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「国境税」設計難しく トランプ氏、共和党案「複雑すぎる」 - 関税や米国法人税を含む包括的なトランプ課税政策を素人でもわかりやすく

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■ トランプ第45代大統領と議会共和党では微妙に温度差がある課税政策の違い

経営管理会計トピック

フォード・モーターズのメキシコへの工場移転に待ったをかけただけでなく、トヨタ自動車のメキシコ新工場設立にも、自己のツイッターで「NO WAY! Build plant in U.S. or pay big border tax.」とつぶやいたトランプ第45代アメリカ大統領の課税政策プランについて、税の素人でもトランプと議会共和党が何をしようとしているのか、簡単に整理したいと思います。多少の国際税務の専門知識がなくても、分かりやすいように説明できればよいのですが。

2017/1/19付 |日本経済新聞|朝刊 「国境税」設計難しく トランプ氏、共和党案「複雑すぎる」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「【ワシントン=河浪武史】トランプ次期米大統領が言及する「国境税」がどのような形になるか不透明なことに、米国内外の企業が不安を強めている。選挙戦では中国やメキシコからの輸入関税を引き上げると主張していたが、選挙後は「海外移転企業に国境で重い税を課す」と主張が微妙に変わった。税の設計次第では世界的な“貿易戦争”に発展しかねない。」

(下記は同記事添付の「国境税、どう設計」を引用)

20170119_国境税、どう設計_日本経済新聞朝刊

大統領選に勝利後、トランプ大統領が当初検討していたのは関税の引き上げで、2016年10月下旬に公表「就任100日プラン」でも「企業が海外に移転して労働者を解雇したり逆輸入したりするのを防ぐため、関税(tariff)を設ける」と明記していました。それゆえ、メキシコを巡るフォードやトヨタの完成車工場に関するマスコミ報道でも、「関税」という言葉が用いられていましたが、最近では、トランプの発言は、あくまで「Border tax」。こちらは歴とした「国境税」。税の素性が少々異なります。

詳細に入る前に、同記事における各政策担当者の意図と課題を下記にまとめます。

<トランプ大統領>
・北米自由貿易協定(NAFTA)改定によりメキシコ製品には35%の関税をかける
・世界貿易機関(WTO)ルール適用で、為替操作国に対する報復措置で中国製品には45%の関税をかける
→WTOルールでは、特定の国だけに高関税はかけられない

<議会共和党>
・法人税制改革と「国境税」の融合
・輸出収入の課税を免除する一方、輸入ビジネスを課税強化する法人税制を検討
・同案を「国境調整(border adjustments)」と呼称
→米国企業の国内立地誘導と輸出ビジネスに対する減税につながる税制は、WTOが禁止する輸出補助金に該当する可能性が高い

 

■ トランプ新大統領が掲げる「還流税制」

トランプ大統領の目指す法人税改革の目玉は、
① 現行35%の法人税を15%まで下げて、米企業の海外移転を防止して雇用を守る
② IT多国籍企業などが海外にため込んでいる利益を米国に還流させ、ラストベルト(錆びついた工業地帯)のインフラ投資の財源に充てる

②について
● 日本を含む多くの先進国
「国外所得免除方式」:子会社が海外で稼いだ分はその国で税を支払えば、配当として本国に還流させても非課税
● 米国
「全世界所得課税方式」:海外での税引き後利益を配当として米国に還流させると、米国税率との差額を追加的に米国で課税
→これが、米国企業に、海外の低税率国・タックスヘイブンに利益を留保して米国に還流させないという行動を採らせる

この還流税制のあり方について、議会共和党とトランプ大統領では若干方針が異なります。

<議会共和党>
・「過去」に海外子会社で発生した所得には、一回きりの軽減税率(現金については8.75%、それ以外は3.5%)を課す
・「将来」分については、企業が還流させても追加課税しない国外所得免除方式にする

