■ (無償)ストックオプションの会計処理
企業と従業員の報酬(賃金)支払の変化について、連載第2回です。今回は、ストックオプション、有償ストックオプションの会計処理について確認していきます。
2017/10/20付 |日本経済新聞|朝刊 従業員が対価払う株式購入権 報酬か投資か 議論熱く 人件費計上なら業績に影響も
「従業員が事前に対価を払う有償ストックオプション(株式購入権)は「報酬」か、それとも「投資」なのか。明確なルールが無かった会計上の扱いを巡って激しい議論が起きている。報酬と見なされて人件費の扱いになれば、企業は費用負担を迫られる。新興企業を中心に業績に影響が出る可能性もある。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
まずは、通常のストックオプションの会計処理から。
⇒ 企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準(PDF)
そもそも、ストックオプションは、新株予約権の一種なので、新株予約権の会計処理とほぼ同一の処理を行います。
【設例】
X社(決算日 3月31日)は2017年6月30日の株主総会において、ストックオプションの付与を決定した。
1)付与日におけるストックオプションの公正な評価単価:5,000円/個
2)付与されたストックオプションの数:600個(従業員60人に対し10個/人)
3)付与日:2017年7月1日
4)権利確定日:2018年6月30日
5)ストックオプションの行使時の払込金額:2,500円/個
6)ストックオプションの権利行使期間:2018年7月1日~2019年6月30日
① 権利確定日以前の決算日(2018年3月31日)
権利確定日以前は、従業員がストックオプションを行使する権利が未確定で、従業員の労働サービスに対するインセンティブ効果が継続期待されている期間です。付与されたストックオプションは、勤務対象期間(付与日から権利確定日までの期間)において提供された労働サービスに対する報酬と考えられます。これを人件費の一部前払いとして、期間按分で費用化します。相手勘定は、純資産の部にある『新株予約権』を用います。
(借方)株式報酬費用 2,250,000 (貸方)新株予約権 2,250,000
5,000円/個 × 600個 × 9ヵ月 ÷ 12ヵ月 = 2,250,000円
② 権利確定日(2018年6月30日)
ストックオプションの権利不確定による失効数及び権利確定数がこの日に決定します。したがって、権利確定日をもって従業員に付与されたストックオプションに対応する労働サービスが完了したと考えます。まずは人件費の前払い分の期間対応を処理します。
(借方)株式報酬費用 750,000 (貸方)新株予約権 750,000
5,000円/個 × 600個 - 2,250,000円 = 750,000円
③ 権利行使時日(2018年12月31日)
権利確定日後は、従業員がストックオプションを行使する権利は確定しており、従業員は、現在及び将来の株価動向などを勘案して、いつでも権利行使及びその時期を判断することができます。従業員は権利確定日後、潜在的株主としての地位をすでに有していると考えられます。
従業員50人が10個/人全てについてストックオプションを権利行使することで、相応分の新株が発行されることになります。払込金額と新株予約権のうち、権利行使に対応する部分の合計額を払込資本に振り替えます。
(借方)現預金 1,250,000 (貸方)資本金 3,750,000
(借方)新株予約権 2,500,000
払込金額 = 2,500円×500個 = 1,250,000円
行使されたストックオプション金額 = 5,000円/個 × 500個 = 2,500,000円
これは、時価7,500円/個の自社株を2,500円/個で購入でき、差額の5,000円/個は、労働の対価として無償で付与されたストックオプションの価値ということになります。この差額の分だけが、従業員の金銭的インセンティブの源泉となるのです。
④ 権利失効時の処理(2019年6月30日)
ストックオプションの権利行使期間が到来しても、足元の株価が、オプション価値の5,000円/個を下回っている場合は、従業員はオプションの権利を放棄することが経済合理性のある行動であると考えます。しかし、ストックオプション発行会社としては、前払い賃金として付与したストックオプションの権利が放棄された(失効した)ので、権利確定日前に費用計上した前払い賃金を取り消す必要があります。つまり、反対仕訳で無かったことにするのです。
(借方)新株予約権 500,000 (貸方)新株予約権戻入益 500,000
5,000円/個 × 100個 = 500,000円
■ 有償ストックオプションに関する会計基準草案が出てきた背景とは?
