■ 無配で利益にも無頓着なアマゾンの株価が上昇し続ける意味とは?
世の中の大半のビジネスパーソンは、多かれ少なかれ、直接間接を問わず、利益を上げるために仕事に向き合っていることと思います。筆者も、経営管理・管理会計を主要エリアとしてこれまでキャリアを積んできましたが、誤解を恐れずに断言します。「究極の経営とは利益を上げないことである」。
2017/7/28付 |日本経済新聞|夕刊 アマゾン77%減益 4~6月純利益 先行投資重視を強調
「インターネット通販最大手の米アマゾン・ドット・コムが27日に発表した2017年4~6月期決算は純利益が前年同期比77%減の1億9700万ドル(約219億円)だった。売上高は25%増えたが、事業拡大による諸経費がかさんだ。同社は短期の利益よりも先行投資を重視する姿勢を強調しており、7~9月期も営業減益を予想している。」
(下記は、同記事添付の「先行投資が多いアマゾンの利益は安定感を欠く」を引用)
それでいて、アマゾンの株価は好調で、約17%を所有する創業者でCEOのジェフ・ベゾス氏は、一日天下でしたが、長者番付一位になったほどです。
2017/7/28付 |日本経済新聞|夕刊 長者番付世界一 ベゾス氏「一日天下」 アマゾンCEO
「米アマゾン・ドット・コム株の上昇を受け、同社のジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)=写真はロイター=が27日時点で初めて世界一の長者になった。アマゾンは時価総額で5千億ドル(約56兆円)を達成したばかり。
米経済誌フォーブスが即時集計している長者番付で米国時間の27日朝、ベゾス氏の推計資産額が910億ドルを超え、これまで1位だったマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏を抜いた。」
(下記は、同記事添付のジェフ・ベゾス氏の写真を引用)
ベゾス氏は、利益より投資を優先し、赤字や減益などで一喜一憂しない経営を貫いています。それでいて、アマゾンは創業以来、配当も行っていない無配株にもかかわらず、時価総額は56兆円にも膨らんでいます。利益も出ていないし(最近はAWSの成長でそこそこ利益が出るようになりましたが)、無配のアマゾン株をこぞって皆が買おうとする。この事実をもってして、「利益」を上げることに汲汲としている経営は最善最良とは必ずしも言えないと考えます。ではどういう理屈による経営が最善と言えるのでしょうか?
■ ピーター・ドラッカー氏の慧眼:企業の目的とは?
ドラッカー氏の著作をまとめ直した著作、「【エッセンシャル版】マネジメント 基本と原則」の冒頭P16にこのような記述があります。
企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。
企業経営者が「今年の経営目標は、利益を前年比20%UPさせることだ!」と社員を鼓舞しても、しらけてしまうのは、その利益獲得の源泉としての企業活動の基本態勢、マーケティングとイノベーションを語らないからです。筆者が進める経営管理の仕組み作りでは、どういう活動やどんな製商品から利益が生まれているのかを明確にすることを信条としています。それは、利益の源泉を知ることで、企業の大切な2つの基本行動、マーケティングとイノベーションのヒントを得ることを主目的とするからです。
「管理会計」は、計算された利益という数字を管理するのではなくて、その利益を生み出す企業活動の方を管理するのです。この「管理」というネーミングもあまりいけてなくて、「戦略会計」とか「利益創造会計」と呼んだ方が相応しいほどである、と考えています。
KPI経営、キャプランとノートンのBSC(バランスト・スコア・カード)、戦略マップでは、「学習と成長の視点」「内部プロセスの視点」「顧客の視点」から管理されるべきKPI(先行指標)が「財務の視点」から管理される、利益に代表されるKGI(結果指標)をもたらすのです。そういう利益至上主義ではないストーリーで企業経営を語る管理会計を普通に身に付けたいものです。
■ 管理会計的に利益を上げない経営を最上位とする理屈を説明する
ジェフ・ベゾス氏に率いられているアマゾンは、決算発表でも、「利益」より「フリーキャッシュフロー」から説明を始めるのが常です。利益は後回しで、ビジネスからの営業キャッシュフローと先行投資のバランスをまず投資家に説明します。どうして利益に拘泥する経営はダメダメと言えるのでしょうか? それは、利益を計上することは必ずしも企業価値の最大化につながるとは限らないからです。
下図で、ビジネス規模(売上高)が同じですが、費用構造が異なる2つの会社を比べてみます。
今年の内部留保は来年の活動経費になると想定したとき、売上高と営業経費の計上とキャッシュフローが一致すると考えたとき、利益を計上すると、有無をも言わさず法人税の負担を回避することはできません(タックスヘイブン等を用いたタックスインバージョンは除く)。そして、通常の株式会社ならば、既存株主と将来株主に対して、いくらかの配当金(または配当性向)を約束する必要があります。この法人税負担分と配当金支払いにより、企業成長のための将来投資の原資が減じることになります。このことは、そのまま企業の中長期的な成長はおろか、競争がきつい市場における企業競争力を削ぐ結果にもつながりかねません。
それゆえ、利益を上げない経営は、企業成長を早め、競争的市場における競争優位を築く土台にもなりえるのです。少なくとも、資金不足による投資負けにはなりにくいファイナンス体質を築くことになるのです。
■ 利益を上げない経営がどうして成り立つのか?