<トランプ大統領>
・米国企業の全ての留保利益は発生時に10%で課税し、課税繰り延べを認めない

これについては、
・共通点:留保利益を還流させなくても配当したとみなして課税する
・相違点:留保しているままで課税すれば、米企業が本籍(国籍)を低税率国に変えて租税回避するタックス・インバージョン(租税地転換)を促進する
なので、トランプの政策の方が、言っていることと効果が逆になります。

 

■ トランプ新大統領が掲げる「仕向地課税法人税」

「関税」という間接税ではなく、「法人税」という直接税について、「仕向地課税(最終消費地課税)」に衣更えしよう、という政策が検討されています。これは、間接税である「消費税・付加価値税(VAT)」に適用されているしくみの応用になります。消費税は、輸出時にはその者に課税されていた消費税分は還付され、仕向地である相手国に輸入される際に、その地で課税を受けるようになっています。

例えば、トヨタがドイツにカローラを輸出する際には、カローラに含まれる日本の消費税8%分はトヨタに還付され、ドイツに輸入される際に、ドイツの消費税19%が輸入者に課せられます。これは間接税の二重課税を防ぐための仕向地課税という国際的に合意されたルールに基づくものです。

米国にはVATが現時点で存在しません(ただし最終消費者に対する「売上税」は存在します)。企業から見れば、原材料等の輸入財については付加価値分の控除は認められず、輸出財については還付される仕組みということになります。輸出に還付金が渡され輸入には課税される点を、VATという間接税ではなく、法人税という直接税で実現しようというのが、今回の「国境税」の正体なのです。

「仕向地主義法人税」について
<メリット>
① 法人税率が企業の立地選択に影響しない
海外に生産拠点を移しても国内に輸入すれば課税される一方、国内生産でも海外に輸出すれば税負担を負わないため
② 移転価格の操作による利益移転が生じない

<デメリット>
① 法人税では賃金は損金扱いで課税ベースに入らない
国内生産を全て輸出に充てる米企業は、国内人件費負担について巨額な還付を受けることと同義になる。それゆえ、逆に、輸入財価格に織り込まれる海外の利潤には課税がなされる不均衡が生じる
② その取引記録をトレースする事務負担が膨大になる
消費税(VAT)は、インボイスにより個々の取引ベースで課税・還付することが可能だが、法人税体系の中では、年間を通じた輸入・輸出の別で企業内のキャッシュフロー計算をした後に税額を計算する必要がある
③ 申告不正の温床になりかねない
消費税(VAT)はインボイスが取引相互間の牽制機能となるが、会計帳簿に基づき輸出が還付されるということになると、輸出を巡る膨大な不正を誘発する可能性がある

こうした課税政策は産業間の衡平を保つことが難しいものです。還付を受ける輸出大企業にとっては「優遇税制」となりますが、輸入産業(例:中国から消費財を輸入している小売業など)は輸入取引に米国法人税がかかり企業業績にはマイナスになり、それを顧客に転嫁すれば物価もあがります。

また、世界貿易機関(WTO)ルールでは、輸出時に輸出取引にかかる法人税を還付するのは、輸出補助金とみなされ、禁止事項となっています。それゆえ、国際世論は激しくトランプ政策に抵抗しているという訳です。

米国は、伝統的に、消費税(VAT)に対する抵抗感が強く、上記のような仕向地別課税体系からの恩恵を被ることができません。さらに、現時点では、膨大な貿易赤字国(輸入超過)なので、仕向地別法人税が導入されれば、それだけで大幅な歳入増が見込むことができます。暴言王のイメージが強いトランプ大統領。さすが一流のビジネスパーソン。損得についての嗅覚は鋭いようです。政治の素人と舐めてかかっていたら、個々のディールに持ち込まれて、ことごとく交渉で足元をすくわれますよ。(^^;)

※ 上記の説明について、次のサイト記事を参考にしました。

トランプ氏の「米国への利益還流」法人税改革は実現するか|Diamond ONLINE
(森信茂樹[中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員])

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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