前回投稿にもあるように、近年、役員や従業員への業績連動報酬制度、しかも後払い(なぜなら、ストックオプションは、仕事に頑張った後、企業価値が高まると自分への見返りが発生するので)であるストックオプションを用いたインセンティブ報酬制度が多くみられるようになりました。
さらに、企業が従業員に対し、ストックオプションとして新株予約権を付与する場合に、当該従業員が一定の額の金銭を払い込む制度の増加も目立っています。しかしながら、この有償新株予約権については、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」の適用範囲に含まれるか否かが明確でなく、現行実務では、その法形式に着目して、新株予約権に関する会計基準(複合金融商品適用指針)に従った会計処理を行っている企業が多いといわれています。こうした状況を踏まえ、本公開草案は、権利確定条件付き有償新株予約権に係る会計処理について、その取扱いを明確化することを目的として公表されました。
有償ストックオプションは、無償ストックオプションとは異なり、原則として株主総会の承認を経ることなく、取締役会決議のみでの機動的な発行が可能でした。加えて、会計処理上は、その法形式を重視し、基本的に、無償ストックオプションの会計処理に特有の報酬費用の計上は必要ないものとして取扱われてきました。このように有償ストックオプションは、無償ストックオプションと比較して、会社事務的にも、期間損益への影響面でも、多くのメリットを有し、従業員に対する新たなインセンティブ政策のひとつとして活用されてきた経緯があります。
筆者は、そもそも「有償」ストックオプションという呼称に違和感を持たざるを得ません。ストックオプションは、そもそも無償で新株引受権(昔の呼称、今は新株予約権)を割り当てることで、キャッシュアウトは後で企業にやさしく、従業員には賃金の前払いができる(しかも、業績連動を保持させたまま)というインセンティブ制度がそもそもの制度主旨だったはず。
それを「有償」で割り当てるということは、冒頭の新聞記事にもあるように、
「有償ストックオプションは、企業の従業員らが対価を払って株式を購入する権利を取得し、業績や株価などの目標を達成できれば権利行使できる仕組みだ。目標が未達成になれば対価の分だけ損をするため、従業員の意欲を高める効果があるとされる。企業の成長とともに従業員が資産形成する手段との見方もある。」
インセンティブ報酬制度と従業員の金融資産形成の投資の目的が入り混じってしまっています。つまり、純粋な報酬制度ではなく、有償部分は、従業員側のリスク負担で、キャッシュアウトを勤めている会社に対して先払いさせているのです。うーん、と首をひねって見せます。こういう報酬制度設計が本当に有効なのだろうか? 会計基準の制定の方は、現状追認ですが、そっちは適切かと思います。
■ 念のため、有償ストックオプションの会計処理を押さえておきます
できるだけ、(無償)ストックオプションとの違いが分かるように、前々章の設例を援用して、仕訳を見ていきましょう。
【設例】
X社(決算日 3月31日)は2017年6月30日の株主総会において、ストックオプションの付与を決定した。
1)付与日におけるストックオプションの公正な評価単価:5,000円/個
2)付与日におけるストックオプションの有償部分の払込金額:1,000円/個
3)付与されたストックオプションの数:600個(従業員60人に対し10個/人)
4)付与日:2017年7月1日
5)権利確定日:2018年6月30日
6)ストックオプションの行使時の払込金額:1,500円/個
7)ストックオプションの権利行使期間:2018年7月1日~2019年6月30日
① 有償ストックオプション付与日
有償分の従業員からの払込を受け付けます。相手勘定として、純資産の部にある『新株予約権』を用います。
(借方)現預金 600,000 (貸方)新株予約権 600,000
1,000円/個 × 600個 = 600,000円
② 権利確定日以前の決算日(2018年3月31日)
従来は、この時点で、付与された有償ストックオプションは、勤務対象期間(付与日から権利確定日までの期間)において提供された労働サービスに対する報酬であるとして、人件費の前払い扱いをしなくてよかったものを、無償と同様に人件費の一部前払いとして、期間按分で費用化します。相手勘定は、純資産の部にある『新株予約権』を用います。
(借方)株式報酬費用 1,800,000 (貸方)新株予約権 1,800,000
(5,000円/個 × 600個- 600,000円(有償分))× 9ヵ月 ÷ 12ヵ月 = 1,800,000円
③ 権利確定日(2018年6月30日)
ストックオプションの権利不確定による失効数及び権利確定数がこの日に決定します。したがって、権利確定日をもって従業員に付与されたストックオプションに対応する労働サービスが完了したと考えます。まずは人件費の前払い分の期間対応を処理します。
(借方)株式報酬費用 600,000 (貸方)新株予約権 600,000
5,000円/個 × 600個 - 1,800,000円 - 600,000円 = 600,000円
④ 権利行使時日(2018年12月31日)
権利確定日後は、従業員がストックオプションを行使する権利は確定しており、従業員は、現在及び将来の株価動向などを勘案して、いつでも権利行使及びその時期を判断することができます。従業員は権利確定日後、潜在的株主としての地位をすでに有していると考えられます。
従業員50人が10個/人全てについてストックオプションを権利行使することで、相応分の新株が発行されることになります。払込金額と新株予約権のうち、権利行使に対応する部分の合計額を払込資本に振り替えます。
(借方)現預金 750,000 (貸方)資本金 3,250,000
(借方)新株予約権 2,500,000
払込金額 = 1,500円×500個 = 750,000円
行使されたストックオプション金額 = 5,000円/個 × 500個 = 2,500,000円
これは、時価7,500円/個の自社株を1,500円/個で購入でき、差額の5,000円/個から、有償分の1,000円/個をさらに差し引いた4,000円/個が、労働の対価として無償で付与されたストックオプションの価値ということになります。この差額の分だけが、従業員の金銭的インセンティブの源泉となるのです。
⑤ 権利失効時の処理(2019年6月30日)
ストックオプションの権利行使期間が到来しても、足元の株価が、オプション価値の5,000円/個を下回っている場合は、従業員はオプションの権利を放棄することが経済合理性のある行動であると考えます。しかし、ストックオプション発行会社としては、前払い賃金として付与したストックオプションの権利が放棄された(失効した)ので、権利確定日前に費用計上した前払い賃金を取り消す必要があります。つまり、反対仕訳で無かったことにするのです。
(借方)新株予約権 500,000 (貸方)新株予約権戻入益 500,000
5,000円/個 × 100個 = 500,000円
最後の最後に、現状のストックオプション会計基準、有償ストックオプション草案、従来適用されていた複合金融商品適用指針それぞれに従った仕訳一覧表をば。
各企業が、費用が増えて困る、といった反対には、その分資本金が膨れ上がっている事実があるだけのことなのですが。。。(^^;)
⇒「企業と従業員の報酬支払の新しい関係① 有償ストックオプションの会計処理変更草案が与えるインパクトとは?」
(参考)
⇒「自社株報酬制度の基礎(3)ストックオプションと株式報酬制度の違い - プリンパル・エージェント問題にまで思いを馳せて」
⇒「株で役員報酬、広がる 中長期の業績で評価 伊藤忠やリクルート、230社」
⇒「厳密にはESOPでは無いけれど、株式所有や株価連動で従業員(役員含む)のモチベーション向上の具体策を見てみよう!」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です
コメント