■ 必要とされる通貨をより安価な資本コストで調達する!
トヨタが21年ぶりのドル建て外債を発行したと聞きつけて、別段誰からも要請されていないのに、勝手に外貨建てによる資金調達の必要性がどれくらいあるのか概要をつらつらと考えてみました。
2018/7/12付 |日本経済新聞|朝刊 トヨタがドル建て社債 21年ぶり発行 自動運転など成長投資に
「トヨタ自動車は7月下旬に総額20億ドル(約2200億円)のドル建て社債を発行する。海外で現地生産や成長投資を拡大しているためで、トヨタ本体による外貨建て社債の発行は1997年のドル建て債以来21年ぶり。投資家の裾野が広い海外で発行を再開することで資金調達の幅を広げ、自動運転や電動車などの成長投資に弾みをつける。」
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記事によりますと、調達資金の使途は、運転資金や成長投資に回すということで、TNGAと呼ぶ新生産・設計手法に対応した車種が増え、海外工場への投資拡大を見込んでいる他、EV車や自動運転技術などの開発強化にも資金を振り分けるそうです。つまり外貨建ての資金需要があるから外貨での資金調達を行ったという単純な図式になります。
(下記は同記事添付の「トヨタの成長投資は過去最高水準に」を引用)
米ドルでの資金需要が高まったから米ドルでの資金調達をする。こう考えるととてもシンプルですが、そこには金融市場における2つのメリットが十分に考慮されている必要があります。
1) 円貨での資本調達よりも金利負担コストが小さい
2) ドル円の交換レート(為替レート)が借入時と返済時とで円安方向に動かない
この両方の影響度を勘案してもなお、米ドルでの資金調達の方が有利であるという判断をされたのだと理解しています。
■ 前期の決算報告(有価証券報告書)から外貨需要の大きさとインパクトを見てみる
企業経営におけるキャッシュフローは、経営の観点から下図のように、貸借対照表の左右(貸借)で2つの環流フローを持っているのが通常です。
冒頭の新聞記事をそのまま受け入れると、トヨタは運転資金や成長投資への使途を考慮して今回の米ドル起債ということになっています。これは、ビジネス・キャッシュフローへ充当することを意味しています。ここへの米ドル調達のインパクトが、現時点の円ドルの金利差を上回るほどにあるのかを実際の決算数字を並べてみて考えてみます。
以下の図表は、トヨタ自動車の2018年3月期の有価証券報告書からの抜粋・引用になります。
1.生産実績
国内生産分もグローバルで資材を調達していますし、海外工場へも日本からK/Dパーツ供給をしているはずですが、ここでは分析をシンプルにするために、所在国の通貨ですべて仕入を行っていると仮定します。
すると、自動車生産台数比で、日本円は47.8%、米ドルは、21.2%。ちなみに欧州はユーロを決めうつと7.6%。アジアとその他地域の半分は海外からの輸入分で米ドル建てと想定すると、2地域合わせて米ドルは、11.7%。ここから、米ドルの需要はトヨタ自動車の仕入額に占める構成比率が32.9%と、日本円の7割弱と水準と推計されます。
2.販売実績
販売台数の構成比率がそのままその現地通貨での収入と仮定すると、日本円での収入割合は25.2%で、北米での販売構成比率が米ドルでの収入割合とすると、この数字が31.3%となります。
こうしてみると、仕入高と販売高に占める米ドル割合がほぼ拮抗していると考えられます。しかし、仕入高は原価ベース、売上高は売価ベースなので、マージン(粗利率)分だけ、収入額が大きいものと考えます。自動車セグメントの粗利率はトータルで17.6%ですので、トヨタ自動車の米ドルのポジションはどんどん増えていく方向にあると言えます。
■ 為替変動が決算数字へ影響するのを防ぐためには為替マリーという方法がある
トヨタの前期の営業利益に対する為替影響割合を見てみましょう。
前期の営業利益が2年前からの要因別にどのように影響を受けて推移したかの表まで有価証券報告書に記載されています。しかも所在地別に。ここではシンプルに全社ベースのものを掲載しましたが、簡便な計算で、為替変動が営業利益変動に与えるインパクトは、65.4%(負数が含まれているため絶対値での比較はもっと難しくなるので実際より大きめに出ています)。
トヨタにとって、自動車を作って売るビジネスにおいては、どんどん米ドルが自社に貯まっていく構造になることが分かります。さらに、それが営業利益の読みに与える影響は無視できないというか、かなりの部分を占めることも確認できました。こうなると、簡単に米ドルベースのキャッシュポジションをどうするかとか、為替予約などの措置をどうとるかということを越えて、保有米ドルをどうにか均衡状態に持っていきたいと考えるのが、真っ当な(自動車を作って売る)ビジネスで利益を得たいとする企業としては当然の帰結。
そこで、
為替マリー(Exchange marry)
「為替のマリー」や「通貨マリー」とも呼ばれ、外国為替取引において、同一通貨の為替の売りと買いを結びつけることによって為替持高を相殺することをいいます。これは、本来的には為替売買益 (マリー益) の取得を目的としたものですが、銀行などの金融機関では、自行内で為替の売りと買いを見合わせ、持ち高の調整を図る操作となっています。
一般に為替マリーは、為替変動リスクを回避する手法の一つですが、マリーだけでは相殺できない為替の持高がある場合には、市場で直物取引や先物取引を行うことによって持高をスクエアにします(これを「カバー(出合い)を取る」と言う)。
トヨタは放置していると、ビジネス・キャッシュフロー面でどんどん米ドルが貯まっていく構造を持っています。これを、ファイナンシャル・キャッシュフローで米ドルのポジションを増やすことにより、米ドルの為替マリーを実現しようと企図しているのではと考えます。報道面で、資金使途を色々と説明していますが、元々、キャッシュリッチなので、わざわざグローバルで起債できる市場をわざわざ探しに行かなくても済むわけなのに、こうした施策を取る真の理由は? と気になりましたので、この小稿をしたためてみた次第です、はい。(^^;)
⇒「(エコノフォーカス)日本の製造業、為替の壁破る 生産国際化・輸出品の価値向上 - 為替マリーの効果発現と円貨決済と製品の高付加価値化の促進」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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