ステークホルダーにとって分かりやすい損益計算書にするために
総額主義の対義語は純額主義です。「企業会計原則」においては、損益計算書と貸借対照表の両方に「総額主義の原則」が設定されています。企業の経済活動を明瞭表示するために、「総額主義の原則」が損益計算書に課せられています。それは、損益計算書が、企業の取引規模をステークホルダーにも把握できるような数字になっていることを要請するものです。
一方で、企業の財政規模を明瞭表示するためにも「総額主義の原則」が貸借対照表の方にも適用されています。それは、貸借対照表が、企業資金の調達源泉とその具体的な運用形態の状況を明瞭表示することで、財務諸表を活用するステークホルダーに誤解を生じさせないような数字になっていることを要請するものです。
各論に入る前に、まずは、会計原則の全体像をご確認ください。
『企業会計原則』の全体構成は下図の通りです。
そして『損益計算書原則』の構成を下図に図示します。
損益計算書原則は、内部的な会計処理を規定したもと、外面的な表示方法を規定したものに大別されています。今回取り上げる「総額主義の原則」は後者の外面的な表示方法を規定した部分に含まれています。
こちらは、前回提示したチャートになりますが、貸借対照表を含めて、表示部分の原則を的またものになります。
損益計算書においては、①区分表示の原則、②対応表示の原則、そして③総額主義の原則の三位一体で、読み手に取って分かりやすい損益計算書の表示を目指すようになっています。
ステークホルダーが企業の経済活動の規模を把握できるようにするために
それでは、原文を確認してみます。
第二 損益計算書原則
企業会計原則(原文)
一 損益計算書の本質
B 総額主義の原則
費用及び収益は、総額によって記載することを原則とし、費用の項目と収益の項目とを直接に相殺することによってその全部又は一部を損益計算書から除去してはならない。
損益計算書における総額主義の原則をシンプルに理解するには、「相殺禁止」という一言で十分でしょう。例えば、売上高が1000億円、売上原価が990億円の会社Aの売上総利益(粗利)が10億円なのと、売上高が11億円、売上原価が1億円の会社Bの売上総利益(粗利)も10億円であるケースを考えてみます。A社、B社いずれも、売上総利益(粗利)が10億円の会社であることは間違いないのですが、A社の売上高が1000億円なのに対して、B社の売上高がA社の1.1%に過ぎない11億円です。
一般的に、売上高の大小は、関係するサプライヤーや顧客、そこで働く従業員の数の大小に強く働くものです。また、売上高の規模基準で、大企業や中小企業の法務的または税務的な取り扱いが異なったりします。
ですので、損益計算書において、収益と費用が相殺されて、純額だけが表示されていると、外部ディスクロージャー制度を用いて個別企業の業績を分析しようとする人にとっては、企業実態が分かりにくくなる方向に働きます。そういう意味で、「総額主義の原則」は会社の経済活動の規模を把握するために必要な表示原則となっているのです。
ビジネスの収益性を把握するとは
損益計算書は、1会計期間の経営成績(企業業績)を明示するものです。この経営成績なるものを明瞭に表示するためには、利益の源泉である経済活動が質的かつ量的にも損益計算書に表示されていることが期待されます。このために、発生源別にしかも総額で把握される必要があるのです。
例えば、製品の社内製造・販売というビジネスモデルの場合は、購入材料費と社内加工費が売上原価を構成し、顧客から得る代金が売上高となります。材料費に100万円、社内加工費に100万円がかかりました。売上代金は220万円だとすると、差し引きの粗利は20万円となります。
この場合、売上高利益率(ROS)は、約9% ( = (220 – (100 + 100))/220100)となります。一方で、企業活動の中で投資したコストのリターンを投資対効果の比率として表現してみると、投資分が、材料費に100万円、社内加工費に100万円、リターンは粗利の20万円なので、投資対効果比率:10% ( = 20/(100+100)100) となります。
後者の投資対効果比率は、流通業では一般的な「値入率(ねいれりつ)」、厳密に表現すると、「原価値入率」とも呼ばれているものです。当然、粗利率(%)ではなくて粗利額を意味するときは、「値入額」と呼ぶことになっています。ちなみに、製造業の方で一般的な売上高粗利率(ROS)は、「売価値入率」と表現することができます。
このように、値入率や値入額(=粗利額)を分析対象会社についてはもちろんのこと、同業他社間で比較分析するためにも、売上高と売上原価の双方の情報が手元にないと計算することができません。
そういう意味で、いくらの投資をしていくらのリターンを得ることができたのか、そのビジネスの収益性を評価するために、取引規模と取引源泉が明確に表示されていることが必要になってくるのです。これが「総額主義の原則」が定められている理由なのです。
総額主義の原則を分解してみる
皆さんご存じの通り、損益計算書(P/L)は、段階表示がなされています。それぞれの段階利益でどのような「総額主義の原則」からの働き掛けがあるのか、順番により具体的に見ていきましょう。
売上高と売上原価
製商品(サービス含む)に対する投資額とその回収額という意味で、売上原価と売上高は、投資収益性を測る有力な指標の一つとして、投資とリターンの典型的な直接的対応・個別対応関係を表示するものです。
例えば、製商品売上高、サービス売上高、金融取引による手数料収入(本業の場合)はいずれも、損益計算書上で、売上高と売上原価が個別表示されています。
下記はこの記事作成時点で最新のトヨタ自動車の連結損益計算書の冒頭部分の抜粋です。
売上総利益と一般管理費および販売費
