大いに議論し、具体的な施策を考える。その必要性には大いに感じるところありますが、その問題解決は、決して文系の専売特許(おっと、死語でした!)ではないでしょう。 そうした印象を持つのは、筆者の大学生時代の経験にもよるところ大です。 (学部が、文系とも理系とも判別付かないところだったので) 文系か、理系か、目くじら立てる前に、人工知能のリスクをもっと真剣に議論してほしい。だって、目の前に、「原子力発電所」という課題が日本には既にあるでしょ!? そう感じる今日この頃です。(^^;)  現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します