そもそも、会計制度で計算される「利益」には一般的に2つの意味が込められています。
① 業績評価利益
② 分配可能利益
⇒「利益情報の意味」
会計的利益計算は、資本主である株主に対して、決算期において、どれくらいの金額を企業財務状況を悪化させることなく、配当として投資に見合うリターンとして支払うことができるかを計算するものでした。それが、経営の高度化により、プロの経営者を雇うことが一般的になり、「所有と経営の分離」が起きて、経営を委託された経営者の仕事っぷりを、結果としての企業業績で測定するためにも「利益」指標が用いられるようになったのです。
それゆえ、そもそもの企業会計制度の成り立ちという基本に戻って「利益」という数字を見たとき、しかるべき配当計算をする、株主に対する正当な資本コストがいくらかを明らかにする計算目的によるものだという原理原則を思い出すことができます。しかし、この
資本コスト = 株主が期待するリターン
という構図に対する誤解が存在していると筆者は見ています。
株主が期待するリターンとは、TSR(Total Shareholders Return:株主総利回り)のことをいいます。
TSR = キャピタルゲイン + インカムゲイン
配当金うんぬんは、TSRの構成要素であるインカムゲインのみに着目するものです。企業価値増大による株主価値増加、単純に言い換えると、時価総額の増大による株式転売による売却益、すなわちキャピタルゲインを忘れています。
創業時から大企業にまで上り詰めた時まで、マイクロソフトもアップルも長い無配の時期が続きました。現在のアマゾンはまだその時期に位置します。株主は、配当金などのインカムゲイン、それも法人税というキャッシュアウトを伴うような企業価値の喪失より、将来の企業成長がもたらすキャピタルゲインの方を重視し、アマゾンの株主であり続けるのです。そんな将来への約束を取り付ける経営こそ、最上の経営であり、目先の期間損益には拘泥しないことが早道であると筆者は断言します。
ここでちょっと補足説明。利益を上げないことによる法人税支払い回避は、国家への反逆、または国家財政への貢献が皆無ということには直結しません。企業が法人税を支払う代わりに、株主がキャピタルゲイン課税(多くは所得税など)に基づき、きちんと企業活動からの納税義務を果たします。
ここでもウォーレン・バフェットの言葉を思い出します。
「株主のためを思うなら、税金を払って配当などせずに、将来の企業成長のために先行投資をして企業価値の増大に務める。そして、株式分割することで、株主が株式市場で投資リターンを最大限に回収できるように工夫することが株主に報いる最高の方法なのだ」
株主還元とか、配当性向100%とか、大騒ぎして、やれコーポレートガバナンス・コードだ、などど、経営者も株主も短期業績主義(ショートターミズム)に陥ることこそ、企業価値を損ない、従業員も株主にも、国家財政にもいいことはひとつもないのだと、声を大にして主張するものであります。
少なくとも、筆者が携わる経営管理の仕組み作りでは、そういう履き違えが無いようにこれまでも、これからも務めるつもりであります。(^^)
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