通常、販管費と売上総利益を相殺して、営業利益のみを表示することはないので、販管費にも総額主義の原則が機能していると考えて問題ありません。ただし、会計学の学習者としては、費用収益の対応の仕方が、売上原価とは異なる点だけに留意しておけば大丈夫です。
売上原価は、売上高に対して、直接・個別的に対応するため、その対応関係から漏れたものは、期末棚卸資産に回ることになります。しかし、販管費は、売上高とは期間対応という間接的な対応関係をとりますので、その会計期間に発生したものは原則として、その期の売上高に対する費用として損益計算書に表示することになります。
営業外損益
支払利息と受取利息、有価証券売却損と有価証券売却益、為替差損益などは、原則としては、貸借両方に総額で表示します。これらを取引額そのままに損益計算書に記載するのは、両者の間に実質的な対応関係が認められないとしても、取引規模の明示の方に力点を置くために、貸借それぞれに総額を表示することが企業会計原則からは要請されています。
ただし、個別の会計規則によって、例外的に、〇〇の条件を満たす場合に限り、純額表示を許容する、という条文で純額表示が許されている会計処理がいくつか存在しています。それらは、精神的支柱としては「総額主義」を守っているけれど、「重要性の原則」や「明瞭性の原則」の方をより重要視して、そういう簡便的な表示を許しているものと理解してください。
ここで、ひとつの特論を深く掘り下げます。面倒くさい話なので、興味ある方だけお読みください。
有価証券売却損と有価証券売却益ですが、これらを相殺して純額の有価証券売却損益として一括表示しないのは、「総額主義の原則」によるものです。しかしながら、「有価証券売却損」自体、あるいは「有価証券売却益」自体、それぞれが、すでに個別の有価証券(例えば、株式でいえば、個別銘柄を指す)を市場または相対で売却するという複数の取引を集約したものです。
例えば、あなたが、某S社のファンド事業が投資する事業のそれぞれの売却損益を個別に知りたいと思えば、そういう株主からの期待に企業は答える必要があるのかもしれません。しかし、企業会計原則における「総額主義の原則」は、損益計算書における明瞭表示を構成する「区分表示の原則」「対応表示の原則」の三位一体での情報公開フレームワークにすぎません。ですから、ファンド事業のそれぞれの投資案件の損益についてのディスクローズを求めることは、企業の善意に依拠するか、個別の開示条件を規定する法律や上場規程に委ねることになります。
特別損益
特別損益の部は、大別すると、①臨時損益項目、②前期損益修正項目とに区別することができます。②前期損益修正項目は、過年度における見積り計算の誤差修正または誤謬訂正により発生する項目なので、本来的に「総額主義の原則」の範疇には入ってきません。
①臨時損益項目においては、いくつかの検討ポイントが存在します。取引額明示の意味で、災害損失、受贈益は総額表示が要請されます。純額相殺禁止の意味で、固定資産売却損および売却益は総額表示が要請されます。ただし、このケースにおける純額相殺禁止の中途半端な制約は、上記、有価証券売却損益の箇所で触れたとおりです。
会計実務では、これまた奇怪に、災害損失と保険金は相殺表示することが慣例となっています。この辺のさじ加減は、「重要性の原則」「明瞭性の原則」の影響だろうな、と割り切ってください。これが社会科学の自然科学との違いです。
(おまけ)トヨタ自動車と楽天の事業規模を比較してみる
まずは、論より証拠。下図から、FY18のおけるトヨタ自動車と楽天の財務KPIをご覧ください。
トヨタ自動車は、売上高30兆円、総原価27.5兆円、営業利益2.5兆円なので、売上高営業利益率(ROS)は8%です。一方、楽天は、売上高1.1兆円、営業費用1兆円、営業利益1704億円なので、ROSは16%と、トヨタ自動車の2倍の収益性となります。この2倍という比較は果たして妥当なものなのでしょうか?
トヨタ自動車は、日本製鉄他のサプライヤーとの自動車用材料・部品をすそ野の広い市場でモノ中心に売買をして、最終的に完成車をエンドユーザに納品して、営業利益を稼ぎます。楽天は、話をシンプルにするために、すべての売上をEC事業から得ていると仮定すると、楽天市場で取引されている商取引規模を分母にせずに、楽天市場に出店している企業から手数料を集めて、それを売上として計上しています。
そう考えると、トヨタ自動車は総額主義でROSを計算していますが、楽天は純額主義でROSを計算していると考えることもできます。楽天の決算説明資料から、FY18の楽天経済圏の経済規模が15.4兆円と開示されていたので、この数字を使ってROSを計算しなおすと、1.1%になります。果たして、楽天のROSはどっちが正しいのでしょうか?^^)
同種のことは、日本基準からIFRSに変更したことにより、軒並み、総合商社の売上が7割減になったことからも、ディスクロージャーされる損益計算書(連結損益及び包括利益計算書)の読み手の会計リテラシーが問われる事象が発生しています。
これは全くの私見ですが、会計基準は作り手より読み手の立場で制定されるべきです。読み手にやさしいF/Sのほうがいいなあ。でも、みんながF/S読み込みに熟達してしまうと、筆者の仕事がなくなってしまうので、ここは思案のしどころです。^^;)
みなさんからご意見があれば是非伺いたいです。右サイドバーのお問い合わせ欄からメール頂けると幸いです。メールが面倒な方は、記事下のコメント欄(匿名可)からご意見頂けると嬉しいです。^^)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、過去及び現在を問わず、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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